私的な考古学

丹沢山麓で考古学を学ぶ学生諸君との対話

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宮城県考古学会総会

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月遅れのアップ第2弾は学会ネタです。

去る5月20、東北歴史博物館で表題の研究集会が開催されました。過去の津波痕跡をめぐる宮城県内各地の考古学的調査の現状と今後の課題が話し合われました。とりわけ仙台市の沓形遺跡での調査概要には学ぶところが大きく、「津波痕跡」という一律の定義は不可能であって、それぞれの調査現場の地形的環境や土壌特性に応じた詳細な点検と分析が必要であることが再確認されたように受け止められました。

今回の研究会は、私が最近参加した学会のなかでもとりわけ真剣な眼差しの議論であって終始緊張感にあふれた、真に充実した学会であったと感じました。参加された面々のなかには大阪市の岡村さんや明治大学の石川さんもいて、このテーマへの関心が非常に高まっていることを再確認させられたところです。藤沢敦さんも司会役で大活躍。体調も回復されたようで、なによりでした。

さらに会場では神奈川県の伊丹さんと岡山県の大橋君、それに兵庫県の山本君も見かけました。後のふたりは岡大の後輩です。会場でこのような面々とお会いするというのも不思議でした。さらに懇親会の席では神戸市の方ともご一緒することに。

聞けば4人ともこの4月から宮城県に派遣されており、伊丹さんと大橋君は同じ発掘調査現場に出ているとのことでした。震災復興調査です。しかし応援に派遣されているのは、私と同世代の中年オヤジばかりで、伊丹さんは腰を痛めているし大橋君は課長職。中間管理職世代が主体というのも不思議でした。緊急事態に対処するための人材派遣を地方自治体に求めれば、こういうことになるのか、と、考え込まざるをえませんでした。

日食が予定された翌朝の新幹線で帰路につき、午後の授業に間に合わせることができました。しかし情けなかったのは、財布とデジカメを懇親会の会場に置き忘れてしまったことです。後日、ホテルから届けてもらい事なきを得ましたし、万が一の時の用心にと、鞄に妻が2万円を忍ばせてくれたので、そのおかげで無事帰り着くことができたのですが、どうも最近はいけません。

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昨日は明治大学で開催された考古学研究会東京例会に参加してきました。テーマは関東と福島における文化財の被災状況と復興への取り組み。西川修一さんと石川日出志さんの企画立案のもとで開催に漕ぎ着けたシンポジウムです。

最初に報告に立った福島大学の菊地芳朗さんは、原発事故によってもたらされた「地域」それ自体の喪失の危機という日本国が初めて直面する現実と向き合いながら、地元の文化財保護担当者やボランティアの方々が文化や文化財の救済・保護にいかなる思いで取り組んでおられるのか、そうした「生の声」を届けてくれました。

悲壮感を表に出さず淡々と、しかし確信を込めて語ってくれた内容には、返って事態の重みを浮き彫りにさせるものがありました。原発避難地域の指定文化財については、許されたわずかな滞在時間の間に被災状況の確認を試みられているという地元の文化財保護担当者の姿も紹介されたのですが、菊地さんが喫緊の課題であると強調されたのは、むしろ無形文化財の問題でした。地域それ自体が喪失しかねない現状のもとで、それらをどう救済し保護するのか、その枠組みの構築が急がれる一方、そうした無形文化財は、人や物だけでなく「場」が不可欠であるという本質があり、その本質的な性格を喪失しかねない現状では、どう残すのかも併せて考えなければならず、深刻さは有形文化財の比ではない、との報告でした。

そして原発事故とそれがもたらしたその後の一年間の福島県をめぐる動勢をみれば「沖縄の基地問題とまったく同質な(中央と周縁との格差をめぐるー私が挿入)問題であり、都市問題だとの思いを強く抱かざるをえない」と結ばれました。首都圏の片隅に居住し東電の「受益者」でもある私にとっては、返す言葉もありません。

