私的な考古学

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朝日新聞の朝刊から

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本日の朝刊文化面に「英国に蔵書寄贈 異論」と題する記事が掲載されていました。

記事のリードはこうなっています。「国内有数の考古学の専門書群5万6千冊余りの行き先が問題になっている。所蔵する日本考古学協会が受け入れ先を公募し、英国の研究所に寄贈が決まった。それに一部の会員が反発、16日に協会としての対応をあらためて協議することに。騒動には、蔵書を持て余し活用できなかったという長年の経緯もからんでいる」(同記事から)。

海外への蔵書の寄贈に反対する有志の会からは松本富雄氏が、理事会からは石川日出志氏がインタビューを受けています。二人の見解は双方の立場をそれぞれ代表するものだといえるでしょう。

この記事の中で、私にとって特に印象深かったのは「預け先転々 長年活用できず」という見出しのもとで記述された、70年代から現在にいたるまでの経緯の部分でした。国立考古学博物館を建設してアーカイブ機能を持たせる構想や、自前の図書館構築案がいずれも立ち消えになった一方、図書の預け先は東京近郊を転々とし、ようやく市川考古博物館に長期寄託を許されるまで、保管場所は「放浪」を余儀なくされたことが紹介されています。これまで幾度か構想は立ち上がったものの、結局ほとんど活用されることなく協会設立以来60年以上の歳月を経た事実を思い知らされます。仮保管状態の倉庫内の写真はことさら印象的でした。一読をお勧めします。

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新学期が始まって以降も表題の問題への見解を長々と書き連ねてきました。妻からは「長すぎる文章は誰も読まないよ」との真に的確な忠告を受け、実家の母からも、私の激昂ぶりを気遣う電話を受けました。仰せのとおり、そんな暇はないことを自覚し、この問題への言及を収束させることにします。

手短に、を心がけて…。

私は協会所蔵図書の寄贈にあたり、応募要項に国籍条項を示すことなく開かれた公募を実施した日本考古学協会の賢明さを讃えます。さらに国内から一件も応募がなかった事実を前にしても、公正を期し、2009年度第75回総会決定事項に沿った手続きを、遅滞なく進めた前理事会の葛藤と苦悩を共有しました。私はこの間の経緯に立ち会えたことを誇りに思います。
                                           以上

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件の蔵書寄贈問題に関わる意見表明を先日一旦終了しましたが、その後メール等で数件のお尋ねをいただきました。その中には、仮にも理事会案が否決され、協会所蔵図書の寄贈先が白紙に戻されることになった場合、この問題に関わる今後の日本考古学協会員の金銭面での負担はどうなるのか、もっと明確に示して欲しいとの強い要望がありました。

仰せの通りです。たしかに会員の皆さんにとって、もっとも知りたい問題はここでしょう。そこで現在公開されている資料から関係部分を拾い出しつつ、私のわかる範囲での試算を紹介します。

まず本年3月22・23日に市川考古博物館からナガオ倉庫へ図書を搬出した、その搬出に関わった経費については「覚書」に沿って全額セインズベリー日本芸術研究所が負担しております(協会会報?鷂170、21頁L7参照)。それが白紙に戻されることになるわけですから、その払い戻しを求められるのは必定です。

輸送費がいったいいくらかかったのかは不明ですが、私の自宅での書籍の運送費を念頭におけば、最低でも150万円ぐらいはかかったでしょうね。それに当日は先方の職員が日本に派遣され立ち会っています。それに関わる渡航費と滞在費の払い戻しも道義上は想定しておかなければなりません。

次に本年4月以降の蔵書仮保管庫代ですが、現在は「覚書」に沿って寄贈先のセインズベリー日本芸術研究所が負担しています。本年11月にお断りして日本考古学協会の負担に戻すとなると、とりあえず56,684冊の保管費用として、今年度は997,920円を追加計上しなければなりません(協会会報?鷂170、22頁L33参照)。これらを合わせると概算で250万円から300万円、というところでしょうか。

しかし頭の痛いのはここから先です。本年4月以降、セインズベリー日本芸術研究所は日本において寄贈図書の目録(ないしカタログ)作成準備を進めています。これも「覚書」に則った対応で、研究所の職員をイギリスから派遣して、また日本人の臨時雇用を前提としての作業に着手し始めたようです。こうした目録作成準備や作業にかかった経費がどれほどかは見当もつきません。あなただったら、どの程度を見積もりますか? 

