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山崎元のマルチスコープ

山崎 元(経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員)
【第112回】 2010年01月06日

“最後の春闘”の争点には寂しい定期昇給の維持


「春闘」は今年が最後か?

 今年の春闘を「最後の春闘」と呼んでみたい。
 現実的な予想としては、来年の春も労働組合と経営者の交渉は行われるのだろうし、メディアは無難な繰り返しを好むから「春闘」という手垢で黒ずんだ言葉でそれを報じるだろう。しかし、過去少なくとも十数年間にわたって春闘はその存在感を低下させてきた。
 組合は趨勢的に組織率を低下させてきたし、最大の闘争手段であるストライキもあまり行われなくなった。
 一つにはストライキが国民一般から反感を買うことが明らかになり、もう一つにはストライキがもたらす企業へのダメージが資本家・経営者だけでなく労働者にも及ぶことを労働者自身が感じるようになった。ストライキは時代遅れだし「割に合わない」。
 加えて、近年の不景気とグローバルな競争が労働市場にも影響を与え、さらには正社員に代替可能な非正規労働者が現れて、組合員労働者が賃上げや福祉の改善といった分かりやすい要求を掲げることが闘争目標としてのリアリティを失った。
(中略)
「定昇の実施」を争う空しさ

 1月3日のNHKニュースによると、今年の春闘で、連合は厳しい雇用情勢を考慮して積極的な賃金引き上げを見送る方針を決めたという。これを受けて主な産業別組合ではベースアップ要求を見送る動きが相次ぎ、定期昇給の確保が焦点の1つなのだという。産業別組合として名前が挙がっているのは、自動車総連、電機連合、UIゼンセン同盟(繊維や流通など)等だ。
 他方、日本経団連は昨年12月にまとめた経営側指針の最終原案で、賃金については「賃金カーブを維持するかどうかについて実態に即した話し合いを行う必要がある」として、定期昇給の凍結を議論の対象とする構えを見せた。
 攻守双方の争点が「定期昇給」で一致しているのだが、これは何とも情けないと言うしかない。
 先ず、直観的にいって、賃金カーブは長期雇用を前提とした場合一つの約束事なのだから、定期昇給の実施の有無が交渉の対象になること自体がおかしい。組合の交渉戦略としても、「定昇凍結」といった現状維持にも聞こえるような曖昧な表現ではなく、ベースがマイナスどれだけになるのかを経営側に言わせるべきだろう。マイナス決着では、組合が組合員に対して顔を潰すのかもしれないが、これでは、問題設定の仕方からして負けている。
 一方、経営者側では、個々の労働者の経済的貢献に関係なく年齢・勤続年数と共にコストが上がっていく定期昇給にはうんざりしているだろう。若い労働者を安く使って来たのだから勝手といえば勝手だが、同じ社員に対して毎年給料を上げるのは現実的に辛い。解雇が難しい上に、定期昇給までついているのだから、正社員を抱えていることは、コスト面では返せない借金を負うようなものだ。非正規労働者を増やしたくなるのも無理はない。
 他方、労働者の側でも、定期昇給は総合的に見てプラスになっていないだろう。
 若い頃・働き盛りの労働に対して本来受け取るべき報酬を将来の昇給で後から取り返す賃金カーブ構造は大規模な「延べ払い」だが、企業を巡る環境変化でこれが「貸し倒れ」になる可能性が大いにある。企業のビジネス的寿命によっては、高齢社員の高給を支えた若手社員が加齢して「収穫期」に入った頃に企業が傾いてしまうかも知れない。大企業にあっても、幾つかの主要な業種で、これは半ば現実だ。もちろん、その場合に、解消が難しい長期雇用は企業にとって致命傷になりかねない重荷だ(GMの例が分かりやすい)。
 また、利益への貢献に対して相対的に高給な高齢労働者の存在は、企業へのコスト上の圧迫を通じて、雇用全体を圧迫する。高齢(高給)社員を一人リストラすると若い社員が何人か雇えるというのはよく聞く話だが、出来ることならそうしたいと思っている企業は多いだろうし、労組の全体としての目的が雇用の維持拡大なら、硬直的な定期昇給をビルトインした賃金カーブの解体はその目的に資するはずだ。
 加えて、個々の社員の人材価値に着目すると、能力が全く同じなら、より若い社員の方が人材価値が高い。それは、企業は若い社員の方がより長く使えるし、経験を通したスキルの習熟が期待できるからだ。年齢と共に上昇する賃金カーブはスキルの向上が継続的に続くのでなければ、人材価値に対して合理的ではない。
 一方、勤続年数が少ない社員で有能な社員は能力・人材価値に対して若い時点で貰う報酬が不足勝ちになるから、定期昇給を組み込んだ賃金カーブでは、将来の期待値がよほど高いのでなければ「いい機会があれば転職したい」と思うだろうし、現実に転職によって流出する有能な社員は少なくないはずで、これは企業にとって大きな損失だ。
しかし、この種の賃金カーブは、会社が長期的に盤石に存続し、社員が転職を考えない、長期的な雇用関係を前提とできる状況でないと合理的ではない。特に日本の製造業がますますグローバルな競争に晒される状況にあっては、定期昇給型の賃金カーブを早く解体して、人材の価値と報酬が見合う制度に切り替える方が労使双方にとって得だ。
 労働側を現在雇われている正社員以外にも拡げて考えるなら、尚のことそうだ。
 現在ある定期昇給を実現することが、現在の正社員組合員にとって目先の得であることはその通りだろうが、「定期昇給」は労働者の側から見ても早く卒業すべき仕組みではないだろうか。


