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表題は人類学者中沢新一氏の著書名です。私はこの著作の存在を熊本大学の杉井健君から教えられました。「Hさんの主張とまったく同じ事が書かれているので….」との注釈付きで、です。
アマゾンで購入し面白く読みましたし、なるほど、と納得させられる点が多々ありました。おそらく論証の開示が不十分であるとか時空を越えた連想やアナロジーが接着剤になっているとか、そういった点を捉えて「学術的な著作ではない」との批判を受ける作品なのかもしれません。
しかし原大阪の軸線が東西を基軸に据えたもの(ディオニソス軸)であり、難波宮から南に延びる南北軸(アポロン軸)が後から被るかたちとなって東西・南北両軸線が交差し、それが大阪という街の基盤をなした、との把握にはなんら違和感がありません。
関連する当該箇所を引用してみると「東西に走るこの見えない軸線は、生駒山が発する磁力のような不思議な力から、生み出されている。古代人の感覚を生かして言うと、それは『死の磁力』にほかならない。生駒山から出ているこの死の磁力が、あまりに強大であるために、上町台地の北端を出た『生の軸線』(アポロン軸―筆者挿入)は、羽曳野丘陵あたりで、大きく生駒山に吸い寄せられるように、湾曲してしまう」(中沢2012, 同書30頁)とあります。
中沢氏のいう「死の磁力」の源泉が生駒山にあるという見解の背景には、大阪からみれば生駒山が太陽の昇る東の山並にあたるという事実、および太陽の運行は死と再生の繰り返しを人々の心に深く刻みつける天体現象であって、山の稜線から差し込む朝日は死の世界から人々の前に再登場するエネルギーでもあるという理解、さらには弥生時代後期以降(とりわけ吉備や讃岐、北近畿などで)、人々の造墓地は集落の近隣を離れ、ときに山中に置かれることになったという「山中他界」説との関連、という三つの命題が介在しています。
だから生駒山は「死の磁力」の源泉であるというのです。風水の思想を当てはめて表現すれば、ここでの「磁力」は「気」である、ともいえるでしょう。大和川に沿って上流の奈良盆地側から流れ出てくる、死者たち由来のエネルギーです。
ただし、このディオニソス軸が「羽曳野丘陵あたりで、大きく生駒山に吸い寄せられるように、湾曲してしまう」という中沢氏の見解には賛同できません。湾曲するという理解は、古市古墳群の立地を指してのことですが、私の「東の山と西の古墳」で開示した主張は、古市古墳群と百舌古墳群が東西に並列する関係を再確認し、東西軸線の西端は伝履中陵の後円部中心点であるという、いわゆるGIS考古学的な見地から導かれる事実関係だからです。
したがってアポロン軸とディオニソス軸の交差は、百舌鳥古墳群中にあると理解することがより妥当だと思います。
さらに生駒山が「死の磁力」の源泉であるとの理解にも再検討が必要だと考えます。古市古墳群中から東を見れば、たしかに生駒山しか眼に入らないのですが、さらに西に位置する百舌鳥古墳群中から東を見れば、生駒山は前景となり、その背後に聳える龍王山の山並が連なって映り込んでくるからです。2段目の図は、伝仁徳陵後円部中心から真東を見た景観です(カシミール3D使用)。
したがって、生駒山は大阪に居住する人々にとって身近な東の山並であり、「山中他界」説をとれば、たしかに死の磁力の一翼を担う存在ではあるものの、背後に龍王山を控えたそれ、なのだと理解するほうが妥当ではないか、そのように考えるものです。
私なりの表現に置き換えれば「大和原風景」に源泉を発する、その大阪版だといえるでしょう。大阪平野と奈良盆地の地勢的関係は同形であるとの、岸俊男先生の指摘にあるとおりです。つまり近つ飛鳥の存在が典型的に物語るとおり、奈良盆地になぞらえて大阪側の地形を理解し、再現しようとする古代人にもみられた志向性なのです。