また茨城大学の田中裕さんは、茨城県下における被災文化財の現状を紹介したうえで、彼自身が取り組んできたこの一年間の被災文化財レスキュー活動の現状報告を行ってくれました。常陸鏡塚古墳に亀裂が走っている写真を見ると、伝応神陵や伝仁徳陵を想起させましたし、身近なところでは長柄桜山1号墳の墳頂部を思い出しました。田中さんはつい一昨日まで古墳の緊急調査に従事されていたとのことで、2週間前の横浜でのシンポジウムは、その合間を縫っての参加であることが分かり、報告をお聞きしながら申しわけなく思った次第です。

そのなかで田中さんが強調されたのは、個人住宅建設の際に「地震対策」として行われる地盤改良への過剰な依存が、今後無用な遺跡破壊に結びつく可能性への懸念でした。もちろん沖積平野部では不可欠な地盤改良工事ですが、関東ローム層が厚く覆う台地上や丘陵上では、過剰な対策である可能性が少なからず指摘できるのではないか、との問題提起です。この田中さんの問題提起も重要だと思いました。というのも、私自身も4年前に自宅の新築にあたって「地耐力調査」を経験したからです。台地上にある私の家屋部分は予測通り「地耐力あり」の結果でしたが、同一環境の近隣地では改良工事が実施されていたのを目の当たりにしたからです。ですからこの問題は、私には強い説得力をもって受け止められました。

次に報告に立った栃木県那須風土記の丘資料館の眞保昌弘さんは、栃木県における文化財保護行政体制における「東西問題と南北問題」をキーワードに、那須地方での被災文化財と復旧へ向けての取り組みの現状報告をしてくださいました。

地震学で提起されている「関東における地震基盤の深さ」(揺れが増幅される強さ)をみると、関東地方では那須地方一帯が茨城県の沿岸部とともに揺れが増幅される地帯に当たっており、今回の震災では文化財にも甚大な被害がもたらされた事実の一端が、これによっても裏付けられることを教えてくれました。有名な下侍塚古墳の墳頂部にも亀裂が入ったほか、横穴式石室が倒壊寸前になった事例などを見ると、深刻さが際だってきます。

眞保さんの報告のなかで私が印象づけられたのは「被害が大きく過去の事例と比較されればされるだけ、私たちが歴史に対し重要な仕事に携わっていることを再認識した1年だった」との言葉でした。栃木県における東西問題とは、那須地方の市町村における文化財保護行政の体力が西側に比べると弱い現状を指す言葉だそうですが、そのなかで被災文化財の救済と復旧に頑張っておられる地元自治体の担当者の姿には敬服いたします。

最後の報告者である千葉県教育庁の萩原恭一さんは、県教委の立場から、千葉県における文化財の被災状況と、その復興に関わる行政上の問題点をあぶり出してくださいました。とりわけ香取市の佐原伝統的建造物群の被災状況は動画でも上映されて衝撃的でしたが、その復旧工事をめぐる枠組み作りにあたっての模索や、その過程で向き合わざるをえなかったさまざまな問題について、予算措置のありようを含めた内情をお話しいただきました。

先の眞保さんは主に市町村側の視点に立った報告でしたが、萩原さんは県の立場からの報告で、同一の事象への対処ではあるものの、それぞれの部署が抱え込む固有の問題点や課題が浮き彫りになった点も、大きな成果だったと思います。17年前の阪神淡路大震災のときとの差違は、被害規模や原発事故を抱え込んでいるか否かといった側面だけでなく、平成の大合併や地方分権化といった行政側の体力の低下が非常に重くのしかかり、「右肩下がり」の諸矛盾が一気に露呈したことにある、といっても過言でないように思います。コメントに立った文化庁の禰宜田さんからは、そのような問題状況への言及もありました。

今回のシンポジウムは、報告して頂いた4名の方々の報告がそれぞれ非常に充実しており、会場からのコメントを含め、教えられた点や学んだ事実が多かったことに心から感謝します。この問題に関心のある多くの方々には是非ともお聞き頂きたい内容でもありました。その点で参加者が25名前後、というのは少し寂しい気もします。今回のシンポジウムはその性格上、私ども中高年の集まりでよいのですが、同じ業界人として、また会員として現場に立つ方々の生の声に耳を傾け、関東全域からエールを送る場でもあってしかるべきか、とも思いました。

