私的な考古学

丹沢山麓で考古学を学ぶ学生諸君との対話

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スダチの季節到来

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先日、徳島の原田さんからスダチを贈っていただきました。この季節にはなくてはならない食材というか調味の基本で、妻とふたり大喜び。さっそく刺身と焼き魚に添えて堪能させていただきました。箱のラベルには相変わらずのマスコット“スダチ君”が描かれていたのも懐かしく思います。

スダチだけでなく半田素麺の箱も同封されていて、心遣いには返す返すも感謝ですし、過ぎ去った徳島の日々を懐かしく思い起こさせていただきました。この半田素麺とは、冷や麦のように太い素麺で、腰があって張りもあって徳島の吉野川中流域界隈では素麺といえばこれ。蕎麦米雑炊ともどもご当地料理の定番だったものです。

どちらも、これからの暑い夏にはなくてはならない食材です。

原田さん、毎年このような贈り物をくださり、本当に有り難く存じます。お礼状はまだ書けていませんが、最近の小文の抜き刷りができました際に、と思います。

車山高原にて

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ブログの更新が大幅に遅れてしまいました。ここまで滞ると、知人から「病気にでもなったのではないか」と心配する声すら聞こえてきて、返って恐縮してしまいます。

今回の遅れの原因はいたって単純。仕事に雑事に研究にと忙殺されて夜な夜なパソコンに向かってはいたものの、ブログを開くだけの余裕がなかったことと、連夜の学会関連メール三昧で、熱を帯びたキーボードへの連打が祟ったのか、連休明け直後にパソコンの方が故障して先週まで病院に入っていたからです。

最近のマックブックプロは、powerless bookになったのではないかという疑惑を拭えませんが、私の方も少しばかり疲労が溜まっているのかもしれません。最近の私は、学生諸君に向かって同じ内容の話を、まるで仕入れたての新鮮なネタであるかのように話すのだそうで、「また同じ話を聞いたよ」と囁かれ始めているそうです。

そうはいっても、当の本人は、その都度新鮮な話を得意満面で話していますから、まったく問題なし。説教オヤジ臭くなっているとの自覚を抱きながらも、元気(なつもり)です。

さて、一ヶ月遅れのアップ第一弾は、今年の連休の帰省ネタから始めます。田舎の車山高原に母を誘って一家で泊まったのですが、その途中、山際の集落近くで石塔の乱立する様に見とれてしまいました。妻によれば観音霊場だということで、本来は33箇所を巡るべきところ、それを一箇所で実現可能にするためにあみ出された霊場なのだそうです。民俗学的な素材には、いまもって豊富な我が郷里であることを再確認させられた次第です。

春を急がせたか

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さきほどのことです。夕食を終えて居間で語らっていたとき、妻が居間のブラインドを見つめながら不思議そうに「あれ…蝶じゃないの?」。その言葉に驚いて視線の先を見上げてみれば、なんとアゲハチョウが羽化していました。

じつは1ヶ月ほど前に南の庭で、雪の重みで折れた枯れ枝にアゲハチョウのサナギが付いていたものを拾ったのです。ダメかもしれないとは思いながらも、表面は緑色を呈し生きているようだったので、居間の窓辺に置いてある観葉植物の鉢に枝ごと刺しておいたのです。

そのサナギが、室内の暖かさに誘われたのか、窓辺に差し込む陽の光がいくぶん長くなったことに誘われたのか、春の訪れを待たずに羽化してしまったようです。

小形の個体ですが、飛ぶ準備に余念がないようで、ブラインドにしがみつきながらさかんに羽ばたいていました。花の蜜もないので困り、とりあえず蜜を出しまくりつつ土間で咲いている蘭の一鉢を居間へと移し、後は彼ないし彼女自身の生命力に委ねることにしました。屋外に出しても夜の気温は摂氏4度ですから、生き続けるのは難しいように思います。

