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母が幼い頃のおはなし。 妹の手をひいて歩いていると、辺りが暗くなり、どろどろ・・・と音がして、だんだん大きく速くなっていった。気味が悪くて立ちすくんでいると、向こうの方から何かが走って来る。 身体はくにゃくにゃと、両手は胸元でだらんとたらしゆらゆらさせながら、そして、そして・・・ 眼はつりあがり充血し、口は真っ赤に耳まで裂けて、 そうです。それは化け猫。それが母の方むけて走ってきました。 これは本当にあったことなのです。 昔、まだうちの市が町だった頃、田舎にしては立派な芝居小屋がありました。 錦座と呼ばれ、体育館ほどの広さはあったと思います。 旅芸人や流行歌手などがよく訪れて、のぼりが立ち、おばあちゃんたちは巾着ぶら下げいそいそ出かけて行きました。 あるとき、化け猫を演じさせたら右に出るものはないという女優一座がやってきて、その時はおばあちゃんだけでなく、幼い子供に至るまで観に行ったのです。ぎゅう詰めの観客席。休憩中はトイレも行列で、幼かった叔母の手を引きトイレへ連れて行った母は行列の後ろに並ぶことになりました。いざ家族の待つ座席(持ち込みの座布団)へ戻ろうとしても足の踏み場もなく観客がすし詰め。花道へ押しやられてまごまごしているうちに、休憩時間は終わり、あたりは暗くなって・・・どろどろどろ・・・(@_@ ![]() 当代随一の化け猫女優の演技は真に迫り、と書けるのは今だからで、その時の母と幼い叔母には本物の化け猫そのものだったそうです。 「あなにおとろしことなかった」(あんなに恐ろしいことはなかった) と、言っております。 その女優さんにしてみれば、さあこれから本番という時、花道にまごまご立ちすくむ女の子二人。 「これだから田舎はまったく」と舌打ちしたかもです。 セミやバッタ、こおろぎに蛙をいたぶり、むしゃむしゃ食べてしまうかわいいプーシャ姫とおつきあいしていると、ついつい思い出しました。化け猫。 遠い昔の母のお話。 その芝居小屋、錦座も、映画にテレビが充実し、市民会館という舞台のライバルが建設された頃からすっかりさびれてしまいまして。 私自身が小学生のころ、女友達数人で探検に入りましたら、舞台客席はがらんと荒れ果て葉っぱや泥が積もって暗く、隅の小部屋に、服や着物や食器が散らばっていました。息をひそめて次の部屋へはいると・・・小銭少しと女の子の人形が一体、放り出されていました。 「ここの人、夜逃げしたらしいよ」という一人の言葉に、人形を置いていかなければいかなかった女の子がかわいそうだな、と思ったことでした。 帰ってそのことを報告すると、
「もう二度と行ってはいけない」とひどく叱られて、それからは行っていません。 やはりちょっと怖いものがあったのですね。内部の雰囲気。 |

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