私的な考古学

丹沢山麓で考古学を学ぶ学生諸君との対話

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

年末の集中講義

イメージ 1

イメージ 2

先週は愛媛大学での集中講義に行って来ました。愛大の専攻生も博物館学の集中と重なってしまったようで時間の配分が大変だったようですが、23日午後から26日午前までの15コマのうち、出席可能なコマを受講していただきました。

正規の受講生と、研究生や院生には全時間お付き合いいただきましたが、どうだったでしょうか。私の最新の研究成果を披露することになりましたので、困惑の度を深めたのか、あるいはその逆か、ニュートラルには聴きがたい内容だったかと思います。

また忘年会を兼ねた歓迎会には下條信行先生までもがお越し下さり、恐縮致しました。何分にも12年前までは同じ四国に在住していたこともあって、古巣のごく脇に帰って来たような錯覚さえ覚えました。それも手伝って、2次会では村上恭通さんと唄って踊って叫びまくって、と、かつてのノリではしゃぎましたので、翌日の講義は声が出ない状態。完全に声帯が潰れていました。

ともかく私の話を聞いていただいた皆さんや、呼んでいただいた村上恭通さんに感謝します。2014年の師走も、締め括りは講義で終えることになりました。

記事を書いてから写真を探しましたが、まともな写真は忘年会での集合写真のみで、唯一使えそうなものは2次会で谷若さんと合流したときの1カットだけ。他は完全にブレブレでした。

全く!何してるんだか

イメージ 1

イメージ 2

 と、夕食後にはこのところ毎晩イラストレータに向かう妻に呆れ顔でつぶやかれています。

マッサン効果の余韻でしょうか。冷ややかな妻の視線を気にはしつつも、我が家に備蓄されたウィスキーの「品評」を小茄子川君と二人で開催した際の選考結果がこうなりました。定番のアイラモルトは(ピート臭の強さゆえに、あまりにもクセが強いため)今回の選考対象からは外すことにして、という前提条件付きですが、小茄子川君のお母さんが私の誕生日に送ってくださったニッカのシングルモルト「宮城峡12年」(現在は品薄状態で貴重!)がどこまで美味いかを試すことにしたのです。

前列の左が最上位で、右が最下位となりました。結果は堂々の一位。

「宮城峡12年」は、さすがに旨い酒です。二人の評は「グレンリベット18年」に全然負けていない、との結論となりました。後者のボトルは、じつは今月末に愛媛大学に集中講義でお邪魔する際の手土産のつもりで買っておいたものですが、他のボトル共々、つい事の成り行きで開封してしまいました(田崎さんと村上君には別の酒を用意します。あしからず)。

ただし今回の「品評会」で学んだことがあります。ショットグラスでチビチビと飲み比べてみても、5・6杯目からは舌がしびれてきて、どれも似たような味わいに感じられてしまう、違いがわからなくなる、という事実です。

その結果「スーパーニッカ」と「響12年」の違いがわからないし、値段では1/2程度の前者の方が旨く感じられる、という、そんな次第となりました。サントリーよりニッカを贔屓しているわけでもないのですが、ようするに二人ともウィスキーの味を語る資格などないってことです。

ただ意外だったのは比較的好きだったはずの「オールドパー」がもっと下位に沈んだことです。返す返すも意外でした。ちなみに最下位の「teacher's」は 燻製用に買い足したもので、前任者は「ブラックニッカ・リッチブレンド」でした。

マッサンもようやく本筋に戻ったようで、少しは視聴率も回復するかもしれませんね。

54歳の誕生日

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

本日11月26日は、私の誕生日でした。

夕方には網取のメンバーとゼミのメンバーが誕生日を祝ってくれました。プレゼントはなんと奈良のあの店、フルコトから取り寄せてくれたという前方後円墳クッションでした!驚かされましたが、ちょうど良い硬さ・柔らかさで色味も落ち着いていて、使い勝手が良さそうです。

平面形は5世紀中頃型とでもいうのでしょうか。くびれ部は適度に広く、段築もステッチで表現されています。肝心の写真を取り忘れてしまいましたが、ご馳走してくれた二つのケーキも真に美味しかったですよ。どうもありがとう。

また帰宅後の夕食時には第2弾として、妻がクリームシチューを、小茄子川君がスモークド・ローストビーフを作ってくれました。妻からのプレゼントはシャツとネクタイ。今年の色味だそうで、私のジャケットに合わせてくれました。

さらにそうこうしているうちに宮城県の小茄子川君のお母さんから包みが宅配されてきました。開けてみればニッカ「宮城渓12年」のボトルでした。真に美味です。小茄子川君からの気の利いたプレゼントにも感謝。お母さんにも申し訳なく思います。

そんなわけで、本日頂戴したすべてのプレゼントを抱え、着付けてニヤニヤしている私の様子を撮ろうということになり、土間を舞台に写真撮影と相成りました。

折からお祝いの電話をくれた娘にも我が家の様子が伝わるように、ということで、最下段の写真はFBではなくまずブログにアップさせられるハメになりました。小茄子川君の撮影によるものです。なんとも照れ臭いところですが、皆さん、どうもありがとう。