もちろん「覚書」を締結するにあたってイギリスからお越し頂いた役員や担当者の渡航費用も念頭に置く必要がありますね。本件も日本考古学協会側の都合でキャンセルとなれば、相応の補填を求められるはずだからです。

仮定上の話しですが、もしあなたが先方の担当者であったとしたらどうします?日本考古学協会を相手に損害倍賞請求の訴訟を起こすはずですよね。いままでの経費が全部キャンセルとなり泡と消えるわけですから。

あるいは訴訟にいたらなくても、相応の損害を補填する道義上の義務を日本考古学協会側は負うわけですから、こちらとしても応分の出費は覚悟したうえで先方にお詫び申し上げなければなりません。

仮に2名の一般職員の往復渡航費(エコノミー往復割引利用)に日本での滞在費、目録作成準備関連経費(学生の臨時雇用2名8時間勤務20日間)だけを想定し、1ヶ月を費やしたとすれば、科研費の費目計算式を乱暴に当てはめてみた場合ですが、これだけで180〜200万円ほどの計算になりますね。

先の250〜300万円を加算してみますと、要するに今年度だけで、私のごく雑駁でかつ先方からの請求額を最低に見積もった計算でも、430〜480万円をセインズベリー日本芸術研究所への損失補填および倉庫代として今年度中に支払わなくてはならないことになります。

これだけで年間の全事業経費の1割強を占める計算になります。目録作成準備が軌道に乗り始めていたとすれば、その分だけ先の金額の掛け算になります。仮に訴訟となれば、もちろんその間は支払う必要はないでしょう。しかし断言できますが、訴訟となれば必ず負けます。ですから訴訟に関わった経費を上乗せした負担を被ることも覚悟しなければなりません。

さて賠償金をどうやって支払うか、ですね。もちろん現理事会に瑕疵はないものと私は確信しています。にもかかわらず会員総意のもとで理事会の判断が覆されることを想定するわけですから、当然全会員に応分の負担をお願いするのが筋です。基金の切り崩しと若干の会費増でしょうか。

さらにこれだけでは終わりません。「海外放出反対会」の要求を見ますと、寄贈要項に国籍条項を入れ直してセインズベリー日本芸術研究所を予め不適格とし、国内限定公募をやり直すという、単なる出直し公募だけでは済まないのです。

実はここからが大事な部分なのですが、実効性のある国内限定再公募を行う場合には「海外放出反対会」も明言するとおり「『一括寄贈』についても改めて検討する余地がある」(会告<資料2>下から3行目)わけです。そうしない限り現行の寄贈要項のまま出直し公募をおこなったとしても、応募先は国内では見つからないのです(つまり、彼らもそのところは充分に知っているのです。だからこの一文が挿入されているものと捉えるべきで、ここは非常に重要な文言なのです)。そしてこの一文が示唆するのは、2009年度の総会決定事項にまで遡及して、その白紙撤回と修正が必要であること、それを意味するのです。

早稲田大学での総会決定にまで遡って白紙撤回する手続きですから、当たり前のことですが現理事会は面食らいますね。慎重にも慎重を重ねての手続きを余儀なくされることになります。ですから再度方向性が確定するまでには相応の時間を要するのです。最速でこのような手続きをし直す場合を以下に想定してみましょう。

2011年度総会で要項の修正動議を諮り、承認された場合には2011年度に再公募を実施。2012年度総会で寄贈先の承認を経て2012年度中に寄贈手続きとなる。という手順でしょうか。最低でも3年間は時計の針を逆戻りさせなければならないのです。仮に私たち現理事が次回の臨時総会で全員解任されて理事選挙がやり直され、「海外放出反対会」のメンバー主導の理事会が立ち上がって早急に手続きをし直したとしても、ですよ。新理事会の独断ででも事を進めない限り、2011年度内には絶対に決着がつきません。

