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前記事「伊予美人が関東を襲撃!!!」にコメントをいただきました。
うちの二件お隣の奥様で、日本舞踊の名取
これぞほんまもんの「伊予美人」、
ご自分の畑でサトイモも栽培していらっしゃいます。
どうぞ、伊予美人の手なづけ方、ご参考に(^^)/
皮むき里芋、本当に便利です。すぐ調理できます。でも里芋の本当の味は 皮付きにあるんです。時間の余裕のある方、是非お試しください。皮つきをたわしで洗って土を落とし、レンジでチンして冷ましてから 皮を剥くと 手が痒くなることは ありません。
でも 一番美味しいのは 皮をこそげて 蒸すのが最高です。 2011/9/14(水) 午後 10:54 [ bwj*b04* ]
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四国
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青い国 四国
の
愛媛県 宇和島
の
きさいや広場という道の駅
で、
かき氷のカップに何か書いてあるよ。
ねえ、
見せて、見せて(^^)♪
と見せてもらったのが、これ。
広場の建物を出ると、こんな広場があります。
広場の向こうには、すぐ港になっていて、空が広がっています
お腹がすいたら、おさしみにてんぷら、じゃこてんにお寿司、
じゃこかつバーガーなんかもあるし
ときどき食糧を仕入れながら *^^*
一日でもぼ〜〜〜っとして座っていられそうです。
おみやげに、真珠もあるし〜♪
きさいや〜〜〜^^ |
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なんか、間に台風が入ったり、むすこAが帰ってきたり、南予旅行観光編が今日になってしまいましたが、
モッタイナイので(笑)、宇和島近辺の記事をアップしましょうね〜^^
愛媛県は南西の、九州にぐっと近いあたりに、宇和島市があります。
その市内にある 「きさいや広場」
お土産物もたくさんですが、鮮魚店も幟つらねて入っていて、さざえにお刺身、お総菜が新鮮でびっくりするくらい安い。日帰りなら買って帰ったのに。残念でした。
揚げたてのじゃこ天熱々を買って、店の中の水槽の前で食べていると、
左隣でビール片手におそうざいを食べ始めたおじいさんが
「どこから来たん?」としきりに話しかけてくるし、
右隣に小学生の男の子が三人、やっぱり揚げたてのじゃこ天をぱくぱく・・・きっとおやつみたいなものなんですよね・・・ちらちら私の方を見ていたのは、南予と雰囲気が違うなと察したのでしょうか。そうなんです。愛媛といっても、南予と東予、ずいぶん言葉も雰囲気も違うんですよね。
この日は、港の見える広場のベンチに座っていても、隣に座ったおじさんに
「どこから?」としきりに話しかけられるし、
そうなんよ、南予の人はおおらかで人懐こい人多く、
ゆっくりのんびり、なんよ〜〜〜(^^)
市内巡回の「もーにバス」というのが出ていて、乗り放題でした。
ここは足湯も無料サービスです。
わたしたちは足湯はパスして車を走らせ20分、温泉でのんびり。
もうもう、大人600円でいろんなお風呂が楽しめて、あ、画像はありません(笑)
中のレストランには、
ちゃんぽん
鯛飯(炊き込みでなく、お刺身版)
麦飯&さつま
などなど、
郷土料理のレストランがありました。
800円〜2000円で堪能できます。
わたくし的には、お風呂上りに一杯、きゅーーっとやった「コーヒー牛乳」がたまりまへんでした〜〜^^
締めはこれ。
おからをすし酢で混ぜて、昆布締めのアジのお刺身を乗せてあります。
同じ愛媛なのに、こんなものがあるなんて、初めて知りました。
珍しさについつい買ってしまったけど、ひとつでもういいかな〜〜。私みたいな下戸はね。でもイケる人ならきっと好きになるのではないかしら。
