池田雄二の夢旅日記(流Ikepedia)

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目次

二 譲渡担保(他人和与)

(1)法的構成(下図)

債務者等の設定者から贈与等の名義で債権者へ所有権移転。
②既存の債権債務関係は維持したまま。
③被担保債権弁済によって受戻
④占有移転の有無は問わない
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(2)生成

 未解明。ただし13世紀前半には実例がある。

 

寛喜元年105日(1229年)僧良心田地充文[1]

【事実】接しえた最古例。子弟間の田地充文(=所領等の給与。現行贈与の一種)事例。

良心(以下S)が師弟関係にある成弁房(以下G)に永代贈与した。SGに6石を弁済することを条件とする取戻し特約が約定されている。

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元々SGより6石相当の債務を負っていたと考えることが自然な事実関係。

 

(3)展開

 僧良心田地充文のような担保融資目的の所領贈与(和与)を規制する目的の法令が13世紀において目立つようになる←既に同種取引の事例が看過できない程存在していたと推定

 

(i)貞永式目追加条々による規制

文永4年1226日(1268年)法:所領他人和与(=血族、一族等以外の他人への和与)を禁止。違反は所領召し上げ[2]

cf.同日に所領売買質入を禁止する法が発令されている←所領他人和与も同方向の規制(=御家人等の経済的地盤の確保)と考えられる。なおこの年は元から我が国への第1回使節が派遣された年(文永3年)の翌年に当たる。

元寇の危機に対応するかのように規制緩和や強化が繰り返され、、[3][4][5][6][7] 

1290年頃までには和与関連法は見られなくなる←本銭返等代替的取引が活発化した時期

↓その後、近世

1643年(寛永20年)田畠永代売買禁止令潜脱のため、和与相当の譲渡(ゆずりわたし)の利用がみられる[8]

↓そして現代(譲渡担保の呼称での利用)

・やはり不動産が多い。しかし高額動産が担保目的物になることもある。

 ・高額動産としては集合動産が注目←バブル崩壊後の不動産に頼らない補充的担保[9]

   ・現代ではほとんど非典型担保中ではほぼ譲渡担保

・目的物は倉庫保管に適さない物品が多い(養殖魚[10]等)

cf.倉庫に寄託可能な物であれば、倉庫業者が発行する倉荷証券の質入が可能

・倉庫寄託に適する物品の譲渡担保もある

・質を利用しない理由としては、質入よりも融資を受けられる

・倉庫業者が集合動産の担保化に協力的ではない諸事情

・品違いの場合であっても免責されない判例[11]の存在←しかし倉庫業者は中身の検査を通常はやれない=判例と実務の齟齬

・動産譲渡登記に基づく登記事項証明書と寄託者発行の荷渡指図書の競合の忌避


[1]高野山・三704。現代語訳を以下。

「充行   処分田地の事

  合計1段は 字河北紺野森田に在り  四至は本券に在る。

右件の田は僧良心の相伝領掌する田地である。そうであるところ年来の師弟であるに依って、存生の時に成弁房に永代に宛行し終えた。後日の証文の為に本券を具し、並びに新券文を放つことの状をこの通りとする。

但し6石米を返すときは、この田を本主に返す状をこの通りとする。

      〔略〕」

[2]佐藤、池内・鎌倉幕府法・後掲では第434条。

「第434 所領を他人に和与する事

右、子孫を差し置いて他人に譲る事、その企図する趣旨は実に正義とはいえないものである。御恩、私領をいわず、今後は和与の地を召し上げられるべきものとする。但し、一族並びに傍輩の子息、年来収め養わせた者については制禁の限りではない。」

[3]文永7年5月9日(1270年)法:1268年法廃止→文永9年1211日(1273年)法(恩に報いるため等の正当根拠がない和与を制限)→文永1161日(1274年)法(親族への和与以外禁止)→弘安7年5月27日(1284年)法(規制緩和。租税納付義務を果たせば所領の売買、質入、和与を黙認)→弘安711月(1284年)〜弘安811月(1285年)頃の法と弘安9年8月(1286年)法(誰ともしれない者への売買・贈与を禁止)。

[4] 【現代誤訳】

「一 他人に所領を和与する事   文永91211日評定

御恩の地を以て他人に和与する事は双方合意の趣旨であることに不審がないとはいえないのであれば、結局のところその由緒を審究する際、あるいは積年の芳心に報いる為であったり、あるいは当時の懇志を謝する為であったり、以前の契約に隠れがなければ、子細には及ばない。もし親昵の儀について根拠が無ければ、和与された地を召し上げられるべきものである。〔略〕」

[5] 一 他人に所領を和与する事   文永11年6月1日評定

右、子孫をおいて他人に譲ること、その企図する趣旨に奸な計略がないとはいえないならば、御恩私領を問わず、今後、和与地を召し上げられるべきものである。但し兄弟伯叔姪の近類は、禁制の限りではない。又傍官並びに遠類の子息のためといえども、年来猶子として収養した者は子細には及ばない。

[6]「一 売却・質券地並びに他人和与〔無償譲与〕所領の事

御家人等、所領を売却し、質券に入れて流し、あるいは他人に和与する場合、子細を証文に載せるといえども、限ある公事は、本領主の相続人が果たし、その沙汰を致すべきである。年貢等に至っては、分限に従って納付すべきである。」

