私的な考古学

丹沢山麓で考古学を学ぶ学生諸君との対話

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天皇制以前の聖徳太子

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本書は先月、金沢大学の半沢英一氏からお贈りいただいたものです。『隋書』倭国伝に登場する「倭王」と、記紀に時の天皇だと記載されている推古とが不一致であるという歴然たる事実が日本の古代史においてもつ意味はなにか。その点を探る本書の主張内容には学ばされる点が多く、私自身の古代天皇制に関するこれまでの漠然とした認識を一部改める必要性もあるように感じたところです。

『隋書』に記載された「倭王」=アメ・タリシヒコ・オオキミ(推定される当該人物は聖徳太子=上宮法皇)は古代中国側の把握した主権者像であり、いっぽう推古女帝は倭側の描く主権者像であって、両者は矛盾するのですが、この点に関し、著者は次のような理解を示します。すなわち「『聖徳太子』とは仏教を指導理念として前方後円墳時代を終わらせ国家的秩序を求める社会変革で表れ仏教倭王であり、後に『記』『紀』が天皇の思想を創出したとき天皇の思想に矛盾するために隠蔽された」(本書、13頁)というのです。

記紀の成立は隋との交渉から百年以上の後のことですから、記紀編纂時には改変も隠蔽も生じえたことであり、その具体的な手がかりが『隋書』倭国伝に残されているではないか、という主張でもあるわけです。私は強い説得力をもつ主張であると受け止めました。

なお半沢氏のいう「天皇の思想」とは、かいつまんでいえば「九州に降臨した天照大神の子孫が大和に東征したことを支配の根拠とし、以後その子孫が前方後円墳時代を通し君臨することが断絶せずに続いた、神聖な王家の王である」(本書159頁)というものです。これが記紀の編纂時に創出され、ともに採用された王権の基本理念であったとされています。

聖徳太子が「倭王」であったのに記紀においてそのような扱いとなっていないのは、仏教を統治の基本理念として掲げた彼が「天皇の思想」に抵触する存在であったからだ、というわけです。

ただし問題も残ります。仏教が「天皇の思想」に抵触する性格を帯びたのは事実であったことを認め、その後の天智帝らが打ち出した施策とは相矛盾する方向性を内包するものであったとしても、聖徳太子自身は(彼自身が掲げた政治理念や施策の方向性の如何を問わず)血統上の皇位継承権者でもあったはずだからです。つまり彼は生まれながらにして「天皇の思想」を体現しうる役柄の権原保持者でもあったわけです。ですから彼自身の王位就任までを隠蔽する理由は、本書の論理だけでは導けないようにも思いました。

さらに「天皇の思想」という本書のキーワードですが、「天皇制」の絶対的新しさを主張するという意味における重要性を認めつつ、その一方で、はたして記紀編纂時に新規「創出」されたものか否かについても、なお検討の余地があるように思いました。この問題について、私は創出というよりは、むしろ極端な単純化(原理主義的抽象化ーそれゆえの硬直化)であった可能性を考えています。この点については「血統の論理」に関する社会学的・人類学的なアプローチの必要性を感じたところです。たとえば嶋田義仁氏が導いた西アフリカ・レイブーバ王国における「ハーレムの論理」などとの関わりです。

細部はともかく、全体を通じて読み応えのある本でした。刺激を受けた点や考えさせられた点については今示したとおりですが、それだけでなく、本書を通じてさまざまな記憶が蘇ってきたのも事実です。

著者の半沢氏は、季刊『古代史の海』を支えていらっしゃる主要なメンバーとして存じ上げておりました。ご本人は数学者ですが、古代史への造詣が深く、簡明ながら明快な文章を書く方です。

本書でたびたび登場する故秦政明さんとも、私は10年前に二回ほど手紙を頂戴したりお出したり、といったことがありました。懐かしく思い起こされると同時に、本書の通読は、その後の私の怠慢を反省させられるよい機会ともなりました。