しかしながら企画立案者の西川修一さんは、考古学研究会こそが、この問題への取り組みの先駆けであるべきとの思いを強く抱いており、その思いは今回のシンポジウムからも強く伝わってきました。怠惰な常任委員の一人として、真摯に受け止めたいと思います。

震災からはや一年が経とうとしていますが、4名の方々が口々に指摘なさったとおり、この問題の正念場はこれからなのでしょう。

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2日間にわたって行われた表題の研究会も、無事終了しました。西川修一さんにお誘いを受けてふたりでコーディネーターを務めたものの、非会員の私が仕切るというのもさすがに気が引けたので、初日に入会しました。会費は年会費1000円(パネラーは懇親会代がタダという特典のおかげで、今回は4000円が浮きました)。西相模考古学会の面々に長柄桜山古墳を守る会の方々が加わって舞台の裏方を支えて下さったおかげで、なんの心配もなく運営されました。皆様に感謝です。

私の趣旨説明には微妙な反応が多かったような気もします。ただし意外にも私より上の世代の研究者の方々からは今回に限って注文や文句はでず、「相変わらずのH條ワールド全開だね」という言葉のニュアンスには、むしろ好評だったのではないかと思わせる節がありました。今回の私の提言は「古墳を用いて人為景観を創造した倭王権の姿を、巨大前方後円墳の後円部位置出しを通じて解明する」というもので、分析の中身は、いわゆるGIS考古学に区分されるものだったのですが、なにせ私の場合、地理的情報の映像化といっても、現地を歩いて実際にその場で計測し、撮影してこそなんぼの超アナログ志向ですので、きわめて汗臭く泥臭い代物。こうしたアナログ志向が、少なくとも同世代以上の方々には受けたのかもしれない、とも思います。

私が受けたコメントでもっとも嬉しかったのは、パネラーのひとり群馬県の深澤敦仁さんからのものでした。私が上映した西表島の網取遺跡の集落構造の写真を見て、関東の村と「そっくりだ!」と驚いたとのことです。時間の都合で「島嶼部モデル」の細部には言及できませんでしたが、このコメントが頂けたことで、私の提言も、伝わる人にはしっかり伝わったことを確信いたしました。

2日のシンポジウムは地図を上映しつつ、その都度話題の対象となる古墳の立地や周辺環境を議論しようとの趣向のもとで進めました。これも西川さんの発案で、私のパソコンを持ち込んで「カシミール3D」を用いました。プロジェクターのセットに時間を要することになって会場の皆様のトイレ休憩時間をしっかり確保する結果になりましたが。ともかく、このアイデアも好評だったようです。次の機会があれば、今度はもうすこし事前の仕込みを充実させたいと思います。西川さんの全方位外交的な司会と、私の強引な司会との組み合わせも、バランス感覚の西川さんならでは、の趣向。

今回は私の高校の後輩でもある茨城大学の田中裕さんを巻き込んで「共犯」に仕立て上げることができたのですが、こうした相棒もしくは強力な論敵が壇上に居ない場合には会場にフラストレーションを溜めることになるケースがままありますので、今回はそれを回避することにもなったかと思います。

以上、自画自賛的な記事に終始しましたが、今後、本日のような方向性での議論が盛り上がればなによりかと思います。

少しだけ残念だったのは、若い学生諸君の参加が非常に少なかったように見うけられたことです。福島大学の菊地さんは学生数名を引き連れての参加でしたので「さすが菊ちゃん」と感心させられましたが、私の大学や東大からは院生2名にN谷とMリと2年生のI瀬君。驚かされたのは九大からの院生2名の参加でしたが、総じて若い世代の不参加傾向が顕著だった、というのが気になりました。

ようするに参加者層の高齢化を嘆いているだけなのですが、思い返してみれば、四半世紀にわたって同じメンバーが繰り返し顔を突き合わせ唾を飛ばし合ってきただけなのかもしれない、との感触は否めません。それが現実だとしたら恐ろしさを覚えます。

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次回の日本考古学協会総会において、表題のセッションを開催できる運びとなりました。

