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長らく記事の更新をサボってしまいました。何人かの読者の方から問い合わせを頂戴してしまい、恐縮しております。なにも体調を崩していたわけではありません。相変わらす元気です。
もちろん病気をしていたわけでもないつもりです。ただ、いまお世話になっている女子大学の副学長の影響を強く受けていますので、「それなら間違いなくビョーキだ!」と断言される向きもあるかもしれません。この点についても相変わらずです。
週に一度は夕方に私の部屋に現れ、呑みに連れ出されていますが、彼はよく呑みます。それに強いのでしょうね。前々回は私のほうが責め役にまわり「近代史の再構築はどうなるんだ!」などと口走っていたものの、2軒目では私が酩酊状態となり、気がついたら朝でした。どうやって宿舎に戻ったのかまったく思い出せないのです。
たしかに某副学長には煽られっぱなしです。12月にシンポジウムをやって私のノルマはこなせたかな、と思っていましたら、お礼奉公だから、ということで3月の末にもう一回、市民講座をやることになりました。
さて、本日は天理市にある「石上町604mピーク」に登ってきました。今年の冬は天候が不順でなかなかタイミングが掴めないまま時間が過ぎてゆきましたが、今週も今日と明日ぐらいしか日中に日が差さないとの天気予報でしたので、強行しました。
さすがにGPSは強力で、途中から道はなくブッシュ漕ぎになったのですが、目的地には迷うことなく2時間半の行程でたどりつけました。このピークこそ、唐古・鍵遺跡の古相の大型建物の位置からみたときに夏至の日の出の場所となるところです。西山古墳の墳丘主軸線もここに向けられています。
なんとピークの付近には古墳らしき高まりが2基確認できて、これには驚かされました。後期古墳なのでしょうか。それにしては標高580mもある尾根の上ですから、少しばかり違和感を感じました。
さらに少し降りたとこには磐座まであるし。来週にでも天理市教育委員会に遺跡名をお聞きしようと思います。しかしなにせ雪のなかのハイキングでしたから、靴と靴下は完全に濡れてしまいました。
ところで、さきほど登頂成功を妻に報告したところ、痛く叱られてしまいました。そんなところで遭難でもしたらどうするの!と。
しかし私としては奈良市内の飲み屋街で遭難する確率の方がはるかに高いだろうな、との確信があるのです。もちろん火に油を注ぐことになるので、もちろんそんな風には答えず、二度と無理はしないから、といって電話を切りました。
心配していただいていることに感謝しながら、部屋でひとり祝杯をあげています。これなら遭難の可能性はありません。
明日は京都府に石製品の資料調査に出向きます。大賀克彦さんと一緒です。
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