神仙組供攸碓逆転論編】魔天使ルシファーの復活★By.獄悪鬼族

秘密結社SSG(神仙組)のNWO構築理念!反キリスト世界帝国樹立への道!
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「スサノオ」と「ヤマタノオロチ」が同一存在であることの謎について、須藤アキオ氏は『王仁三郎の霊界物語は科学でこう解ける』の中で、次のように解説している。

「じつは、太陽は秒速19キロメートルの速さで織姫の方向へと動いているのだ。
すると、当然ながら地球も織姫へと向かっていることになる。
そして、地球は公転をしているから、大地のエネルギー、言霊の象徴である螺旋形を描いて織姫の方へ進んでいるのである。
ますます悪化しているかに見えるこの世界も、明らかに神の仕組に向かって進んでいるといえる。
地球がこのまま次元変動を起こさなければ、学者は32万5000年でベーガに出逢うことになると測定している。
しかも1万2000年後には、この織姫を中心に星々が回転する、つまりいまの北極星にとって代わるというのである。
しかし、夜空を眺めると、この織姫、琴座のベーガを蠍座が襲おうとしている。
蠍座は中国では天空の青龍とされているごとく八岐大蛇だろう。
この蠍座、悪魔は、オリオンの君とされた出口王仁三郎(救世主の型役者)の三ツ星と似た三ツ星をもっており、オリオン座が沈まなければ、180度隔てた蠍座はけっして昇らない。
つまり偽救世主なのだ。人類の総体的な意識は暗黒面を抑圧してきた。
この無意識界へと無理矢理押し込んだ反面を心理学では「影」といい、自己実現に際して、まず最初に夢に登場する象徴人格だとする。
この人類の意識こそ、出口王仁三郎が型役を演じた救世主スサノオであり、「影」こそが八岐大蛇だろう。
スサノオは、みずからの「影」、八岐大蛇の尻尾から剣を取り出して、これを克服する。
『古事記』はそう記しているが、出口王仁三郎は、言霊で言向和すのだと訴えているのだ。
けっして否定してこれを押し込めるのではない。
まさに霊体一致の霊主体従を地で行く姿ではないか」

この天文学と心理学の分野からの見解は、非常に感慨である。
ヤマタノオロチは、無意識界へ無理矢理押し込んだ反面「スサノオの影」だったのだ。
そして、この影は、自己実現に際して最初に夢に登場する象徴人格だという。
少し理解しづらいかも知れないが、過去世や来世の自分も同時に存在しており、現在の自分と深い関係にある。
私は魔王の如き霊を倒した経験を持っていることを前に述べたが、その正体が自分自身だった事を後で知った。
だが、自分自身というのも理解に苦しむので、過去世の自分だと解釈した。
それについて、或る不思議な人が、私の「シャドー」ではないかと言っていた。
その時は「シャドー」というものを理解出来なかったが、それがまさに心理学でいう「影」だったのだと思う。
私は反キリスト(獣)ゆえに、シャドーは魔王の名に相応しい強敵で、カイオウのような魔闘気を発していた。
そのシャドーに、過去世の中で最も強力で凶悪な私が感応したのではないかと考えている。
最終的に私はそれに勝ち、長かった霊との闘いが終わった。
つまり、私は自分の暗黒面を克服するという課題を、何者かに与えられていたとしか考えられないのだ。
実際、私は過去に何十回、いや何百回死んだことか分からない。
何故、私にそんな試練が与えられたのか。
自己実現……即ち、反キリストの使命を果たす為に与えられた課題だったのだと思う。

今回の話の詳細は、神仙組3【善悪統合論】で書く予定なので、ここでは「ヤマタノオロチはスサノオの暗黒面だった」という事だけ頭に入れておいてもらいたい。
だが、残された時間が少ないので、ここで1つ重要な事を述べておく。
外面は内面の現れである。つまり、想念の実体化が現象である。
善と悪の最終戦争「ハルマゲドン」の本当の舞台は、あなたの心の中にあるのだ。

『日月神示』には、次のように示されている。

「此の世では、人間の心次第で良くも悪くも出て来るのぢゃ」

「戦は今年中と言ってゐるが、そんなちょこい戦ではない。
世界中の洗濯ざから、いらぬものがなくなるまでは、終わらぬ道理が分からぬか。
臣民同士のいくさでない、カミと神、アカと赤、ヒトと人、ニクと肉、タマと魂のいくさぞ。
己の心を見よ、戦が済んでいないであろ。
それで戦が済むと思うてゐるとは、あきれたものぞ。
早く掃除せぬと間に合わん、何より掃除が第一」