非正規労働者を圧迫するな

 ニュースによると、連合は、今次の春闘において、派遣労働者など組合員以外の労働者に関する待遇の改善も求めていく方針であるらしい。
 この方針の背景に純粋な正義感と非組合員に対する共感があることは疑いたくないが、二点ほど気になる点がある。
 先ず、連合は、製造業の派遣を禁止することを支持する積もりなのだろうか。そうなのだとすると、これは、現在製造業関連の派遣で職を得ている労働者の雇用機会を奪うことにつながるだろう。ビジネス環境がよほど改善するのでない限り、企業が現在の非正規労働者と同数の労働者をコスト負担の重い正社員として雇うことはあり得ない。
 労働組合が製造業の派遣を禁止しようとするなら、それは、自分達の競合者を政治力を使って排除しようとしていることに他ならない。より立場の弱い労働者に対する圧迫だ。加えて、派遣労働者の待遇改善を企業に強制する何らかの措置を確立しようとするなら、これも、一人当たりのコスト増を通じて、派遣労働者の雇用の抑制につながるだろう。商品に喩えると、ライバル商品の販売価格を上げようとするお節介だ。
 あくまでも正社員であるところの組合員の利益を追求するというなら、上記のような方針に筋は通っているが、一見親切な顔をしながら、その実弱い立場の労働者を苦しめていることを自覚すべきだろう。
 個々に見ると「全ての労働者・経営者が」ということではないが、経済的損得をシビアに評価すると、総じていえば、労働者・経営者共に「定期昇給」の仕組みはマイナスに作用しているのではないだろうか。
 それでもこれまでこうした賃金カーブが利用されてきた理由は、一つには、個々の労働者が自分の賃金を評価する時に前年の賃金が参照点になりやすく、これを上回っていれば満足しやすい傾向性があることだろう。行動経済学の教えるところ(プロスペクト理論)によれば、参照点から賃金が下がる場合の不満足のインパクトは非常に大きい。従って、勤続年数と共に上昇する賃金カーブは労働者にとって心理的に受け入れやすく、この傾向は経営者の側では労働者の賃金全体の抑制に利用できた。


労働者全体の利益に立つなら

 仮に、労働組合が非正規労働者も含めた労働者全体の雇用の拡大と生活の改善を目指すというなら、正社員、特に高齢の正社員の既得権を緩和すると共にセーフティーネットを拡大するような大きな仕組みの変更を、企業経営者と政府と両方に対して求めていくべきではないだろうか。
 たとえば、雇用保険の拡充は企業経営者側から見てもコスト増要因になるが、解雇の条件が緩和されて労働者の流動化を進められることとセットなら十分な合理性を持つだろう。正社員の解雇の条件を緩和することは必ずしも労働者の不利にならない。
 一つには、会社側からの解雇があまりに難しいことが、個々の労働者を自己都合退社に追い込もうとする会社側のプレッシャーを誘発して、職場を暗いものにしている面がある。また、解雇の際の経済的な補償条件が明確に定められていれば、解雇される労働者の側でも交渉の手間が省けるし、事実上の「泣き寝入り」のようなケースが減るのではないか。もちろん、解雇の補償条件が明確であれば、会社の側でも事業計画が立てやすい。
 加えて、将来の経営環境の変化によっては一定の費用の下に解雇も可能だという前提であれば、企業が正社員を雇うことの潜在的な負担が減るので、解雇条件の緩和は正社員の雇用を増加させる効果があるはずだ。
 また、労働者の側でも、勤務先の会社や業種を変えたいと思うことは多いはずだが、年金や退職金が長期勤続社以外に対して極端に不利な設計になっていたり、あるいは、無意味な副業の禁止が横行していたりするなど、労働者の自由な人生選択が不当に制約されているケースが少なくないが、こうした経営側の横暴ともいうべき慣行を解消していくことも労働者全体の利益になるはずだ。
 「定期昇給」をはじめとする現在の正社員労働者、それも相対的に高齢の労働者の目先の利益を優先して、その他の労働者にしわ寄せが行くような闘争方針を掲げていると、労働組合はますます労働者全体からの支持を失うだろう。
 組合員の中にも本当に組合は自分のメリットになっているのか、労働組合は組合費の負担に見合う役割を果たしているのかを疑わしく思っている人が少なくないだろう。労働組合を「事業仕分け」したいと思っている組合員もいるのではないか。
 何れにせよ、せっかく影響力を持って臨むことが出来る今年の春闘で、労働組合が何を実現しようとするのかが重要だし、今後の労働の枠組みに関わるグランド・デザインが問われている。

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