全返信表示
アイヌの沈黙交易
本と論文
[ 元寇を学び日本を護る ]
2014/7/21(月) 午後 0:39
元朝によるアイヌ攻撃
1264年の遠征
アムール川下流域から樺太にかけての地域に居住していた吉里迷(ギレミ、吉烈滅)は、モンゴル建国の功臣ムカリ(木華黎)の子孫であるシデ(碩徳)の遠征により1263年(中統4年)にモンゴルに服従した。
翌1264年(至元元年)に吉里迷の民は、骨嵬(クイ)や亦里于(イリウ)が侵入してくるとの訴えをクビライに対して報告した。
ここで言う吉里迷はギリヤーク(ニヴフ)族、骨嵬(苦夷とも)はアイヌ族を指している。
この訴えを受け、元朝は骨嵬を攻撃した]
。これがいわゆる「北からの蒙古襲来」の初めであり、日本に対する侵攻(文永の役、1274年)より10年早かった。
1284-1286年の連続攻撃
冬に征東招討司による骨嵬征伐が20年ぶりに実行に移されている、その翌年にも元朝は征東招討司塔塔児帯(タタルタイ)・楊兀魯帯(ウロタイ)に命じて骨嵬を攻撃させた。
さらにその翌年(1286年)にも3年続けてアイヌ攻撃が行われた。このときの侵攻では「兵万人・船千艘」を動員したとされ]、前年もほぼ同様の規模であったという。
特別展・大交流時代
日常
[ doutaku ]
2014/3/29(土) 午前 7:51
特別展・大交流時代
日常
[ nan*ts*2002 ]
2014/3/21(金) 午後 0:01
特別展・大交流時代
日常
[ nan*ts*2002 ]
2014/3/21(金) 午前 11:20
特別展・大交流時代
日常
[ nan*ts*2002 ]
2014/3/21(金) 午前 4:30
この部屋の4月からの住人
日常
[ flyingman ]
2014/3/20(木) 午後 9:04