     「少し春を急ぎすぎていないか?」と問いかけたいのですが。言葉も通じず。

確か私が小学校の3年生頃だったと思います。キアゲハの幼虫を捕ってきては羽化させるまで、あれやこれやと面倒を見ながら「アゲハチョウの観察」と題する夏休みの自由研究(宿題)をまとめたことを思い出します。あのときは羽化の瞬間の神秘さに惹かれたものですが、今回は完全な見過ごし、というか忘却。とはいえ、はからずも40年ぶりに当時の宿題の後段を再現していました。

ともかく蘭の花の蜜に反応してくれることを祈りながら、春が着実に間近であることを実感させられてもいました。

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今日(昨日)は異様な暖かさを感じた朝でした。先週は関東一円も大雪で我が家のベランダも写真のような状態でしたが、今朝は摂氏12度。いきなり4月が訪れたかのようです。もちろん杉の花粉は本格的な飛散期を迎え、このところ鼻と眼は散々です。

そんななか、気晴らしがてらに作り始めているD51の模型ですが、前の部分が形になりつつあります。

朝、長野の叔父から電話が入り、母が倒れ病院に救急車で搬送されたとのことでした。今日は大学の業務もなかったので急いで車を飛ばして行ってみれば、病院からは既に帰宅したと教えられました。結局、点滴を受けたら回復したし、検査結果も特段の異常はなしとのことで一応は安心。

目下太極拳の講師に生き甲斐を感じている母ですが、今年からは月曜日から金曜日まで毎日の講習会になり、やはり過労がたたったのでしょう。さらに明日からは紀伊半島巡りの旅行の予定入れていたとのことで、もちろんキャンセル。夕食まで様子を見てから帰宅しましたが、年老いた母に一人暮らしをさせておく息子のわがままさ加減を、誰からというのではないものの、責められそうです。

実家の庭では福寿草が満開でした。伊那谷も、もうすぐ春なのでしょう。

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先日、妻とふたりで小田原市の郷土文化館に行ってきました。巡回展「弥生時代のかながわ」と「飛鳥時代の斑鳩と小田原」を観るためです。

弥生の展示は、伊丹さんが渾身の力を振り絞ったとの評判が立つだけあって見応えがありました。特に中期後半から末の鉄器の豊富さには改めて驚かされた次第です。飛鳥の方は小田原市と斑鳩町が「法隆寺ゆかりの都市文化交流協定」を結んだことを記念して開催されたもので、聖徳太子に関係の深い上宮遺跡などからの出土品が出展されていました。箱根を越えたこちら側で上古奈良の遺物を観覧する、というもの味なものです。

この文化会館、小田原城内に建っているのですが、70年代の雰囲気を非常によく残しており、特に2階の展示は圧巻です。踏めば「ヒコヒコ」音がする木の床も趣深いものがあります。もう20年も経てば、この展示自体が「文化財」になりうるのではないか、と思います。

ついでに、諏訪間さんたちが力を入れていた小田原城の馬出し門界隈の整備の様子も併せて見学し、諏訪間さんお勧めの「魚隆」で限定30食ランチを頼みました(蕎麦と組み合う海鮮丼は売り切れてしまっており、天丼にしましたが、美味でした)。

その後、車窓の景色を楽しもうということで、大雄山線を往復してみることにし、小田原から大雄山までを往復。70年代から80年代の雰囲気をそこかしこに残す鉄道の趣を堪能してきました。とりわけ「五百羅漢」の駅の看板文字には感激し、おもわず下車して写真撮影を。

私の所業を見た駅員さんからは、周囲の観光名所説明までしてもらいました。ちなみにこの駅は、妻の職場からの最寄りの駅です。とはいえ、せっかくご丁寧な説明までしてもらったのに次の電車に乗って帰るのも失礼だと思いましたので、周囲を散策しつつ小田急線の「足柄」駅まで歩くことにしました。


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