池田雄二の夢旅日記(流Ikepedia)

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目次

総括

・発生順序は譲渡担保(他人和与)→買戻特約付売買(本銭返)、売渡担保譲渡担保衰退。

・何れも並存。但し時代により主流や使用目的、①近世潜脱、②売買よりも安く取得、質より多くの資金融通、③質権の限界の補完、と時代それぞれ。

 
中世以前:譲渡担保しかない:②
中近世:買戻特約付売買、売渡担保(近世潜脱)発生:①②
近代:混在:②
現代:混在→譲渡担保が主流に:②③
 
 何れかの担保が優れる、ということではなく、時代毎に適合的な担保が利用されてきた。

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四 売渡担保

(1)法的構成

・買戻特約付売買[1]と基本的に同じ。ただ買戻代金に利息ないし類似の増金を加える←本報告ではこの意味で売渡担保の呼称を用いる(現代学説上の争いあり[2]

 

(2)生成

嘉元元年1212日(1304年)大中臣重房質券屋敷田売券(高野山・三・686):接しえた限りの最古例←本銭返の最古例(1270年)と余り隔たっていない→どちらが先かは断定できない。

 

(3)展開

(i)中世

 数例しか確認されない[3]

 

()近世

『全国民事慣例類集』において比較的多くの慣例がみられる。以下の例がみられる。
 

・約定期間中に小作料等の金穀を得るのではなく、買戻権行使時に増金。

・ほぼ田畠事例←田畑永代売買禁止令潜脱目的[4]

・禁制外の家屋敷事例もある[5]→買戻特約付売買の②③の利用目的

・動産事例もある。買戻特約付売買②③の利用目的もあったろうが、以下の例はそれだけではないようだ。

【加賀国江沼郡の例(531丁)】

売買から3日以内は買戻代金は原代金のみ、それより後は増金を加える。

←・3日以内は売主に翻意を認める趣旨≒近世版クーリングオフ

3日以後は買主の収益を計算に入れている。

 

()近代

 真正の買戻特約付売買との法的効果の違いが意識されるようになる。例えば、①完全な所有権移転の有無。②民法に定める買戻特約付売買関連規定の適用の可否等

ともあれ、やはり不動産が中心。動産売渡担保事例も幾らかある。何れも高額動産(船舶や集合動産[6])。

 

 ()現代

形式的には売渡担保だが、多くの判例では譲渡担保と認定されており、売渡担保の呼称は消滅傾向。



[1]売渡担保では買戻特約付売買(民法第579条以下)も使われるが、再売買予約権付売買(同第556条)も利用される。どちらも広義では買戻なのだが、前者は元の売買の解除という法的効果となるので、元の売買が遡及的に消滅する。これに対して、後者は前の売買は無効とならないで新たに同じ当事者で売買をする。

[2]学説には占有移転あるものを買戻特約付売買、無いものを売渡担保であると判断する説(近江・担保物権法・261頁)や売買代金に加えて利息ないし利息相当額の収取があるかどうかで判断する説(池田・非典型担保における買戻・2・3375頁)等がある。占有移転がない場合はほぼ代金以外の買戻費用を必要としているから大差はない。なお両者の区別の基準を明示した判例は無い。

[3]前掲の例以外は元亨元年626日(1321年)貞行田地売券(高野山・五・499)しか現在のところは接していない。田1段辺りの代金5貫(平均的相場7貫前後より低価)。買戻代金に利息類似の対価として、小作料(8斗)を上乗せていた(約6年で元本回収可能)。直小作=売主に小作させている。早期の元本回収が可能であり、徳政対策の可能性がある。

[4]例えば、出雲国能義郡(538丁)、美作国勝何郡(540丁)、周防国都濃郡(543丁)、長門国豊浦郡(544丁)。、加賀国江沼郡

[5]羽前国置賜郡(525丁)。

[6]大判昭和9年8月3日新判例体系民8巻21822頁【船舶】、②大判明治44年5月20日民録17306金屏風や多量の水晶角材】、③大阪地判年月日不詳明治45年(ワ)第438号新聞82923家屋に加えて鉄製ロール1台、檜板50】。

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三 買戻特約付売買(=本銭返=本物返等)

