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			<title>私的な考古学</title>
			<description>私の考古学と日常についてのブログです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yhojo_6261</link>
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			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>私的な考古学</title>
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			<description>私の考古学と日常についてのブログです。</description>
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		<item>
			<title>若葉マークの学部長業</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255232/75/27287675/img_0?1435682704&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
実際に体験することになろうとは予想もしていませんでしたが、この４月から文学部長業をやっています。仮に「学部長体験イベント」などがあったとすれば、そしてそれに参加したとすれば、まず全力で拒否していたはずだと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他大学の場合はどうか知りませんが、連日文字通りの雑務の山と対峙しなければなりません。４月と５月は週６日勤務（朝９時過ぎから夕方９時前後まで）でしたし、翌日曜日もイベント続きで休日とは無縁でした。そうやって雑務をこなし山をなんとか乗り越えたかと思えば、ただちに次の仕事が舞い込んできて、息をつく間がありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
きっと世の中間管理職とはこういうことを指すのでしょうね。こなしていらっしゃる方々は本当に偉いと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私と同世代の友人の多くも行政機関であったり会社組織であったりと、職種はさまざまですが、同じような中間管理職に就いていますので、そういう役回りが巡ってきたことを、それはそれで“良し”としなければならないのかもしれません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし私の場合は考古学研究に邁進することでこの立場に居るはずだとの思いが強いものですから、研究に割く時間が取れない状態が日常化するという事態はけっこう深刻です。若葉マークゆえの焦燥感かと思うことにして、当面は辛抱するつもりですが、こうした日常が「痛い」のも確かです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もちろん昨年度は学部長補佐でしたから、学部長業がいかに大変なのかについては充分に予想はついていたはずですし、広い部屋が与えられたことは喜ぶべきだと確かに思います。それにいつ電話が掛かってくるかわからないので、ゼミは学部長室でこなすことが多くなりました。これまでの倉庫かと思えるような狭&amp;#20558;研究室でのゼミに比べると、はるかに広いし椅子も心地よいし、ということで授業環境の変化を喜んでいるゼミ生もいるかもしれません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明日も（正確には今日も）朝から打ち合わせと会議三昧で、開放されるのは夜の９時以降であることが目に見えています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
確かに外形上は優雅な立場だと思われるでしょうね。しかし実際に体験してみて思うのですが、世の評価と実態とは絶対に整合しないし、その不整合を目下体現している一人が私であるに違いないと踏んでもいます。まったく参りました。1日も早く、少なくともこの若葉マークモードからは気持ちのうえで卒業したいと切に願う昨今です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお写真は記事の内容とは無関係な、とある瀬戸内地方の大型前方後円墳くびれ部の状況です。ここまで遺りがよいと、築造時の様子がなんなく再現されることになります。こうした現地調査に飢えている昨今だといったほうが、より正確だと思います。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yhojo_6261/27287675.html</link>
			<pubDate>Wed, 01 Jul 2015 01:45:04 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>2014年度の卒業式</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255232/65/27048665/img_0?1427728818&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255232/65/27048665/img_1?1427728818&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255232/65/27048665/img_2?1427728818&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255232/65/27048665/img_3?1427728818&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
翌日から調査出張を入れていたため、記事のアップが前後してしまいました。３月24日には本年度の文学研究科の学位授与式があり、S本君に博士（文学）が、Ｈ君に修士（文学）の学位が授与されました。おめでとう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、翌25日には学部の卒業式がありました。現学部長からよく見ておくように、と言われ、私も初めて体育館で開催された本番の卒業式に参列しました。４年前には震災の影響もあって、入学式をおこなえなかった学年ですので、他学部の同級生と一同に会する機会は卒業式だけという状態で、気の毒に思います。スケールの大きさを実感するには良い機会かと思いました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後の証書授与は、例年どおり14号館で挙行しました。私が学年の担任でもあったことから、23名の卒業生に証書を授与させていただきました。皆さん、卒業おめでとう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
