古今亭日用工夫集

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6月末に、ポンペイ展を見学した。
(昨年、東京でやっていた時には見逃した)
横浜美術館を訪れるのは久しぶりであった。



(公式サイトより引用)
2000年前の人々の鼓動を今に伝える、「ポンペイ展 世界遺産 古代ローマ文明の奇跡」 を開催いたします。
西暦79年8月24日。イタリア南部、カンパニア地方にそびえるヴェスヴィオ山が大噴火しました。ポンペイやエルコラーノなど周辺の街々は、一昼夜にして 火山灰の下に埋没し、当時の姿を残したまま、およそ1700年の眠りにつきます。


18世紀 半ばになると発掘作業が本格化し始め、この一帯に再び光が当たることになりました。ローマ帝国が最盛期を迎えつつあった時代の、人々の生活の 様子をまざまざと伝える ポンペイは、後世の人々にとってまさに、古代ローマ人の息吹を 感じさせる「奇跡の街」となったのです。

本展覧会では、ナポリ国立考古学博物館の全面的な協力のもと、ポンペイからの出土品を中心に、日本初公開を含む壁画、彫刻、工芸品、日用品など約 250点を紹介します。家々を飾った色鮮やかなフレスコ画をはじめとして、イタリア国外へは初出品となる約60点の銀食器群、ポンペイの郊外にある別荘から出土した浴槽および給湯システム、その床面を飾っていたモザイク画の展示は、本展 の見どころのひとつ です。豪華な宝飾品、 凝った意匠の家具や調度などからは、当時の富裕者たちの生活水準の高さがうかがえ、生きることを楽しむ古代ローマ人の姿が浮かび上がります。

また、1993年から、京都の古代学研究所(当時)によるポンペイ発掘調査が行われました。本展では、同調査隊が発掘した噴火犠牲者の型取りや遺品を併せて展示し、日本のポンペイ調査チームの成果を紹介します。


古代ローマ社会の姿をとどめたまま突然終末を迎えたポンペイの人々の暮らしぶりを、私たちはその出土品を通じてうかがい知ることができます。本展の展示品の選択にあたっては、当時の住まいはどのように飾られていたのか、どのような調度品があったのか、普段の食卓にはどのような食器が用いられ、特別な祝宴の席ではどのような準備がなされたのか、というようなことがイメージできるよう心がけました。食事の風景を描いた絵画。客を迎え入れるための大きな部屋や寝室の壁面から切り出された神話画。銀製の杯、彩色ガラスや水晶製品。客間に置かれていた青銅や大理石の彫刻。こうした展示品の中には、高価な材料で作られ、所有者の富を表わす指標となったり、手に入れた豊かな生活を誇示したいという欲望の象徴となっているものもあります。しかし、「贅沢」の追求には、美しいもの、稀少なものを誇示するだけではなく、当時のテクノロジーが提供しうる「快適さ」を求めるという側面もありました。今回、日本で初の展示となる浴槽とタンク、配管を含めた温水装置などがそれです。この装置は、ローマ世界で入浴によるボディケアがいかに重要視されていたかの証しでもあります。

本展ではまた、宝飾品、彫像、剣闘士の武具などを通じ初期帝政時代ローマの日常生活のさまざまな断面が再現されます。そうした生活の様子は、すでに18世紀にポンペイを訪れた最初の観光客が目にしていました。彼らは新たに発掘された遺跡を、単なる好奇心からだけでなく強い興味と関心をもって見つめ、ヴェスヴィオ山の火山灰が守り抜いたものに感銘を受けたのです。遺跡を目にした者の一人は、古代人も食器を使っていたことが明らかになったと書き記したほどでした。実際、古代の遺物を展示する博物館が来館者を惹きつける大きな理由は、先人たちと自分たちとの違いのありかたを探ろうとする好奇心と、結局のところはそれほどの違いはないと知って得られる安心感とにあるのです。自分を取り巻く環境をより暮らしやすく、快適にしたいと考える人間の思いは、どれだけ年月が経とうとも変わることはありません。今回の展覧会が、2000年以上も前の地中海沿岸で発達した文明を身近に感じる糸口となり、それとは全く異なる文化圏の人々が理解を深めることにつながれば幸いです。


