池田雄二の夢旅日記(流Ikepedia)

夢日記、外語日記、研究記事を公開しています。夢の示すままに旅してます。

全体表示

[ リスト ]

目次

小括

 大島から南下して新島までの伝承の殆どは『保元物語』における記述と矛盾するものではない。記述されていない為朝の日常生活等を補充する内容が多い。ところがはっきりとした為朝関連の伝説が残らない神津島を挟んだ三宅島から伝説に現実離れしたものが目立つようになる。この傾向は八丈島まで続き、その程度も大きくなる。青ヶ島は現状の調査では青ヶ島独自の伝承に乏しい。

 全く伊豆諸島とは地理的に離れている沖縄についての伝承については特に現実離れした伝承が現段階では把握されない。沖縄における伝承が伊豆諸島から伝播したかどうかについては留保が必要である。むしろ妻子を残して去った等、『保元物語』の記述と矛盾しない内容となっている伝承が優勢となっている[1]



[1]原田・後掲は為朝の琉球渡来伝説が広まった経緯についても検討されている。その素地は九州の地方領主である阿多忠景という為朝の舅が作ったという(51頁以下)。『椿説弓張月』(琉球編は1808年刊行)以前にも為朝伝説自体は琉球にも伝わっていたが(袋中良定『琉球神道記』。著者は那覇滞在の日本人)、そうした琉球渡来説が日本の一般大衆の共有知識となったことについては『椿説弓張月』の爆発的人気によってだという(164頁以下)。一方、琉球側の認識について、1818年時点で琉球でも為朝が盛大に祀られていた、という(168頁)。

 

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事