「人間のイクサや天災ばかりで、今度の岩戸ひらくと思ふていたら大きな間違いざぞ。
戦や天災でラチあく様なチョロイことでないぞ。
あいた口ふさがらんことになりて来るのざがら、早うミタマ磨いてこわいもの無いやうになっておりてくれよ。
肉体のこわさではないぞ、タマのこわさざぞ、タマの戦や禍は見当とれまいがな。
世界のことは皆、己の心にうつりて心だけのことより出来んのざぞ、この道理わかりたか」

世界平和の実現は、己の心の平和の結果なのである。

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国常立尊は、世界の鬼門である日本列島に封印された。
では、それ以前は何処に居たのだろうか。
国常立尊がスサノオと同一神なら、国常立尊は本来「太陽神」としての顔も持っている。
それが、アクエンアテンに封印された「アメン=真の天照大神」である。
その証拠に、イエス・キリストは「天照大神」であると同時に、贖罪神「スサノオ」でもある。
だが、エジプトから来たという訳ではない。

王仁三郎の『霊界物語』によると、国常立尊はトルコのエルズルムから来たという。
その辺りは、アナトリア半島の「古代ヒッタイト帝国」があった地域である。
スサノオは製鉄神だが、ヒッタイト人は世界最古の製鉄民である。
スサノオの象徴数「八」も、ハッティ(ヒッタイトの原音)から来ている。
しかも、ヒッタイトの首都は「ハットウシャ」。
漢字で書けば「八頭蛇」となり、スサノオの「ヤマタノオロチ退治」の神話のルーツはヒッタイト神話にある。
龍退治神話は世界中にあるが、「ヒッタイトの龍退治神話」と「ヤマタノオロチ退治神話」ほど内容が酷似したものは他に存在しないからである。
ヒッタイトで退治された龍(国常立尊)が、日本列島に移ってきたのだ。

それが何を意味するのか……。
実際にアナトリア半島から龍がやって来た訳ではない。
ポールシフトか何か定かではないが、世界の雛型(地上の霊的磁場の中心)が日本列島にシフトしたことを意味する。
その龍(ヤマタノオロチ)はルシファーであり、その正体は国祖「国常立尊」なのだ。
ヒッタイトの龍退治神話は「ギリシア神話」にも受け継がれ、「ヘラクレスのヒュドラ退治」として知られる。
ヒュドラは「9つ頭」の蛇である。
何故、9つもあるのか。
よく考えると、ヤマタ(八俣)ということは頭が9つあることになる。
従って、ヤマタノオロチとは「9つ頭」の大蛇であり、「九頭龍」と「ヤマタノオロチ」は同じものなのだ。
世界の神話では、蛇は「7つ頭」の蛇として描かれるが、基本的には「9つ頭」の蛇と同一存在だと考えて良い。

7つ頭の蛇の原型はシュメール神話のアプスーの子で、聖数「7」に意味を持つ。
だが、聖書で「ルシファー」と呼ばれるその蛇は「6」を象徴とする。
ルシファーは、ヒンドゥー教のヴィシュヌとセットの「アナンタ」でもあり、ヴィシュヌの頭と合わせて8つ頭となる。
ヤマタノオロチの直接的ルーツとなったヒッタイト神話の蛇も8つ頭で、ヤマタノオロチも8つ頭だが、八俣であれば計算上は9つの頭がなければならない。
それが九頭龍神話を生んだと思われるが、同じくヒッタイト神話を受け継ぐギリシア神話も、9つ頭の蛇を生み出した。

「8」はスサノオの数字だが、ヤマタノオロチも「8」である。
「9」はスサノオの子「ニギハヤヒ」の数字で、三輪山に葬られた蛇神とされる。
九頭龍神話では、九頭龍は岩戸に閉じ込められており、「天照大神の岩戸隠れ」とオーバーラップする。
が、本質的には「8」であるスサノオの系譜であり、「八」が封印されている象形文字が「六」となる。