謝恩会では、例年どおり「考古学エレジー」を歌わせていただきました。この歌を私に教えてくれた吉留さんも今は亡く、私自身も歳を食ってしまったことに、少しばかりの“悲哀感”と諦観を込めて、です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして私自身も４月からは、考古学専攻を半ば卒業したかのような状況になります。研究室はそのままですが、廊下の斜め向こうにもうひとつの執務室があり、当面はそこの住人となることに。学部全体の世話焼き役を命ぜられました。卒業生や修了生諸君と同様に、私にとっても節目となりそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんなこともあって、無理矢理、徳之島出張に向かったというわけですが、予想外の収穫だったものですから、気持ちは若返っています。雑務に埋没せずに今回のテーマは絶対にモノにしてやる！と意気込んでもいます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yhojo_6261/27048665.html</link>
			<pubDate>Tue, 31 Mar 2015 00:20:18 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>徳之島の旅</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255231/18/27044118/img_0?1427608024&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255231/18/27044118/img_1?1427608024&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255231/18/27044118/img_2?1427608024&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255231/18/27044118/img_3?1427608024&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255231/18/27044118/img_4?1427608024&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
先週の木曜日の午後から４日間の旅程を組んで鹿児島県徳之島に来ています。伊仙町教委の新里亮人さんにカムイヤキの窯址と灰原出土の資料を見せていただくことが目的でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
幸い27日には目下調査中の面縄貝塚を見学させていただくこともできました。岩陰に４個体のゴホウラが転がっていたのにはさすがに驚かされました。縄文時代にはここまで貝殻を運んできていたのですね。付近には近世の崖葬墓もあって、予想以上の収穫でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
カムイヤキ窯址の各群もご案内いただき、11世紀末に始まる本格的な南方向け須恵器生産の拠点をこの眼で確かめることができました。新里さんの分類A群とＢ群のそれぞれの大壺のサンプルも表採・持ち帰りをお許しいただき、灰原から適当なサイズのものをピックアップさせていただきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昨日28日には、一日貝製品の実測をさせていただき、途中、昼食がてら隣町の天城町教委の具志堅さんを二人で訪れ、中里遺跡や塔原遺跡の資料を見学。多数の石斧や砥石と判断しても差し支えない石皿に見入っていました。凄い遺跡です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして晩には新里さんの声かけで考古学・埋蔵文化財保護行政関係者との呑み会。５時間にわたって語らいました。新里さんをはじめ、皆さんに心から感謝です。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yhojo_6261/27044118.html</link>
			<pubDate>Sun, 29 Mar 2015 14:47:04 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>冥界の深度と意匠 ― 死後世界のコスモロジーとその諸相をめぐって　―</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255234/99/26996699/img_0?1425998315&quot; width=&quot;418&quot;&gt;&lt;br /&gt;
表題は東北大学で来週開催される空間史学研究会の国際シンポジウムです。奈良女の小路田さんつながりでお知り合いになった日本思想史の佐藤弘夫先生の紹介により、私もこのシンポジウムに出席して話をさせていただくことになりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私の報告内容は、といえば、業界筋でもっぱらオカルト考古学扱いされている、たとえば坐東朝西の空間設計の話や、黄泉国は山中だ、といった趣旨のものですが、他のお二方は海外からのご参加。どのようなシンポジウムになるのか、非常に楽しみです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
プログラムの概要は下記のとおりです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
空間史学研究会　第4回シンポジウム　冥界の深度と意匠――死後世界のコスモロジーとその諸相をめぐって&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Depth and Design of the Otherworld: Studies on Cosmologies and Other Aspects After Death&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
