私的な考古学

丹沢山麓で考古学を学ぶ学生諸君との対話

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一昨日の22日、鳥取県青谷上寺地で鉄器ワークショップが開催されました。愛媛大学と鳥取県の共催イベントで、全国各地から60名ほどの参加があり、盛況でした。

同遺跡から出土した鉄器全点が一同に並び、全体を観察できる機会ですので、鉄器シロートの私でさえ、楽しめるという趣向。そればかりか、今回は鉄器だけでなく、骨角器、木器も並べていただけたので、鉄器で加工した製品との関係を併せて把握できるという絶妙な仕掛けをしてきただき、これには驚かされましたし、非常に有り難く思いました。

かくして私はもっぱら骨角製品・未製品・加工痕のある資料を並べていただいた部屋に張りついていました。

第1回目の吉野ヶ里遺跡のときと同様、各所で活発な意見交換が行われており、耳学問だけでも楽しめます。四国からの参加も多く、馴染みの研究者とも語りあえました。

青谷上寺地遺跡の資料、たしかに弥生文化を考えるうえで、非常に重要な意味をもつことを改めて教えられた半日間でした。主催者には深く感謝申し上げますし、若手研究者の活躍もめざましく、多くの新知見を教えられました。今後の研究のますますの進展に期待したいと思います。

吉野宮跡

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今日はまことに寒い一日になりました。奈良は時折みぞれが降り、風が吹く寒さで日中の気温も摂氏5度ほど。そんななか、宇陀方面経由で吉野方面をドライブしてきました。

紀ノ川流域は、たしかに四国の山間部を想わせるどこか懐かしい光景で、しばしば道路脇に車を止めては眺め入っていました。

雨滝遺跡に設置されている郷土資料館では古代の吉野宮址出土の資料を見学しました。

目的のひとつ、資料館のごく近隣で確認されたという宮址から南の正面に映っていたはずの情景を写真に収めました。まさしくV字谷と山でした。

同郷土資料館には柿の葉寿司の伝統的な作り方を紹介したコーナーもあって、なぜ奈良名物が柿の葉寿司なのかわかったような気がしました。吉野の伝統からきているのだと。

その後は御所市にある水平社博物館を見学することにしました。企画展示だというオブジェが非常に印象深く、いろいろと考えさせられるものがありました。

特別展・大交流時代

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本日、愛知県の安城市歴史博物館に日帰りで行ってきました。表題の特別展を観るためです。先日福岡市の久住猛雄さんからお知らせいただき、これは観なければと思い立った次第です。

たしかに見応えのある特別展で、「力が入っているなー」と感心させられました。図録も各地の中堅どころ、若手の研究者が論考を寄せており、図録だけでも読み応えがあります。

総論は山口市の北島大輔さんが執筆されており、弥生時代終末期から古墳時代初頭にかけて、日本列島内での地域間交流について、彼がどのようなイメージを抱いているかを知ることができました。各地の様相への目配せに気を遣っており、今後の研究の進展が期待される若手研究者のホープです。

土器様式の交差状況から交流がいかに活発だったのかをみようという基本コンセプトのようでしたし、日本列島の各地で出現する初期の前方後円(方)墳が、どの地域との関係のもとで出現してくるのかを併せて考えようとの目論見でもありましたので、各地の有名どころをしっかり押さえてありました。ですから墳墓資料については教科書的に確認することができます。

私が弱いところは北島さんのいう「多地域型土器交流拠点」の最近の具体的事例でしたが、この点については今回揃えていただいた資料を通じてよくわかりました。担当者の力の入りようが伝わってくる内容だといってよいでしょう。まことに重要な特別展で、考古学専攻の学生さんには是非みせたいと感じた次第です。

ただオヤジ的にちょっとだけ満たされなかったところを申します。土器が動く、土器製作技術が動く(交流)ことの背景に、では当該時期に、各地の人々はなにをどのように交流・交換したと考えられるのかについての解説や掘り下げが少しだけ弱いかな、と感じたことです。水銀朱など明らかな遠隔地間の交換財は別として、土器が自発的に交流するわけはないので、現象の背後を支える構造が問題ではないかと思います。

たとえば調理具の現物(甕形土器)や日常の食器類(鉢形土器)が動くのでしたら、運送者や移住者の交錯となりますし、貯蔵容器(壺形土器)が動くのでしたら内容物の交換の可能性が大ということになります。そして祭具(小型精製土器類ほか)が動くのでしたら遠隔地間の祭りの交流ですよね。これら3つのパターンの量的比率が各地でどうなっているのかが肝心なのかと。

いっぽう土器製作技術が動くのであれば、作り手の交換でしょう。その場合に有力視されるのは「女性の交換」ないし婚姻だということになるはずです。さきに列挙した祭具の交流と関わらせれば、遠隔地間で取り結ばれる同族化ですよね。交換の活発化は、しばしば当事者間の同族化を招くという民族誌は参照されてよいのではないかとも思います。そしてこの問題については、たつの市の岸本道昭さんが15年ほど前に瀬戸内地域の土器様式の交差と墳墓祭祀の共有に絡めて論じられていますので、参考になるでしょう。

