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前記事より続く 赤文字はフィクションです^^
「おい、そこに誰かいるのか」
ライフルを油断なく人質に向けながら、男はゆっくりと三人に近づいてきた。masaの顔が汗で光り、形相が変わっている。
「まずいわ」
『masaさんは、真理から男の注意をそらすため自分が掴みかかろうとしている』
媛子は目で真理に合図し、よろけたふりをしてmasaに倒れ掛かった。不意のことにmasaは媛子を支えきれず窓際のテーブルに手をついた。
そのわずかな間にどこへ行ったか、真理の姿は消えていた。
誰も他にいないことを確かめると、ライフル男は元の場所へ戻っていった。
壁が音もなく開き、真理がその場所に現れたのは5分後だった。両手に何か持っている。どうやらスタッフ用、あるいは防犯用のエレベーターか何かがあるらしい。閉じるとまったく壁と見分けがつかない。
真理は手の物を床に置き、媛子にサインを送ってきた。媛子もまばたきで「了解」とか「それはだめ、これはどう?」の返事を送る。その間わずか10秒ほど。
真理が床に置いたものを再び拾い上げる間に媛子はmasaとスナフキンにささやいた。
「これから何が起こっても、床に伏せてじっとしていて。他の人にも伝えてね」
真理の手からダンベルが飛んできて、天井のシャンデリアを次々破壊していく。
「うわああああああああ」
不意を突かれたライフル男は、ダンベルを追いかけて銃を連続発射する。悲鳴の中、部屋中に高級なクリスタルの雨が降り注いだ。パニックになった男が発射し続けるライフルの閃光が花火のように飛び散り、硝煙が充満する中、二本目のダンベルが男めがけて飛んできた。
ゴンッ。
ダンベルは見事男の腕に命中し、手元が狂う中、媛子が放った杖がさらに一撃し、男は完全にライフルを取り落した。
灯りを失った45階ティーラウンジは、窓の向こうの大東京のネオンが何が起こっていても華やかな星のように浮かびあがり、室内ではアルコールランプの細い炎が時折驚いたように揺れながらも点り続けていた。
人の顔も判別できない暗がりで、バタッ、ゴンッ、ドスン、ギャア、と音がして、あとは静かになった。
「非常灯をつけてください」
真理の声にウェイトレスが動き、恐る恐るライトのスイッチを入れる。きらめくクリスタルの破片の中、ダンベル二本と杖とライフル、そして正座の媛子に潰され気絶したライフル男が転がっている。走ってきた真理がライフルを拾い上げた。
パトカーを待つ間、ウェイトレスがコーヒーを淹れた。
「これこれ、一仕事の後のコーヒー」
「たまんないよね」
「真理、お見事だったわよ」
「媛子こそ、腕はなまってないわね。杖ついてても」
「毎日トレーニングしてるのよ」
「ダンベルでね」と同時に言って二人は声を立てて笑った。久しぶりに思う存分腕を振るって目がキラキラしている。
「媛子、お前って一体……」何者なの?とスナフキンが言いかけてやめた。
masaも黙って黒い液体を見つめている。真理はいったいどこでこんなことを身に着けたのか。
「私たち、ルームメイトだったことは話したよね」
「SPの訓練校で一緒だったの。二人ライバルだったんだけど、サミットの時、私が足
撃たれて退職してね、愛媛に帰ったの」
「わたしも事情があって続けられなくなって退職したけど、ここのガードのパートに復帰したのよ。
今日出勤したらいきなりこの事件でしょ。おまけにmasaがあぶない。もう焦ったわよ」
「母さん、大丈夫だったみたいだね」
ひとりの少年がギターを下げて入ってきた。そこにいる全員が注視した。
お嬢さまたちはカップを口につけたまま飲むのを忘れてるし、ウェイトレスたちもコーヒーを注ぎ過ぎてあふれているのに気付かない。
媛子は舌を巻いた。『こんなイケメンがいるなんて。うちの息子レベルのが易々と現れるなんてね〜』
さすが東京、さすが六本木。
『この少年、どこかで会ったことあるような』
媛子はピンときた。masaさんに面差しが似ているのだ。
「わたしの息子です。エレベーターに隠れたときに警察とこの子に連絡したの」
真理はmasaの目をまっすぐ見つめながら言った。
「十四歳なの。今年で。坂本竜馬の大ファンなのよ」
「雅治といいます」少年が礼儀正しく一礼した。
一週間後、masaとスナフキン、真理と媛子、そして雅治は、再び45階のテイーラウンジに座っていた。他に客はなく貸し切り状態。ホテルのオーナーが先日の感謝を伝えたいと、特別に五人を招待してくれたのだ。