主催：空間史学研究会 &lt;br /&gt;
共催：東北大学大学院文学研究科、東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻空間文化史学分野&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
開催趣旨：死後の世界とは一体どのようなものであろうか。古今東西において、人々はこの不可視の世界を多彩に想像し続けてきた。仏が居住する清浄な「浄土」、地下の泉を語源の一つとする「黄泉」、永遠の安息が得られる「天国」などはその適例であろう。宗教や思想、組織や集団、時代や地域の別により、じつに多くの死後世界が生み出され、語り継がれてきたのである。&lt;br /&gt;
　興味深いことに、各様の死後世界は、地上や地下などさまざまな「深度」に具体的な空間として定位され、しばしば事々物々の「意匠」を纏ってきた。では、これらの空間は、どのようなコスモロジーや制度に接続し、「深度」と「意匠」が選択されたのであろうか。&lt;br /&gt;
　本国際シンポジウムでは、死後の世界に刻み込まれた社会と文化の記憶を、古今東西の具体的な空間の諸相をもとに解きほぐしてみたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
講演題目・講師：&lt;br /&gt;
１．仏教伝来以前の他界観とランドスケープ&lt;br /&gt;
　――日本列島初期水稲農耕民社会と巨大前方後円墳の場合&lt;br /&gt;
　　北條芳隆（東海大学・考古学） &lt;br /&gt;
２．新彊の舎利埋納と空間&lt;br /&gt;
　　冉万里（ラン ワンリ）（西北大学・考古学） &lt;br /&gt;
３．リビア・サプラタ遺跡の墓廟とフェニキア＝カルタゴ人の死後世界&lt;br /&gt;
　　Benedetta Bessi（ベネデッタ ベッシ）（ローマ・ジョン・カボット大学・考古学）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コメント &lt;br /&gt;
　　佐藤弘夫［東北大学・日本思想史］&lt;br /&gt;
　　長岡龍作［東北大学・東洋日本美術史］&lt;br /&gt;
　　芳賀京子［東北大学・西洋美術史］&lt;br /&gt;
通訳&lt;br /&gt;
　　芳賀満 ［東北大学・考古学］&lt;br /&gt;
司会&lt;br /&gt;
　　野村俊一［東北大学・日本建築史］&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
開催日時：3月19日(水) 13：00&lt;br /&gt;
開催場所：東北大学 川内南キャンパス文学部第一教室（文教大教室）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・本シンポジウムは平成26年度東北大学大学院文学研究科長裁量経費に基づいています。 &lt;br /&gt;
・終了後、18：00より懇親会を開催予定です（文系食堂内ルポー） &lt;br /&gt;
・ 通訳あり&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私が今回のシンポジウムにお誘いを受けて、強く惹かれたことのひとつが、考古学では使わない語彙が軽妙に駆使されていることです。「冥界の深度」とか「意匠」とかの表現を、考古学ではなかなか使えませんし、思いつきません。さすが美術史や建築史畑の方々だな、と感心させられますし、今度使ってみようかな、とも考えはじめています。そして強い印象を抱いたふたつめがポスターのデザインと色味です。語彙といい、デザインのセンスといい、どちらも、とても素敵ですし、垢抜けしていて羨ましいですね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみにポスターの背景上段の写真は、奈良県唐古・鍵遺跡から撮影した春分の日の出です。龍王山520mピークからの日の出となるのです。ようするにこの遺跡から数百年間にわたって見つづけられた春分・秋分の日の出の情景が、のちに大和東南部古墳群の中心軸線を規定することになったと考えられるのです。暦の起点は冬至の日の出で、三輪山が指標だったでしょうが、春分と秋分は暦の中間点ですから、中心軸線にはふさわしかったのでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東の山が選ばれる理由は、こういうところにあったのだ、と確信させられたときに撮影したものです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このシンポジウムでのプレゼンが、私にとって今年度最後の発表になります。とはいえ今週末には茨城県のひたちなか市での市民向け講演会ですので、気が抜けません。そうはいっても、どちらも最近考え始めたテーマに直結した内容ですから、楽しませていただいていることには代わりありませんし、お呼びいただいて光栄です。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yhojo_6261/26996699.html</link>
			<pubDate>Tue, 10 Mar 2015 23:38:35 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>季節の変わり目に</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255232/07/26985507/img_0?1425647448&quot; width=&quot;425&quot;&gt;&lt;br /&gt;
田舎の母が「この季節は嫌いだ」と常々口にしています。もう23年も前になりますが、弟が死んだのが3月5日でしたから、看病の末にその甲斐もなく身内を亡くした悲しみが、梅が咲くこの季節を嫌いにさせたのだと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
再び、なぜか弟の死んだ日のことが思いおこされます。あの時はちょうど徳島で前期古墳の測量調査をおこなっていて、地権者さんのお宅から電話だと呼び出しがあり、出てみれば妻の声で、弟の死を知らされました。学生も居たので夕方までは現場を止めるわけにもいかず、妻は一足先に東京に向かい、私は仕事を終えてから東京に、そして長野に、と…。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