212年の年頭にこの記事を書いているのも、自分自身を律したいとの思いの表れなのかもしれません。

本書をお送り頂いた半沢氏に深く感謝します。

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本日朝、同成社から完成版が送られてきました。第1回の配本分です。

縄文時代からのシリーズですので体裁はB5版に統一されています。古墳時代については赤いカバーに前方後円墳のプロポーションが白線で入り、中央には武人形埴輪の輪郭があしらわれ、その中に本巻のテーマである「墳墓構造と葬送祭祀」が縦書きで示されています。また帯には「近年の新しい資料と研究動向を的確に見据えて古墳時代研究の到達点を総括し、気鋭の研究者の論考により展望する」とあります。

帯の裏には本巻で取り上げた論文の題目と執筆者名が記されており、岸本道昭・田中裕・北條芳隆・藤田和尊・一瀬和夫・廣瀬覚・中井正幸・鈴木裕明・高松雅文・岡林孝作・北山峰生・太田宏明・鈴木一有・大谷晃二・東憲章・古屋紀之・寺前直人・清家章・高橋克壽・福永伸哉・河野一隆の各氏による論考が3部構成で並んでいます。

本巻では岡林さんに2本の論文をお願いしましたので、21名の研究者による22本の論文が揃っています。(私の拙文を除くと)どれも力作揃いで本当に助かりました。ご多忙のなかを執筆いただいた皆様には、この場を借りて御礼申し上げます。なお本巻には編集者の執筆分も3本含まれており、3名の論考が揃って登場します。

内容は充実していると私自身は考えるのですが、問題は値段かと。6,000円+税ですので、学生の皆さんにどんどん購入していただけるかどうか。

今週末に開催される日本考古学協会栃木大会の会場でも、同成社のブースで発売されるものと思います。

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全10巻の講座本ですが、今月中旬から配本がスタートすることになりました。大阪大学の福永伸哉さんが編集責任者で、京都橘大学の一瀬和夫さんと私とが個別巻の編集に加わっています。私のような異端ないし「反則レスラー」(浜松の鈴木一有君の表現ーリング際にきわどく留まりながらも反則技を繰り出してはボコボコにされる役回りなのだそう)がなぜ編集に加わっているのかについては、福永さんにお聞きいただくしかないのですが、補佐役に徹すべき時はそう心得てしまう情けない「性分」であることを見抜かれているのか、今回はしっかり首に鈴を付けられています。

配本は第1巻から、というのが通例でしょうが、なぜか原稿の入稿が滞っている方がいたりして、結局、第3巻からの配本ということになります。

第3巻のテーマは「墳墓構造と葬送祭祀」。1「墳丘と外表施設」、2「埋葬施設の諸相」3「考古資料の実態と葬送祭祀」の3部構成で、墳丘築造企画論の現状と今後の課題を紹介した私を除けば、21名の研究者にそれぞれもっとも得意な分野を素材に書いていただいています。

日本考古学協会の栃木大会に発売を間に合わせる、という出版社の意向のもと、第1巻と第3巻の編集を進めてきたのですが、第1巻は土壇場で間に合わないことが判明し、叶いませんでした。

第3巻の編集担当は私。去る金曜日の米子出張の前に出版社にて最終校正を終えました。熱もようやく引き、なんとか漕ぎ着けた次第です。

写真は第1部の筆頭論文となる、岸本道昭さんの「弥生墳丘墓と前方後円墳」の最終ゲラ。この古くて新しい問題をどう捉えるべきか、を真摯に論じてくださっています。岸本さんを始め、今回は力作を執筆してくださった方々揃いで(しかも締め切りにはしっかり間に合わせてくださった方々ばかりで)感謝しております。鈴木君にも「横穴式石室」を書いてもらっています。

