古今亭日用工夫集

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田原総一朗の政財界「ここだけの話」http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/column/tahara/071129_37th/index.html
等身大で考える日中友好の未来図


11月26、27日に「日中ジャーナリスト交流会議」がNHKの千代田会館で開かれた。日本のジャーナリスト7名と中国のジャーナリスト8名がパネリストとして参加して、二日間で延べ10時間(1日目が7時間、2日目が3時間)の白熱した討論を交わした。

(中略)

今回の会議では、オープンでは絶対にできないようなことも具体的に論議するように努めた。中国側のパネリストも言っていたのだが、本当に仲良くしようとすれば本気の喧嘩をしなければだめだ。だから今回はとことん論議した。

最近の具体的な話題として、中国側から、サッカー・アジアカップの時の報道について発言があった。
サッカー・アジアカップ決勝戦で興奮した中国人観客が駐北京日本公使の乗った車の窓ガラスを割るなどの騒動が起きた一件だ。これに関して日本では中国人の反日感情が強いと大きく報道された。しかし、中国側のパネリストによると、このとき確かにサッカー場の近くでは一時騒ぎが起きたが、北京市内は冷静で全く反日の動きはなかった。反日デモもなかった。しかし日本のマスコミの報道は、まるで北京で大騒ぎが起きているかのような伝え方だった。これは間違いであり、中国に対する偏見と誤解があるのではないか、という指摘だった。

これに対して日本側からもそのような問題認識が確かにあったとい
う発言があった。読売新聞の編集委員は、「読売新聞でもその騒動については報道し、『サッカー場のところで騒ぎがあり、北京市内では冷静だ』と書いたけれども、北京市内の冷静さを伝える部分は小さい扱いで、読者にはわかりにくかったかもしれない」と認めた。朝日新聞の編集委員で報道ステーションのコメンテーターも務める加藤さんは、「報道ステーションでも、騒ぎがあったサッカー場の様子だけでなく、北京市内は冷静だったというシーンを出したが、そちらは印象が薄かったかもしれない」と述べた。
このように極めて個別具体的な内容から議論に入った。


教育問題にも話は及んだ。中国の愛国教育、日本では“反日教育”と呼ばれているものについて、反日教育の実態とは何なのかという議論になった。
僕は、中国の高校の歴史の教科書を読んだことがある。日中戦争の経緯について書かれてあるところを読んだが、僕からみてもそれほど誇張、オーバーだとは思わなかった。ここで問題なのは、日本人の多くが中国の教科書を読みもしないで、反日だと決め付けている点だ。

同じ問題は中国にもある。例えば、扶桑社がつくった歴史の教科書は、日中戦争を肯定的に描いていて、南京大虐殺などは削除してしまっていると、多くの中国人が思い込んでいる。だが実際にはそうした内容も記載されている。

日本の多くの国民が中国の教科書を読んだことがないように、中国の多くの国民も扶桑社の教科書を読んだことがない。それにも関わらず「“反中”教科書だ」といわばレッテル、烙印をはって、それが広がっている。

今回の会議ではこのように個別具体的な問題を次々に出していくことで、日中間には誤解と偏見がいかに多いか、ということを明らかにしていった。しかも、日本と中国とも、マスコミがその誤解や偏見を減らすための努力をあまりしていないという問題も確認した。
具体的な論議の中で、日本と中国は歴史認識が共通ではないということも議論になった。
共通の歴史認識を持つ、あるいは、歴史というものを超えないと本当の友好関係は生まれない。そして、このようにジャーナリストが、喧嘩すれすれの本音の議論を行っているが、それを政府もやるべきではないか、という意見も出た。

(中略)

今回わかったのが、中国のメディアと日本のメディアの違いについてだ。中国におけるジャーナリズムは、「社会の安定に貢献すること」に主眼が置かれているというのだ。それは、中国共産党の言うがままに報道するということとは違い、社会の安定に貢献することがジャーナリズムの社会的な役割であると捉えて、それを活動の中心に置いているということなのだという。

一方、日本のジャーナリズムは「事実を伝えること」が役割であると捉えている。その報道がたとえ国民の不安を煽ることになっても、政府を危機に陥れることになっても、事実を報道するのだ、という意識がある。これが日本のジャーナリズムと中国のジャーナリズムの違いだ。

ただひと通り日本と中国のメディアの違いについての論じた後、やはり中国も「事実」を大切にするべきだ、事実報道を重視する方向へ向かおうと努力しているという話があった。

もっとも、日本はいかにも言論の自由だと思われているが、実態は決してそうではない。僕自身も何度もいろんな団体などから圧力を受けている。NHK を除くテレビ局、新聞社にはスポンサーがいる。だから一般に民放は大手のスポンサーの批判はやらない。赤福や白い恋人は広告主として、たいしたことがないので叩く。僕のテレビ番組では、報道姿勢が明確だから、それに賛同するスポンサーが集まってくるため、こうした圧力は少ないが、一般の番組ではそれも難しいだろう。

政府やスポンサーの力が及ばないメディアとしては、本来はNHKがその役割を果たすべき存在である。しかし、NHKは予算を国会に握られている。これが一番の問題だ。国会に握られてきたというのは、自民党に握られていたということだ。