スナフキンも見ていたし、捨てるわけにもいかず、あとでぼちぼち食べようと、冷凍してあります(^^;
海の写真は今回はないんですが、
ちょっと足を延ばすと、
船の底がガラス張りで、いいポイントに来たら船がストップ、半分くらいまで沈んでガラス部分が多くなり、ダイビング気分を楽しめる「シーガイヤ」という船もあります。
友人と別れるとき、電話を切るとき、いつも
「また きさいや」と言ってくれます。
「またいらっしゃいね」という南予弁です。
ブロ友のみなさま〜、
「まあ、いっぺん、愛媛に きさいや ♪
ほんなら、また〜〜〜^^/」 |
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前記事の、
セミナーの合間の「讃岐うどんツアー」
はじめの予定では
「がもう」→「山越」→「竹清(ちくせい)」と、
三軒まわるということで、みんなワクワク出発して行列に並びました。
でも、二件目で大多数の人は満腹してリタイヤ、先に帰ってしまったんですね〜。
三軒目まで制覇した人たちも、ほとんどの人が「もうだめだ」「苦しい」と言いつつ、半ば意地で押し込んでいて。
ざんねんです〜(^_^;)
私は紅一点、悠々三軒制覇、計2.5玉。もし、「もう1〜2軒行きましょう」と誘われれば、嬉々としてついて行ったでしょう。
この辺で、指南いたしましょう。さぬきうどんのはしご。
一(ひと〜つ) 各店、ひとたま(並、または小)に抑えるべ〜し!(^^)!
半玉あるお店は半玉で我慢。
はじめてのさぬきうどん、うれしくておいしいのはわかります。男性とかは、思わず三玉注文、 盛大にトッピング乗せたりしたりしてました。
でもね〜、あの麺は腰が強い=ふつうのゆでうどんより中身ぎっしりなんです。
後のこと考えて、抑えましょう。もっとおいしいうどん屋さんが控えてるかもしれません。
二(ふた〜つ) なるべくうどんだけにする。
どうしてもトッピング欲しい人は、友達と半分こしましょう!(^^)!
トッピングのてんぷら、種類も多くておいしそう。ついつい乗せたくなりますよね。
地元の人が食べてるの見ると、うどんが見えないくらいたくさん乗せて、衣がいりこだし吸っ て、それはもう・・・ああ(#^.^#)
ですが、
地元の人は昼食なので、そこ一軒だけなんですよ。
そして、天ぷら。
あれ、天ぷら屋さんの天ぷらとは別ものなんですね〜。
かきあげも、かぼちゃも、さつまいもも、豆天も、びっくりするほど大きいし、衣もぼてぼて、
お腹の中でふくれますよ〜〜〜(^_^;)
後のこと考えて、抑えましょう。はしごするなら、ね〜〜(#^.^#)
*ただ、うどん屋さんによっては、トッピングが売りのお店もあります。
たとえば、「山越」の‘かまたま’とか。
前もって調べておいて、迷わず注文を!(^^)!
このふたつさえ守れば、うどんは別腹。
楽しく、たくさん、はしごして、うどん道、極めてくださいね〜〜(#^.^#)
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きのうの職場のみんなの昼食、
するめさんの記事でアップされてた、「鳥ハム」というのがおいしそうだったのでhttp://blogs.yahoo.co.jp/silvermoon6212/32718493.html作ってみました。
きっとこんな感じ。
鳥もも肉の脂をはがし、
塩コショウをすり込む。
ラップで二重にきっちり包んで、沸騰したお湯に入れてふたをして一晩置く。
薄切りにすると、もうほんとにしっとり、おいしい〜〜〜、といきたかったんですけど、
塩コショウが控えめだったのか、なんだか味がぼやけて、しかも堅い。
急きょ、鍋でチキンスープを作り、薄切りにした「失敗鳥ハム」を入れて少し沸騰させました。
これが好評。たった二百円で十人分!(^^)!