イメージ 1

イメージ 2

先日は滋賀県竜王町に行ってきました。雪野山古墳出土の石製品や玉について、市民の方向けの講座に招かれたからです。1989年の第一次調査から25年を経て、この古墳は国の指定史跡になりました。それを記念するイベントの一環として、当時の参加者であった私にも白羽の矢が立てられたということのようです。

このところ腕輪形石製品の話をさせて頂く際には、会場に貝輪の実験製作品を持ち込んでご覧頂くことにしているのですが、竜王町でご覧頂くのは2回目ですし、新たに追加した資料はスイジガイ釧と龍ヶ岡―紫金山の表裏セットぐらい。昨年の秋にも草津市でご覧頂いたこともある方も多く、回を重ねるごとに見飽きられた感があります。そろそろ実験貝輪の興行も店じまいすべき頃合いかな、と感じました。

それと私自身にとっては新鮮なネタのつもりで「死者の貝輪」と「生者の貝輪」の対称性と表裏の関係の話に力を入れてみたのですが、一般の方にはそうでもない(というか、馴染みでもなく聞いたこともない話)ところもあったようで、会場からの反応は今ひとつだったように感じました。

打って変わって最後にオマケとしてお話しさせていただいた「雪野山古墳はどちらが正面観なのか」については強い反応があり、講演会の終了後にも、控え室に場を移してさまざまな状況証拠を解説させていただくことになりました。結論は、雪野山古墳は西から仰ぐのが正面観であったろうというものです。日野川を伝う内水面の交通ルートが鍵になるのでしょうね。

石製品ネタについては細かな意味での専門分野でもありましたので、当日配布資料にも力が入りましたし、色味を問題にする内容でしたから教育委員会の方にはカラー刷りをお願いすることになったのですが、それだけオタク的に走りすぎたのかもしれません。

ともかく本題よりオマケの方が印象深かったという講演会は、どこからみても褒められたものではないでしょうね。お集まりいただいた60名を超す方々や、教育委員会の冨田さん、大東さんには申し訳なく思います。

当日は天候にもめぐまれましたので、西から仰ぎ見る雪野山(龍王山)の写真を撮ることができました。今後は、この写真を使わせていただきながら、景観史の観点から踏み込んでみることにしたいと思います。

弥生時代の稲束貨幣論

イメージ 1

記事のアップが大幅に遅れましたが、去る7月に奈良女子大学文学部小路田研究室から刊行された『日本史の方法』第11号に、「稲束と水稲農耕民」と題する拙文を掲載していただきました。この論文で、稲束は弥生時代から貨幣として交換の際には換算レートの基準となった可能性が高い、という表題の主張を展開しています。

ポイントは唐古・鍵遺跡出土の弥生時代中期前半期に属する稲束の分量である約75本の稲茎に稔ったであろう稲籾「榖」が古代の1合(現在の4.6合)に相当するものだと推定できる点です。昨年の記事で紹介したとおり、藤田三郎さんの立会のもとで茎の数をカウントし、別の古代稲をもちいた実験稲束と分量を比較してみた結果です。

この分量を「一握」とみなせば、5握で古代の「一把」となり、10握で同じく古代の「一束」に該当するという計算が成り立つのです。こうした稲束をめぐる階層構造を、私は「稲束システム」(頴稲をもちいた換算レート、植え付け時の目安ともなる3階層構造)と呼ぶことにしています。

加えて身近な貨幣(現物貨幣とも限定目的貨幣ともいわれますが)の分量は長期間不変で、要するに弥生時代の中期以降は古代まで一定していた可能性すら充分に指摘できる、となるのです。

この検討結果を基礎に据えて、貨幣としての稲束がもっとも多量に出土した唐古・鍵遺跡は冬の大規模定期市の場であったとの推論も開示することになりました。

なぜ冬なのかといえば、貨幣を手にした時がもっとも購買意欲がそそられるという図式は古今東西を問わず不変なのと、それが稲束であれば、稲の収穫後が年間を通じて最大の貨幣備蓄期に相当することになるからです。歳末商戦がボーナス支給を前提としたものであることと、構図はまったく同じです。

さらに稲束の授受をめぐる首長と民衆との間の駆け引きは、弥生時代には登場した可能性があり、それが古代の出挙に引き継がれた公算も高いので、この図式を威信財交換概念に適用しますと、稲束は「増殖型威信財」でもあったといえ、負債感の増幅や徳政令的な債権一括放棄という駆け引きの基本アイテムともなりますから、その駆け引きの累積が水稲農耕民の社会に階層化が内部から生じる要因ともなった、と論じています。

このような稲束の再生をめぐる駆け引きと階層化のプロセスを指して、私は「稲束威信財システム」と呼ぶことにしています。

本論に興味をお持ちの方は、下記にお問い合わせください。
〒630-8506 奈良市北魚屋町 奈良女子大学文学部 小路田研究室気付 
奈良女子大学日本史の方法研究会事務局


.
flyingman
flyingman
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事