ウェイトレスがマンツーマンで給仕してくれる。相変わらず惜しみない笑顔で。
オーナーから、思いもかけない申し出があった。5人とその同伴者に関してはこれ以後は無償でホテルのスイートとアフタヌーンティーを楽しんでいただきたいというものだ。
媛子の目が輝いた。それならいつでもmasa&真理に会えるわ。女子校仲間にともしょっちゅう会えるし。雅治にもね^^v
五人の会話を、アルコールランプの灯りがゆらゆらと聞いている。
快晴の空の下、ビルも家々もスカイツリーも輝いていた。
エピローグ
愛媛県S市。農村部に、緑屋根の小さな家が建っている。
その家の主人は、風が暖かくなると庭にギターを持ち出してフォークを奏で始める。
するとそれを追うように、奥さんも手にふたつのコーヒーを持って出てきてガーデニングチェアに座り、歌い始めるのだ。
このふたり、ごく一部の人から、「スナフキン&媛子」と呼ばれているが、ご近所はそのことは誰も知らないし、田舎じゃただの変わり者。
2012年、初夏の庭で、スナフキンが奏でるギターを聴きながら、媛子がメールの内容を伝えた。
「雅治くんが夏高知に来るらしいよ。竜馬の大ファンだから、竜馬像と並んで太平洋を見たいんだって。
あ、masaさんと真理も一緒らしい。うちにも寄ってもらおうね」
「もちろん」
スナフキンがギターを弾きながらうなづいた。
六本木もアフタヌーンティーも、洋食屋も麒麟像もないけれど、
山も海も手が届くほどそばにあって、プーシャが蝶々追いかけて跳ね回る。
「やっぱり住むのはここがいい」
『一カ月に一度でいいわ。東京行くのは』
おわり
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上京の状況
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三月初め、上京した旅行記を綴ってきました。(書庫 上京の状況)
♪ ごく普通の二人はごく普通のところ?へ行って、ごく普通の?体験をしました。
ただひとつ違っているのは、細部は大幅にフィクションに仕立てていることです(笑)
お約束 赤字の部分は純然たるフィクションです^^
ライフル銃の男は構えたまま叫んだ。
「おい、そこのふたり、こっちへ来い」
スナフキンが媛子をかばったまま入口へ行くと、その男は銃身でスナフキンを媛子からはがし、二人をしげしげと眺めた。黒いサングラスの向こうの目は見えない。
「お前らは行っていいぞ」
「え?」
「どうしてその人たちだけなんだ!」
「ひどいわ」
「私の父は大臣なのよ」
窓際に並ばせられた人質たちが口々に叫んだ。
「うるさい」
男が銃を天井向けてぶっ放す。
お嬢さまお坊ちゃまたちは悲鳴を上げてしゃがんだ。
「この男と女はいいんだ。俺がいいと言ったらいいんだ」
「この女はな、見てみろ、しまむらのズボンをはいてる。杖ついて」
男は鼻をすすった。
「田舎のばあちゃんを思い出すんだよ。しまむら着て節約して俺に仕送りしてくれた。
お前ら覚えとけ。しまむら着てる女に悪いヤツはいないってことだ」
「それに」
と男は鼻を拭きながら言葉をつづける。
「この男は一流ホテルに真っ赤なラガーシャツ着て平気でうろうろしている。この女をかばったしな。いいやつじゃねえか」
「あのう」
媛子が恐る恐る男に頼む。
「あそこのポロシャツの人、私たちの友達で、いい人なんです。とっても。ポロシャツだし、一緒に助けてください」
「お願いします」
スナフキンも頭を下げた。
男はゆっくりmasaを眺めたが、あきれたようにだめだ、と言った。
「あのポロシャツはよれっとして、安っぽく見せかけているが、英国御用達のロイヤル・ヘンリーボーン・キングダムの生地を使った上物だ。Yahooオークションでたしか200万の値がついていた。
シロートの目はごまかせても、俺の目はごまかせないぜ。
俺はITで成功した社長のもとでいっぱし、羽振り良かったんだ。そういうものをごまんと見てるぜ。
あいつはだめだ。ここにいてもらう」
スナフキンはmasaを見、媛子を見てきっぱり言った。
「媛子、ここでお別れだ。お前だけ出なさい。俺もあとから必ず行くから」
「いやよ。残る。私も」
「行け!大事な友達のmasaさんだけ置いて出るわけにいかない。それに、」
スナフキンの目がうるみ始めた。
「二人とも殺されたらプーシャはどうなる」
「プーシャ……」
二人の目から涙がこぼれた。
プーシャというのは二人が愛媛で飼っている黒猫だ。わがままでマイペース、だけどスナフキンは彼女にぞっこんで、猫の恋の季節がやってくると、