他、パンや野菜を添えて。
さてさて、四国中央市、書道ガールズ見た方は、製紙工場の煙突が目に焼きついていらっしゃるでしょうが、
そうです。あの通り、紙の街、です。
15年位前に調べたところによると、大小50の製紙工場がありました。今は不景気をくぐり抜けて、いくつなんでしょうか・・・?
とにかく毎日、煙突は煙を吐いています。
巨大な工場が二つありまして、それぞれ国道を挟んでゆうにひとつの町くらいの規模があります。
恥ずかしげもなく認めますが、
下請け・運送はもちろん、地方都市でありながら、昨年までは高卒就職率100パーセントというように、恩恵をこうむっている企業城下町です、ハイ。
むすこBは、修学旅行先の奈良のホテルで「四国中央市のトイレットペーパー」を見つけて大喜び。
「ボクの街は、なかなか活躍しています!(^^)!」と葉書に書いてきました(^_^;)
みなさんのまわりにも、ティッシュやトイレットペーパー、キッチンタオルなど、きっと四国中央市で生産されたものがありますよ〜。ぜひ一度確かめてみてください!(^^)!
さて、四国中央市は、どうして紙の街になったのでしょうか?
地図をごらん下さい。
四国はひょうたんみたいな形をしていますよね。上下とも、真ん中が大きくえぐれています。上(北)の瀬戸内海側の大きくえぐれたところに四国中央市はあります。だから海と山がとっても近い、自然の美しいところである反面、平野が少ないということになります。耕す田畑が少ない,,しかも、雨が少ない・・・で、農業だけでは食べていけないので、近くの山にあるこうぞ・三椏という木の樹皮をはいで、手漉きの和紙を家内工業で作り始めたのですね。
ちなみに・・・
私の母の実家も「紙工場」(かみこうば)を営んでいましたから、遊びに行くと、伯父や祖父が巧みに紙漉きをしていました。幼い頃、そばでその手元を見るのが楽しみで。
木の皮が大鍋で煮られたり、薬品で漂白されたり、ノリのような物を入れたりすると、半透明などろどろの液状になります。祖父たちが四角い道具でそれをすくって揺すると、それが一枚にまとめられます。
小学生の頃頼み込んでさせてもらったことがありますが・・・なんと、一枚にならないんです。厚さも薄いところ厚いところまだら、重かった〜〜〜。一回で、懲りました。
漉いたものは、長い板に張り付けて天日で乾かすと、真っ白な和紙になりました。雨が少ないのがここでは幸いしました。
その頃は市内あちこち、民家の合間にそんな小さな工場(こうば)がたくさんあったのです。
庭の周囲に白い和紙を張り付けた木の板が並べられ、陽を浴びている、美しい光景でした。
付け加えると、
工業とともに発達したのが商業です。
三椏やこうぞという木の皮他の原材料を仕入れて売って、紙ができるとまた買い取って売りに行く、
「伊予商人の歩いた後は、草木も生えない」
という言い伝えが残るほど商人たちはきっちり、がめつかった(?)そうです。
平野が少なく農業では飢え死にしてしまう。だから、その方面でしか活路を見出せなかったから必死だったのだと、弁護しておきます、はい。
時代が変わるとともに、和紙から洋紙=商業紙へと生産の中心は変わり、巨大な工場が発達しました。ソ連や中国の巨大な船が運んできたチップが、埋め立てられた海岸に積み上げられ、工場は煙を吐き、ティッシュ・トイレットペーパーなどを生産。
反対に、小さな和紙の工場は消えていきました。
誇りも批判もありますが、いろいろな意味でこの産業は街の財産です。もし紙が街からなくなったら・・・とても想像できません。
だから、今回の宮崎の口蹄疫騒動、他人事と思えないのです。ほんとうに大変なアクシデントだと思い、心が痛みます。しかも宮崎県の場合、相手は機械ではなく生き物。
一日も早い収束、回復を願っています。
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