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プロ友のたまちゃんが、GWに鎌倉へ行った記事をアップしてた。
プレパトの俳句のお題が、鎌倉だった。 で、連想で、40年も前の鎌倉のことを。 当時の私は学生で、とてつもなく貧乏だったけど、新しい扉がどんどん開かれてキラキラしていた。 学校の行事通してあるアメリカ人一家と親しくなり、クリスマスなど泊りがけで呼ばれたりして。 行くと、家中デコレーションされていて、居間の大きなツリーの下にプレゼントの箱が積まれてある。 映画の通りだっ(^^♪ 息子さんが出迎えてくれ、 父さん母さんはクリスマスコンサートでちょっと遅くなるから、くつろいでいてくださいと、クッキーなんか出してくれて。話し相手をいっしょうけんめいしてくれた。 ふたりで、ロマンティックなイブの夕を過ごしました、といきたいところだけど、 彼は小学1年生(笑)相手してくれながらもとても眠そうで。あくびも出始めた。 で、 私大丈夫。くつろがせてもらうからから、どうぞ部屋へ行ってね、 と言うと、ホッとしたように二階へ上がっていった。 まだ小さくても、立派に紳士でした。 そのおじいちゃんとおばあちゃんが初めて日本に来られたときも私を呼んでくださって、米軍基地内のレストランで一緒に食事。成り行きで、私が一日どこかご案内しますということになり、鎌倉へ行きました。 GWでどこもごった返していて。江ノ電もいっぱい。おじいちゃんおばあちゃんはどちらも80歳半ばだったけど、乗り込むとすぐおじいちゃんはおばあちゃんのコートさっと脱がせて手に持ってつり革に捕まって揺れに耐えている、 背筋、しっかり伸びてます。 私は申し訳なく、席譲ろうとしたら、とんでもない!というそぶりでがんとしてわたしを座らせます。 列車をおりたらまたまたおばあちゃんの後ろに回ってコートを着せかけ、エスコートして人混みを歩く、 なんだかね〜、 これぞ異文化体験。 根っこから違うのね〜、と、思い知りました。 風景も歴史も吹っ飛んで、鎌倉といえば、あのとき私を座らせた灰色の瞳を思い出すのです。 素敵は素敵なんだけど、これはもう、中途半端に関わっちゃいけない人種だわ〜、こっちも腰すえてかからなくちゃ、みたいなのが残った、かな? エスコートされ続けて生活するというのは、結構女性としての器量がいるんじゃないだろうか? 一時はわたし、結婚するならあちらの人とと、<漠然と>計画してたんですけどね。 むにゃむにゃでごにょごにょで、関白の標本みたいな伊予男と結婚して現在に至る(笑) めでたし、めでたし(^o^) |

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