となると、です。貸し倉庫代は最低でも来年度分と再来年度分は必要になります。今後997,920円×2年度分で、概算200万円は図書の貸倉庫代として計上しなおさなければなりません。

最低でも以上のような、余分な出費を今後私たち日本考古学協会員は覚悟しなければならないわけです。「とりあえず日本国内に留めおくことで結集しませんか」との標語があるようですが、この標語が意味するところは、金銭面での多額の損失を誘導することなのです。

さて、ここまでは単純に金額の問題でした。もう一つの時間の問題についても触れておきましょう。「海外放出反対会」のメンバーの中には、現在の寄贈予定図書の目録さえ整ってないことに憤慨し、日本考古学協会の怠慢さを糾弾する方がいます。日本考古学協会独自で文献資料センターを開設せよ、との声もあります。

後者については声を上げているご当人でさえ実現性を信じていない夢物語でしょうから無視して差し支えないものとしても、前者の声、つまり、蔵書の目録ぐらい日本考古学協会で作りましょうよ、との要望が採択された場合はどうでしょう。

その目録づくりに関わる経費負担と、それに要する時間待ちを、会員のみなさんにお願いしなければなりません。大規模な図書館でも2年くらいはかかる作業です。それを協会側でおこなったとして、国内に限定されるであろうところの新たな寄贈先で寄贈図書の利用が可能になるのは、最速でも5・6年は先になるものと予測しておく必要があります。だとすれば2015年度ですよ。そのとき、あなたはどこでどうしていますか?

そのいっぽう、現行のセインズベリー日本芸術研究所に丸投げお任せ状態のまま、ただ待っていさえすれば、2年先、つまり2012年度には蔵書の目録がほぼ揃うのです。日本文と英文で、です。日本の研究者には最大限のサービスが約束された上で、です。すべて現行の寄贈要項(2009年度総会決定事項)に沿って、それを実現すべく先方は現実に動き始めてくれているのです。

さてどちらが損得勘定の上で現実的でしょうか。日本考古学協会員にとって望ましいのでしょうか。こうした部分を充分にご考慮いただき、是非とも賢明なご判断を、と切に願うところです。

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ところで今回の臨時総会開催の通知を受けた私は、こうした事態を招いたことに対し、悔やんでも悔やみきれない気持ちに駆られました。理事の一人として、また前理事選挙の際に私に投票してくださった350名余の会員の方に深くお詫びしなければならないと思いました。

なぜか、というと、5月の総会のときに緊急動議を促す発言を思いとどまったからです。あのとき、理事会報告への厳しい反対意見が出されましたので、その時点ではっきりと白黒をつけておくほうが無難だと思いました。この点は今でも悔やまれます。

なお総会の時の経緯については、「反対有志の会」が提起した7月30日付け文書「日本考古学協会理事会見解に対する私たちの意見」(協会HPに掲載)に関連する記載がありますので、その部分を引用しながら解説しておきましょう。

本意見書には「今年度の協会総会の際、この問題に関して会場から何度か上がった『動議』の声を無視するかたちで議事が進められたが、これは議長団の重大な不手際である。その理由を問いただしたい」(同意見書<5.あらためて理事会に問う>から)とあります。この理解は、半分は当たっているものの、半分は間違いです。当たっているところは、議長団が会場からの発言者の要求を受け入れなかった事実です。間違っているところは、発言者は「報告事項」の議事の場面でのみ上記の声を上げただけに終わったという厳然たる事実を、なぜかお忘れだということです。

「報告事項」の議事の際に緊急動議を提起しても無意味でしょう。それは議長の権限のもとに不規則発言だと処理されても、また取り合わなくても問題ないはずです。

肝腎なのは「その他」の議事の場面で緊急動議の声を改めて上げることだったはずです。議事の終了間際であっても一向に構いません。そうなった時点で議長がその声を無視したのであれば、議事進行上の重大な不手際でしょう。事実はそうでなかったことを、会場にいらっしゃったのであれば、どうかよく思い返してみてください。

