私的な考古学

丹沢山麓で考古学を学ぶ学生諸君との対話

日常

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先日、今私が借りている部屋に書棚が入りました。奈良女子大学本部棟の裏にある放送大学関連建物の1階奥、勇湯の正面にある部屋「101、教員室1」です。

この部屋で稲束貨幣論の原稿やら次の著作の準備やら石製品関連の資料整理やらと格闘したこともあって、テーブルの上はまことに雑然としていたのですが(最上段の写真)、この本棚が入ったおかげですっきりと収まりました。奈良での生活も、とうとう残り1週間となってしまいましたので、本棚への収納と同様に残り仕事の片付けを始めた、という次第です。

この本棚ですが、某副学長のお陰でしつらえていただきました。2段目の写真の左横に積みかさなっている段ボール箱も、4月以降の実験関連器具類です。

じつはまことに嬉しいことに、4月からは大賀克彦さんがこの部屋の住人になることが決まりました。奈良女子大学古代学学術研究センターの特任講師として着任されます。5年間の任期付きですが、この部屋を根城に玉類研究の拠点を築いていただきたいと願っています。

彼の研究実績や研究姿勢に某副学長が注目したことがきっかけです。すでに大賀さんは玉研究の第一人者としての頭角をあらわしていますので、彼のなお一層の活躍の場と資金的なバックグラウンドを奈良女子大学が用意してくださった、という次第です。

大賀さん自身は「基本ノマド」などといっていますが、今後は奈良女子大学の研究者として活躍していただくことを期待しています。彼のトレードマークでもあった「青春18切符」資料調査からも卒業することになるでしょう。

さっそく彼には来年度からスタートさせる研究会の企画を練っていただいています。もちろん手始めは、ガラス小玉や石製玉類・石製品の研究会となりそうです。ただしせっかくだから、威信財論だったり型式論だったり、といった大きなテーマを恒常的に議論する場を創っていただくことも期待しています。奈良でしたら東西両方面から集まりやすい場所ですし、近隣の博物館特別展に絡めて集うことも可能ですから。

そしてここからは、4月以降発足する大賀研究室の宣伝をいたします。思いがけずガラス小玉や管玉などが発掘調査現場から出土し、詳細な考古学的な位置づけに苦慮される場面や、処理や整理、報告書での紹介の仕方に戸惑う場面も多いかと思います。

そのような際には、どうぞご遠慮なく大賀研究室にご相談ください。全国どこからのご依頼にも快く応えていただけるものと思います。なにせ彼は「基本ノマド」でやってきていますから。

早朝には鹿の群れが草を探して構内に入り、職員の出勤時刻に併せて出て行く、この光景とも馴染みになりました。このような環境の古都での滞在も、もう1週間を残すだけとなり、すこし寂しい気がします。

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昨日夜に奈良へ帰り着きました。瀬戸内から北陸にかけての資料調査の旅でした。

3月10日の午前中には東広島市埋蔵文化財センターにお邪魔して弥生後期の箱式石棺墓から出土したイモガイ製の貝輪を見せていただき、岡山にとって返して午後は岡山市埋蔵文化財センターにて南方遺跡の貝製品と九州の土器を閲覧。こちらは弥生中期中葉の時期のものですが、なんとゴホウラガイを素材としたペンダント類が出土していることで注目される資料です。

東広島のものは胴体の長い横割りタイプで弥生前期の事例が多いのですが、後期にまで引き継がれていたことに驚かされました。類例は東シナ海から日本海沿岸に認められるので、安芸まではこのルートでの貝輪の流入があったと認めてよいのかもしれません。

いっぽう岡山のものは、出土土器からみても九州の東海岸を北上したものとみてよく、鹿児島・南宮崎の集団との交流がゴホウラ素材の流入の背景にあったことは間違いないものと思われます。

問題は有明海沿岸勢力との関係ですね。弥生中期の末から後期に照準を絞りたいのですが、まだ確証はつかめていません。

その日の夜は扇崎由さんと東口の正福で語り合いました。

翌12日にはレンタカーで楯築弥生墳丘墓と吉備津彦神社をまわり、岡山県古代吉備文化財センターにお邪魔して、写真資料の提供依頼をしてきました。東広島にも岡山にも、友人・知人が多いものですから、こうした急な資料調査依頼にも快く、またアポなしの突然の訪問にも、なかば呆れ顔ながらも対応していただき、助かりました。ご対応いただいた方々に深く感謝します。

その足で福井に向かったのですが、到着は午後6時になってしまったので、県立博物館と市立博物館の訪問は断念しました。アポをとっておかなくて良かったと胸をなで下ろしました。