「ヨハネの黙示録」では、蛇と龍は同一のものだと説明されているが、共通することは、龍(蛇)は世界中の神話の中で、常に悪者の立場で描かれることである。
それについて国常立尊(ヤマタノオロチ=ルシファー)は、『日月神示』の中で、「悪を一切許さぬ厳格な神政を施いていた為に、悪神の多数決で隠退を余儀なくされた」と主張している。
その「悪神」の三大悪霊の筆頭が、「八頭八尾の大蛇」だとされている。
それが、聖書が示す「ルシファー」である。
だが実際は、隠退を余儀なくされた国常立尊が「ルシファー」と認識されているのだ。
この「悪を一切許さぬ厳格な神政」を、『大本神諭』で「余り我が強うて」と表現されている。

だが、悪神とされている神の言い分を鵜呑みにする訳にはいかない。
しかし、その悪神は『日本書紀』の冒頭に登場する根源神である。
そして、その話が事実であれば、世界の神話を覆すことになる。
聖書の悪魔が、実は「善神」だったことを示すものだからだ。
これは大変なことである。
何故なら、世界の人口の1/3がクリスチャンだからである。
早い話、20億人を敵に回すことになるのだ。
まさに、反キリスト!

それだけではない。
キリスト教と同じ唯一神を共有するイスラム教徒(11億人)と、ユダヤ教徒(1500万人)を敵に回すことになる。
世界の紛争は、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の三つ巴の宗教戦争である。
実に、世界の人口の半数を占める彼らを敵に回すのも同然。
ユダヤ人口は少ないが、世界を支配する一握りの「闇の権力」がユダヤ教徒である。
だが、運の良いことに、彼らの信仰対象は私と同じ「ルシファー」である。
名前は同じだが、それは「国常立尊」と「八頭八尾の大蛇」の違いである。
換言すれば、「スサノオ」と「ヤマタノオロチ」の違いである。

だが、私は「闇の権力」を非難する気はない。
そのような連中が存在がすることを書いているだけである。
だから命を狙われる筋合いはない。
むしろ、クリスチャンやムスリムの攻撃から守ってもらいたいぐらいだ。
しかし私は、クリスチャンやムスリムを非難する者でもない。
また、「闇の権力」の手下になるつもりも毛頭ない。
私は「反キリスト」だからである。
手下にはならないが、提携はしたいと思っている。
「反キリスト」として台頭する為には、「闇の権力」の協力が必要だからである。
そのように言うと、危険なカルト思想を持った狂人のように思われるかも知れない。
だが、これにはキチンとした理由があるのだ。

ところで、国常立尊とスサノオが同一神であれば、スサノオの「ヤマタノオロチ退治」は矛盾したものになってしまう。
自分で自分を退治したことになるからだ。
「国常立尊=ヤマタノオロチ」という荒唐無稽な私の奇説は、検討外れの妄想に過ぎないのだろうか。
否、国常立尊はヤマタノオロチである。
そして、ヤマタノオロチを退治したスサノオも同一神である。
一体、どういう事なのか……。

それは聞かないでほしい(笑)
各自で考えてもらいたいからである。
だが、説明しない訳にはいかない。
両者は同一神だが表裏の関係にあり、両者の戦いは「本体」と「影」の葛藤の神話である。
そして、自らの心の中に目を向けるべきだという事だけ述べておこう。

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『日月神示』によると、鬼門に封印された祟り神「国常立尊」は、泥海の地球を修理固成した「この世を始めた神(龍神の総大将)」だという。
『古事記』では、天地開闢の際に現れた造化三神は「天御中主神」「高御産巣日神」「神産巣日神」となっているが、『日本書記』では「国常立尊」が最初に現れ、次いで「国狭槌尊」「豊斟渟尊 」が現れたとされている。
根源神である国常立尊は、聖書でいう「ヤハウェ」に対応する。
だとすれば、国常立尊はグノーシス主義がいうところの、物質界を創造した悪神「デミウルゴス」という事になる。

だが、それは違う。
国常立尊は「ルシファー」でもあり、グノーシス主義が善神として信仰する「アイオーン」に当たる。
「ヤハウェ」でもあり「ルシファー」でもある国常立尊。
それは、「ヤハウェ」が固有名詞ではなく、絶対神「ヤハウェ」だったアメンが堕天使「ルシファー」とされ、代わってアテンが絶対神「ヤハウェ」となったからである。