こうした背後の構造へと具体的に切り込むことも、今後は面白いのではないかと感じました。

なお北島さんは総論で準構造船が「帆走ではなかった可能性」を論じていらっしゃいましたが、帆走の可能性は充分に考慮されるべき資料的状況なのではないかとも思いました。この点で中期の事例ですが大阪の塚廻2号墳の船形埴輪は参考になるかと思います。

もちろん、このような中年オヤジのお節介コメントはいらぬものとも思います。おそらく担当者間でもさまざまな可能性については吟味されたうえで、見解の一致しない部分についての主張は見合わせたという側面もあるに違いないと思います。

特別展の図録は、久住さんの論考を含め非常に読み応えがある論考揃いであることを申し添えておきます。会期は3月いっぱいのようですから、弥生ー古墳移行期に興味関心のある方には、是非お薦めです。

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先日、今私が借りている部屋に書棚が入りました。奈良女子大学本部棟の裏にある放送大学関連建物の1階奥、勇湯の正面にある部屋「101、教員室1」です。

この部屋で稲束貨幣論の原稿やら次の著作の準備やら石製品関連の資料整理やらと格闘したこともあって、テーブルの上はまことに雑然としていたのですが(最上段の写真)、この本棚が入ったおかげですっきりと収まりました。奈良での生活も、とうとう残り1週間となってしまいましたので、本棚への収納と同様に残り仕事の片付けを始めた、という次第です。

この本棚ですが、某副学長のお陰でしつらえていただきました。2段目の写真の左横に積みかさなっている段ボール箱も、4月以降の実験関連器具類です。

じつはまことに嬉しいことに、4月からは大賀克彦さんがこの部屋の住人になることが決まりました。奈良女子大学古代学学術研究センターの特任講師として着任されます。5年間の任期付きですが、この部屋を根城に玉類研究の拠点を築いていただきたいと願っています。

彼の研究実績や研究姿勢に某副学長が注目したことがきっかけです。すでに大賀さんは玉研究の第一人者としての頭角をあらわしていますので、彼のなお一層の活躍の場と資金的なバックグラウンドを奈良女子大学が用意してくださった、という次第です。

大賀さん自身は「基本ノマド」などといっていますが、今後は奈良女子大学の研究者として活躍していただくことを期待しています。彼のトレードマークでもあった「青春18切符」資料調査からも卒業することになるでしょう。

さっそく彼には来年度からスタートさせる研究会の企画を練っていただいています。もちろん手始めは、ガラス小玉や石製玉類・石製品の研究会となりそうです。ただしせっかくだから、威信財論だったり型式論だったり、といった大きなテーマを恒常的に議論する場を創っていただくことも期待しています。奈良でしたら東西両方面から集まりやすい場所ですし、近隣の博物館特別展に絡めて集うことも可能ですから。

そしてここからは、4月以降発足する大賀研究室の宣伝をいたします。思いがけずガラス小玉や管玉などが発掘調査現場から出土し、詳細な考古学的な位置づけに苦慮される場面や、処理や整理、報告書での紹介の仕方に戸惑う場面も多いかと思います。

そのような際には、どうぞご遠慮なく大賀研究室にご相談ください。全国どこからのご依頼にも快く応えていただけるものと思います。なにせ彼は「基本ノマド」でやってきていますから。

早朝には鹿の群れが草を探して構内に入り、職員の出勤時刻に併せて出て行く、この光景とも馴染みになりました。このような環境の古都での滞在も、もう1週間を残すだけとなり、すこし寂しい気がします。

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昨日夜に奈良へ帰り着きました。瀬戸内から北陸にかけての資料調査の旅でした。

3月10日の午前中には東広島市埋蔵文化財センターにお邪魔して弥生後期の箱式石棺墓から出土したイモガイ製の貝輪を見せていただき、岡山にとって返して午後は岡山市埋蔵文化財センターにて南方遺跡の貝製品と九州の土器を閲覧。こちらは弥生中期中葉の時期のものですが、なんとゴホウラガイを素材としたペンダント類が出土していることで注目される資料です。

東広島のものは胴体の長い横割りタイプで弥生前期の事例が多いのですが、後期にまで引き継がれていたことに驚かされました。類例は東シナ海から日本海沿岸に認められるので、安芸まではこのルートでの貝輪の流入があったと認めてよいのかもしれません。

いっぽう岡山のものは、出土土器からみても九州の東海岸を北上したものとみてよく、鹿児島・南宮崎の集団との交流がゴホウラ素材の流入の背景にあったことは間違いないものと思われます。