不思議です。吉留秀敏さんが亡くなられたのも3月5日でした。2年前のことです。そして昨日、再び九州から訃報が届いて驚かされました。田中良之先生が亡くなられたとのこと。お二人とも少し早すぎませんか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大分県上ノ原横穴墓群の発掘調査のさいに、吉留秀敏さんのお宅でご一緒したのが最初でしたよね。当時は医学部解剖学講座の助手というお立場で、「お前の師匠である近藤義郎先生の若かりし頃と同じ身分たい！」とおっしゃられたことをよく覚えています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
確かにあのときは横穴墓内の埋葬骨の観察にお越しでしたから、さすが骨の専門家なんだと感心しながら脇で見ていました。魚料理もお好きでしたから、吉留邸の居候だった私は、数日間滞在なさった田中先生に煮魚のコツを教えられました。そんなことも思い出されます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後は偶然のいたずらでしょうか。私自身も３年間でしたが医学部第１解剖学講座の助手を経験することになりました。もちろん、田中先生とのあまりの落差に幾分恥ずかしい思いをしています。私の場合は、比較するならむしろ師匠側でしょうか。医学部の仕事などとは無縁の考古学だけでしたから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
15年前に、当時はまだ若かった３人で本を書くことになり、その事前の打ち合わせで九州にお邪魔したさいにも、励ましてくださいました。まだ充分に応えられていませんのに、残念です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明日は日帰りで博多に出向きます。きっと吉留さんのときの悲しさを思い出しながら、となるでしょうね。母の言うように私もまた、この季節が嫌いになりそうです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yhojo_6261/26985507.html</link>
			<pubDate>Fri, 06 Mar 2015 22:10:48 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>年末の集中講義</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255232/28/26811128/img_0?1419862492&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255232/28/26811128/img_1?1419862492&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
先週は愛媛大学での集中講義に行って来ました。愛大の専攻生も博物館学の集中と重なってしまったようで時間の配分が大変だったようですが、23日午後から26日午前までの15コマのうち、出席可能なコマを受講していただきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正規の受講生と、研究生や院生には全時間お付き合いいただきましたが、どうだったでしょうか。私の最新の研究成果を披露することになりましたので、困惑の度を深めたのか、あるいはその逆か、ニュートラルには聴きがたい内容だったかと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また忘年会を兼ねた歓迎会には下條信行先生までもがお越し下さり、恐縮致しました。何分にも12年前までは同じ四国に在住していたこともあって、古巣のごく脇に帰って来たような錯覚さえ覚えました。それも手伝って、２次会では村上恭通さんと唄って踊って叫びまくって、と、かつてのノリではしゃぎましたので、翌日の講義は声が出ない状態。完全に声帯が潰れていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ともかく私の話を聞いていただいた皆さんや、呼んでいただいた村上恭通さんに感謝します。2014年の師走も、締め括りは講義で終えることになりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
記事を書いてから写真を探しましたが、まともな写真は忘年会での集合写真のみで、唯一使えそうなものは２次会で谷若さんと合流したときの１カットだけ。他は完全にブレブレでした。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yhojo_6261/26811128.html</link>
			<pubDate>Mon, 29 Dec 2014 23:14:52 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>全く！何してるんだか</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255232/84/26750384/img_0?1417697766&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255232/84/26750384/img_1?1417697766&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　と、夕食後にはこのところ毎晩イラストレータに向かう妻に呆れ顔でつぶやかれています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マッサン効果の余韻でしょうか。冷ややかな妻の視線を気にはしつつも、我が家に備蓄されたウィスキーの「品評」を小茄子川君と二人で開催した際の選考結果がこうなりました。定番のアイラモルトは（ピート臭の強さゆえに、あまりにもクセが強いため）今回の選考対象からは外すことにして、という前提条件付きですが、小茄子川君のお母さんが私の誕生日に送ってくださったニッカのシングルモルト「宮城峡12年」（現在は品薄状態で貴重！）がどこまで美味いかを試すことにしたのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
