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「川之江城」 1582年、(豊臣秀吉の頃)、河上但馬守という戦国武将が攻めとりましたが、わずか2年後、ライバルの大西備中の守という戦国武将に奪われてしまった、と伝えられています。 但馬守は謀殺され、城には火をかけられました。 但馬守には、年姫という娘がいました。 年姫は変を知り、馬に目隠しして城山の山道を駆け下り、瀬戸内海にまっしぐらにダイビング。父但馬守を追って、自害したと伝えられています。 まだティーンエイジャーでした。 生きたかっただろうに。恋もしたかっただろう。いや、、想う人がいたかもしれず・・・と考えると、いかにもかなしい。 年姫といえば・・・ 数年前、私は、脚の手術をお医者様から勧められ、迷っていた時期がありました。手術そのものも初めてでこわいというのもありましたが、入院期間が長く、家族のことを考えると、なかなか決断がつきませんでした。
そんなとき、病院の帰り、この川之江城に寄りました。
頂上付近の駐車場のすぐそばに、歌碑があります。与謝野晶子が年姫の故事を聞き、悼んで・・・というより、その潔さに心打たれて詠んだものです。 「姫が嶽 海に身投ぐるいや果ての うまして入りぬ 大名の娘は」 数年前のその時初めて気がついたのですが、姫が身を投げた崖は、城から下る初めのカーブにあるんですね。それまで、もっと下の、慰霊塔の立っているカーブかと思っていました。 お城から馬を走らせ最初のカーブでさっと身を投げる・・・ふだんから非常時への心構えがなければできることではありません。 戦国時代の人というのは、肝が据わっていたのですね。 私だったら、 「もうちょっと・・・もうちょっと・・・」 なんて山の下まで馬を走らせるうちに追手に追いつかれ、捕らえられていたかもしれない。 それと同じように、私は手術の決心がなかなかつかないまま何年も過ごしたけれど、年姫なら、さっと決心して、体を治していただろうなと思いました。 4ヶ月後、手術を受けました。 年姫が背中を押してくれたのかもしれません。 お城の城門正面に、「涼み櫓」があります。 中はいくつかの座敷や茶室になっていて、見晴らしよく、キッチンやトイレも備わっているこの建物、有料ですが、前もって申し込んでおけば、だれでも利用できるそうです。 木々に囲まれ、瀬戸内海を見晴らしながら、お姫さまになってみませんか? 城山は、 幼い頃からなじみがある場所。春になると、親戚が誘いあって、お花見に集まりました。公園でしたから、ブランコ、滑り台、シーソー。鹿のいる、小さな動物園まであったんです。 おじおばたちは揃って元気で、母もまだ若かった。 なつかしのお城です。(*^_^*)
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昔も今も女性は強いですね。
お姫様・・・・・、ひめ〜!ひめ〜〜!?オレの姫はどこ???
2009/5/5(火) 午後 11:43
いやあ、姫になれる眺め、いいですね〜
白石城は海は見えないけど、桜の季節はピンクの海に埋もれて、いいですよ〜
2009/5/6(水) 午前 0:11
落城した城主の娘だったら。
戦後の扱いは、さぞかし生き恥を晒すことになったのでしょうね。
痛ましいお話です。
・・・でも、その血筋なんだよねぇ〜^m^
2009/5/6(水) 午前 0:50
凄い決断力。自分なら到底躊躇して判断できません。
昔に生まれなくてよかったです。
ビビッて何も出来なかっただろうな〜
2009/5/6(水) 午前 1:33
ま〜びんさん、
姫は姫でも、肉食100%姫かも。
いえいえ、女はみんな肉食を秘めているかも・・・?
あははは・・・うそうそ。ま〜びんさんの姫は、きっとやさしい方ですよ。
2009/5/6(水) 午後 0:11
にゃーごさん、
ほんに、日本のお城には、桜が似合いますよね。
こちらにおいでになったら、おうどんとお城、ご案内します。
2009/5/6(水) 午後 0:13
ケイさん、私だったら生き恥さらしてしまったかもしれませんね。
戦国の姫は、公卿の雅な姫とは少し違って、たくましかったんですね。
なにか時代考証に参考になる本があったら、教えてくださいね〜。
2009/5/6(水) 午後 0:17
ガスパーさん、
私もきっとあんなにかっこいいことできませんでした。
ほんと、こわい時代でしたよね。
すぐ身近に戦があったなんて。
2009/5/6(水) 午後 0:20
戦国時代のお話って悲惨なのが多いですよね・・・
p(´⌒`q)
でも涼み櫓って良いですね〜
利用できるのは凄いです。
(◎o◎)
歴史に思いを馳せながら櫓でお食事とは〜
(^_^)v
2009/5/6(水) 午後 0:45
masaさん、無事にお帰りなんですね。
お城とか、涼み櫓とか、ほんとうに気持ちがいいですよ。
2009/5/6(水) 午後 4:29
戦国時代の負け戦と言えば、姫様も殿様も根性の据ってること本当に感心しますね。
でも、私は、あくまでも生きて再起を目指して逃げ続けた、一般には見苦しいと言われる戦国の殿様(何人かいます)が好きだったりもします。
手術を受けるなら自分のためになりますけど、崖から飛び降りてしまったら敵が助かるだけですしね。
2009/5/6(水) 午後 9:01
Yadaさん、そうです。生きるチャンスがあれば、みっともなくても生きるべきかと思います。
年姫…生きていたらどんな生涯を送っただろうと想像。いつか書いてみたいです。
2009/5/6(水) 午後 9:12
ひめにゃんさんと年姫さまがだぶってしまいます。
しばらくお付き合いさせていただいてひめにゃんさんのお人柄が母なりにかたまってきつつあります。きつつ・・・というのはアップされる記事ごとにひめにゃんさんの人生に驚かされるから。
穏やかな今のひめにゃんさんも内に秘めるは熱い血。芯の強い賢い女性だと思います。年姫さまもひめにゃんさんの年齢にまで生きながらえることがあったのなら、きっとひめにゃんさんのようにユーモアたっぷりの大人の女性になっていたのではないでしょうか。
ついつい、見知らぬ年姫さまに思いをはせます。^∀^
2009/5/9(土) 午前 10:18
ま〜ちさん、こんなにほめていただいて・・・なんとお返事してよいことやら。
何度も読み返してしまった・・・(*^_^*)
でも…と、気を取り直し
ただ、やはり戦国時代の人はえらいなあと思うのみです。
「わらわは、死ぬのはいやじゃ〜〜〜。まだ恋もしたいし、
ハタダの新作ケーキも食べたいのじゃ〜〜〜」
とかぐずぐずするのを、舌打ちする家臣にむりやり馬まで引きずられ、「重いの〜全く」とか言いながら3〜4人で押し上げられ・・・というみっともない結果になったことでしょう。
あ、これ、いつかブログにアップしよ。
2009/5/9(土) 午後 0:43
ふふふ・・・期待するぞよ。
2009/5/9(土) 午後 3:24
待っててね!!!
2009/5/9(土) 午後 5:28