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京都近辺で、
ミニチュア・ダックスフンドが
行方不明になり、
飼い主の方が必死で探しています。
転載の仕方がわかりませんので、
私のお気に入りブログ欄の

「あーした天気になーれ」

   か、

「ケンちゃん」

を訪ねて、詳しくごらんください。

お願いいたします。

ひがんばな5 蟹

 祖母きんの出産風景は、今では考えられないようなものだった。
 はじめのうちこそ産婆を呼んで出産にのぞんだが、そのうちコツを覚えた。
 陣痛が訪れると、合間に彼女は薪で湯を沸かし、赤飯を仕掛ける。
 たんすの前の畳をはねあげてぼろ布を敷き、環にぶらさがって、ひとりで赤ん坊を産み落とす。その後、産婆を呼んだ。
 産後一週間だけは、体を休めながら産着を縫いあげたが、その後はまた、農作業と家事・育児に追われた。
 自分の長女が出産したときには、自分も十三番目の娘を宿した大きなお腹を抱え、出産祝いを届けに行った。
 毎年立ち寄る富山の薬売りは、彼女を蟹のようだと笑ったという。
「蟹は、お腹の卵が背中にまわると産卵する」そうである。
 祖母も、お腹が大きくなり、産み落とすと、赤ん坊を背中に背負う。その子が背中から下りて歩き始め、手をひかれる頃、祖母のお腹には、また、赤ん坊がいる。
 23年間、お腹、背中、手、の空いた年はなく、しかも、薬売りが来るたびに、順送りに子供はかわっていた。
 23年間、彼女がおむつを洗わない年はなかった。
 しかし、生まれた子は、次々成長する。
 但馬守に腹心の部下がいたように、子供たちは二人の助けとなり、資産は増えていった。

 祖父は、器用に物を作る人だった。
 農作業と紙の手漉き仕事の合間に、自分で舟を作って海で魚を釣り、溜め池でうなぎや鮒を捕って、家族の蛋白質を補った。親族に病人が出れば、毎日精のつくものをつくものを届けた。
 祖父の物作りは、はじめは生活のため、必要に迫られてのことだっただろうが、ひとつの楽しみでもあったのではないだろうか。
 母が女学生だった頃のこと。
 帰宅した母を、祖父が呼んだ。
行くと、そこには、祖父が作り上げたばかりに舟があった。
 祖父は、制服姿の母に赤ペンキを渡し、こう命じたという。
「何でもええ。英語で舟に名前を書け」
 無学・無一文からスタートした祖父が、11番目に生まれた娘を女学校に進学させ、みずからが作った舟に、英語で名前を書かせる……ゴッドファーザー又助じいちゃんの、満足げな表情が目に浮かぶ。
 テレビが普及し始めたころ、祖父は、プロレス番組に熱中した。
 働きづめの苦しい毎日ばかりでもなかったのだ。
 ほっとする。

 祖父のことを思い出しているうちにハイウェイに乗った。
 三十分ほど走り、サービスエリアで休憩をとる。
 山の中に開かれた、広々としたエリアだ。
 南の山の向こうには、西日本最高峰の石鎚山が広がり、北に向きを変えると平野の向こうに、瀬戸内海が、秋の色に光っている。
 外のテーブルで自販機のカフェオレを飲んでいて、ふと、気がついた。
 そういえば、祖父の先祖、川上但馬守は、このあたりの出身だった。

 川上但馬守は、戦国武将である。豊臣秀吉と同じ頃、愛媛県東部の城主の二男として生まれた。
 但馬守は、当時、伊予の国に勢力のあった河野氏のもとでよく戦に勝ち進み、1579年、城を与えられる。
 そこは、四国四県の県境が集まるところで、昔も今も、『四国のへそ』と呼ばれる要地である。
 但馬守は、田舎の名も無い城主の息子。強度の吃音というハンディもあった。妻は彼に愛情薄く、城の剣道指南役に付け文(ラブレター)したりしている。
……その但馬の守が望み得る最高の出世が、その城ではなかっただろうか。
 城主となってわずか二年後、城は、但馬の守のライバル、大西備中守により攻め落とされる。
 城には火がかけられ、但馬の守は殺された。
 娘の年姫は、馬に目隠しして城山の山道を駆け下りるりる途中、崖から海に飛び込んで自害したと伝えられている。
 城は、ごく最近、元の場所に復元された。……といっても、復元されたのは観光用の華やかな城。但馬守が実際に住んでいたのは、戦国時代の、砦を主体とする、実用的なものだったが。
 旧K市は、今は他の市町村と合併され、S市となっている。
 時折、城山に登り、足元のK市を見渡すとき、私の身内には、但馬の守が城主となったとき感じたであろう、誇らしさ、幸福感といったものが熱くこみあげてくる。

 祖父は、城主の子孫とはいえ、貧しい家庭に生まれ育ち、樽屋に丁稚に出された。そこで、きんという娘に出会う。私の祖母である。
 まず、きんが彼に心を寄せ、お互い惹かれるが、双方の親は、結婚を認めなかった。
 当時、恋愛結婚などというものはふしだらの極みと蔑まれていたこともあったが、それよりさらに大きな反対の理由は、祖父の先祖、川上但馬守と、きんの先祖、大西備中守が、戦国時代に敵同士だったからというものだった。
 猛反対され、愛媛のロミオとジュリエットは駆け落ちする。
 そして、13人の子をもうけながらじわじわ土地を増やし、大百姓になっていった。

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