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本日、愛知県の安城市歴史博物館に日帰りで行ってきました。表題の特別展を観るためです。先日福岡市の久住猛雄さんからお知らせいただき、これは観なければと思い立った次第です。
たしかに見応えのある特別展で、「力が入っているなー」と感心させられました。図録も各地の中堅どころ、若手の研究者が論考を寄せており、図録だけでも読み応えがあります。
総論は山口市の北島大輔さんが執筆されており、弥生時代終末期から古墳時代初頭にかけて、日本列島内での地域間交流について、彼がどのようなイメージを抱いているかを知ることができました。各地の様相への目配せに気を遣っており、今後の研究の進展が期待される若手研究者のホープです。
土器様式の交差状況から交流がいかに活発だったのかをみようという基本コンセプトのようでしたし、日本列島の各地で出現する初期の前方後円(方)墳が、どの地域との関係のもとで出現してくるのかを併せて考えようとの目論見でもありましたので、各地の有名どころをしっかり押さえてありました。ですから墳墓資料については教科書的に確認することができます。
私が弱いところは北島さんのいう「多地域型土器交流拠点」の最近の具体的事例でしたが、この点については今回揃えていただいた資料を通じてよくわかりました。担当者の力の入りようが伝わってくる内容だといってよいでしょう。まことに重要な特別展で、考古学専攻の学生さんには是非みせたいと感じた次第です。
ただオヤジ的にちょっとだけ満たされなかったところを申します。土器が動く、土器製作技術が動く(交流)ことの背景に、では当該時期に、各地の人々はなにをどのように交流・交換したと考えられるのかについての解説や掘り下げが少しだけ弱いかな、と感じたことです。水銀朱など明らかな遠隔地間の交換財は別として、土器が自発的に交流するわけはないので、現象の背後を支える構造が問題ではないかと思います。
たとえば調理具の現物(甕形土器)や日常の食器類(鉢形土器)が動くのでしたら、運送者や移住者の交錯となりますし、貯蔵容器(壺形土器)が動くのでしたら内容物の交換の可能性が大ということになります。そして祭具(小型精製土器類ほか)が動くのでしたら遠隔地間の祭りの交流ですよね。これら3つのパターンの量的比率が各地でどうなっているのかが肝心なのかと。
いっぽう土器製作技術が動くのであれば、作り手の交換でしょう。その場合に有力視されるのは「女性の交換」ないし婚姻だということになるはずです。さきに列挙した祭具の交流と関わらせれば、遠隔地間で取り結ばれる同族化ですよね。交換の活発化は、しばしば当事者間の同族化を招くという民族誌は参照されてよいのではないかとも思います。そしてこの問題については、たつの市の岸本道昭さんが15年ほど前に瀬戸内地域の土器様式の交差と墳墓祭祀の共有に絡めて論じられていますので、参考になるでしょう。
こうした背後の構造へと具体的に切り込むことも、今後は面白いのではないかと感じました。
なお北島さんは総論で準構造船が「帆走ではなかった可能性」を論じていらっしゃいましたが、帆走の可能性は充分に考慮されるべき資料的状況なのではないかとも思いました。この点で中期の事例ですが大阪の塚廻2号墳の船形埴輪は参考になるかと思います。
もちろん、このような中年オヤジのお節介コメントはいらぬものとも思います。おそらく担当者間でもさまざまな可能性については吟味されたうえで、見解の一致しない部分についての主張は見合わせたという側面もあるに違いないと思います。
特別展の図録は、久住さんの論考を含め非常に読み応えがある論考揃いであることを申し添えておきます。会期は3月いっぱいのようですから、弥生ー古墳移行期に興味関心のある方には、是非お薦めです。
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