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辻広雅文 プリズム+one
【第97回】 2010年3月25日
辻広雅文 [ダイヤモンド社論説委員]
日本社会は中高年の雇用を頑なに守り、若者を見捨て続ける
再び、就職氷河期が到来している。
今春卒業予定の大学生の就職内定率は2月1日時点で80%であり、2000年の81.6%を下回った。5人に1人が職に就けないという厳しさであり、職を得た大学生にしても希望した会社、職種に就けた者は多くないだろう。
深刻な問題は、 この社会人のスタート時点でついた格差が、その後の人生において克服するチャンスが非常に少ないために、そのまま確定しかねないことにある。
日本の労働者を二つに大別すれば、「大企業に勤める男子正社員とそれ以外」という分類になる。「それ以外」というのは、非正社員であり、女性であり、中小企業に働く人々である。
「大企業に勤める男子正社員」と「それ以外」の労働条件格差は決定的である。前者の人々は長期雇用保障と年功賃金の恩恵を最大限に受けられる。ところが、後者の人々の労働条件は前者に比べて大きく劣り、なおかつ、雇用そのものが極めて不安定である。
大企業における“長期雇用保障”とは、その地位が保全されていて容易には解雇されないということである。つまり、新卒でいったん就職してしまえば定年または定年近くまでの数十年間、失職することなく安泰ということである。
これをひっくり返して考えれば、新卒で就職できなければ、その後に大企業に職を得ることは極めて難しいということになる。なぜか。もはや、高度成長期はとうに過ぎた。低成長時代にいずれの企業も雇用を大幅に拡大することなどありえない。だとすれば、新卒で――もちろん中途採用の機会もあるだろうが ――就職した人々の雇用が定年まで保全されていることが、外部者にとっては堅固な障壁になってしまうからだ。つまり、ひとたび非正社員や中小企業勤めで社会人をスタートした人は、再チャレンジの機会がほぼ訪れない。
さらに、経済環境が悪化すれば、大企業は雇用調整に入る。既存社員の雇用を維持しつつ社員数を削減しなければならなくなるから、定年退職者の補充をしないという施策をとる。つまり、定期採用、新規採用の停止である。こうして、就職できないのは本人の責任では全くないにもかかわらず、労働条件格差は就職時点で確定し、その後の人生で克服することは極めて難しい構造になる。
もっと直截に言えば、すでに企業に籍を置く中高年の雇用を維持するために――つまりは解雇できないから――、正社員の新卒採用を停止し、非正社員の雇用を拡大するのである。日本の労働市場においては、中高年の既得権益を維持するために、若年層が明らかに犠牲になっている。
こうした労働慣行、法制度の歪みは、多くの人々にとって、極めて不公平、不平等である。社会にとっては活力を削ぎ、生産性向上を大きく妨げる原因となっている。実際、OECDは正社員と非正社員の大きな格差、差別を日本の欠陥と指摘している。
OECDに指摘されるまでもない。我々は身をもって、10年ほど前からとっくに思い知らされている。バブルが崩壊し、日本経済の長期低迷が明白になった1990年代後半から10年ほどの間、日本の産業界は一斉に雇用調整に入り、正社員の新卒採用を極端に絞った。この間、大学生たちの多くは上記で説明した「それ以外」の働き方を余儀なくされ、やむなく非正社員の道を歩んだ。いまや、全雇用者数の三分の一が非正社員となった。
彼らは当初フリーターやニートなどと呼ばれ、本人たちの就労意欲の欠如などを含む自己責任論が展開され、批判を浴びたものだった。極めて不安定な人生を歩み始めた彼らを追跡レポートした朝日新聞は、「ロストジェネレーション〜失われた世代〜」と名付けた。ロスジェネは一部ワーキングプアという新貧困層に転落し、社会問題と化した。
だが、彼らの就労機会を奪った原因は彼らに帰せられるのではなく、マクロ経済の政策運営に失敗した政府、雇用能力を低下させた企業、そして大企業の男子正社員の雇用ばかりを保護する日本の労働慣行と法制度こそ元凶であるということが、この十数年の間に多くの識者たちの指摘によって明らかになった。戦後初めて極めて低い経済成長に直面したこの十数年で、日本の労働慣行、法制度の特異な歪みが鋭く突出したのだった。
ところが、何ら教訓は生かされず、本質を突く改革は行われなかった。日本政府も労使代表の経団連も連合も、旧態依然の労働市場を変革しようとする意志はいっこうに感じられない。そうして今、再び就職氷河期を迎え、「第二のロスジェネ」が大量に生み出されつつある。
例えば、今春闘における連合の最大の要求項目は、定期昇給(定昇)である。先ほど私は、「大企業の男子正社員は長期雇用保障と年功賃金の恩恵を最大に受け取る」と書いた。年齢を経れば自動的に昇給していく定昇こそ、その年功賃金そのものであろう。
正社員と非正社員の賃金格差は20代ではそれほどでもなく、30代、40代になるにつれて拡大していく。正社員が年功賃金の恩恵を受けるからである。ここで、二重の格差が生まれていることに気がつく。正社員と非正社員の格差に加え、正社員のなかでの中高年と若年層の格差である。こうした格差をもたらす定昇をいまだに最大要求項目とする連合は、中高年正社員の保護主義に凝り固まっているとしかいいようがない。それに応える経営側も、無論である。