前列の左が最上位で、右が最下位となりました。結果は堂々の一位。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「宮城峡12年」は、さすがに旨い酒です。二人の評は「グレンリベット18年」に全然負けていない、との結論となりました。後者のボトルは、じつは今月末に愛媛大学に集中講義でお邪魔する際の手土産のつもりで買っておいたものですが、他のボトル共々、つい事の成り行きで開封してしまいました（田崎さんと村上君には別の酒を用意します。あしからず）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし今回の「品評会」で学んだことがあります。ショットグラスでチビチビと飲み比べてみても、５・６杯目からは舌がしびれてきて、どれも似たような味わいに感じられてしまう、違いがわからなくなる、という事実です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その結果「スーパーニッカ」と「響12年」の違いがわからないし、値段では1/２程度の前者の方が旨く感じられる、という、そんな次第となりました。サントリーよりニッカを贔屓しているわけでもないのですが、ようするに二人ともウィスキーの味を語る資格などないってことです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ意外だったのは比較的好きだったはずの「オールドパー」がもっと下位に沈んだことです。返す返すも意外でした。ちなみに最下位の「teacher&amp;#039;s」は　燻製用に買い足したもので、前任者は「ブラックニッカ・リッチブレンド」でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マッサンもようやく本筋に戻ったようで、少しは視聴率も回復するかもしれませんね。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yhojo_6261/26750384.html</link>
			<pubDate>Thu, 04 Dec 2014 21:56:06 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>54歳の誕生日</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255232/59/26730459/img_0?1417009536&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255232/59/26730459/img_1?1417009536&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255232/59/26730459/img_2?1417009536&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255232/59/26730459/img_3?1417009536&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255232/59/26730459/img_4?1417009536&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
本日11月26日は、私の誕生日でした。&lt;br /&gt;
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夕方には網取のメンバーとゼミのメンバーが誕生日を祝ってくれました。プレゼントはなんと奈良のあの店、フルコトから取り寄せてくれたという前方後円墳クッションでした！驚かされましたが、ちょうど良い硬さ・柔らかさで色味も落ち着いていて、使い勝手が良さそうです。&lt;br /&gt;
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平面形は５世紀中頃型とでもいうのでしょうか。くびれ部は適度に広く、段築もステッチで表現されています。肝心の写真を取り忘れてしまいましたが、ご馳走してくれた二つのケーキも真に美味しかったですよ。どうもありがとう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また帰宅後の夕食時には第２弾として、妻がクリームシチューを、小茄子川君がスモークド・ローストビーフを作ってくれました。妻からのプレゼントはシャツとネクタイ。今年の色味だそうで、私のジャケットに合わせてくれました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらにそうこうしているうちに宮城県の小茄子川君のお母さんから包みが宅配されてきました。開けてみればニッカ「宮城渓12年」のボトルでした。真に美味です。小茄子川君からの気の利いたプレゼントにも感謝。お母さんにも申し訳なく思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんなわけで、本日頂戴したすべてのプレゼントを抱え、着付けてニヤニヤしている私の様子を撮ろうということになり、土間を舞台に写真撮影と相成りました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
折からお祝いの電話をくれた娘にも我が家の様子が伝わるように、ということで、最下段の写真はFBではなくまずブログにアップさせられるハメになりました。小茄子川君の撮影によるものです。なんとも照れ臭いところですが、皆さん、どうもありがとう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yhojo_6261/26730459.html</link>
			<pubDate>Wed, 26 Nov 2014 22:45:36 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>雪野山古墳を西側から仰ぐ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255232/31/26709231/img_0?1416316768&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255232/31/26709231/img_1?1416316768&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
先日は滋賀県竜王町に行ってきました。雪野山古墳出土の石製品や玉について、市民の方向けの講座に招かれたからです。1989年の第一次調査から25年を経て、この古墳は国の指定史跡になりました。それを記念するイベントの一環として、当時の参加者であった私にも白羽の矢が立てられたということのようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このところ腕輪形石製品の話をさせて頂く際には、会場に貝輪の実験製作品を持ち込んでご覧頂くことにしているのですが、竜王町でご覧頂くのは2回目ですし、新たに追加した資料はスイジガイ釧と龍ヶ岡―紫金山の表裏セットぐらい。昨年の秋にも草津市でご覧頂いたこともある方も多く、回を重ねるごとに見飽きられた感があります。そろそろ実験貝輪の興行も店じまいすべき頃合いかな、と感じました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それと私自身にとっては新鮮なネタのつもりで「死者の貝輪」と「生者の貝輪」の対称性と表裏の関係の話に力を入れてみたのですが、一般の方にはそうでもない（というか、馴染みでもなく聞いたこともない話）ところもあったようで、会場からの反応は今ひとつだったように感じました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