「プーシャは誰にも嫁にやらん」
出勤しても気もそぞろ。
「俺は♂猫になりたい」
とメールを打ってくるほどだ。
そんなスナフキンを見るたび、媛子は、
「その十分の一でも私を大切にする気はないのかしらん。え、スナフキンはん」
とあほらしくなるのだった^^
「おい、なにぐちゃぐちゃやってる。しまむらとラガーシャツは出ろ!」
もう限界だというようにわめきたてる男の前を、媛子が杖をつきつき窓際へ帰った。その後を、がっくり肩を落としたスナフキンが続く・
「なにバカなことを。私のことはいいから出てください」
masaの小声に、
「masa、。俺たちはもう友達じゃねえか。俺一人出たら五番街の真理さんに顔向けができねえ」
スナフキンがきっぱりと言った。
「ねえ、あれ、真理じゃない?」
媛子がこっそり喫煙カウンターの方向を示す。
三人の視線の先、カウンターの先あたりに、観葉植物の陰にうづくまる真理の姿がある。
「真理」
なぜこんなところに。
masaが真っ青になった。
つづく
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いつものように、赤字はフィクションです^^
「さてと」
真理は立ち上がった。
いつまでも写真に話しかけているわけにはいかない。仕事に出かけないと。
「これから物入りだし。食べてかなくちゃいけないし」
その仕事は最近知り合いから持ち込まれたパートの仕事だったが、本業の管理人の仕事より真理の性に合っていた。
携帯メールが多数入っているけど、きっとお節介な媛子からだわ。仕事の合間に確認しよう。
ライダースーツに着替えを済ませ、ずっしり重い物の入ったバッグを下げると、玄関脇の部屋のドアをノックして「行ってきま〜す」
笑顔でのぞきこんだ。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」という声に送られながらヘルメットをかぶる。
部屋からは再びギターの音が流れ始めた。
外の宿舎の横に停めてあったバイクにまたがり五番街を駆け抜ける。
masaの思い出のしみ込んだ街。
『masaは麻布のお坊ちゃまでわたしはダウンタウンガール。生まれも育ちも違うし両方の親も猛反対したけど、いつか一緒になれると信じていた。それが、
ある日あの人は私の前から消えた』
はじめは納得できず信じられなかった。けれど、masaが他の女の子を連れてディスコ街を歩いているのを見たときから足に力が入らなくなり、踊れなくなった。
『半狂乱になったのは私じゃなく、母だったわね。物凄かった』
今だから笑うことができる。母親がわめきたてたこと。
「もう終わったんだから。はじめからそういう男だったのよ。これから先、どうするの。憎んで忘れなさい、あんな男」
「二度と会ったら承知しない。追い出すからね」
周りの人たちが言うこともも同じような事だった。捨てられた真理を憐れむような目で。
真理を思ってのことだとわかってはいたが、もっと傷ついた。
masaを憎もうとした。忘れられたらどんなにいいかと思った。
家族とも口を利かず踊ることもできないまま過ぎたある日、父親が真理の部屋を静かにノックした。
思いあぐねて知人の牧師を連れてきたのだ。真理のことを幼いころからかわいがってくれた人だ。
真理はいっそう心を閉ざそうとした。
「忘れなさい」とか、「あの男はだめだ。他の男を」などと言われたら、もう一生父親とも大好きなおじさんとも口もきけなくなる。
しかし、その牧師はひとことしか言わなかった。
「真理ちゃん、一生masaさんを愛したければ、愛し続けていいんですよ」
転機だった。
もうダンスはできない身体になっていたけれど、周囲の助けを借りて真理は少しずつ立ち直り、生き続けることができたのだ。
バイクの上で久しぶりに昔のことを思い出しているうち、五番街はとっくに後ろになり、もうすぐミッドタウンに到着する。
真理はスピードを上げた。 masa&スナフキン&媛子が5杯目のティーを注いでもらっている頃、
「これを飲んだら出ましょうか。夕食は銀座へご案内します」
「コーヒーもおいしかった」めったにほめないスナフキンがほめた。
「ほんとに、すっかり疲れがとれました。ありがとうございます」
東京はそろそろ夕暮れ時を迎えていた。あいにくの曇り空で全体に霞のようなものがかかっていたが、それでも完成したばかりのスカイツリーが他のビル群を抜き目を引く。
では、と立ち上がろうとしたとき、入り口が騒がしくなった。
ウェイトレスの悲鳴。ガシャンと何かが割れる音。