神道の主神は太陽神「天照大神」だが、日本神話には重大なヒントが示されている。
それは、スサノオの乱暴によって、天照大神が岩戸に隠れたというエピソードである。
聖書に置き換えれば、ルシファーの反乱によって、絶対神「ヤハウェ」が岩戸に隠れた事になる。
だが、聖書にそのような記述はない。
日本神話でも、天照大神は岩戸から出てきた事になっているが、『日月神示』はそれを否定している。

「大神はまだ岩戸の中にましますのぞ、騙した岩戸からは騙した神がおでましぞと知らしてあろう」

『日月神示』は『大本神諭』の続編だとされているが、『大本神諭』でも同様の事が示されている。

「岩戸へお入りになりたのを、だまして岩戸を開いたのでありたが、岩戸を開くのが嘘を申して、だまして無理に引っ張りだして、この世は勇みたらよいものと、それからは天のうずめの命どのの、嘘が手柄となりて、この世が嘘でつくねた世であるから、神にまことがない故に、人民悪くなるばかり」

『大本神諭』や『日月神示』を降ろした神は、「国常立尊」だとされている。
つまり、『日月神示』はルシファーの預言書なのだ。
また、アリオン(ミカエル)はルシファーと兄弟であり、「日月神示を降ろした神と同じ霊統の神」だと述べている。

だが、『大本神諭』にはこのように示されている。

「この世を始めた神なれど、余り我が強うて丑寅へ三千年と五十年押し込められて居り……」
これは、慢心が原因で「死の樹」に落ち、ケリッポト(隔離された貝)に閉じ込められたルシファーと一致。
その意味では、国常立尊(スサノオ)は堕天使であり、ケリッポトに堕ちると善悪が逆転して見えるようになる。
但し、国常立尊の視点から見て善悪が逆転しているのではない。
話の流れをよく考えてみて頂きたい。
我々の視点が、本来の善悪を逆転して捉えている為に、国常立尊(ルシファー)が堕天使に見えるのだ。
国常立尊が、実際に傲慢で我が強かった訳ではない。

国常立尊は『日月神示』の中で、こう告げている。

「人間心には我があるぞ。神心には我がないぞ」

「慢心おそろしいぞ」

約3000年前と言えば、モーゼの時代である。
言わずと知れた、ユダヤ一神教の時代の始まりである。
太陽神「アメン」が封印され、新しい太陽神「アテン」が信仰対象となった。
「ヤハウェ」が太陽神であるなら、この時にヤハウェは「アメン」から「アテン」にすり替わったのだ。
埋没神となったアメンは、ルシファーであると同時にアモン(バアル)である。
アモンは子牛であり、バアルも太陽神にして暴風雨の神、そして牛神である。
即ち、アメン(アモン=バアル)は、スサノオなのだ。
お分かりだろうか。
岩戸に隠れた「天照大神」と鬼門に封印された「スサノオ」は同一神であり、『日月神示』がいう「偽の天照大神」とは、太陽神「アテン」であり、キリスト教で信仰されている「ヤハウェ」なのだ。

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「ここまで来るは良いが先に進むべからず」
(「ヨブ記」第38章11節)

私は聖書のこの警告を無視して検問突破する「反キリスト」。
素戔嗚尊(スサノオ)は「暴風雨の神」「荒ぶる神」で、堕天使ルシファーと同一神である。
そして、スサノオは「牛頭天王」という異名を持っている。
暴風雨を司る荒ぶる牛神……ヒンドゥー教の破壊神「シヴァ」である。

アリオンは言う。

「スサノオは艮の金神とも呼ばれている」

艮(東北)は丑寅(牛虎)であり、牛の角と虎の毛皮を巻いた姿で「鬼」は描かれる。
艮の金神とは鬼門の神「国常立尊」である。

この事は、『日月神示』にも示されている。

「大国常立の神様が大素戔嗚の神様なり」

鬼とは、西洋で言う悪魔である。
また、京都の八坂神社では、スサノオの荒魂は「悪王子」という別称でも祀られている。
「悪は強力の意」だとされているが、明らかに蔑称であり、スサノオが堕天使であることを示しているようだ。

「国常立尊=スサノオ=シヴァ=牛頭天王=艮の金神=鬼=悪魔=ルシファー」

獄に幽閉されたルシファーは、まさに鬼門に封印されたスサノオ(国常立尊)の姿である。
だが、スサノオは堕天使でありながら、全国の神社で「牛頭天王」として親しまれている。
聖書の悪魔「ルシファー」は、日本でも祟り神として忌避される一方、重要な位置付けにもある神なのだ。

