私的な考古学

丹沢山麓で考古学を学ぶ学生諸君との対話

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協会の図書交換会

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日本考古学協会76会総会2日めの本日は、図書交換会担当理事ということで、図書交換会会場をうろついていました。
あいにくの雨模様でしたが、会員受付数に要旨集売り上げ数を加算した集計結果は1500名超、学生諸君で要旨集を購入しなかった方々も多いでしょうから、実数は2000名前後ではなかったか、と思います。

今年の図書交換会会場は1階ピロティでの市場風、文字通りごったがえしていましたが、むしろこの雰囲気は人を図書側へ引きつける効果があるようでした。縁日の出店のようで、活気にあふれていました。実際にモニタリングをしてみると、売り上げ倍増だというテーブルがいくつもありました。

小規模教室に分散させると、売る側の人々の視線が気になって、人が入らない部屋に立ち入る勇気がわかずに躊躇してしまうという反応の連鎖の結果、奥の部屋や階上の隅の部屋は閑古鳥状態になりがちなようです。今年の国士舘大学のような広い空間があると、こういう場面では助かります。

嬉しかったのは、徳島の栗林さんが編集してくれた『青藍』第7号(笠井新也特集)の60冊が、午後1時前に完売になったことです。少しはこのブログでの宣伝も役に立ったのかもしれません。今後は六一書房でも購入可能ですし、考古フォーラム蔵本のHPからでも注文可能です。

写真は朝9時からの理事会風景と、図書交換会の準備状況および販売開始後の状況比較です。
しかし3連ちゃんの飲み会は疲れました。

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表題は先週の日曜日に豊橋市でお話してきた講演の題目です。三河考古学談話会総会の場をお借りする格好で話をさせていただきました。

1953年に実施された月の輪古墳の発掘調査は、国民的歴史科学運動の象徴的事跡として有名です。ただし近藤義郎先生の学問および活動に引きつけてみれば、この発掘調査はどのような位置づけになるのかを考えてみたものです。

会場では映画自体を上映していただき、私は解説役として適宜コメントを入れながら、映画の終了後にこの問題を考える、という構成でした。最下段にキーノートの画面から1枚を抜き出しています。

私が強調したかった事柄は、月の輪古墳の発掘調査の前提として1951年におこなわれた佐良山古墳群の調査があり、そこでも記録映画の作成は試行されていて、1952年の日本考古学協会の場で上演したという事前の体験があり、その再現を目論んだものが月の輪の発掘調査であり映画の製作でもあった、という経緯です。
また学門的にみても、近藤先生の古墳に対する眼差しの基本設計は、佐良山古墳群の報告書にある有名な「問題の所在」において表明されており、それは石母田正が提唱した「英雄時代」の実像を、月の輪古墳の築造に見いだすというものであったと理解することが可能です。こうしたお話をさせていただきました。

なお講演後に受けた質問は、「佐良山の映画作成は、はたして近藤義郎先生のオリジナルな発想だったのか、あるいは当時の国民的歴史科学運動のもとでなにか先行的な試みがあってそれを承けたものだったのか」という趣旨の、鋭い問いかけでした。

このご質問にはたじろぎました。恥ずかしながらそこまでは調べていなかったものですから、返答に窮した私でした。

さらに終了後には若い参加者の方から1952年の『歴史評論』のコピーを提示され、そこには歴史学習運動のなかで映画撮影が活用されていた事実が記されていることを教えていただきました。こうした深い問題意識をお持ちの方には、意に添えず申し訳なく思ったところです。

そのような準備の不手際はお許しいただくとして、今回の講演は、私にとっても恩師近藤義郎先生の考古学とは何か、を改めて考えさせられるよい機会となりました。お聞きいただいた方々、ご招待くださった三河考古学談話会の皆様、そして贄元洋さんには、改めて感謝申し上げます。

東海史学会月例会

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24日の土曜日には東海史学会の考古学月例会が久しぶりに開催されました。今回の報告は木村聡君。4月から豊橋市教育委員会に嘱託として勤務していますが、この発表のために一時里帰りしてもらいました。

木村君の修士論文はインダス地域の文明期をテーマとしたもので、今回の報告も、ハラッパー文化期の展開がメソポタミア地域と非常に密接な関係を有することを、腐食加工玉随の生産と流通に焦点を当てて論じてくれました。なかなか興味深い内容でした。