(引用終わり)




繁栄を極めた町が一昼夜にして消滅してしまうことは世界史上でも珍しい。
まして消滅した年月日が正確に判明する事例は稀であろう。
更に、屋敷や道路、上下水道を含め、都市が丸ごと、
滅亡当時の姿のままで保存されたとあっては、
これはもう奇跡という他無い。

亡くなられた当時のポンペイの人々は誠にお気の毒だが、
ローマ帝国時代の暮らしを活き活きと今に伝えるポンペイ遺跡は人類の宝でもある。
ゲーテはポンペイの悲劇を「人類の歴史において、後世の人々に最も歓迎された災厄」と評したという。



プロローグでは発掘調査で見つかった噴火犠牲者の石膏型どりが展示されていた。
膝を突いて倒れている姿は生々しい。

第1章「ポンペイ人の肖像」では優れた肖像彫刻が多数展示されていた。執政官の彫刻なんかは、いかにも古代ローマな雰囲気がある。それにしても胸像の下のヘルマ柱のところに男根が付いているのは何故・・・??

第2章「信仰」では、ポセイドンやディオニュソス、ヘラクレスなど、ギリシア彫刻を規範とする神々の彫像が展示されていた。「ポンペイのビーナス」と名高いウェヌス像は美しかった。

第3章「娯楽」では、ポンペイ人の娯楽に関わる絵画や道具を展示。特にローマの娯楽を代表する剣闘技関係の展示が面白かった。剣闘士が身につけていた兜や脛当、短剣は美術的にもかなり凝ったものである。なおポンペイにあったコロシアム(遺跡として現存)の収容人数はポンペイの人口より多かったそうで、近隣の市民も観戦に来ていたことが想定される。まさに「パンとサーカス」だな。

第4章「装身具」では金の首飾りが凄かった。


第5章「壁画」は圧巻。長く伝えていくことが困難な壁画が、火山灰で町全体が埋め尽くされた結果、2000年の時空を超えて、ひとつの都市にまるごと保存されていたため、数世紀にわたる時間軸で様式の変遷をたどり、また建築物や部屋の機能に即して空間軸で壁画の意味をさぐることもできるので、美術史的に非常に貴重とのこと。
まあ壁画部分だけ剥がし取って額装する例も結構あったみたいだが。
主題も静物、風景、風俗、神話と多岐にわたっているため、当時の人々の生活感情や美意識、思想を知る上でも重要な資料らしい。
今回の展示では特にクピド(キューピッド)が目立ったが、ポンペイの守護神がビーナス(アプロディーテー)であることと関係しているのか?

フレスコ画は背景が赤色のものが多い。2000年前のものとは思えない鮮やかな赤で「ポンペイ・レッド」と呼ばれている。


第6章「祭壇の神々」では家の祭壇に飾られる小さなブロンズ製の神像を展示している。来館者が多かったので、あまり良く見られず・・・・・・


第7章「家具調度」では、本企画展の目玉の1つ、実際の遺物を基に再現された浴室が公開されている。非常に合理的な給湯システムに驚く。浴室の床を飾ったモザイク画なんてのもあった。イルカを描いたものらしいのだが、全くイルカに見えない。


第8章「生産活動」は歴史家にとっては最も興味深いコーナーか。ポンペイは当時ぶどうの産地でワインの醸造が主要産業であった。ここまでは有名だが、魚の塩漬けを発酵させてつくるガルム(魚醤)という調味料の生産も盛んだったという。ガルムは壺売りだったようで、ガルム壺の実物だけでなくガルム壺の絵も発掘されている。ガルム壺が壁に描かれている屋敷は、ガルムの商売で財を成した商人が住んでいたんだそうだ。


