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ご存じ旭川市博物科学館の瀬川拓郎さんによる名著です。
非常に読みやすいだけでなく、読者を惹きつける魅力的な著作です。瀬川さんの文章は独特のリズム感をもっていて、テンポよく読み進められますし、随所に小粋な表現が散りばめられているために、思わず唸ってしまう。そんな本ですので、ここ数年間におけるもっとも魅力的な著作として周囲の皆に勧めています。『アイヌ・エコシステムの考古学』は2005年刊(北海道出版企画センター)で、『アイヌの歴史』は2007年刊(講談社メチエ)です。
瀬川さんの研究はもちろん北海道のアイヌや擦文・続縄文・縄文といった諸文化の展開に軸足が置かれています。しかし同時に、地域や時代を超えた普遍性への眼差しが明確です。だからこそ、古墳時代を専門分野とする私なども、思わず惹きつけられてしまうのです。
特に「青苗文化」の提唱は圧巻です。境界領域に設置されるバッファゾーンとしての青苗文化の役割は、和人側の「商品」を擦文側の「贈与」に転換することで両者の交流を可能にさせ、かつ和人側からの浸食を防御する共生のための必要不可欠な装置であったとするのです。
こうしたコンバージョンシステムの必然性や立地の特性を加味すれば、この問題はもっと普遍的な、たとえば都市とは何か、という問いかけに直結することが明らかです。博多などはその典型でしょう。
同時に、市とは何か、という問いかけとも連動する可能性も示唆されます。非日常性の空間に交易の場を限定することから市が生まれたことはよく知られています。その際に、なぜ非日常性なのか、といえば、それは交換が日常化することを避けるためだった、といえるかもしれないのです。モノの交換は、モノだけに留まらないことを為政者たちは敏感に嗅ぎ取った可能性があるからです。
だから、こうした性格の市を、あえて日常化させた空間が都市ではなかったか、という作業仮説がいやおうなく浮上してくるわけです。そしてここまでくれば、網野史学との接点もごく身近なところにみいだせるような気がしてきませんか。
ここに紹介する二著は、上記のような事柄を深く考えさせる類い希な良著だといえるでしょう。
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