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高3の夏、遠出したときのできごとです。 「すみません、この池、なんという池ですか?」 「恋の池よ」 農家のおじいさんは答えてくれました。 現在の松山自動車道、三島・川之江インター付近に、その池はあります。 雨が少ないこのあたり、ため池は数えきれないくらいありますが、その池は、何となく雰囲気がありました。魅かれて通りがかりのおじいさんに尋ねてみると、うれしくてたまらないように・・・ 「鯉でないで、恋じゃ」、ですと。 夏休みで時間はたっぷりありました。むくむく好奇心の血が騒ぎだし、調べてみたのです。 すると、その池の名の通り、ひとつのラブ・ストーリーが浮かび上がってきました。 時は古事記の時代。 恋の当事者は、軽太子(かるのひつぎのみこ)と衣通郎姫(そとおしのいらつめ)。 二人は允恭天皇の息子・娘でした。母を同じくする兄妹の契はいかに古代といえどもタブーとされていましたが、二人はそれを破ってしまいます。 政治的な要因も絡み、軽太子は伊予の国(愛媛)へ流されてしまいます。流れ着いたのが、この池のある 町川之江です。 そして、衣通郎姫も皇子を慕い、追って来ました。 川之江は伊予の端っこ、都に比べれば、‘どんだけ’田舎だったか。 また、 瀬戸内海は一見穏やかですが、潮流れる内海です。風光明媚な多島の間には、時刻によっては、滝のようにごーごーと潮が流れるところすらあります。 当時の航海がどれだけ危険なものだったか。 衣通郎姫は、その名の通り、美しさが衣を通して輝き出るとも噂された絶世の美女ですが、その彼女が 危険をおかして追ってきた・・・感動しました。 皇子・皇女、二人が近くに住み、そぞろ歩きなどしたのが「恋の池」 姫が衣など洗ったと言われているのが、「契川」 恋の池は、ロマンティックな場所でしたが、天候によってはおそろしく神秘的な表情を見せます。 その高3の夏、曇りの日、少し風も出ていました。 池の堤に立ち止まり、ひとり水面を眺めていると、風が通りざわざわと水面が流れます。 灰緑の水面の下から何かがこちらをじっと睨んでいるかのような恐ろしさをおぼえ、急いで池を下りて帰ったことがあります。
写真は、豊岡町の恵の久保池です。
先日アップした年姫は、武将の娘。http://blogs.yahoo.co.jp/yirotano07/16035110.html衣通郎姫は、貴族の姫。 ずいぶん様子は違ったでしょうが、どちらも、筋通った芯の強い、いい女です。 女と生まれたからには、ある意味こうありたいというお手本のような、わたしにとって、「いい女」たちです。 兄妹というのはちょっと置いといて・・・ですけど。 |

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