第9章「饗宴の場」には、快楽の町・ポンペイを象徴するような品々が展示されている。饗宴の情景が描かれた壁画のみならず、ポンペイの富裕層の住宅から出土した、銀で作られた華やかな食器も鑑賞できる。銀食器の表面にはバラやツタなどの草花、鳥や動物が彫られており、古代ローマの高い技術を垣間見ることができる。


第10章「憩いの庭園」は、庭園を飾る水盤や噴水彫刻などを展示するコーナー。しかし古代ローマの彫像は果物を持っているパターンが結構多いようなのだが、何か象徴的な意味合いがあるのだろうか??



会期終了間際に行ったので、かなり混んでいて鑑賞しづらい部分もあったが、展示そのものは非常に充実していて、たいへん見応えがあった。

博論


いざ書こうと思うと、本当に気が重い・・・


 なぜ戦後の日本人は、戦争を行ったことをどこか自分と無関係のように思ってしまうのか。「大東亜戦争」を肯定する右派(保守派)は論外としても、「アジア諸国への侵略行為だった」と非難する左派(リベラル)の論者でさえ、どこか他人事のように「戦争責任」を論じている。この“戦後日本の戦争に対する「当事者意識」の欠如”という謎を解くために著者は、加藤典洋が1994年に発表した「敗戦後論」を手掛かりとしている。

 加藤の「敗戦後論」は、日本が「敗戦」によってアメリカに屈服したという現実を保守派も革新派も正面から受け止めてこなかったことを“戦後日本の最大の欺瞞”として指弾するものだった。保守派はアメリカの戦争犯罪や占領政策、東京裁判を批判する一方で政治的には親米であり、革新派はアメリカから押しつけられた「平和憲法」をあたかも自分たちの力で勝ち取ったものであるかのように語る。こうした「ねじれ」は、敗戦の「隠蔽」に起因する、と加藤は説いたのだ。この「敗戦後論」は右派からも左派からも批判され、近年は言及されることも少なくなっていた。そんな中、著者は「敗戦後論」の再評価を試みる。

 著者は「敗戦後論」に寄せられた諸批判に逐一反駁し、それらが本質的な批判になっていないことを論じる。そして、自己の戦争体験を「身から出た錆」と総括した作家・大岡昇平を、自己正当化を図らず自らの誤りから逃げることのなかった人間として加藤が高く評価したことに注目する。
 だが一方で著者は、加藤が吉本隆明を“負けを潔く受け止めている人物”として称揚するなど、「当事者意識」の問題に自覚的でなかったことをも明らかにし(吉本が自らを戦争の被害者と位置づけている点に著者は注意を喚起する)、大岡と吉本を同列視する加藤の限界を指摘する。加藤の議論は「アジア諸国にどう謝罪すれば良いか」という問題意識から出発しているため、どうしても「相手ありき」になってしまい、自分の内側から出てきた「戦争責任」論にならないのだという。

 そして著者は加藤説の意義と限界を踏まえて、戦後の様々な「戦争責任」言説を分析し、戦後の日本人から“自分も戦争に荷担した”“自分にも戦争責任がある”という「当事者意識」がこぼれ落ちていく過程を描写する。ただ戦中・戦後の一般国民に「当事者意識」がなかった要因については、「椅子」がどうこうと述べるだけで説明が一般的・抽象的すぎる(江藤淳が注目した「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」のような、具体的な分析を欠いている)。やはり本書の本領は、「戦後知識人」が戦争に対する「当事者意識」を持てなかった理由を解明した点にある。