(1)法的構成

物の売買に当たって、代金弁済による所有権復帰を特約したもの(下図)。元金だけで買い戻せることを圧倒的多数の原則としていた(小早川・擔保法史・223頁)

 ・売買形式をとるため、売買後の売主・買主との間に債権債務関係は残らない=買戻権行使の

ない限り、当事者関係は切断

 ・売買代金が実質的には融資金
イメージ 1

(2)生成

・文永41226日(1268年)の二法(佐藤・433[1]と第434条)により発生

←第433条により所領売買・質入禁止(元金弁済で本主に戻すことが命じる)+434条(前出)で所領他人和与禁止→しかし所領を引き当てにした資金融通の必要性はある→何れでもない取引考案の必要性

現存する本銭返売券最古例が1270[2]のものである。

 

(2)その後の展開

 これ以後近代まで本銭返売券(買戻特約付売買)が現れる。次のような目的で利用された。

 

①土地の売買質入禁止潜脱。

・中世には度々出される所領売買質入の制限や徳政対策

・近世は田畑永代売買禁止令潜脱

←明治5215日太政官布告第50号の田畑永代売買解禁令で①は消滅

 

②買戻権を売主に付与する対価として売買目的物を通常売買よりも廉価で譲り受ける

③買戻権付にせよ所有権譲渡を伴うので質より高額の金銭の融通を受ける[3]

 

②③は動産不動産で共通する。高額動産については室町期以降の利用例がみられる[4]。土地では大土地所有手段となった[5]

・田畑永代売買禁止令も大土地所有化の防止が主目的
・大土地所有は明治5年以降も活発化したが、戦後の税制改革により消滅


[1]「第433条 所領を質入する事、売買する事

 右、御家人等が所領を質券に入れ、あるいは売買する事は窮乏の基となる。今後は、御恩・私領を論じず、全く売却並びに流質を停止し、元物を弁償させるべきものとする。但し非御家人の輩については延応の制に載せられているので、子細には及ばない。」

[2]1270 年(文永7 7 26 日)僧観西田地売券を以下に挙げる(東寺百合文書カ35-3。京都府立総合図書館・後掲・カ函35-3。宝月・355 頁収録)を挙げよう。

「売却 私領田地の事

   合計1 段 買戻〔原典:うけ〕は3 年まで
山城国紀伊郡佐井佐里にある7 坪の内東から2 段のところである。
右件の田は、僧観西の相伝の私領である。しかし要用元金10 貫文があることにより、〔この田の〕次第に関する相伝の証文6 通を具して、永代に太郎五郎殿海信に売却するところ忠実である。あえて他の妨げがあってはならないが、もしこの田の違乱が出て来たときには、本直銭は沙汰し弁済すべきものである。よって後代のために、新券文を立てて売却するところ、件の如しである。
〔略〕」
 
 本売券は僧侶同士が当事者である。ところが貞永式目は御家人が名宛人である。この点に関しては、鎌倉幕府の権威が高まるにつれて本来の名宛人以外にも式目の内容が浸透していったと説明することができる。この点に関しては、池田・買戻特約付売買契約の発生原因・35頁以下において詳論した。

[3]具体的については、池田・中世買戻特約付売買(本銭返)の発展・101-103頁。

[4]池田・中世買戻特約付売買(本銭返)の発展・89-91頁。

[5]池田・立法化による非典型担保の利用の変遷とその原因・151-152頁及び参照文献。


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一 古代・中世における質
①所有を動かさない担保権設定←現行民法と変わらない。

   ②占有移転は要件ではない[1]←現行民法と異なる。必ず占有移転を伴う(下図)。

イメージ 1



[1]池田・我が国動産質制度の展開・113頁。


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本報告では民法に規定されている4つの担保権=典型担保(留置権、先取特権、質権、抵当権)以外に担保的機能を営むものとして、実務によって考案され、やがて公認された非典型担保の内、買戻特約付売買、売渡担保、譲渡担保の生成と発展について取り上げる。そして担保制度が特定の社会・制度下の環境において進化していった過程を把握することを目的とする。
 以下では生成順に13世紀前半以前に他人和与として存在した譲渡担保、元寇の危機を起因として生じた買戻特約付売買(本銭返)と売渡担保の順に紹介する。

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