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昨日のように一日が目的的に動けると少しほっとする。その分、見えないプレッシャーが襲い掛かってきて不安にもさせる。「格差幻想」の教案作りをしてみたが、語彙の読みと意味をやっただけで時間がやたらと過ぎてしまい、問題作成にまで行かなかった。問題作成を今日に回してしまったのだ。このシリーズが7回あって、最後は結論編となるのだがそこまで行くには中国へ行ってからに成りそうだ。持って行く資料を眺めていると、どれもが一度読み終えたものではなく、向こうへ行ってから学ばなければならないものも幾多ある。今日は空白の一日となる。なぜ空白か、結局昨日の様な時間の流れが作れなかったからだ。時間が混沌として流れてしまったというべきだろう。和子のほうは宅建の講座を受けて夜遅く、10時半ごろに帰ってくる。月曜日の日、衆議院が解散された。自民党の分裂のみが報道され、民主党などはマスコミの関心度から放置されている。どのテレビを観ても内容的には変わらない。小泉のヒステリックな自己中心的な権力の横暴さを先見の明があり、的確で狂いなく、改革の旗手として持ち上げている。彼らの狙いはどこにあるのだろうか。どう、日本の社会を未来へとつなげていこうとしているのか。マスコミの姿勢を国民が捕らえなければ成らない。今のままだとマスコミは小泉と同じ回路で動いているとしか見えない。これは私がテレビを見すぎているせいなのだろうか。そうであればよいのだが、現実はそうではないようだ。そう思うと、選挙に関して無関心層が増えているということは強ち悪いことではなさそうだ。彼らの無関心はマスコミにも向けられている。では何が一番よいのか、情報の氾濫といわれている中で、結局若者を含めて、仕事と趣味と興味の世界が永続的に保障される未来を期待しているようだ。マスコミや政治の狭い世界に興味を抱いていないのは、彼らの言動や映像に直接的な感動を見出せないからでもある。「生活する」という個人の経済のありようもなかなか見づらくなっているのも現実である。しかし、にもかかわらず政治は動き、動かされている。未来の日本を作り変えようとしている。それは憲法改正への動きであり、アメリカに似た強い国づくりである。戦後60年たってアメリカのみが最近流行の「勝ち組」となっている姿に、積極的に近づこうとしている。かつて「アジアの盟主」として自らを呼び「勝ち組」へと軍事力を持って猛烈な勢いでアジアの人々を蹂躙し、侵略して行った後の、徹底した悲惨さと、敗戦の焼け跡から生じた新しい国づくりが、「勝ち組」という気流に乗って、今また「アジアの盟主」から「世界の盟主」へと衣を替えて、再登場しようとしているのだ。マスコミも政治同様にこの幻影に取り付かれている。現実を直視するかのように政治党派の改憲派の動きを多とする報道が、正しい報道として表現され、「反戦」「平和」という旗印を掲げる視点を失っている。どんな理由があろうとも人を殺戮してはいけないのだという基本的な理念が薄れている。国民に対し「敵を作り、国を憂い、決起を促す」ことで、権力者の甘い汁を味わっている者たちへの擦り寄りが見え隠れしてならない。気流に乗れなかったからといって、どこに自分たちの足場を立てているのかが見失っていてはだめだ。未来は誰でもが飢えもなく、自由に、平等に持てる能力を最大限発揮できる環境をグローバル化していかなければならない。飢えが蔓延しているのに、圧倒的な富を独占する極少数の人々の、更なる富の増殖とセキュリティのために、尾を振るようなマスコミであっては成らないのだ。それは人間総体の未来のために働く機関であり続けること、そこにこそマスコミ自身の未来が存在するのだから。フリージャーナリストの故橋田氏のような、平和を願う心が必要だ。

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