私があのときの情景を忘れられない理由は、「その他」の審議事項の際に、本件に関する緊急動議を促す発言をしようかどうか、真剣に迷っていたからです。

当日のことを綴ったブログの文章を以下に再録しておきます。「初日の総会は予想どおりの混乱。しかしあの剣幕でしたら、きっと審議事項の局面で緊急動議を提出されるのだろうと予期していましたが、それもなし。少しばかり拍子抜けしてしまいました。本当に納得されたとは思いませんが、緊急動議の提示もないまま押し黙ってしまったのでは、単なるガス抜きのパフォーマンスに過ぎないと批判されても反論のしようがないのではなかろうか、と思います。もちろん、どのような緊急動議を出すのかを考えてみたとき、結局のところ出しようがないことも重々承知されていたのでしょう。」(本ブログ5月23日)

ではあのとき、会場では何が提案されたのか、といえば、日本国内への略奪文化財問題への対応を、とのご意見でした。私のブログのコメント欄でも記述したとおりですが、当該箇所を再録しておきます。「拍子抜けしたのは本件(図書の寄贈問題について緊急動議がなかったことー北條割注)ですが、実は審議事項の最終場面で、本件に比べると、もっともっと重大な緊急動議があったこともお伝えしなければなりません。
-中略ー私には溝口さんのご意見に次いで、海外流出反対論への究極の反論が提起されたかにも思えました。海外への図書流出を嘆く前に、海外からの略奪文化財を精算せよ、とのごく真っ当な主張だったからです」(本ブログ5月23日記事へのコメントから)。

実はこの重要なご意見が出されたことによって、反対意見の方々は緊急動議を提出するタイミングを逸したものと、会場での私は感じとったのです。私自身が発言するタイミングを逸したのと同様に、です。

いずれにしても総会における肝腎のところで動議の声が上がらなかったという事実は、やはり押さえるべき重要性をもつ、と思います。ですから「反対有志の会」の意見書は、この点について自己欺瞞を犯しているといわざるをえません。なぜあの肝腎の場面で押し黙り動議の声をあげなかったのか、「その理由を問いただしたい」のは私のほうです。

そして私は、あの会場において、反対意見の方に「理事会決定の白紙撤回を」との緊急動議を誘う発言をしなかったことを悔やんでいます。「理事会不信任案の提出」でもよかったはずなのです。

そして直ちに採決を行っていれば、理事会案は粛々と承認されたものと思います。会場全体の雰囲気を感じとりながら、そう確信してもいました。だから反対意見の方は、あの場で議決を採られる事態を意図的に回避し、書名活動などの実績づくりを重ねながら今回の臨時総会に持ち込む選択をした、ということなのだろうと、勝手に現在にいたるまでの事情を詮索し、推測しています。

もちろん今となっては後悔先に立たず、です。次回の臨時総会にゆだねることとします。

書くべき事はまだまだあるのですが、新学期が本格始動した今、時間もありませんので協会図書の寄贈問題に対する私の意見表明を一旦終了することにします。

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さて日本考古学協会の所蔵図書が海外へ放出されることへの反対意見が高まっているらしい現在の情勢を前に、会員の方々には、これまでの経緯を振り返っていただきたい、と切に申し上げます。

2006年度の総会において、協会蔵書の一括寄付が承認されたという厳然たる事実を、です。

この決定が意味するところもおわかりいただけるかと思います。すなわちこの時点において、日本考古学協会は所蔵図書の保管と活用を自力で行う意志を明確に放棄したのです。併せて以後の保管と活用は、誰か他人様に委ねることを表明したのです。自己責任の放棄と他力救済要請宣言とでも言いましょうか。このような重大な総会決議を、誰の目にも疑問の余地なく明確におこなったのです。

だからこの時点以降、現在に至るまで、日本考古学協会は図書の取り扱いに関し、学会としての自力救済ないし自助努力を前提としてはおりませんし、そうした模索は無駄であり、協会員の総意に反する行為であることを思い知らされたはずなのです。「海外放出反対会」の方々を含む皆さんの総意のもとに、そう決まったのです。今をさかのぼること5年前の2006年度春に、です。