翌13日には石川県片山津遺跡の石製品を再調査させていただきました。私の石製品研究の原点ともなった遺跡の資料です。考えてみれば25年も前にみた資料ですので、材質に対する感触をアップデートさせる必要性を感じたのと、年代観について新しいヒントがないかどうかを確かめたかった、というのが主目的でした。

幸い、加賀市教育委員会の若い職員である戸根さんは、この遺跡の資料を含む玉研究への関与を目的のひとつとしてこの教育委員会に奉職されたというだけあって、すでに石製品関係の遺物を出土遺構べつに収納し直してくださっていました。ですから今回は大いに助かりました。収蔵庫に一日籠もらせていただき、石材をじっくり観察できました。

やはり材質の変化や制作される器種の変化は年代差を反映している可能性が濃厚で、前期後半の腕輪形石製品類の素材となる、軟質で風化しやすい淡灰緑色凝灰岩(私がいう材質2)は、片山津遺跡でも前期の後半にならないと登場しない、とみてよいものと思われました。

さらに翌14日には金沢市埋蔵文化財センターにお邪魔して、金沢市内で最近増えている古墳時代前期(後半)の石製品類・未製品類をみせていただきました。途中から石川県立歴史博物館の三浦俊明君が加わり、午後2時過ぎには石川県埋蔵文化財センターの伊藤雅文さんも石製品資料の現物を持ってお越し下さいました。

ですから伊藤さんのご到着後には、いきなり「石製品関連遺物持ち寄り会」の様相となりました。センターの皆さんも、それぞれに調査を担当なさった遺跡の資料をお持ち下さり、さまざまな様相を直接確認することができました。ですからこうした会をもっていただけたことには多いに助かりました。

伊藤さんは腕輪形石製品のなかには内孔の穿孔にロクロをもちいない事例がかなりあることと、そういった資料の材質は軟質で硅化作用のみられない凝灰岩が多いことに注目されています。さらに同一の遺跡から、ロクロをもちいた穿孔が存在したことの証明ともなる刳り貫き円盤と、打割によって内孔を穿孔しようとして失敗した未製品とが共伴し、両者ともに軟質の石材であることがほとんどであることも同時に確認できるものですから、そうした奇妙な様相をどう理解すべきかについて深い関心をお持ちでした。

この点については私の関心ともまさしく一致し、このような臨時持ち寄り会が実現することになりました。お持ちいただいた資料も、ピンポイントでそこを突く資料ばかりでしたので大いに助かりました。夕方前には超ミニシンポの様相となり、今後の研究や議論の進め方についてまことに有意義な機会となりました。ご対応くださった金沢市教育委員会の皆様には心から感謝申し上げます。

夜は三浦君がセットしてくれた飲み会となり、伊藤さんと河村好光さんと語り合うことができました。昨年度に出した同成社の論文では、私は河村さんを「川村」と誤変換しており、そのことのお詫びと、今後の研究へのご支援をお願いしたところです。

さらに昨日14日には、午前中に石川県立博物館にて紡錘車形石製品を実測させていただき、三浦君の車で県のセンターへ。前日の持ち寄り会でお見せいただいた資料の実測と写真撮影をおこないました。

なおその場では西田さんという若手の調査担当者による新たな試みをご紹介いただきました。問題の材質2の原産地を確認し、材質の様相を実験にて確かめようというものです。最下段の写真は、西田さんご自身が作成された材質2の管玉で、鉄錐穿孔です。西田さんは旧石器がご専門だということもあって、管玉の荒割行程に鉄器をもちいた剥離があることを追求なさっています。故吉留秀敏さんによる管玉製作論を思い出して、着実に研究が進展していることを再確認させられました。

こうしてサバティカルを利用した瀬戸内と北陸の旅を終えました。持参した方眼紙は、今回もほぼ一冊を消耗しました。三浦君と伊藤さんには返す返すも感謝です。

着実に近眼と老眼は進んでいるので、実測をつづけられるのはいつまでかわかりません。しかし現物を実際に手にとって舐め回すかのように見つめ図化を進めるという作業は、私自身の存在証明のようなもので、楽しいものです。

浦島太郎状態

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本日は風もなく陽光もおだやかだったので、再び車ででかけました。ルートは高塚遺跡―西山古墳―大神神社(狭井神社)―唐古・鍵遺跡―馬見古墳群でした。次の著作に使うための写真撮影が目的でしたが、車でしたので私の調査完全セットを持参。

西山古墳は夏場と違って篠竹が刈られているために撮影にはまことに良環境でした。ただし日曜日とあって、大神神社境内はけっこうな人出でした。当然、狭井神社の遙拝所のまえでGPSを取り出す気にはなれず、三輪山との位置関係をスマホの方位磁石と地図ソフトで確認したにとどまりました。