 丸山眞男は軍隊生活に順応できないまま脚気で入院、召集解除で東京へ戻り、前線に1度も出ることなく終戦を迎えた。竹内好は体力不足のため兵隊としては落ちこぼれで、屈辱を味わった。鶴見俊輔は軍属に志願したため前線に出ることはなく、また結核の影響でしばしば療養生活を送った。彼らは戦時下にありながら戦争をリアルに感じることのできなかった傍観者的存在、つまり「補欠」なのである。この点で、第一線で兵士として戦い抜いた「レギュラー」たる大岡昇平や吉田満とは対照的である。
 したがって彼ら「戦後知識人」には、自らが戦争に参加したという意識が希薄で、 “戦争に抵抗できなかった”という通り一遍の自己批判に留まる。そして戦後思想の主潮をなしたのは、自身の手を汚した自覚のある大岡や吉田といった「レギュラー」の言説ではなく<、自己責任を負わない丸山ら「補欠」の言説であった。そのことが、「戦争責任」問題に限定されない、「戦後」から現代に至る日本の(知識人の)「当事者意識」の欠如の根底的要因であると著者は説くのである。


 著者の議論は「戦争責任」という壮大なテーマを対象としているにもかかわらず、「敗戦後論」に対する批判を5つに分類したり、「敗戦後論」の問題点を列挙したりと、その論理展開は意外なほど淡々としている。それは1つには、著者の主張に個人的体験の裏付けがないからだろう。丸山には「戦争体験」があり、加藤には全共闘の体験があった。小熊英二には父親がシベリアに抑留されたという背景がある。著者には何もない。上の世代から見れば、いかにも薄っぺらな思想に映るだろう。
 しかしながら、著者と年齢的に近い私はそうは思わない。しがらみの無さは強みでもある。「戦後知識人」に対する著者の批判の鋭さは群を抜いている。たとえば鶴見俊輔に思い入れのある小熊にはここまでは書けない。著者は言う。「実体験による私情に支えられた思想は、同じ屈辱や後悔を味わった人々には、過ちを二度と繰返させないかたちで機能するとしても、同じ経験をしていない者たちに通用する保証はない」と。

 著者の批判の矛先は、「戦後知識人」の「当事者意識」なき補欠ぶりを継承し、自分のことは棚にあげて高みから大衆に「自立」や「成熟」を説教する「現在の論者」たち(上野千鶴子など)にまで及ぶ。“権威”なき時代を生きてきた世代の著者は、「戦後」との葛藤の無さゆえに「戦後思想」を客観化することができるかもしれない。 

大前研一の「産業突然死」時代の人生論

政治家任せではこの国の迷走は止まらない

2010年7月14日


(前略)

歳出削減は一律カットか、項目を選んで削るか

 G20の宣言にもかかわらず、民主党は財政状態を他の国と同じ「3年間で対GDP比の赤字幅を半減」した場合、日本がどのようになるのか、その明確な姿を国民の前に示した方がよい。簡単に言えば、今年度予算で対GDP比マイナス8%(40兆円の赤字予算)であったので、これを半減するということは20兆円削る、ということである。

 参議院選挙で大量得票した蓮舫議員お得意の「仕分け」では1兆円に届かない。その20倍の削減案を持ってこなくてはならない。ただちに消費税を今の5%から10%にしたところで10兆〜12兆円の増収に過ぎない。また民主党は少なくとも次の衆議院選挙(任期通り行けば3年後)までは消費税を上げない、議論するだけだ、と言っている。ということは、現行の歳出から20兆円削る、ということである。

 やり方は大きくわけて二つある。一つは企業でも良くやるやり方であるが、すべての予算項目ごとに20%カットする、というものである。これは優先順位をつけないで少なくとも向こう3年間は一律20%カット、という大方針を打ち出す。国債の利払いで約10兆円にもなっているが、これも削る。ということは、ある種のデフォルト(債務不履行)である。信用もなくなり将来買ってくれる人もなくなるかもしれないが、有無を言わさずに20%カットしていくしかない。