そして、この決議は現在に至るまでの非常に大きな、かつ重大な意味を持ち続けています。当然のことながら、理事会側はこの決定を踏まえて寄贈先を探す手続きを進めました。他力本願の実現可能性が担保される拠り所を探す、という誠に情けない手続きを、です。自力救済の途は、すでに5年前に協会員の総意のもとで完全に閉ざされたのですから、この総会決議に拘束されたがゆえのことです。繰り返しますが、それは5年も前のことですよ!

こうした厳然たる経緯をふまえながら、最近(2010年9月)自宅に配布された会告「2010年度臨時総会開催のお知らせ」にある「海外放出反対会」の意見書「まず国内に!海外寄贈に反対する」<資料2>を拝読すると、これまでの経緯にかんする彼らの理解については、事実とそぐわない部分がいくつもあることを指摘せざるをえません。

では件の文章を引用しながら検討と解説を加えることにしましょう。

「そこに行けばいつでも誰でも必要な報告書や図書、雑誌が気軽に利用できる、そんな場所が欲しい、いや必要である、との共通の思いから、私たちは、長年、日本考古学協会に図書を提供してきました」(「2010年度臨時総会開催のお知らせ」<資料2>、L.1-3)とあります。

仮にここで示されたような思いを抱く会員の方々がいたとしても、その願いが潰えたのは5年前の総会の時であったはずです。今年度ではありません。時制の問題が曖昧ですね。つまりこの文章を正確に添削するならば、「私たちは今を去ること5年前までは」を冒頭に挿入する必要があります。あるいは「私たちは長年」の部分を「私たちは5年前まで、ずっとそれを信じて」と訂正すべきでしょう。そうしなければ事実関係を正確に伝える文章にはなりえません。試みに上記の添削結果を反映させながら再度文章を読み直していただければ幸いです。ニュアンスがまったく異なってくることがおわかりいただけるかと思います。

事実関係の正確さを点検せずに、こうした情緒的な文章を冒頭にもってきた意図は、会員の感性に訴えかけるためであろうと推察されますが、同時に厳然たる事実関係を表に出さずに主張の正当性を補強しようとの意図が働いたがゆえの、姑息な修辞だと断言できます。

なぜか。その理由は「共通の思いから、私たちは長年、日本考古学協会に図書を提供してきました」との表現が、事実とは大幅にかけ離れた虚構ないし創作であることを証明できるからです。

この文章の執筆者がここで読者に伝えようとしているのは「将来的に日本考古学協会が考古学文献センターを作る」(「反対有志の会」著「日本考古学協会理事会見解に対する私たちの意見」協会HP掲載文書から)という、はるか以前にはお題目となっていた可能性のある「将来の夢」の実現を信じてひたむきに邁進してきた会員像なのでしょう。しかしながら、まずこのような夢物語は、遅くとも5年前には完全に潰え去った事実を再確認しておきましょう。

次にこのような夢物語が果たして本当に「共通の思い」だったかどうかについての検証が必要になるでしょう。会員である多くの読者の方々も、この部分には違和感を覚えるはずです。長年協会に図書を提供し続けた真の理由は、実は別のところにあったことを、数多くの会員は基本認識として共有しているはずだからです。

ご承知のとおり、日本考古学協会の総会時には図書交換会が開催されます。各地の報告書や学会誌が販売されるのです。そのとき、交換(実質的には販売)用の図書については、所場代として会場校に一部、協会に一部を上納する決まりになっていました。今年度の春に協会分の上納が停止されるまで、これは慣例として長らく続いていたのです。