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表題の本書と『災害から文化財を守るー阪神・淡路大震災文化財復旧・復興事業の記録』(第2分冊―埋蔵文化財編)の2冊は、岡大の後輩である兵庫県の山本誠さんから送っていただいたものです。

表題の本は震災から6年後に開催されたシンポジウムの記録集で、2001年1月17日に刊行されました。1995年1月17日の早朝に起こった大地震の後の復興事業の中で埋蔵文化財の調査がいかに行われたのかをまとめた本書は、過日岡山大学で行われた森岡秀人さんの報告を裏付ける基礎データであるといえるでしょう。

印象深かったのは、新たに住宅を建設し直す際に、遺跡の調査が終わらなければ建築に取りかかれないという「周知の遺跡」に当たる土地の持ち主の方から苦情は出ず、むしろ歓迎ムードすらあったという報告です。

その地に太古の昔から人間の営みが刻まれていた事実を知ることは、そこに生きる人々にとって大切な何かを呼び起こす、そのような潜在的な価値と意義を埋蔵文化財は有していることに改めて気づかされ、襟をただすべきたと考えさせられる一書でした。

島瓦の考古学

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沖縄ネタでもう一弾。良著の紹介です。

表題の本、石井龍太君(日本学術振興会特別研究員ー東大)の著作です。昨年夏には私達の網取遺跡の調査にも参加してくれ、ヤンデーヤの瓦調査(下段の写真)を主導し、宿舎のミーティングでも瓦について色々と興味深い話しをしてくれたご本人が著した本書ですが、内容はもちろん、その文章表現には唸らされてしまいました。

私より遙かに若いのに、読みやすいだけでなくこの老獪な文章は、いったいどこから紡ぎ出されるんだ?と脱帽させられてしまいました。さまざまな文献資料や民族誌にも精通しているので、補足的な説明の部分で少しだけ開示される“うんちく”が限りなく小憎らしいのです。いや、惹きつけられてしまうのです。

瓦について考古学的な立場から描かれた本書ですので、地味な著作だと思われるかもしれません。しかし本書はそうではありません。瓦はあくまでも手がかりとしての役割を与えられているに過ぎません。では石井君は何を描こうとしているか、といえば、近世・近代の琉球社会そのものです。中国や朝鮮および大和社会との不断の交流のなかで、琉球社会が選び取った物質文化のありようを、見事に浮かび上がらせているように思われました。1979年生まれの彼ですから、私とは19歳も違うのに、ここまで巧妙な描きブリには、世代の差を否応なく見せつけられる思いがします。

彼ら新世代の考古学者は、型式学にだけ拘るような不細工なことはしません。型式学は充分に踏まえながら、文献史も民族誌も、そして現代の様相に至るまで、資料を分け隔て無く見据えながら、かつ全体像の構築を最優先しつつ研究を進めているようです。現代の若者たちが過去の歴史とどう向き合うべきか、について明確な方向性を打ち出しているようにみえます。私の眼からみれば似たようなタイプに奈文研の石村智君がいますが、彼の軽妙さに石井君の器用さと老獪さを対峙させたらどうなるか、興味津々です。今後に期待することにしましょう(石村君、勝手に実名を出してご免なさい)。

そしてなんといっても、口絵写真で見せつけられた瓦葺きの門の精巧な模型には参りました。琉球の瓦も当初は灰色であり、19世紀に転換が生じて現在のような赤瓦になることを視覚的に紹介するこの模型は、なんと彼自身の作だとのこと。漆喰で固められた瓦の一枚一枚が実にリアルで、博物館の展示にも充分に堪えられそうな専門家の手による精密模型です。そういえば瀬川さんの博物館にも、瀬川さんお手製の精巧なジオラマ模型がありましたが、最近の考古学者は、自ら模型も製作してなんぼのもの、かもしれません。

親典社選書、定価1890円(税込み)です。西表網取メンバーにはいうまでもありませんが、学生諸君には是非とも勧めたい一書です。

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