[7]「一 売却地の事

国、名、字を証文に載せない地については元金を糺返した上で地主に進退させるべきものとする。」

一 所領を売買並に請所とする事

御恩の地を以て、甲乙人と合意して、或は沽却し、或は請所と称して、これを充て行うことに因って、その地が荒廃する云々につき、今後はこれを停止させるべきものとし、違反する者は所帯を改められるべきものとする。〔略〕

[8]詳しくは池田・非典型担保における買戻2・後掲・2650頁注5

[9]当然だが、実務では多くの実例がある。詳しくは、河・後掲。

[10]最近では、最判平成18年7月20日民集60巻6号2499頁(養殖魚)、最判平成2212月2日民集64巻8号1990頁(養殖魚)。

[11]大判昭和11212日民集155357頁(厳重包装されていた物品が品違いだった事案)、最判昭和44415日民集234755頁(品違いの場合の免責を定めた不知約款の効力を認めなかった)。

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三 買戻特約付売買(=本銭返=本物返等)

(1)法的構成

物の売買に当たって、代金弁済による所有権復帰を特約したもの(下図)。元金だけで買い戻せることを圧倒的多数の原則としていた(小早川・擔保法史・223頁)

 ・売買形式をとるため、売買後の売主・買主との間に債権債務関係は残らない=買戻権行使の

ない限り、当事者関係は切断

 ・売買代金が実質的には融資金
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(2)生成

・文永41226日(1268年)の二法(佐藤・433[1]と第434条)により発生

←第433条により所領売買・質入禁止(元金弁済で本主に戻すことが命じる)+434条(前出)で所領他人和与禁止→しかし所領を引き当てにした資金融通の必要性はある→何れでもない取引考案の必要性

現存する本銭返売券最古例が1270[2]のものである。

 

(2)その後の展開

 これ以後近代まで本銭返売券(買戻特約付売買)が現れる。次のような目的で利用された。

 

①土地の売買質入禁止潜脱。

・中世には度々出される所領売買質入の制限や徳政対策

・近世は田畑永代売買禁止令潜脱

←明治5215日太政官布告第50号の田畑永代売買解禁令で①は消滅

 

②買戻権を売主に付与する対価として売買目的物を通常売買よりも廉価で譲り受ける

③買戻権付にせよ所有権譲渡を伴うので質より高額の金銭の融通を受ける[3]

 

②③は動産不動産で共通する。高額動産については室町期以降の利用例がみられる[4]。土地では大土地所有手段となった[5]

・田畑永代売買禁止令も大土地所有化の防止が主目的
・大土地所有は明治5年以降も活発化したが、戦後の税制改革により消滅


[1]「第433条 所領を質入する事、売買する事

 右、御家人等が所領を質券に入れ、あるいは売買する事は窮乏の基となる。今後は、御恩・私領を論じず、全く売却並びに流質を停止し、元物を弁償させるべきものとする。但し非御家人の輩については延応の制に載せられているので、子細には及ばない。」

[2]1270 年(文永7 7 26 日)僧観西田地売券を以下に挙げる(東寺百合文書カ35-3。京都府立総合図書館・後掲・カ函35-3。宝月・355 頁収録)を挙げよう。

「売却 私領田地の事

   合計1 段 買戻〔原典:うけ〕は3 年まで
山城国紀伊郡佐井佐里にある7 坪の内東から2 段のところである。
右件の田は、僧観西の相伝の私領である。しかし要用元金10 貫文があることにより、〔この田の〕次第に関する相伝の証文6 通を具して、永代に太郎五郎殿海信に売却するところ忠実である。あえて他の妨げがあってはならないが、もしこの田の違乱が出て来たときには、本直銭は沙汰し弁済すべきものである。よって後代のために、新券文を立てて売却するところ、件の如しである。
〔略〕」
 
 本売券は僧侶同士が当事者である。ところが貞永式目は御家人が名宛人である。この点に関しては、鎌倉幕府の権威が高まるにつれて本来の名宛人以外にも式目の内容が浸透していったと説明することができる。この点に関しては、池田・買戻特約付売買契約の発生原因・35頁以下において詳論した。

[3]具体的については、池田・中世買戻特約付売買(本銭返)の発展・101-103頁。

[4]池田・中世買戻特約付売買(本銭返)の発展・89-91頁。

[5]池田・立法化による非典型担保の利用の変遷とその原因・151-152頁及び参照文献。


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一 古代・中世における質
①所有を動かさない担保権設定←現行民法と変わらない。

   ②占有移転は要件ではない[1]←現行民法と異なる。必ず占有移転を伴う(下図)。

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[1]池田・我が国動産質制度の展開・113頁。


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本報告では民法に規定されている4つの担保権=典型担保(留置権、先取特権、質権、抵当権)以外に担保的機能を営むものとして、実務によって考案され、やがて公認された非典型担保の内、買戻特約付売買、売渡担保、譲渡担保の生成と発展について取り上げる。そして担保制度が特定の社会・制度下の環境において進化していった過程を把握することを目的とする。
 以下では生成順に13世紀前半以前に他人和与として存在した譲渡担保、元寇の危機を起因として生じた買戻特約付売買(本銭返)と売渡担保の順に紹介する。

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レジュメ修正方針
 リハをやったところ大量オーバーしたので、短縮する。
 
・結論から話してみる。元寇が原因である担保制度が創られた、ということを書いていく。
 ・質問があれば、細かく説明すれば良い。

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