古今亭日用工夫集

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1991年10月、ムスリム主体のボスニア・ヘルツェゴビナ政府は主権国家宣言を行い、1992年2月29日から3月1日にかけて独立の賛否を問う住民投票を行なった。住民投票は、セルビア人の多くが投票をボイコットしたため、90%以上が独立賛成という結果に終わる。これに基づいて、3月、ボスニア・ヘルツェゴビナはユーゴスラビア連邦からの独立を宣言した。これに反発したセルビア人住民は4月には「ボスニア・ヘルツェゴビナ・セルビア人共和国(スルプスカ共和国)」を樹立、ボスニア・ヘルツェゴビナからの分離を宣言した。このセルビア人勢力が隣のセルビア共和国の支援を受けて軍事行動を開始したため、ボスニア・ヘルツェゴビナは窮地に追い込まれた。

ボスニア・ヘルツェゴビナにとって唯一の活路は、西側先進諸国を主体とした国際社会をこの紛争に巻き込み、更には味方につけることしかない。だが資源も乏しく地政学的にも特に重要でないバルカンの小国の紛争に、欧米諸国が介入する可能性は低い。そもそも、できたばかりのボスニア・ヘルツェゴビナ政府は外交のイロハも知らない素人集団にすぎず、国際社会における人脈も皆無であった。
そこでボスニア・ヘルツェゴビナ政府外相ハリス・シライジッチは、5月にアメリカの大手広告代理店ルーダー・フィン社を雇い、セルビアの非道性・ボスニアの正当性を世界に伝える「広報活動」を一任する。

国際紛争におけるPR戦略の専門家として作戦の総指揮を執ったワシントン支社のジム・ハーフは、ルーダー・フィン社の人脈と情報網を活かして、膨大な情報を収集し、また発信した。そして傲岸不遜で好色なシライジッチをTV映えのする「ボスニア内戦という悲劇に直面し奔走するヒーロー」へと改造して人々の同情と共感を集め、更にはセルビアの蛮行を「民族浄化」と名付けて人権問題へと押し上げる。このようにルーダー・フィン社は巧みなメディア戦略と周到なロビイングを通じて、アメリカ世論、ひいては国際世論をセルビア非難へと誘導し、やがてボスニア紛争の帰趨を決定づけていく・・・・・・


刻一刻と変わる国際情勢の中で、ジム・ハーフはどのようにPR作戦を展開したか。そしてセルビア側はどう逆襲に出たのか。銃弾飛び交う戦場から遠く離れた国際政治の舞台で行われた「もう1つの戦争」、すなわち「言葉」を武器とした苛烈な情報戦の実相を生々しく描く迫真のドキュメンタリー。張り巡らされる複雑な策謀を、時系列に沿って、平易な文体で、分かりやすく叙述している。

ジム・ハーフらルーダー・フィン社のスタッフは、捏造や隠蔽といった露骨な謀略は使わない。彼等の情報操作の手口はもっと洗練されている。事実の一部を切り取り、微妙に誇張し歪曲し、受け取り手が喜ぶような単純明快でインパクトのある形に加工して与える。大手メディア社や政治家たちは、ジム・ハーフの提供する勧善懲悪のストーリーにいつの間にか絡め取られ、知らず知らずのうちにボスニアに肩入れしていく。世論誘導に邪魔な存在はネガティブ・キャンペーンによって政治的に抹殺する。ジムらの仕事はキャッチコピーやテーマ設定による「方向付け」であり、勘所を押さえた脚色と演出によって世論を制御していけば、わざわざ捏造や隠蔽を行わなくても、後は人々が勝手に、ジムたちにとって都合の良い「真実」を創出し増幅してくれ、結果的には捏造や隠蔽と同様、いや、それ以上の効果が得られる。嘘をついたり隠したりするよりも、特定の事実をピックアップしクローズアップし「情報」として大量に流してメディアや政治機関に「自発的に」協力者になってもらう方が、望ましい世論を作る上で有用なのである。


本書はジム・ハーフらのプロパガンダの悪辣さを糾弾し、陰謀を企てて戦争を呼び込む「情報の死の商人」としてPR企業を断罪するものではない。それでは「セルビア=加害者、ボスニア=被害者」という従来の図式を反転させただけでしかない。実際ジムが、純粋なビジネスとしては必ずしも割が良いとは言い難い貧乏小国からの依頼を引き受けたのは、「ボスニアを救いたい」という彼なりの正義感も作用している。そして顧客の利益を最優先するのは、民間企業としては当然のことだ。事が戦争である以上、勝つためにはあらゆる手段が用いられるべきであり、宣伝戦の重要性を理解しようとしなかったミロシェビッチがその責めを負うのは、不公平ではあっても不合理ではない。


我々が生きる世界は善玉と悪玉の二項対立で理解できるほど、簡単なものではない。倫理的な善悪はさておき、PR活動を怠れば、セルビアのように国際社会の孤児となり、不当なまでに懲罰されてしまうのが国際社会の冷厳な現実であり、生き残るためには好むと好まざるにかかわらず情報戦略に真剣に取り組むしかない。それが本書の極めて現実的な主張なのである。南京大虐殺や従軍慰安婦問題など宣伝戦で常に後手に回り続けている日本にとって、セルビアの悲劇は決して他人事ではない。



最後に、本書からの引用。

日本政府も、アメリカのPR企業を雇うことはある。だが、PR企業の社員を首脳会談に同席させるなど絶対にありえない。日本の場合は、国際政治の舞台でPR戦略を担当しているのは役人だ。それはどこの先進国もそうである。だが、問題なのは、そのPRの能力において、ハーフが日本外務省の官僚よりはるかに優れていることだ。その結果、皮肉なことに、自前のスタッフを持たないボスニア・ヘルツェゴビナという小国に世界の注目が集まり、国際政治において日本などより格段に大きい存在をもつに至る、という現象が起きた。

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こういうのは「ボスニアのような非力な小国が必至のパッチで思考」する産物であって、その点日本は・・

2011/4/2(土) 午後 9:51 [ tero19632001 ]

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日本も敵性国家に囲まれていて、しかも軍事力行使に制約もあるのですから、それこそイスラエルを見習って広報活動を強化しないといけないのですが・・・ラスプーチン理論に基づけば、経済大国たる日本はインテリジェンス大国になり得る潜在能力を持っているはずなんですがね。

2011/4/2(土) 午後 10:01 yjisan

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