「静かにしろ。携帯はテーブルに置け。みんな壁に沿って並ぶんだ。そこのお嬢さま、早くしろ」
黒ずくめでヘルメットをかぶりライフル銃を構え威嚇した。、低い声だ。
三人も、言われるまま窓際に移動する。杖をつき途中足がもつれた媛子に銃口が向く。
スナフキンが手を差し出し、自分の体でかばった。
つづく
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赤文字はフィクションです^^
真理はドアの内側で耳を澄ませた。力こめてひっぱたいた手の平が赤くなっている。しびれたように痛む手の平に、masaの頬の感触が残り、こみ上げるものがあった。
外では沈黙が続いていたが、小声の会話が交わされた後、masa,スナフキン&媛子の三人が車に乗り込み去っていく音が聞こえた。
「昔とおんなじ。拒絶されたら追いかける勇気がないのね」
真理は自室に入り小さなクローゼットをゆっくり開けた。ピンクの小さなオートバイツーリング用の上下と、その隣には古風なドレスも掛けられている。
masaと知り合ったのは、高校生の真理が芦ノ湖へツーリングに行った時だった。バイクが故障して立ち往生していたところへmasaとその友人ジョニーがやはりバイクで通りかかった。はじめは冷やかし半分に声をかけてきたが、事情を聞くと、真剣に修理にとりかかってくれたのだった。
待っている間、サーモに詰めた熱いココアとクッキーまでご馳走してくれて、心細さが吹き飛んだ。今思い返しても、あれは本式に淹れた上等なココアとクッキーだったと思う。二人の身のこなしや表情は、東京山の手のお坊ちゃまの雰囲気を漂わせていたし。
新緑の頃で、湖を淡いグリーンの木々が取り囲み鳥は歌い、これから始まる初恋の予感にふさわしかった。予感通り、masaとの交際はそれから続くことになった。
真理は高校を卒業するかしないかのうちにダンスの道に進み、当時ブームとなったディスコで毎夜踊るようになったし、masaは大学に入学、真理のディスコでもデートを重ねた。
バブル期の頃で小遣いはふんだんにあったし、そのまま行けば二人は生涯を共にすることを疑っていなかったのだが……。
「どうしたらいいと思う?」
窓辺に置かれた写真に、真理は尋ねた。
そこには年配のカップルの写真二枚とバイクの横で笑顔のmasaの写真、そしてもう一枚……。
午前中、ホキ美術館を見て回ったmasa,スナフキン、媛子の三人は、再びmasaの車に乗り込んだ。
友情が深まったか、振られた男どうし運転席と助手席に並んで座り話が弾んでいる。後部席には媛子ひとりになったが、その方が都合がよかった。
「これから渋谷へ行きましょう。
昼食に、江戸前の蕎麦はいかがでしょう。たしか同じビルにフェルメールが来ているはずです。
その後青山や麻布を抜けてミッドタウンへ向かいます。
六本木ヒルズの隣のリッツカールトンホテル45階ののアフタヌーンティーをごちそうさせてください。
あ、もしご都合がよければですが」
masaさんはさらりと言った。
愛媛から出てきた二人はお互いを見る。
スナフキンは、ジーンズと真っ赤なラガーシャツ、媛子はしまむらで買った黒いボトムに、宇和島で洋品店をやっている友人に送ってもらった小豆色のトップス。
こんな田舎者があのホリエモンも住んでいたという、ろ、ろ、六本木ヒルズやりっつかーるとんほてるなんかへ行って、45階から放り出されたらどないしょ。それとも冷ややかな目で無視されるか恥をかかされるとか……。
ゆううつになった。
「大丈夫です。私なんか仕事帰りに冷やかしに入ってもOKでしたよ(^^)vタオルを首に巻いてたけど」
それにしても東京は人が多い。渋谷のナントカいう数字のショップの前は特に若い女の子であふれている。
田舎の一年分を一時間くらいで通行していく感じだ。
いろいろまわってかなり疲れたころ、三人はリッツカールトンホテル45階のティーラウンジに到着した。
フロアに一歩踏み入れると、なんともエキゾチックな香りが充満している。
テーブルにはお嬢さまたちがどこがどうとは言えないが高価なドレスを着て、ティータイムのおしゃべりを楽しんでいる。
ソファ席にはお腹の大きい女性とその若い夫らしき二人がカップを手に沈み込んで本を読んでいた。
左手にはグランドピアノが置かれていて、脇には小さな滝が流れ続けていた。
目前にはスカイツリーをはじめとする、大東京のぎっしり詰まったビル街と街並みが見渡せて圧倒された。
さらに圧倒されたのは、メニューの価格だ。コーヒー 1,500円 紅茶 1,500円。おおっ!
