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『仏の嘘を方便と云ひ、武士の嘘を武略と云ふ』 明智光秀 多くの文献において、嘘を言うという事は武士にとって恥とされる場合が多い。 「上下万民に対し一言半句にても虚言を申すべからず」(北条早雲) 「武者を心がける者は第一嘘はつかぬものなり」 (朝倉宗滴) しかし『老人雑話』という本には「明智日向守が云ふ、仏の嘘を方便と云ひ、武士の嘘を武略と云ふ、百姓はかはゆきことなり」と書いてある。 頭の良いとされる明智光秀、百姓のみならず、嘘によってあらゆることを有利に進める事が出来ると考えていたと思われる。 明智光秀(1528年〜1582年) 安土桃山時代の武将。朝倉義景に仕えた後、織田信長に仕える。若狭平定の軍功により近江坂本城主。その後も松永久秀や武田勝頼討伐など緒戦に従軍。本能寺で信長を倒すも山崎の戦いで秀吉に敗れ殺害される。 |
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