 もう一つのやり方は歳出項目を選んで、あるものは大幅に、あるものは小幅に削る、という選択をする。例えば20兆円を削るということはだいたい地方交付税をすべてなくす、ということである。社会保障費を4分の3削ってもよい。見方を変えると地方と国の公務員700万人の総人件費がだいたい60兆円くらいと言われているので、公務員の30%削減となる。これはギリシャの打ち出した政策と同じだが、そこで初めて「日本がギリシャのようにならないために……」とのたもうてきた仙谷由人官房長官の認識の甘さが明らかになる。

(中略)
20兆円の削減案を毎年国民に示してほしい

 そこで本来の実力を予算編成で明らかにしながら、20兆円削減のシミュレーションを毎年国民に示すことを提案したい。いきなり国債の利払いを止める前に、あるいは公務員の3分の1削減をして大規模ストライキになる前に。

 このため、削減案を巡って各政党は明確なプランを示さなくてはならなくなる。民主党はマニフェスト至上主義であるが、ふざけたやり方である。国家予算がその結果どうなるのかを示していないし、不足分を誰がどう負担するのかも示していない。そのような甘味料をばらまいて当選しているのは、ペテン師が政府を動かしている、ということと同義である。

 菅首相は「唐突な消費税論議」はG8などの会合や電話会談で財政の厳しさを知ったからだ、と告白している。告白ついでにもう一歩踏み込んで、削減規模とその項目を示してもらいたい。またXX総研など、ブレーンを売り物にして政府からプロジェクトを受託して喰っているところはすべてこの20兆円削減案を半年以内に公表して、自分たちの存在意義を示してもらいたい。「ギリシャのようにならないために」

 その上で、プライマリーバランスを達成するためには「もう20兆円」削減しなくてはいけない。その時はじめて、削減ではなく、増税で、という議論を許容しよう。20兆円という金額を消費税に単純換算すれば8%くらいに相当するから、現行の5%と合わせて13%ということになる。社会保障費を放置すれば毎年1兆円ずつ増えるので、福祉目的税として消費税を位置づければ、2年ごとに1%ずつ上がっていくことになる。少なくとも向こう20年間は高齢者が増え続けるので、最終到達点では25%という欧州並みのレベルとなる。

 これが日本の姿であり、正常化への道筋である。周回遅れでもいいとG20が言ってくれても、このくらいのことをやらなくては国家の崩壊は避けられない。どのみちこうした議論をしている間に進行スピードは半減するだろうから、20兆円削減を3年以内、という作業に取り組んで、ちょうど周回遅れくらいでゴール、ということになるからだ。
(後略)



政局LIVEアナリティクス 上久保誠人
【第54回】 2010年7月27日
予算編成システムが大混乱の菅内閣は、国家戦略局構想をあきらめてはいけない

(前略)
 この連載で批判してきたが、鳩山政権がなぜ「経済財政諮問会議」を廃止したのか、公式に国民に対して説明されていない。非公式には「小泉構造改革の推進に使われたから廃止した」と言われているが、そんなただの感情論で、内閣府設置法を設置根拠とし、首相を議長として官房長官、財務相、経産相、日銀総裁、民間有識者で構成されて、予算編成の総合調整に一定の影響力を行使できていた組織を廃止したというのは、政府の決定としてありえないことだ。

 その結果残ったのは、法的根拠がなく、少数のスタッフしかいない内閣官房の一室で、政調会に食い荒らされる組織だ。民主党政権が、感情論で内閣の総合調整機能を破壊したことは蛮行と言っても過言ではない。


「情報公開」「説明責任」のない民主党政権の意思決定

 鳩山政権が経済財政諮問会議を廃止した後に顕著になったことは、意思決定のプロセスが非常に閉鎖的になったことだ。「情報公開」「説明責任」は民主党の政治文化だったはずだ。しかし、現在の民主党政権の「情報公開」「説明責任」の達成度は、自民党政権時よりもはるかに低い。