問題は有明海沿岸勢力との関係ですね。弥生中期の末から後期に照準を絞りたいのですが、まだ確証はつかめていません。

その日の夜は扇崎由さんと東口の正福で語り合いました。

翌12日にはレンタカーで楯築弥生墳丘墓と吉備津彦神社をまわり、岡山県古代吉備文化財センターにお邪魔して、写真資料の提供依頼をしてきました。東広島にも岡山にも、友人・知人が多いものですから、こうした急な資料調査依頼にも快く、またアポなしの突然の訪問にも、なかば呆れ顔ながらも対応していただき、助かりました。ご対応いただいた方々に深く感謝します。

その足で福井に向かったのですが、到着は午後6時になってしまったので、県立博物館と市立博物館の訪問は断念しました。アポをとっておかなくて良かったと胸をなで下ろしました。

翌13日には石川県片山津遺跡の石製品を再調査させていただきました。私の石製品研究の原点ともなった遺跡の資料です。考えてみれば25年も前にみた資料ですので、材質に対する感触をアップデートさせる必要性を感じたのと、年代観について新しいヒントがないかどうかを確かめたかった、というのが主目的でした。

幸い、加賀市教育委員会の若い職員である戸根さんは、この遺跡の資料を含む玉研究への関与を目的のひとつとしてこの教育委員会に奉職されたというだけあって、すでに石製品関係の遺物を出土遺構べつに収納し直してくださっていました。ですから今回は大いに助かりました。収蔵庫に一日籠もらせていただき、石材をじっくり観察できました。

やはり材質の変化や制作される器種の変化は年代差を反映している可能性が濃厚で、前期後半の腕輪形石製品類の素材となる、軟質で風化しやすい淡灰緑色凝灰岩(私がいう材質2)は、片山津遺跡でも前期の後半にならないと登場しない、とみてよいものと思われました。

さらに翌14日には金沢市埋蔵文化財センターにお邪魔して、金沢市内で最近増えている古墳時代前期(後半)の石製品類・未製品類をみせていただきました。途中から石川県立歴史博物館の三浦俊明君が加わり、午後2時過ぎには石川県埋蔵文化財センターの伊藤雅文さんも石製品資料の現物を持ってお越し下さいました。

ですから伊藤さんのご到着後には、いきなり「石製品関連遺物持ち寄り会」の様相となりました。センターの皆さんも、それぞれに調査を担当なさった遺跡の資料をお持ち下さり、さまざまな様相を直接確認することができました。ですからこうした会をもっていただけたことには多いに助かりました。

伊藤さんは腕輪形石製品のなかには内孔の穿孔にロクロをもちいない事例がかなりあることと、そういった資料の材質は軟質で硅化作用のみられない凝灰岩が多いことに注目されています。さらに同一の遺跡から、ロクロをもちいた穿孔が存在したことの証明ともなる刳り貫き円盤と、打割によって内孔を穿孔しようとして失敗した未製品とが共伴し、両者ともに軟質の石材であることがほとんどであることも同時に確認できるものですから、そうした奇妙な様相をどう理解すべきかについて深い関心をお持ちでした。

この点については私の関心ともまさしく一致し、このような臨時持ち寄り会が実現することになりました。お持ちいただいた資料も、ピンポイントでそこを突く資料ばかりでしたので大いに助かりました。夕方前には超ミニシンポの様相となり、今後の研究や議論の進め方についてまことに有意義な機会となりました。ご対応くださった金沢市教育委員会の皆様には心から感謝申し上げます。

夜は三浦君がセットしてくれた飲み会となり、伊藤さんと河村好光さんと語り合うことができました。昨年度に出した同成社の論文では、私は河村さんを「川村」と誤変換しており、そのことのお詫びと、今後の研究へのご支援をお願いしたところです。

さらに昨日14日には、午前中に石川県立博物館にて紡錘車形石製品を実測させていただき、三浦君の車で県のセンターへ。前日の持ち寄り会でお見せいただいた資料の実測と写真撮影をおこないました。

なおその場では西田さんという若手の調査担当者による新たな試みをご紹介いただきました。問題の材質2の原産地を確認し、材質の様相を実験にて確かめようというものです。最下段の写真は、西田さんご自身が作成された材質2の管玉で、鉄錐穿孔です。西田さんは旧石器がご専門だということもあって、管玉の荒割行程に鉄器をもちいた剥離があることを追求なさっています。故吉留秀敏さんによる管玉製作論を思い出して、着実に研究が進展していることを再確認させられました。

こうしてサバティカルを利用した瀬戸内と北陸の旅を終えました。持参した方眼紙は、今回もほぼ一冊を消耗しました。三浦君と伊藤さんには返す返すも感謝です。

着実に近眼と老眼は進んでいるので、実測をつづけられるのはいつまでかわかりません。しかし現物を実際に手にとって舐め回すかのように見つめ図化を進めるという作業は、私自身の存在証明のようなもので、楽しいものです。


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