そしてその意味でなら、生駒山は「近つ鳥見山」(鳥見山=龍王山の主峰のひとつで、山の名称は『日本書紀』神武紀に皇祖の住み処ないし皇祖例との交信可能な場として記載された。定説は現在の桜井市にある鳥見山だが、本居宣長は「榛原」付近を想定。私も本居説を支持)と観念されたのかもしれません。
ともかく、中沢新一氏の著作には大いに勇気づけられました。もちろん、アマゾンの読者コメント欄には「学術書として読むと裏切られる」とか「いわゆるトンデモ系」だとの手厳しい書評が寄せられています。その意味では私の主張自体も含め、トンデモ系に置かれてしまう可能性は充分に認めます。
ただし「北枕の忌避」に象徴されるとおり、私たちの日常生活にあまりにも身近で、ときに因習と処断されたり、迷信などと一蹴されたりという処遇を被ることの多い方位観念の世界に歴史性のメスを入れるという作業は、新しい研究の方向性のひとつであるに違いないとも考えます。
さらに言い添えますと、前方後円墳がもつ政治性は、そこに生きた一般民衆にアピールできてこそのそれだと考えるのです。仮に方位観にまつわる伝統的因習や迷信が人々の心を支配していたのであれば、それを丸ごと掴みつつ象徴的構造物を現出させることこそが、支配の正当性のなによりの主張であり演出ではなかったか。とも思うのです。悪評にさらされている拙著は、そのようなささやかな提言でもありました。
本書を紹介してくれた杉井君に感謝します。それにつけてもアースダイバーという命名の妙には唸らされてしまいました。
引用文献
中沢新一2012.10『大阪アースダイバー』講談社
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いつも拝見させていただいていますが、はじめてコメントさせていただきます。わたしも中沢氏の前著を短く紹介した文を書いたことがあるので、参考にしていただければ幸いです。
http://www.nabunken.go.jp/org/bunka/landscape/bookreview05.html
わたしは個人的には、中沢氏の論が学問的に正しいかどうかは重要視しておらず、むしろ「アースダイビング」は、「文化的景観」を捉えるときに、過去と現在、未来(例えば将来の都市計画や遺跡整備も含む)をつなぐツールになるのではないかと思ったりもしています。
2013/5/15(水) 午後 0:39 [ kin**omoc*ang ]
コメントありがとうございます。「文化的景観」という捉え方とも密接に関連しますが、私自身は「人為景観史」という把握法を模索中です。なおアースダイビングという命名を考古学から捉えると、じつは歴史地理学と同様、考古学も本来似た手法を採用する学問ではないかとの自省を促すものではないか、そのように感じました。
2013/5/15(水) 午後 1:37 [ flyingman ]
kin**omoc*angさま、ブックレビューを拝読いたしました。中沢氏のもうひつ前の著作へのコメントですね。さすがアンテナが高いですね。私の把握法も西表島での調査体験が基礎になっていますので、kin**omoc*angさまと通じるものがあるのかもしれません。
2013/5/15(水) 午後 1:47 [ flyingman ]
ネットで暴れてはりますねえ・・・
岡山の夜、中沢さんのこの本について、「中沢さんは大阪平野内にとどまっているけれど、Hさんの論はそれを奈良盆地にまでつなげたところが新鮮」と話したように記憶していますが、かなり飲んでいましたので、はてさて、、、
「まったく同じ」ではなく「よく似た議論」のニュアンスです。
念のため。
2013/5/15(水) 午後 6:45 [ sugii ]
暴れるなんて、とんでもない。ひそやかな書き込みです。しかし前段にあるような、好意的にもとれるコメントでしたっけか?こちらも相当に酒が入っていましたので、どうか流して下さい。それはともかく、この本を紹介してもらえたことに感謝します。
2013/5/15(水) 午後 10:55 [ flyingman ]