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意外な事に、一般的にはあまり知られていないようだが、日本にも「堕天使神話」が存在する。
天照大神に逆らって、高天原で反乱を起こして地上に追放された「スサノオ」である。
これは、ルシファーの堕天神話と一致する。
その後、スサノオは根の国に行ったが、これも地獄に落とされたルシファーと符合。

「根の国」とは地下を指し、「死の樹」を意味する。

「スサノオ=ルシファー」
「アマテラス=ヤハウェ」

日本神話で興味深い事は、イザナギ命の左目から「天照大神」、右目から「月読命」、鼻から「スサノオ命」が誕生したことだ。
つまり、三貴子(天照大神・月読命・スサノオ)は三神構造になっており、それも、ヒンドゥー教のトリムルティー(三神一体)の概念に近い。
何故なら、神道のルーツは、九州に残る民間宗教「神道教」で、その語源は「シンドゥ教」だからである。
「シンドゥ」は「インド」の意で、「ヒンドゥー」と同義語なのだ。
神道の起源をユダヤ教に求める説があるが、それはもう少し後世の話である。
また、いわゆる「縄文神道」と呼ばれるアニミズムとも異なる。

神道(ヒンドゥー教)は、卑弥呼の時代に日本に輸入されたのである。
注目すべきは、三貴子が誕生した箇所である。
「アマテラス」は左目、「ツキヨミ」は右目、「スサノオ」は鼻となっている。
「生命の樹」は背面から見なければならない。
つまり、鏡像反転して左右を逆に見る必要がある。
すると、中央の柱は「スサノオ」、右の柱は「アマテラス」、左の柱は「ツキヨミ」となる。

これをキリスト教の絶対三神に対応させると、次のようになる。

「御父=スサノオ」
「御子=アマテラス」
「聖霊=ツキヨミ」

従って、次の等式が成立する。

「御父=ヤハウェ=スサノオ=ルシファー」

真のヤハウェの正体が「ルシファー」だという仮説も、あながち否定できない根拠がここにある。
果たして、それは事実か否か……。
慎重に検証していく事にしよう。

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私の「善悪逆転論」は理論が先行ではない。
自分の使命を追究する過程で得たインスピレーションである。
その時、王仁三郎や『日月神示』が説く、謎の言葉の意味を理解した。
それはグノーシス的であり、且つそれを超えるもの、そしてオコツトが説く「プレアデスとオリオンの反転」とも無関係ではないことを悟った。
善悪逆転論……それは単なる聖書の中の神と悪魔の逆転ではない。
例外はあるが、世界中の宗教の神は同一神であり、その神が「偽りの神」だったということだ。
つまり、人類は今まで、「神」という名の悪魔を崇拝してきたのだ。
真実の神は封印され、悪魔がこの世を支配してきた。
その結末が「終末」なのだ。

だが、それは「終焉」を意味する訳ではない。
宇宙は輪廻を繰り返し、地球は6500年周期で次元転換をしている。
それは、「善神」と「悪神」の支配権のバトンタッチなのだ。
結論から言うと、今まで「悪神」とされてきた「善神ルシファー」が復活するのである。
その事実を一刻も早く公表して、1人でも多くの人々に認識してもらう必要がある。
その為に、理論の構築という難解な作業に取り組んでいる。
やりたい事をやる時間もなく、生活費を稼ぐ時間もなく、毎日延々と文章を作る日々が2年以上続いている。

我が父は言う。
「自分を犠牲にしてでま社会の為に動く奴は抹殺される」

我が弟は言う。
「抹殺されなくとも恥をかかされるだけだ」

上等である。
天の配慮だろうか……私には羞恥心がない。
そして、死を覚悟した上での決意である。
私の身を案じてくれている人もいるが、死を決した私の使命の遂行は誰にも止められない。
本当は自由に生きたいのだが、それをさせてもらえない状況に必ず陥るのだ。
まず始めに申し上げておくが(全然始めではないが)、私の文章は推理小説のようなストーリー性になっている。
それによって迷う人も少なくないだろう。
しかしそれは、読者1人1人に考えてもらう為でもある。
そして、私自身が凝り固まった考え方ではなく、様々な角度から検証している事を理解して貰いたい為でもある。
今回は、アリオンとオコツトのメッセージをメインに紹介しているが、私自身はその2つに拘っている訳ではない。
私の仮説を裏付けるのに相応しい内容だから、引用させてもらっているだけだ。
従って、私の記事は単なる感想文ではない事を御理解頂きたい。
それでは、世界の起爆装置である日本の「堕天使」神話を検証していこう。