昨年末に国立情報学研究所であった遺跡資料リポジトリ・ワークショップの会場で水山さんからご提案いただき、当日のパネラーであった五十嵐さんと菅野さんにご賛同いただきました。

私は既に自分の研究チームの報告をエントリーした後でしたので、本セッションには加われません。そこで趣旨説明の役を愛媛大学の田崎さんにお願いし、快諾いただけました。さらに島根大学付属図書館の方々に報告を依頼する、というのも無条件では叶いそうになく、むしろ協会員のほうがよいだろう、との判断のもと、田崎さんからも推してもらって會下さんにも無理を言って加わっていただきました。

そのような次第で、発掘調査報告書の閲覧環境の整備に向けたセッションを、日本考古学協会の総会で初めて実現することができそうです。もちろん会員の有志によるものですから学会を挙げての取り組みとはならず、そこに至るまでの地ならしを目論むものですが。

開催は2日目のプログラムとなりますから5月27日(日)です。会場は立正大学。追って教室割りや開催時間など詳細が公表されるでしょうから、委細はその折りにでも再度アップします。

本セッションは以下のような内容で、先に紹介した5名の方々に登壇していただく予定です。私も自分のところの発表との折り合いを付けながら、極力会場でお囃子役を演じたいと思います。

      田崎博之「趣旨説明―遺跡資料リポジトリをめぐる現状と課題―」

      會下和宏「図書館側からみた報告書の現状と課題」

      五十嵐彰「考古学における情報公開そして普及 ―彼我の懸隔―」
 
      水山昭宏「MLAと考古学―パラダイムシフトとしての機関リポジトリ」

      菅野智則「東日本大震災の被災地からみた遺跡資料リポジトリ」

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今月の18・19日に開催される「東北・関東前方後円墳研究会」の予稿集(資料集)のレイアウトを葉山町教委の山口正憲さんが見事に完成させてくださいました。これで印刷屋さんへの入稿準備も完了です。山口さんには取りまとめにご尽力いただきました。真に有り難く思います。アップした画像は最上段が表紙、2段目がプログラム、3段目は私の趣旨説明文の一部見本です。

ざっと目を通しましたが、最近の各地の前期古墳に関する資料提示を含め、皆さん力作揃いです。東北・関東・東海・北陸からの最新の情報と「景観」や「ネットワーク」に関する論考を集めた総計150頁にわたる充実した資料集になり、かつ多彩な切り口からの研究報告になります。さらに報告者それぞれの方の観点や視座が私を含めてバラバラ、というのも良いことかと思います。

企画立案者の西川修一さんは嘆いている?呆れている?のかもしれませんが、そもそも、この私に趣旨説明をさせようとの人選ですから、こうなることも想定内かと。

私から報告者の皆様に申し上げたのは、「自分のオリジナルな発想や発見ないし所見で、絶対に誰も気がついていないであろうという考え方を是非ひとつでも組み込んで下さい」というものでしたから、その部分が貫徹されれば成功なのだと思います。

ともかく関東地方に在住の方で、東北や関東に所在する前方後円墳にご関心のある方や、最新の研究動向をお知りになりたい方の参加を期待します。とはいえ会場は思いのほか狭いようですので、あまり大々的には宣伝しかねるようです。ですから今回の記事でご紹介している本資料集を六一書房等を通じて購入なさり、ひとり静かに情報を読み解き点検する、というのもありかとは思います。併せて本資料集の購入にもご協力をいただければ幸いです(私の勘違いで、今回の印刷費については「会費」で賄われるようで、負担云々の問題は、これを単行本に起こす際の問題だとのことでしたー西川修一さんからのご指摘で、ここに訂正します)。

ちなみに関東に在住する「邪馬台国九州説」信奉者の方々がご覧であれば、その方々にお伝えします。次回は私、箸墓古墳の年代論にも一切触れませんし邪馬台国問題にも触れません。他の研究者諸賢も同様です。ですから邪馬台国問題がらみの会場からのご発言は断固拒絶しますので、そのようなご関心をお持ちの方で、あわよくば発言の場を求めたいとのお気持ちの方のご来場は、どうかご遠慮願います。もちろん、静かにお聴きいただける良識をお持ちの方であれば大歓迎です。


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