ひがんばな

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ひがんばな7 おむすび

 祖父母は、日進、日露、第一次・二次世界大戦を経験した。
 戦争前後の食糧難の時代には、自分の食べ物を減らして、人に分けていたと聞く。
 当時、母の実家は、農業と並行して一家で小さな紙漉き工場(こうば)を営み、和紙を生産していた。
 戦時中、紙漉き工場は優遇されることが多かった。上質の和紙はパラシュートとして用いられ、必要とされたからである。和紙で、風船爆弾さえ作られた。
 他の伯父たちは次々兵隊にとられ、戦死したり、シベリア虜囚となる中、最年長の伯父だけは、工場経営者ということで徴兵されず、配給の米も優遇されたのだった。
 祖父母は、その米を全部使い、じゃこや野菜の炊き込みご飯を炊いておむすびにし、工場を手伝いに来た人に配った。
「あそこで働くと、気前よくご飯を食べさせてもらえるそうだ」という噂が広まり人が押しかけた。
 祖父母は、引揚者を見ると招き入れて十分食事をしてもらい、
「私たちのために苦労してくださった」と礼を言いながらお金を渡したという。
 ちょうどこのころ、祖父母自身も自分たちの息子を幾人か戦争で失い、一人はシベリア虜囚中で生死も知れずという時だった。息子たちへの情愛が、やはり戦争で苦労している方たちに向けられたのだろう。
 農家だから、食糧難の時代といっても、最低限、主食の米麦・野菜はある。目と鼻の先には瀬戸内海やため池があり、器用な祖父は舟を作って釣りや漁で魚を獲ることができる。
 だから、無一文の駆け落ち生活からスタートして、13人の子を育てあげ、引揚者の方たちに振る舞うこともできたのかもしれない。
 その人柄を見込まれて、祖母が土地を買うために知り合いに借金を申し込むと、断られたことがなかった。
 そして、畑は増えていった。

 昔の人は、よく餅を食べた。
 正月の朝の雑煮など、男たちは各々7〜8個はリクエストするから、毎朝大鍋いっぱいにいりこのだしを沸かし、おおよそ百個の餅を、もろぶたごと傾けて、ザザーと入れる。男たちに雑煮をつぎ分け、女が自分の椀によそうころには、餅は形なく、どろどろがたまっているだけだったそうだ。
 ある日のこと、女学生の母は、使いを頼まれて汽車に乗り、遠方へ行った。 帰り道、ひどくお腹がすいたので、汽車を待つ間にすうどんを食べた。
 帰って叱られたこと。
 嫁入り前の娘が一人で食堂へ入ったということに加え、女が外食して無駄金を使ったことが大問題だったのだ。

 母が一番力をこめて話すのは、‘鶏鍋事件’。
 男兄弟たちが鶏をしめ、女たちに鶏鍋を作らせた。
 めったにないごちそうの匂いが家に充満する。いろりを囲んで酒を飲み、機嫌良く鍋をつつく男たち。酒を温め、給仕しながら、女たちは待った。
 兄弟たちの食事が終われば、残りものでもおいしい食事にありつける。わくわくしながら・・・。
 ところが……
「ほい、食え」
と渡された鍋の中には、具は食べつくされてなく、汁だけしか残されていなかった。
 話がこの辺に来ると、母の小鼻がふくらみ始める。
「あの時、お母ちゃんは決めたんよ。
『絶対、農家には嫁に行かん。誰でもええから、とにかくサラリーマンと結婚して、食事のときは、男だけに特別なことはせん。男にも女にも子どもにも、ぽっちりずつになっても同じもんを分けて、お皿に乗せる』」
 彼女はこの決心の通り、初めてのお見合い相手の父と結婚し、毎日の食事でも初物でも公平に分配し、私たちを育ててくれたのだった。

 女にも、ささやかな逆襲のチャンスはある。
 13人も子供がいれば、食べさせるだけで精一杯。学用品も、一人一個ずつは買えない。絵の具セットなど、兄弟姉妹間で、とても数が足りなかった。
 ひとつしかない教材を使う授業が、兄弟姉妹同士で同じ日にある場合、どうしたか?
 そのときばかりは、男より早く起きなければならなかった女の勝ちだった。
 母はいつも以上に早起きし、仕事を済ませ、絵の具セットでもそろばんでも持って、さっさと家を出た。
 忘れ物をしたということで学校で叱られるのは、いつも兄であるおじたちの方だったそうだ。