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絶対神「ヤハウェ」が実は魔王で、魔王「ルシファー」が実は絶対神だった……。
善悪逆転論を一言説明すればそうなる。
私はグノーシス主義の影響を受けた訳ではないが、グノーシスの主張と一致する。
だが、私が提唱する「善悪逆転論」は「スーパー・グノーシス主義」と呼ぶべき内容である。
悪魔学では、ソロモン72柱の魔神に、アイム(Aim)という地獄の侯爵が存在する。
これを「I'm=私はある=ヤハウェ」と解釈できなくもない。
だが、それは的確な表現ではない。
既に述べた通り、「ヤハウェ」は名前ではないからだ。
グノーシス主義と原始キリスト教の類似性が指摘されているが、イエスはヤハウェの名が「バアル(アメン)」である事を公開したのではないだろうか。
それが、イエスが説いた「カバラの奥義」だと私は思っている。
また、「アーメン」はヘブライ語で「本当に」「誠に」という意味だが、その言葉はアメン信仰の名残ではないかと、私は考えている。
また、その原義は、アメンが「本当のヤハウェ」である事を暗示している印象を受ける。
だが、キリスト教が崇拝するヤハウェは、アメンではなく「アテン」である。
何故なら、一神教だからである。
そして、封印されたヤハウェの名をグノーシス主義が受け継ぎ、秘密結社として伝承してきたと考えてもおかしくはない。

代表的な秘密結社フリーメーソンは、「ピラミッド・アイをシンボル」とし、アメリカを建国した記念に1ドル紙幣にも印刷している。
ピラミッド・アイは「ヤハウェの目」と呼ばれているが、フリーメーソン最高階級に昇格すると、実は「ルシファーの目」だという事が公開されるらしい。
それが、ルシファーを崇拝する「悪の秘密結社」だと呼ばれる所以なのだが、悪魔「ルシファー」を崇拝しているのではなく、ヤハウェの名前が「ルシファー」である事が伝授されるのではないだろうか。

「絶対神ヤハウェ(アメン=バアル=ルシファー)」
「魔王ヤハウェ(アテン)」

今まで、「ヤハウェ」と呼ばれてきた神は、私の理論から言えば魔王だったのである。
では、「魔王ヤハウェ=魔王ルシファー」かと言えば、それは違うのだ。
『日月神示』が「同じ名の神、二つある」と説いているように、それが複雑さを助長する要因となっている。
では、ロックフェラーやロスチャイルドが崇拝する「ルシファー」は、絶対神なのだろうか。
恐らく、彼らはカバラに精通し、絶対神ヤハウェの名が「ルシファー」である事を理解した上で、「善神」としてのルシファーを崇拝している。
だが、一般庶民の目から見て、彼らの計画や行動は善行には見えない。
陰謀論がもてはやすように、彼らは世界支配を企む悪魔の手先である。
善神「ルシファー」を信仰する彼らが、一体何故……。
やはり、彼らは悪神「ルシファー」を崇拝しているのだろうか。
答えは、『日月神示』に示されている。

「悪いキで拝めば何んな立派な神前でも悪神が感応するのぢゃ」

つまり、世界支配を企む連中は、善神「ルシファー」を信仰しているつもりが、悪神「ルシファー」と繋がっているのだ。
別の言い方をすれば、善神「ヤハウェ」を信仰しているつもりが、悪神「ヤハウェ」と通じているという事になる。
話がややこしくなるので、ここでは便宜上、善神を「ルシファー」、悪神を「ヤハウェ」と呼ぶ事にする。
では、西洋文明(プレアデス的統制)によって成立したキリスト教の絶対神「ヤハウェ」は、悪神だと言えよう。
事実、「偽の説教師」と呼ばれたパウロから始まったカトリック教会は、史上最悪の残忍な歴史を展開してきた。
その意味からすれば、ローマ教皇も「反キリスト」である。
だが、クリスチャン全員が悪神「ヤハウェ」を崇拝しているのかと言えば、そうではない。
やはり、『日月神示』に答えがある。