このように少なからず、中国は見える形の圧力、日本は見えない形の圧力があるのだ。


従来のマスコミとインターネットの関係についても議論された。

(中略)

一方、中国と日本の報道姿勢に話を進めていく中で、受け手である国民の意識の違いについても話題になった。中国は国民が、内政には非常に敏感だが外交にはいまひとつ敏感ではない、ということがあるようだ。アフガンやイラクがどうしたということには、中国の国民があまり関心を持っていない。
今の中国は日本の60〜70年代と状況が同じではないかと思う。

日本の国民は湾岸戦争以後、90年代から外交問題に非常に強い関心を持ち始めた。今、インド洋での自衛艦の給油活動が国会でも大きな問題になっている。これをやるべきだという積極的な意見と絶対やるべきではないという意見があり、国を二分するほどの大論争になっている。外交において、日本の中でこれまでこれほど大論争になったことはない。

「60年安保」の時は、日本でも外交についてまともな議論は行われなかった。岸信介・元首相は吉田茂・元首相がつくった日米安保条約を新しい条約に変えた。これはより良いものに変えたのだが、改正に反対する声が多かった。安保反対というデモはあったが、安保賛成のデモはなかった。「こんな安保では生ぬるい。日米協同で防衛し協同で守るためには集団的自衛権まで踏み込むべきだ」などという意見は一切出てこなかった。つまり、まともに日米安保改定が論じられなかったのだ。
ちょうど中国もこの時の日本と同じ状況なのかな、という気持ちを僕は個人的に持った。

すでに中国のジャーナリズムも内政については批判している。税金が高いとか、腐敗が多いなどという政府を批判する報道はある。中国のメディアは、日本の多くの人が考えているような中国共産党の宣伝機関ではない。ただ、外交について国民の多くが関心を持たない。そこが今の日本とは違う点だ。
今回のシンポジウムでは、とことん議論をし、途中では喧嘩寸前というところまでいった。一時は中国側から「なぜこんな喧嘩のようなことを続けなければならないのか。お互いのメディアを攻撃しなければならないのか」と疑問がでるほどの激しい論争だった。
しかし、10時間の議論を終えて、こんなに内容の濃い論争は初めての経験で、ここまでできるとは正直思わなかったという感想を持った。実りの多いシンポジウムだった。(後略)


和を尊ぶ日本人の感覚からすると、「日本も中国もどっちもどっちで、両方に問題がある。お互いに自分の過ちを認め、歩み寄っていこう」という論法は非常に受け入れやすいものである。しかし、ここに落とし穴がある。双方を対称的に配置することで、問題の本質が隠蔽されてしまうのである。

その典型が「このように少なからず、中国は見える形の圧力、日本は見えない形の圧力があるのだ」「中国のメディアと日本のメディアの違い」といった主張である。このように言われると、聴き手は「日本も中国も、言論の自由に関しては同レベル・対等であり、ただ国ごとの事情により、ちょっと形が違うだけである」と思ってしまう。


だが共産党一党独裁の中国と、国民に国政選挙権のある日本とで、言論の自由の度合いが同程度などということがあり得るだろうか? むしろ雲泥の差と見るのが実態に近いだろう。
たとえば日本では、天下の朝日新聞が「アベする」などという「流行語」を捏造してまで、安倍晋三内閣総理大臣を揶揄した。それでは中国の新聞が「最近、嘘くさい作り笑いをすることを『胡錦濤する』と表現することが流行っている」などと書くことができるだろうか? できるはずがない。
もちろん「中国でも政府批判はできる」・「日本でも言論弾圧がある」というのは事実だろう。しかし言論の自由(ないしは言論弾圧)のレベルについては、天と地ほども差があり、その事実を伏せたまま「日中は理解しあえる」などと言うのは詭弁にすぎない。


また「今の中国は日本の60〜70年代と状況が同じではないかと思う」というのも、まやかしである。もし田原氏が言うように、今の中国が1960〜70年代の日本と同じなら、もう少し待てば確かに中国は安定化するだろう。けれども本ブログで前にも書いたように、今の中国は日本の1930年代と状況が同じなのである。もう少し経てば中国は、1940年代の日本になる。民主化どころの騒ぎではない。

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閉じる コメント(6)

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中国の行動は「歴史パロディ(ただし笑えない)」ってやつ・・・

2007/12/6(木) 午後 2:42 [ tero19632001 ]

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作家の井沢元彦さんは「北京五輪はベルリン五輪の二の舞になる」と警鐘を鳴らしてますね・・・

2007/12/7(金) 午前 11:27 yjisan

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それに「ミュンヘン五輪もプラス」では?

2007/12/7(金) 午後 2:46 [ tero19632001 ]

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テロかも勘弁してほしいですね、、、

2007/12/9(日) 午後 11:50 yjisan

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北京五輪は、単純にスポーツを楽しみたいのに、なんだか心配なことだらけです。

うーん、どうつきあったらいいのか、またわからなくなりました。

2008/3/14(金) 午後 2:18 わらべ

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大気汚染に、毒入り食物、反日感情、分離独立派のテロの可能性も・・・・・・

2008/3/15(土) 午前 0:04 yjisan

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