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[ おかやまっこ ]
2013/7/24(水) 午後 10:35
邦題ウェールズの山
本と論文
[ yam*ka*i*ennbu*u ]
2013/7/18(木) 午後 3:13
九州の旅(前半)
日常
[ 土屋 ]
2013/7/13(土) 午前 7:14
九州の旅(前半)
日常
[ 土屋 ]
2013/7/11(木) 午後 8:17
資料調査の成果が上がっているようで、何よりです。
参考になる文献を挙げておきます。
高倉洋彰1998「弥生人の装身の特質とその意義」『卑弥呼の宝石箱ーちょっとオシャレな弥生人』大阪府立弥生文化博物館図録17
渡邉隆行編2006『吹上遺跡?鶤ー6次調査』日田地区遺跡群発掘調査報告8
日田市埋蔵文化財調査報告書第7 0 集、日田市教育委員会
川口陽子2009「非着装貝輪の出現と意義ー南海産貝製腕輪における立岩型の位置づけー」『九州考古学』第84号
高倉1998では貝輪に顕著なスレが認められなく、死装束としての着装を考える必要があると書かれていますし、渡邊編2006では吹上遺跡出土立岩型貝輪について死後着装と指摘されています。川口2009では立岩型は日常的に着装する貝輪ではないと書かれています。
ゴホウラ貝輪の上はどちらか
考古学の話題
[ flyingman ]
2013/7/11(木) 午前 1:08
ゴホウラ貝輪の上はどちらか
考古学の話題
[ 土屋 ]
2013/7/10(水) 午後 8:28
ええ。
立岩型だけ浮きます。また、付随して、有鉤銅釧もです。
立岩型の突起は、上り立遺跡例で顕著ですが、螺塔側に傾き、寄っています。
大坪型では水管溝側に寄って、その方向へ向いています。
形態の比較では、両者の上下関係は違う可能性があると思います。
また、『立岩遺跡』の34号甕棺出土貝輪の骨と貝輪の間隙からすると、肉がついている状態では回る余裕がなさそうにも見えます。
有鉤銅釧の鉤も長軸を二分の一にしたときの線より、鉤の向く方向に寄る傾向にあります。有鉤銅釧を立岩型貝輪を模したものと考え、鉤の方向を上と考えるなら、立岩型貝輪も突起の寄っている方が上である可能性が高まります。
なお、私の場合、右手首で5.5X4.3cmですので、7.6X5.0cmの手首側立岩型貝輪は回りません。前腕の二分の一ほどで6.2X5.5cmに達するので、『立岩遺跡』34号甕棺墓の最大の8.7X5.8cmの物も、その部分では回りません。(トレースして紙を切り抜いて回してみました)
もっと余裕のある貝輪でなければ、かなりタイトで重量だけでは回らないと判断されます。
資料調査、いかがでした
ゴホウラ貝輪の上はどちらか
考古学の話題
[ flyingman ]
2013/7/9(火) 午前 8:56
ゴホウラ貝輪の上はどちらか
考古学の話題
[ 土 ]
2013/7/9(火) 午前 0:06
また、『立岩遺跡』で永井昌文さんが述べている立岩貝輪の上下は、小林行雄1951『日本考古学概説』などで示されてきたものとは逆のものになっています。
これも着装法から螺塔部を上にすべきと、註2に書かれています。水管溝側は下になります。
立岩の手首側観の写真(126)も永井さんの主張に沿った形で掲載されています。
弥生の貝輪の上下は着装時の尺骨、橈骨との関係から論じられ、永井さんの指摘以後、ゴホウラ製貝輪は螺塔部が上に図示されてきました。
永井さんのe辺、螺塔側を下にするのは左手にはめるときで、永井さんはこれを「貝輪の上下を逆にして」と記述しています。
大坪型は着装状況が不明ですので、先生の置き方にしておけばよいかとは思いますが、立岩型や諸岡型の上下は着装状況の点検が必要だと考えます。