不公平、不平等の壁を打ち破らなければ、人々の労働意欲は湧かない。企業における生産性は上がらない。しかし、だからといって、全雇用者を正社員にできるはずもない。慢性的な長時間労働、頻繁な配置転換や転勤といった正社員に課される負荷を、ワークライフバランスの観点から望まない人も少なくないだろう。また、同じ正社員であっても、若年層は年功でなく貢献度による賃金への変更を望む者が増えつつある。
行きつく答えは、正非、男女、年齢を超えた「同一労働同一賃金」の実現である。人件費枠を拡大するわけにいかないのだから、有利な立場にある人々の既得権をはぎ取って、不利な立場にいる人々に再配分するしかない。
劇的変化は望めない。時間はかかる。賃下げなどの不利益変更は、抵抗が強い。まずは、定昇の原資を若年層に振り分け、中高年と若年層の正社員同士の格差を是正しつつ、同時に、非正社員の熟練度と賃金を上げる総合的施策を打ち出す必要がある。その方策は、企業個々のさまざまな努力にかかる。「同一労働」の定義は、企業によって変わる。
極めて少数だが、成功例はある。例えば、広島電鉄は正社員の雇用条件を引き下げ――激変緩和措置は設けられたが――、非正社員の雇用を守り、さらに雇用条件を引き上げた。正社員の既得権を非正社員に再配分したのである。改革の原動力は、正社員と非正社員の格差を残しては職場が分裂し、活性化どころか安全を守れない、という組合側の危機意識であり、経営も理解を示したのだった。
もう一つ打ち破らなければならない不公平、不平等の壁がある。社員の整理解雇規制の壁である。一般に、日本の労働法における整理解雇規制は極めて厳しいという認識が定着している。だが、それは一面的な見方であり、厳しく解雇が規制されているのは大企業の社員に限ってであり、中小零細企業はほぼ野放しで劣悪な条件による解雇が日常的に横行している。
ここでは個々の条文を記さないが、日本の労働法制における整理解雇の定義は極めてあいまいである。極めてあいまいで基準が明確ではないために、個々の事例に労働基準監督署が介入できない。事の正否は裁判所に持ち込まれ、戦後いくつもの判例が積み重ねられ、結果的に極めて整理解雇が難しい4原則が打ち立てられた。
視点を変えれば、裁判所に訴え出ることができる大企業の組合に守られた社員はその判例によって厳格に保護されるが、そんな余力のない中小零細企業の社員は解雇自由のリスクにさらされている。あまりの「解雇リスクの身分差」が、まかり通っているのである。
そうして、大企業の男子社員は企業内にたてこもる。その障壁の外側にいる人々にとっては入り込む余地が乏しい。極めて流動性の低く、なおかつ人の流れが偏った労働市場である。流動性の低さは、労働者にとってはやり直すチャンスが乏しく、仕事に習熟する機会が少なく、つまり人生の希望を抱きにくく、経営者にとってみれば景気変動や新事業戦略にのっとった機動的な雇用ができず、社会全体からみれば適材適所の人材配置が行われず、インセンティブが働きにくく、生産性が上がりにくい、という多くの問題を生じさせている。
(中略)
労使間の雇用ルールを改めて定めた労働契約法が、一昨年の2008年に施行された。その検討過程で、解雇ルール作りの動きが起こった。だが、コンセンサスは得られず、実現しなかった。
政策の意思決定の枢要な場にいるのは、政府内にしろ経団連にしろ連合にしろ法曹界にしろ、そしてそれを報道するメディアにしろ、すべからく大企業の正社員代表あるいは専業主婦を従えた中高年である。彼らは自らの既得権を捨て去ることができない。そうして、日本はとめどなく競争力を低下させていくのである。
(引用終わり)
政局LIVEアナリティクス 上久保誠人
【第47回】 2010年4月13日
著者・コラム紹介バックナンバー
上久保誠人 [立命館大学政策科学部准教授]
学生は衰退する日本よりも、海外で就職できる実力を磨け
(中略)
若年層の就職難は、彼らの努力不足ではない
若年層の就職難は、彼らの努力不足とみなされることが多い。しかし実態は、90年代以降、バブル経済の崩壊とグローバリゼーションによる「失われた10年」と呼ばれる長期的な経済停滞に対して、国内の正社員の「長期雇用保障の慣行」を頑なに守ろうとしたことで起こっている。
「長期雇用保障の慣行」とは、一般的に「年功序列」「終身雇用」として知られるもので、新卒で正社員として就職できれば、定年近くまでの数十年間、失職しないシステムだ。しかし、「失われた10年」の時期、日本企業は国際競争力を維持するために多国籍化し、開発途上国の安いコストで生産する体制を作ったが、一方で国内の労働需要が激減した。
これに対して日本企業は、「慣行」に従って既存社員の雇用維持に努め、新規採用を抑制し、派遣や請負等の非正規雇用社員を増加させた。その結果、若年層の多くが新卒で正社員として採用されず非正社員となっているのだ。
そして、非正社員として社会人をスタートした若年層が、その後に正社員の職を得ることは極めて難しい。与野党の政治家、財界、労組、マスコミのほとんどが中高年の正社員の雇用維持を主張しているからである。
(後略)
言うまでもなく、この問題は一般社会に限った問題ではなく、学界においても言えることである。
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