打って変わって最後にオマケとしてお話しさせていただいた「雪野山古墳はどちらが正面観なのか」については強い反応があり、講演会の終了後にも、控え室に場を移してさまざまな状況証拠を解説させていただくことになりました。結論は、雪野山古墳は西から仰ぐのが正面観であったろうというものです。日野川を伝う内水面の交通ルートが鍵になるのでしょうね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
石製品ネタについては細かな意味での専門分野でもありましたので、当日配布資料にも力が入りましたし、色味を問題にする内容でしたから教育委員会の方にはカラー刷りをお願いすることになったのですが、それだけオタク的に走りすぎたのかもしれません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ともかく本題よりオマケの方が印象深かったという講演会は、どこからみても褒められたものではないでしょうね。お集まりいただいた60名を超す方々や、教育委員会の冨田さん、大東さんには申し訳なく思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当日は天候にもめぐまれましたので、西から仰ぎ見る雪野山（龍王山）の写真を撮ることができました。今後は、この写真を使わせていただきながら、景観史の観点から踏み込んでみることにしたいと思います。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yhojo_6261/26709231.html</link>
			<pubDate>Tue, 18 Nov 2014 22:19:28 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>弥生時代の稲束貨幣論</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-7e-d3/yhojo_6261/folder/255236/50/26670650/img_0?1415070144&quot; width=&quot;340&quot;&gt;&lt;br /&gt;
記事のアップが大幅に遅れましたが、去る７月に奈良女子大学文学部小路田研究室から刊行された『日本史の方法』第11号に、「稲束と水稲農耕民」と題する拙文を掲載していただきました。この論文で、稲束は弥生時代から貨幣として交換の際には換算レートの基準となった可能性が高い、という表題の主張を展開しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ポイントは唐古・鍵遺跡出土の弥生時代中期前半期に属する稲束の分量である約75本の稲茎に稔ったであろう稲籾「&amp;#27030;」が古代の１合（現在の4.6合）に相当するものだと推定できる点です。昨年の記事で紹介したとおり、藤田三郎さんの立会のもとで茎の数をカウントし、別の古代稲をもちいた実験稲束と分量を比較してみた結果です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この分量を「一握」とみなせば、５握で古代の「一把」となり、10握で同じく古代の「一束」に該当するという計算が成り立つのです。こうした稲束をめぐる階層構造を、私は「稲束システム」（頴稲をもちいた換算レート、植え付け時の目安ともなる３階層構造）と呼ぶことにしています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
加えて身近な貨幣（現物貨幣とも限定目的貨幣ともいわれますが）の分量は長期間不変で、要するに弥生時代の中期以降は古代まで一定していた可能性すら充分に指摘できる、となるのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この検討結果を基礎に据えて、貨幣としての稲束がもっとも多量に出土した唐古・鍵遺跡は冬の大規模定期市の場であったとの推論も開示することになりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なぜ冬なのかといえば、貨幣を手にした時がもっとも購買意欲がそそられるという図式は古今東西を問わず不変なのと、それが稲束であれば、稲の収穫後が年間を通じて最大の貨幣備蓄期に相当することになるからです。歳末商戦がボーナス支給を前提としたものであることと、構図はまったく同じです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに稲束の授受をめぐる首長と民衆との間の駆け引きは、弥生時代には登場した可能性があり、それが古代の出挙に引き継がれた公算も高いので、この図式を威信財交換概念に適用しますと、稲束は「増殖型威信財」でもあったといえ、負債感の増幅や徳政令的な債権一括放棄という駆け引きの基本アイテムともなりますから、その駆け引きの累積が水稲農耕民の社会に階層化が内部から生じる要因ともなった、と論じています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このような稲束の再生をめぐる駆け引きと階層化のプロセスを指して、私は「稲束威信財システム」と呼ぶことにしています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本論に興味をお持ちの方は、下記にお問い合わせください。&lt;br /&gt;
〒630-8506　奈良市北魚屋町　奈良女子大学文学部　小路田研究室気付　&lt;br /&gt;
奈良女子大学日本史の方法研究会事務局</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yhojo_6261/26670650.html</link>
			<pubDate>Tue, 04 Nov 2014 12:02:24 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
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