ひがんばな5 蟹

 祖母きんの出産風景は、今では考えられないようなものだった。
 はじめのうちこそ産婆を呼んで出産にのぞんだが、そのうちコツを覚えた。
 陣痛が訪れると、合間に彼女は薪で湯を沸かし、赤飯を仕掛ける。
 たんすの前の畳をはねあげてぼろ布を敷き、環にぶらさがって、ひとりで赤ん坊を産み落とす。その後、産婆を呼んだ。
 産後一週間だけは、体を休めながら産着を縫いあげたが、その後はまた、農作業と家事・育児に追われた。
 自分の長女が出産したときには、自分も十三番目の娘を宿した大きなお腹を抱え、出産祝いを届けに行った。
 毎年立ち寄る富山の薬売りは、彼女を蟹のようだと笑ったという。
「蟹は、お腹の卵が背中にまわると産卵する」そうである。
 祖母も、お腹が大きくなり、産み落とすと、赤ん坊を背中に背負う。その子が背中から下りて歩き始め、手をひかれる頃、祖母のお腹には、また、赤ん坊がいる。
 23年間、お腹、背中、手、の空いた年はなく、しかも、薬売りが来るたびに、順送りに子供はかわっていた。
 23年間、彼女がおむつを洗わない年はなかった。
 しかし、生まれた子は、次々成長する。
 但馬守に腹心の部下がいたように、子供たちは二人の助けとなり、資産は増えていった。

 祖父は、器用に物を作る人だった。
 農作業と紙の手漉き仕事の合間に、自分で舟を作って海で魚を釣り、溜め池でうなぎや鮒を捕って、家族の蛋白質を補った。親族に病人が出れば、毎日精のつくものをつくものを届けた。
 祖父の物作りは、はじめは生活のため、必要に迫られてのことだっただろうが、ひとつの楽しみでもあったのではないだろうか。
 母が女学生だった頃のこと。
 帰宅した母を、祖父が呼んだ。
行くと、そこには、祖父が作り上げたばかりに舟があった。
 祖父は、制服姿の母に赤ペンキを渡し、こう命じたという。
「何でもええ。英語で舟に名前を書け」
 無学・無一文からスタートした祖父が、11番目に生まれた娘を女学校に進学させ、みずからが作った舟に、英語で名前を書かせる……ゴッドファーザー又助じいちゃんの、満足げな表情が目に浮かぶ。
 テレビが普及し始めたころ、祖父は、プロレス番組に熱中した。
 働きづめの苦しい毎日ばかりでもなかったのだ。
 ほっとする。

 祖父のことを思い出しているうちにハイウェイに乗った。
 三十分ほど走り、サービスエリアで休憩をとる。
 山の中に開かれた、広々としたエリアだ。
 南の山の向こうには、西日本最高峰の石鎚山が広がり、北に向きを変えると平野の向こうに、瀬戸内海が、秋の色に光っている。
 外のテーブルで自販機のカフェオレを飲んでいて、ふと、気がついた。
 そういえば、祖父の先祖、川上但馬守は、このあたりの出身だった。

 川上但馬守は、戦国武将である。豊臣秀吉と同じ頃、愛媛県東部の城主の二男として生まれた。
 但馬守は、当時、伊予の国に勢力のあった河野氏のもとでよく戦に勝ち進み、1579年、城を与えられる。
 そこは、四国四県の県境が集まるところで、昔も今も、『四国のへそ』と呼ばれる要地である。
 但馬守は、田舎の名も無い城主の息子。強度の吃音というハンディもあった。妻は彼に愛情薄く、城の剣道指南役に付け文(ラブレター)したりしている。
……その但馬の守が望み得る最高の出世が、その城ではなかっただろうか。
 城主となってわずか二年後、城は、但馬の守のライバル、大西備中守により攻め落とされる。
 城には火がかけられ、但馬の守は殺された。
 娘の年姫は、馬に目隠しして城山の山道を駆け下りるりる途中、崖から海に飛び込んで自害したと伝えられている。
 城は、ごく最近、元の場所に復元された。……といっても、復元されたのは観光用の華やかな城。但馬守が実際に住んでいたのは、戦国時代の、砦を主体とする、実用的なものだったが。
 旧K市は、今は他の市町村と合併され、S市となっている。
 時折、城山に登り、足元のK市を見渡すとき、私の身内には、但馬の守が城主となったとき感じたであろう、誇らしさ、幸福感といったものが熱くこみあげてくる。

 祖父は、城主の子孫とはいえ、貧しい家庭に生まれ育ち、樽屋に丁稚に出された。そこで、きんという娘に出会う。私の祖母である。
 まず、きんが彼に心を寄せ、お互い惹かれるが、双方の親は、結婚を認めなかった。
 当時、恋愛結婚などというものはふしだらの極みと蔑まれていたこともあったが、それよりさらに大きな反対の理由は、祖父の先祖、川上但馬守と、きんの先祖、大西備中守が、戦国時代に敵同士だったからというものだった。
 猛反対され、愛媛のロミオとジュリエットは駆け落ちする。
 そして、13人の子をもうけながらじわじわ土地を増やし、大百姓になっていった。

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