masaが落ち着いて提案した。
「はじめから茶葉を選んで注文してもいいんですが、サンプルを頼むと全部の茶葉の香りを楽しめるのでそうしちゃいましょう」
ウェイトレスが木箱に分類された茶葉を持ってきた。ひとつひとつ小さな壺に入っている。
その中の『リッツカールトンホテルブレンド』の香りを確かめて媛子は納得した。フロアに充満しているエキゾチックな香りの正体はそれだったのだ。
ウェイトレスは注文を受け、ティーポットとカップを運んできた。どちらもウェッジウっドである。しかもその高級品を小さなコンロの火に直に置いたまま頃合いになるまで他の客の接待に行ってしまった。
戻って注いでくれた最初の一杯は、物足りないほど色は薄い。が、渋みが全くなく、香りは申し分ない。媛子は砂糖もクリームも入れないで味わった。
空になると、すぐ来て二杯目が注がれたが、色も味もちょうど良く、クリームがよく合う。
そして三杯目。少し渋めで味が濃いので、媛子は砂糖もクリームも多めに入れて味わった。
4杯めは新たなポットに取り換えてくれた。
よく客に目を配っていて、カップが空になればすかさず次の一杯を注ぎに来てくれる。
笑顔は惜しみない。
「おいしいです。疲れがとれました」
媛子の感想に、ウェイトレスが真に嬉しそうな笑顔で応えてくれた。 隅の小さなバーカウンターは「喫煙コーナーでございます」とウェイトレスが説明する。男性が、そこのガラス扉の中の葉巻を選んでいた。
「ちょっと行ってくる」
コーヒーを飲み終えたスナフキンが、タバコとライターを手にそちらへ行った。
「masaさん、今日は何から何までほんとうにありがとうございました。
さすがですね。居心地の悪さなど少しも感じさせない。これが一流の接客なんですね」
「私もね、一度仕事帰りで立ち寄ったんです。タオルなんか首に巻いて。でもその時もくつろがせてもらいました」
『今日、真理もここに座っていたらもっとよかったのに』
媛子は、今日ずっと願っていたこと、のどまで出かかっていた言葉は呑み込んだ。
……前夜、フォーク酒場で強引にマイクを渡されて、真理は二曲だけ歌ったのだ。
どちらも若い頃の恋人を想って生きているという歌だった。
『ずっと好きな人がいるの。若い頃姿を消したけど、ひょっとしたら捨てられたけど、やっぱり好きなのよ』
からかう媛子に真理はちょっとだけ打ち明けてくれたのだ。
長年の友達だからよくわかる。あれはmasaさんのことに違いないと。
今朝、真理がmasaさんに再会した時のあの目。ひっぱたいて家の中へ走り込んでしまったあの慌てよう。
媛子は、ホキ美術館を出てからずっとメールを打ち続けている。
『真理、昔あったことは知らないけど、masaさんは変わったんじゃない?