メジャーな神社ですし休日ですから人出が多いのはあたりまえなのですが、私の場合、どうもそのあたりの常識的感覚が鈍っているようです。ここから三輪山への登山が許可されることにはなっているのですが、山内の写真撮影は厳禁ですし時間の関係もあって次回まわしにしました。

その後は唐古・鍵遺跡に出向き、昨日の補足調査を実施したのち、馬見古墳群に向かいました。

午後3時過ぎの到着でしたが、綺麗に整備された公園内には家族連れや少し年齢層の高いカップルが多く、思いの外賑わっていることに驚かされました。ナガレ山古墳も墳丘の軸線から東側が築造当初の姿に復元整備されており、葺石と埴輪列の様子がよくわかるという仕掛け。

この古墳の調査時には現場を見学させていただき、滑石製模造品類を見せていただいた記憶があるのですが、当時は狭く曲がりくねった道を抜けてこの古墳にたどりついたのに、まったく隔世の感があります。倉塚古墳なども墳丘には芝が貼られていて、それは端正な遺跡・古墳公園になっていました。表題のとおり、浦島太郎の状態でした。

見晴らしはよいし歩きやすいし、で良いことづくめではあるのですが、ナガレ山古墳の後円部では、とうとう恐れていた事態に直面してしまいました。誰もいなくなるのを見計らってGPSを取り出し、後円部頂にあぐらをかいて位置観測を始めたところにカップルが上がってきて「なに?このオジサン?」的視線を浴びてしまったのです。

せっかくのデート中なのに、まことに申し訳ない。いかに天候に左右されるからといっても、休日にやるものではないですね。もちろん興味津々な反応で声でもかけてくだされば、それは懇切丁寧に説明しますのに、本日がそうであったように、大抵は怪訝そうな表情で避けて通られてしまいます。

とはいえ、この古墳は東側への眺望がよく、後円部頂からは龍王山山帯が非常によく見えます。朝からねらってきたのは石上604mピークが盆地の各所からどう見えるか、でしたが、馬見古墳群からみた状態がもっとも象徴的かと思います。

ここからだと龍王山520mピークは沈んでしまい、龍王山山頂から南北へと左右対称的に下る稜線の様子が非常によく見えますし、石上604mピークについても北側の高まりとしてはっきりみえるのです。私は三輪山を含めたこれら三つの嶺を「原大和三山」だとみています。

それになんといっても龍王山の背後に聳える貝ヶ平山と鳥見山がくっきりと顔を出すのです。ようするにここまで視線を引けば、物理的な標高差が明確になって「見かけ上」が意味を失うのでしょう。

浦島太郎状態だった私にとって唯一のなじみは乙女山古墳でした。ここだけは以前とまったくかわらず竹林の中にたたずんでいました。GPS観測を落ち着いてできたことはいうまでもありません。

さて、明日からは再び貝製品・石製品調査のロードです。東広島−岡山−福井−金沢に4泊の旅程を組んでいます。

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まことに寒い3月上旬となりました。この冬は奈良も不順な天候がつづきます。

しかし花粉が飛散する時期になり、気温が上がれば霞がでるし、と、山歩きには不都合な条件が重なり始めてきましたので、少し焦り気味。今年は節分と立春の日の出写真を取り損ねています。当日は大雨でしたから。どこからの日の出か、といえば、申すまでもありません。唐古・鍵遺跡からみた日の出です。


そしてこの遺跡からみた年間の日の出の位置を確認する計算にどうしても必要なので、本日午後、角測を強行しました。午後を選んだのは太陽の方向との関わりです。この季節、午前中よりは午後のほうが、東側の山並みがよく見えるからです。

最初の観測点は現在の唐古池際の土手上からです。付近からは弥生中期中頃から後半にかけての時期の方形区画がみつかっているので、その近辺からのデータが欲しいのです。といっても立木に邪魔されずに東方の龍王山山帯がよく見える場所でなければ観測できませんので、すこし計算上の場所からは移動しています。2回目の観測点は、西殿塚古墳とほぼ同緯度の場所で、なるべく古相の大型建物に近い場所、といっても結局唐古池脇の立木を避けるためにすこし場所はずらしています。

4段目に示した写真が、唐古・鍵遺跡から東の龍王山山帯をみたもので、この間が年間の日の出の範囲(北端は八つ岩のある石上604mピーク、南端は三輪山)です。このうち冬至の日の出写真の撮影には一応成功してはいるのです。

本日も寒空の中での作業でしたが、ときおり風がやんでくれましたので、なんとかこなせました。しかしトータルステーションまで神奈川から持ち込む私に、呆れ返る読者の方はきっと多いでしょうね。

