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私は現在、日本考古学協会理事の末席を汚しています。ご承知の方も多いと思いますが、去る5月におこなわれた総会の「報告」の場で、協会所蔵図書の寄贈先に反対の声が上がりました。総会の場ではそのまま収束し緊急動議の声などはあがらなかったものの、その後活発な署名活動が展開され、現在は「日本考古学協会蔵書の海外放出に反対する有志の会」(以下「海外放出反対会」)が立ち上がるとともに、彼らの要請に従って来月16日には臨時総会が開催される運びとなり、理事会案の可否が問われる事態にまで立ち至りました。 |
考古学の話題
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研究室に溜めていた書類やら資料やらを整理していたところ、先日ポロッとこぼれ落ちたトレース図面がありました。阪大の院生だった頃、確か1990年夏だったのではないかと思いますが、大阪府の、とある弥生時代集落遺跡の保存問題に関わった際に描いてみたものです。シンポジウム資料の挿絵にと描いたもののなかの1枚です。ドローイングペンは使わずロットリングだけで描かれています。 |
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今からちょうど101年前にあたる1909年(明治42年)、多磨全生園(癩療養所)の患者地区二万坪の周囲には、患者達の手によって、深さ一間半(2.7m)、幅二間(3.6m)の空堀が掘られたそうです。 |
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表題は先日開催された日本考古学協会の総会で、桜井準也氏が行った研究報告の副題から借用しました。 |
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イラレ関連記事3部作の最後です。 |