とてもいい人だよ』
『話し合ってみたら』
真理からの返信は一本も来ていない。
媛子はとどめの誘いをかけた。
つづく |
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お約束 赤字はフィクションです^^
シロートの記事にお付き合いくださってありがとうございます。
何か恥ずかしいんですけど、masaさんと真理をこのまま終わ らせるわけにいきませんので続けます(笑)
コメントは、完結篇にまとめてで結構ですm(・・)m
千葉奥地に忽然と現れた「麗人の館」
到着するとすぐスナフキンは、受付で媛子のために車椅子を借り乗せた。そして、
愛媛の図書館で一目ぼれした女性を捜しに,、家の奥へ入っていった。
彼の背中を見送りながら媛子は自分が煙のように細く消えてしまうかのような頼りなさを覚えた。
『私たち夫婦はいつからこうなってしまったのだろう』
考えるまでもない。彼女の足が悪くなってからだ。
スナフキンは、文字通り歩調の合わなくなった妻に合わせるのがまどろっこしく、露骨に置き去りにするようになった。
媛子は媛子で足手まといと思われるのが嫌で、
「ここから先は別行動しましょ。二時間後にここに集合ね」
明るく言って車椅子を漕いで行ってしまう。それが二人で外出した時の習慣になってしまったのだ。
だけど、ここは地の果て。上野といい千葉といい、見知らぬ土地ではないか。
と、
後ろから優しく車椅子を押す人があり、その館についての説明を始めた。
ハードボイルド・ジェントルマンのmasaさんである。
そこは不思議な空間だった。
コンクリートの外観からは想像もできない、赤いカーペットが敷き詰められた細長い部屋。
美しい女性たちがドレスや薄物をまとい、静かに存在している。
ある女性たちは、衣服さえ脱ぎ捨てて裸体をさらしているが、ふくよかな胸、申し分なくくびれた胴、桃のようなお尻があまりに美しいため、つつましくさえ見える・
「日本の女性はこんなに美しかったんですね」
車椅子を押してくれるmasaさんに、媛子は感想を言った。
「私はここは二度目です。何度でも来たいところですね」
「そうですか。だからあんなに運転がスムースで」
他の人の邪魔にならないように、ひそひそと会話を交わした。
最初はmasaさんに車椅子を押してもらうことに恐縮した媛子だったが、女性たちのあまりの美しさに魂を奪われたように運ばれていった。
不思議だったのは、行き違う人々が車椅子の媛子とmasaを見ると好ましそうな笑顔を浮かべるが、次の瞬間、驚きと恐怖の表情に変わり、あらぬ方向を見ながらよけて通っていくことだった。
「あ」
ある女性の前に案内され、媛子は息を止めた。
スナフキンが片想いして千葉まで会いに来たその人だ。
写真と同じくその人はこちらを見ていない。左に何か注意をそらすものでも置いてあるようだ。
しかし……やはり、美しい。
彼女が座るその前のカーペットに涙色の水たまりができている。
「スナフキンは振られたのね」
媛子は彼女に尋ねた。
「ええ、私の絵を描きたい、絶対美しく描くからと迫ってこられたけど、お断りしました。
この絵のモデルを頼まれた時だって、午後6時までなら、ということでお引き受けしたの。だから5時55分になると自然に時計に目が行ってそわそわしたのよ」
「だからタイトルが『5:55』なんでしたね」
絵に詳しいmasaさんが私の頭越しに声をかけた。
「よく御存じね。
それにね、」
と彼女はいたずらっぽい笑顔になった。
「私、美しく描いてくださる方かどうか、一目見ればわかるの。女子校の皆さんからも噂を聞いているし」
美術館をひと廻りしてロビーに帰ると、スナフキンはみやげの絵ハガキを選んでいた。
masaと媛子を見て笑顔になったところを見ると、どうやら失恋の痛手から立ち直ったらしい。
「媛子、masaさんに車椅子押してもらっているとき、みんな、ヘンな目で見なかった?」
「そうなんよ。どしてかしら?」
「あそこの鏡、見てみてん」
鏡の中には、真理にひっぱたかれた赤い手形も鮮やかなmasaさんが神妙な顔で車椅子を押している姿が写っていた。
「これじゃ、私がひっぱたいて、強引に車椅子を引かせてるみたいじゃないの」
媛子の頬も、負けず劣らず赤くなった。
************** つづく
ホキ美術館です。
ほんとに美しい絵ばかりでした。お勧めです。
パンフレットから追加画像
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