かくいう私自身も3年前までは、今こうしている私を予測もしていませんでしたから。仙台市の齋野さんに「若さがない!さわやかさもない!」と痛いコメントを頂戴した、かの「東の山と西の古墳」に関する総仕上げの作業となります。

先日、大和弥生の会の主要メンバーからさまざまなコメントを頂きましたが、そのなかには遺跡周辺の立木で龍王山への眺望が遮られる可能性について点検が必要ではないか、とのご意見がありました。そのため本日は、仰角の観測も簡単におこないました。

作業の終了後には、混み合う下ッ道ルート(国道24号線)を避けて、上ッ道ルート(169号線)を帰り始めたのですが、昼を抜いていたことに気がついたので、回転寿司のスシロー柳本店に立ち寄り、夕食を兼ねた昼を食べました。この寿司屋、ちょくちょく利用しますが、結構うまい店で気に入っています。

店を出ると夕日が綺麗でした。二上山の影が映えていて印象深いものがありました。奈良での休日もあと3週間となりました。日の出の写真、最後は3月21日の春分の日の朝の日の出です。冬至のときもそうでしたが、こればかりは天候次第。龍王山520mピークからとなる計算ですので、それを現場で確かめたいのです。

妻と娘の奈良ツアー

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先ほど二人を近鉄奈良駅に送ってきました。一泊二日の予定で奈良に来てくれたからです。

昨日の昼に到着した後は一旦大学に来てもらい、小雨のなか小路田さんのお薦めだというパスタ屋に連れてっていただいてゆっくりと昼食を楽しみ、絶品のパスタを(私はワインも)ご馳走になりました。小路田さんとそこで別れたのちは一路奈良町観光へ、というより雑貨屋めぐりに繰り出したのでした。

すでにふたりは目的の店を絞り込んでおり、さらに翌木曜日には定休日になってしまう店というのがあるらしく、そのような店に重点をおいて散策。途中でNAOTというイスラエル製の靴を扱っている店で、ふたりの目は履き心地とデザインに釘付けになり、結局2足を日頃からの感謝の意味を込めて購入させていただきました。たしかに内底にはコルクが使ってあって包み込まれるような感触ですしデザインも良いし…そんな具合のちょっと贅沢な散策でした。

しかし驚かされたのは、奈良町の次は北町界隈だという目的地の変転ぶりの激しさでした。奈良女子大学を超えて佐保川の近く、しかも路地裏の奥に迷い込んだかと思われるようなところにあった陶器屋さんとその二階にある雑貨店でした。ここでの陶器には私がはまってしまい、軽量な蕎猪口を購入して二階に上がってみれば、なんと前方後円墳がテーマの雑貨店。

年末にOGのT二ちゃんとN谷君が私にプレゼントしてくれた「曙光の前期古墳」「円熟の後期古墳」コーヒー豆も売られていました。そうだったのか、この店で買ったものだったのか!と、改めて彼らふたりのディープな趣味ぶりに脱帽。娘に誘導されなければ決してたどり着けないロケーションの、そんな店でした。

本来の目的は夕方7時からおこなわれる東大寺二月堂の“お水取り”修二会見物でしたが、水曜日だというのに結構な人出。10本の松明を見物しました。私にとっても15年ほど前に、まだ広瀬和雄さんが奈良女に居た頃、徳島から出てきて研究会のついでに見物したとき以来でした。

さて、妻と娘が泊まったのは紀寺近くにある民家をリフォームした一軒家で、それはまことにお洒落な家でした。ローカの窓もサッシではなく格子ガラスなのに隙間風などはまたく入ってこないし、柔らかい照明も快適だし、とふたりは完全に気に入っていました。

私は買い物袋をその家まで運び、備え付けのコーヒー、それも豆からお洒落なミルで挽いていれるタイプ!をご馳走になってから辞しましたが、その後もふたりは五右衛門風呂風の風呂やら庭やらをゆっくり楽しんだようです。さらに締め括りはまことに気の利いた朝食だったらしく、店の方がオカモチに入れて家まで運び入れてくれたという豪華な食事には歓声をあげたとのこと。

本日の昼食時に私はふたりと再合流したのですが、その朝食の写真を見せつけられるばかり。小雨のぱらつく冬の夜空のもと、一人とぼとぼと法蓮佐保田町の宿舎に帰り、朝食は日清のカップ麺だった私とは、なんと対照的だったことか。

ときおり雪がぱらつく寒い一日でしたが、本日も午前中から雑貨屋巡りに終始したふたりは、夕方、満足そうに奈良を発ちました。なによりです。そしてお疲れ様。せっかくだから私も帰り際にはNAOTの靴を買って帰ろうかな、と秘かに考え始めています。


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