 自民党政権時、経済財政諮問会議やその他省庁の審議会では、議事録がすべて公開された。経済政策や予算編成についての閣僚、民間の審議委員、官僚の発言を国民はいつでも知ることができた。また、これら審議会を通じて自民党政権は財界、業界、学会など各界から政策立案のための情報を幅広く収集することができた。

 一方、民主党政権では、政策立案のプロセスが公開されていないことが多い。鳩山政権の成長戦略の策定も、菅政権のいわゆる「第3の道」も、どこで誰が考えた結果出てきたものなのかわからないのだ。民主党政権では、政治家が政策立案のすべてを行うことに固執する傾向がある。

 その結果、外部の専門家を排除し、政府の公式な会議を経ないで決定してしまうことが多いのだ。今回の予算編成の新組織も、「情報公開」「説明責任」の民主党本来の文化から程遠いのものではないだろうか。


財政再建には、既存事業の優先順位づけが必要

 最後に、予算編成のポイントを示したい。まず、シーリング(概算要求基準)を明確に決めること。次に、マニフェストの予算化に徹底的にこだわることだ。財源論でマニフェストを安易に断念するのは愚の骨頂であり、まずマニフェストに財源を付けるのだ。逆説的だが、これが厳しい予算規律実現の第一歩となる。各省庁がシーリングを守るために既存事業の合理化に手を付けざるを得なくなるからだ。

 そして、誰もが必要だと認める既存事業の間に優先順位を決めることだ。「事業仕分け」などで削減できる無駄な事業はそれほどの規模にならない。必要な事業の優先順位付けこそ財政健全化の鍵だ。

 自民党政権期には、内閣府などの省庁横断型の審議会で有識者の意見を「権威」として、さまざまな既存事業の間の優先順位を決めることができた。

 財務省主計局は予算編成の際に、例えば科学技術政策なら「総合科学技術会議」、社会保障政策ならば「社会保障構造の在り方について考える有識者会議」などの決定事項を「権威」として利用しながら、各省庁との交渉を行った。

 一方、鳩山内閣の予算編成は、経済財政諮問会議の廃止やその他の審議会の議論が停止したことで混乱した。財務省主計局が「権威」を盾に各省庁の予算要求を抑えられなかったからだ。

 現在も、各審議会の議論は活発ではなく、各省の「政務三役会議」や「各省政策会議」も、事務方が挙げてきた政策をただ承認しているだけのようだ。政務三役が過重労働すぎて、限られた財源の中で政策の優先順位を戦略的に決めるような議論をする余裕がないのだ。

 財政健全化のために、既存事業の優先順位を明確に決めるためには、民主党議員以外の幅広い人材を排除せず、幅広い議論を行う場を作り、その決定に「権威」を与えることだ。端的に言えば、菅政権は「国家戦略局」構想をあきらめるべきではない。

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(としまえん公式サイトより引用)

としまえん(東京都練馬区)では、このたび、当園のシンボルとも言える回転木馬「カルーセルエルドラド」が、社団法人日本機械学会(東京都新宿区)より「20世紀初頭のアール・ヌーヴォー様式の装飾が施された芸術作品と機械技術が見事に融合した」との評価を受け、「機械遺産」に認定されました。

「カルーセルエルドラド」は1907年にドイツで製作された木製の回転木馬で、ヨーロッパ各地を巡業したあと、アメリカのニューヨーク市コニーアイランドにある遊園地に移され、1964年に閉園するまで、多くのニューヨーク市民に愛されました。

その後、解体され倉庫に眠っていたものをとしまえんが購入し、製作当初の姿に甦らせたもので、1971年4月3日よりとしまえんに登場し、以降、現在も年間30万人を超えるお客さまに親しまれています。

としまえんでは今回の「機械遺産」認定を受け、これからもこの回転木馬に乗る人、見る人に夢や「ほほえみ」もって楽しんでいただけるよう、大切に運営してまいります。

(引用終わり)


暗くなってから乗った方が雰囲気が出ます。

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