「悪神拝んでも正しき愛と喜びがあれば、善き念が通ずるならば、悪神引込んで、それぞれの善き神現はれるのぢゃ」

ちなみに、私の祭壇の本尊は「死神」の偶像である(笑)
これには深い意味があるのだが、別の機会に話したいと思う。

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ヤハウェの隠された名前が「アテン」である事は、モーゼがユダヤ一神教の始祖(アテン信仰の継承者)とされている事から考えても、辻褄が合う。
だが、何故、それを隠さなければならないのか。
ヤハウェには、別の名前があるのではないだろうか。
『旧約聖書』の主は、「ヤハウェ」と「バアル」の2柱の神が混在している事を前に述べた。
だが、ヤハウェは名無しの神である。
厳密に言えば、「アテン」と「バアル」の敵対する二神が存在し、どちらも「ヤハウェ」なのだ。
バアルは「アモン」と呼ばれ、それはエジプトの太陽神「アメン」と同一神。
つまり、ヤハウェとは、エジプトの「アメン」と「アテン」だった事になる。
更に言えば、真のヤハウェは「アメン」だったというのが、私の結論である。
イエスは、「モーゼの時代に戻らなければならない」と説き、ユダヤ教ファリサイ派を非難した。
これが何を意味するのかは、少し分析すれば見当が付く。

イエスの時代、多神教のバアル信仰をしているユダヤ人はいなかった。
中にはいたかも知れないが、皆無に等しかったと言って良いだろう。
そもそも、バアル信仰のイスラエル10支族は、当時のパレスチナには存在しなかった。
だが、2支族のユダヤ人の歴史も遡ると、ソロモンの時代まではバアル信仰をしていたユダヤ人が少なくなかった。
ソロモン自身も、バアル信仰に傾倒していた事が分かっている。
そして、既に述べた通り、私の仮説ではモーゼはバアル信仰者だった。
つまり、イエスはバアル信仰の復活を説いたのである。
バアルを「アメン」「ミトラ」に置き換えても良い。
従って、ヤハウェの名は、ユダヤ教徒によって隠されてきた可能性があるのだ。
「ヤハウェ=私は〜である」
そのヒントは、「私は『最初であり最後』である」以外に、イエスはこう語っている。

「私は『世の光』である」

「光」は、実はヤハウェの象徴である。
モーゼがシナイ山でヤハウェの啓示を受けて下山した時、モーゼの顔が「光」を帯びていたからだ。
光はヘブライ語で「コラ」と言い、角も「コラ」である。
モーゼの聖画には、モーゼの頭に二本角のような光が描かれている。
言うまでもなく、二本角は雄牛神「バアル」の象徴である。
バアルは絶対神「ヤハウェ」であると同時に、アテン信仰者によって、悪魔(異教の神)に貶められる事になった。
悪魔学では、ルシファーに次ぐ悪魔として「ベルゼブル」を挙げている。
だが、ベルゼブルの語源は「バアル・ゼブル(バアルの王子)」で、バアルはセム語で「主」を意味する。
では、「王子」とは一体どういう事なのか。
ウガリット神話で、バアルは最高神「イル」の息子であり、二代目という事である。
バアルが「主」を意味するなら、イルが初代「バアル」だと言っても良いだろう。
『新約聖書』では、ベルゼブルは魔王として位置付けられ、「ルシファー」と同一視されている。
いずれも「光」を象徴し、「バアル=ルシファー」を裏付けている。

「私は『世の光』である」=「私は『ルシファー』である」

そして、イエスもルシファーも、「光」「蛇」「金星」を象徴としている。
イエスがルシファーの預言者だとすると、黙示録に預言された「反キリスト」の概念は180度転換する事になる。
むしろ、イエス自身が「反キリスト」だったとさえ言えるのである。
誤解してもらっては困るが、聖書の視点から見た絶対悪としての「反キリスト」ではない。
大まかではあるが、これが私の「善悪逆転論」の概要である。
話を整理すると、ヤハウェが主神であり、イエスがその預言者だった事は間違いない。
そして、真のヤハウェは「アメン=バアル=ルシファー」だが、ユダヤ・キリスト教徒は「アテン=アトン=アドナイ」をヤハウェとして崇拝し、「アメン=バアル=ルシファー」を悪魔としたのだ。
これは私の妄想だろうか……。
否、これからその証拠を明らかにしていこう。

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