参加者は18名ほどで、まずまずでした。木村君、お疲れ様。

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表題の学会、今年は4月17・18日に開催されました。会場は岡山大学。今年の講演は徳島文理大学の大久保徹也さん。明治維新後、現在までの文化財保存関連政策の移り変わりを論じられました。題目は「記念物指定制度の90年」でした。
内容は、陵墓治定が国家施策の柱としてまず進められ、その後、地方自治体としての市町村制が施行されるとともに、史跡名勝天然記念物保存制度が地域顕彰の根拠づけ(「由緒づけ」)の一環として進められるようになる、との整理を軸にした話の展開でした。いかにも大久保さんらしい硬派な内容と話しぶりでした。そして冒頭の図式は見事でした。
明治期以降の展開については素直に納得しました。なんら異論はありません。ただし史跡名勝天然記念物への眼差しが、江戸時代の19世紀に高まった史跡顕彰ブームとは完全に切れ、無縁のものとして創発(溝口さんからの受け売り用語)した、との全体構図には同意できませんでした。
陵墓の治定が水戸藩の施策を下地として成り立っていることと類似した関係にあって、史跡名称天然記念物を顕彰する各地の民衆レベルの営みを背景とし、前提ともしたうえで、国家施策としてのオーソライズが大正期になって始まった、とみたほうが、はるかに奥行きのある理解になるのではないか。そう感じた次第です(参考文献:羽賀祥二1998『史蹟論』名古屋大学出版会)。
今回の講演内容は、いつもの大久保さんらしからぬ「上から目線」で切り取った保護制度論だったように思います。講演の終了後に喫煙所にて岡山大学の今津さんを交え、大久保さんとも談笑したところですが、こうした意見交換を会場でできなかったことは残念でした。

夕方の懇親会では、懐かしい方々にお会いできました。今年は、恩師吉田晶先生が開会のご挨拶をなさいました。こ今年で85歳になれたとのことですが、ご健勝でなによりです。おそらく呆れ顔で失笑なさるだろうな、と予感しながら「大和原風景の誕生」の抜き刷りをお渡しました。

懇親会風景の写真に写っている参加者は、私の後輩諸君や友人の方々です。3段目が阪大関係、4段目は各地の混在、真ん中がこの4月から箱根のふもとに帰り着いた、T海大OBで愛媛大院OBでもあるツッティー君です。そして5段目は2次会の写真。神奈川関係者です。西川修一さんや池田治さんとは、普段の年はなぜか岡山でしかお会いしません。今年は年始に小田原でお会いしたので、不思議な感覚でした。

2日めは「階層制と社会構造」のシンポジウムでした。今年からコメンテーターをあらかじめ選定し、まとまったコメントを開示していただけたのは、よい企画だと思いました。
なおシンポジウムの詳細については、書き出すと止まらなくなるのでやめます。なじみの面々でしたので、それぞれに「らしいな」と思いました。
ただしひとつだけ希望を申し述べれば、パワーポイントを使用する報告であるなら、典型例なり標識的事例なりを、1枚でもいいから写真スライドとして組み込んでいただきたい、と感じたことです。内容が抽象性の高いものであればあるだけ、具体的なイメージを視覚的な側面からも抱かせる工夫があったほうが聴衆には通じやすいと思うのです。むしろ今回の発表は、講演を含め、すべて紙のレジュメだけでやった方が理解しやすい内容だと感じました。画面を見つめても、文字を追わされるか図式を判読させられるかだけでしたから。明るい照明のもとで赤ペン片手に手元を見つめながらお聞きするほうが理解しやすかったはずです。もちろん、それぞれの報告内容には学ばされるところ大だったことを申し添えます。
しかし、私には疲れました。

閉会の挨拶は、今年から代表委員に就任された岸本道昭さん。心に響く就任および閉会挨拶でした。

最後に、帰りの新幹線の時刻を気にしながら、いつもどおり東口の「鳥好」で平井さんに柳田先生、そして土屋君と4人で飲みはじめていたら、久住さんが九大関係者をどどっと連れて合流。溝口さんの労をねぎらい、九大の学生諸君にご挨拶して帰路につきました。

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昨日3月5日には、表題のフォーラムが湘南キャンパス16号館で開かれました。

大学からの研究助成金を受けたプロジェクト研究の成果報告会です。
私は2件の研究助成を受けていて、そのうちのひとつは沖縄地域の考古学的研究です。

沖縄地域研究センターの河野裕美先生と大学院の永谷君を入れた3名の連名でポスターセッションをおこないました。コアタイムの説明担当はもちろん永谷。結構好評だったようです。
特に夏の調査で発見した「ソジカカー」には質問が集中したとのことでした。次の夏にはこの場所の本格調査です。

もうひとつは、文学部の研究プロジェクト「北海道の近・現代史をめぐる人文科学的総合研究」です。この主要なスタッフとして、研究代表者の齋藤学部長と二人でプレゼンに立ちました。夏の立岩山チャシ跡遺跡の調査報告をいたしました。札幌では永谷が報告したのですが、今回は私。

なにせ今回の出来如何で来年度も助成金が継続するか否かが懸かっているとも聞きましたので、それは力が入ります。

学内の研究会ですので、一般の方の参加は少ないものの、主催者側発表では250名の参加があったようです。そういえば、うちの学生諸君にこのフォーラムを宣伝するのを忘れていました。

なおポスターセッションには旭川キャンパスから小林先生・川島先生もお見えになっていて、夏の御礼ができました。


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