現在問題となっている協会所蔵図書が5万6千冊余を数えるまでの増加要因は、実際のところ、こうした慣例が繰り返されてきたことによるものなのです。日本考古学協会に会員が図書を無償提供してきた実質的な理由は、いつ実現するのか皆目不明な夢を信じたからでは決してありません。そんな夢物語に数多くの会員が乗せられたのではなく、その年ごとに(販売を希望する年度ごとに発生する)図書交換会での販売権を獲得するための引き替え条件だったからなのです。「上納」という切実な事情ゆえのことだったのです。この点は誰の目にも明らかな、自明の事柄ではないでしょうか。もちろん、お題目はいつでも唱えられますし、必要なときには引き出すこともできるでしょう。「善意で」という主張もありでしょう。「考古学文献センター」実現に向けた将来構想のもとに、であってもなんら構いません。しかし私がここで問題にしたいのは、総会時の図書交換会と密接不可分な関係のもとに捉えられるべき事柄であることです。図書の寄贈を促す仕掛けと仕組みが背後で作動していた事実です。

さらに申し添えましょう。図書交換会には各地方自治体が刊行する発掘調査報告書も堂々と出品されています。行政文書としての側面を併せもつ刊行物がなぜ協会の総会会場で販売可能になるのか?というカラクリについては、ここでは立ち入らないことにしましょう。相応の工夫が凝らされて現在に至っています。こうした場合、図書交換会に供される発掘調査報告書については、事前に日本考古学協会に役所名で寄贈されていることがあります。するとどうなるか。その場合には図書交換会において当該図書を協会へ上納せずともよい仕組みになっていたのです。会場校への供出だけで済むことになっていたのです。

要するに、毎年日本考古学協会での図書交換会において、行政機関で刊行する発掘調査報告書を販売することを目論む会員がそれぞれの行政に所属している場合、事前に別の理由づけのもとに日本考古学協会に報告書を寄贈するためのルートを構築し、既成事実化しておけば、年ごとに手続きを繰り返さなくてもよくなることを意味します。もちろん、図書交換への条件整備が主目的で図書を寄贈することがあった、などとは言いません。文章に綴られたとおりの願いや思いがあったことも認めてよいでしょう。

しかしここで問題にしているのは、図書交換会をめぐって上記のような仕組みが現実に作動していたという事実です。

なおこの点の事実関係については「反対有志の会」ご当人の証言を参照しながら考察することにしましょう。「政機関が刊行図書を寄贈するときは、関係部署の決裁を必要とする。日本考古学協会を寄贈先に加えるにあたり、行政職員の多くは『将来的に日本考古学協会が考古学文献センターを作るために集めている』といった内容のことを決裁書類に記しているに違いない(さもなければ許可されないだろう)」(日本考古学協会HP. 掲載、7月30日付け「反対有志」「日本考古学協会理事会見解に対する私たちの意見」から)。とありますが、上述の図書交換会にまつわる仕組みを念頭に置きながらこの文章を読み直してみてください。記述者の真意がどこにあれ、客観的に読めば問題含みの文章であることがわかるはずです。

すでにHPで公開済みですが、この文章については「今を遡ること5年前までは」との挿入が是非とも必要であることを申し上げておくにとどめましょう。

もちろん私とて業界人ですから、そうだったのか!そうした裏方での苦労があったのか!という同情までは、やぶさかではありません。これ以上は踏み込まないことにしましょう。とはいえ、この部分にかんする私の記述内容と含意については、ある程度まで納得いただけるのではないでしょうか。

今日のところの結論を申し述べます。「海外放出反対会」の意見書「まず国内に!海外寄贈に反対する」の冒頭の部分で述べられている内容は、事実関係において不正確きわまりないものです。最低限のモラルとして、時制の問題をしっかりと明記していただきたく思います。5年前に失効した事実をもごちゃ混ぜにして現理事会の行動を「暴挙」と断罪し異議を唱えられても対処不能だからです。

さらに感性に訴えかけようとする修辞の部分においては、虚飾と美化(いわゆる自家撞着)が目立ち過ぎです。ですから、その後の主張を展開する前提認識としての客観性を確保するにはほど遠い文章になってしまっているのです。遺憾でもありかつ残念ではありますが、この点を指摘せざるをえません。

言い換えますと、この冒頭部分の引用文は、過ぎ去りし過去への願望や、現状への苛立ちが深く関与した結果だといえるでしょう(続く)。


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