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山崎 元(経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員)
【第87回】 2009年07月08日
日本経団連は、総選挙において与野党がマニフェストに「財政健全化の道筋」、「社会保障制度の充実とそれに伴う税制改革」、「道州制」と「電子行政」の推進などの記載を求めているという。併せて、政策実現に向けた「工程表」と「財源の明記」を要求するという(「朝日新聞」7月5日、朝刊、7面)。
これらの項目は、日本経団連の然るべきポストの人物か広報担当者が記者に対して述べたものだろうが、財政健全化、税制改革、財源と、日本経団連が求める消費税増税を強く意識したものになっている。
推察するに、年金等の社会保障のコスト増には消費税を充てる「消費税率引き上げと消費税の福祉目的税化」に具体的な時期を明記しつつ触れて、法人税に関しては引き下げの余地を残す(少なくとも引き上げに触れない)といった内容が経団連的な合格答案なのではないか。
これは、最終的に消費税の増税によって税による歳入を大きく確保して、長期的に官僚が差配できる予算を大きく確保したい霞ヶ関の官僚達の利害とも一致する。
筆者は個人の意見として、日本の法人税は少なくとも引き上げるべきでないと思うし(廃止でもいいと思っている)、税の内容を検討する中で「消費税率の引き上げ」もあり得る選択肢の一つだと考えている。しかし、個々の新しい支出には個別に財源の紐付けが必要で、社会保障支出を増やすためにも何か個別の税源を提示しなければならない、という議論の仕方には強い疑問を覚える。
この論法を「財源の呪縛」と呼びたいが、これは、端的に言って霞ヶ関の官僚達が世論を消費税率引き上げに追い込むための方便ではないか。年金などの社会保障を「質」に取って消費税増税を実現しようとしている。
彼らは、取材源に対して従順な記者クラブの記者達に取材やレクチャーを通じて、支出を伴う新しい政策に対しては常に「財源は?」と問いかけるように、いわば洗脳しているように見える。記者諸氏もこれに応えて、野党の政策に対しては反射的に「財源が曖昧(で無責任だ)」と付記することが、半ば習慣になっている。
しかし、与党だって、個々の支出に財源を明確に紐付けしているわけではないし、財政赤字額が計画的にコントロールできているわけではないのだから、政策と財源の問題については、はっきり言って、どちらも五十歩百歩だ。
たとえば、国と地方の公務員の人件費を一、二割カットして、年間数兆円の財源を浮かせて、これを医療費の公的支出なり、生活保護なりの拡充に充てるという政策オプションがあるとすれば、多くの選挙民はこれを支持するのではないだろうか。90年代以来の不況を通じて民間の収入レベルに対する公務員の収入の相対的なレベルが上昇してきたが、これをある程度元に戻しつつ、緊急性の高い社会保障支出を拡充するのだから、最終的な賛否はあるとしても、政策論として筋は通っていると言えるだろう。
この政策を評価するには、政府(自治体を含む)の支出として「公務員の人件費(の一部)」と「社会保障支出(の増額)」のどちらが重要であるかを比較しなければならないわけだが、社会保障費の増額に対しては「財源は?」と問い、公務員の給与を維持する事に対して財源を問わないのは、両者の比較の仕方としてフェアでない。既存の支出は問わず、新しい支出を問題にするのは、一種の「既得権バイアス」だ。
消費税率の引き上げには、消費税が所得に対する負担割合が逆進的であることに対する批判がある。これに対する反論、あるいは争点のすり替えとして、消費税の福祉目的税化がある。
消費税を増税するとしても、これに見合う支出を社会保障目的に限定すれば、社会保障は主に相対的な低所得者に対して支出されるのだから、消費税の逆進性は問題にならないという理屈らしい。しかし、これは以下の三つの点で問題がある。
先ず、端的に言って、社会保障支出を同じように増やす場合に、消費税よりも逆進的でない税金を増やしてこれを行うと、総合的な所得再分配効果は強化されるはずだ。税源の比較にあって、一方の増税についてだけを社会保障支出の増加と結びつけるのは不正確な比較だ。たとえば、相続税の増税や所得税の累進性を高めることによる増税と、消費税率の引き上げとを較べるべきだ。
また、そもそもお金に色は着いていない。消費税の増税分をそもそも必要な社会保障支出に充てると、それ以外の支出に関する財源が自動的に増えることになるので、「目的税化」には実質的な効果がない。
簡単化のために財政収支が均衡しているとしよう。A(社会保障支出)、B(社会保障以外の財政支出)、X(消費税の税収)、Y(消費税以外の税収)とすると、A+B=X+Yとなるが、ここでYを一定のままXを増やし、それでもXがAよりも小さいとすると、「Xは全額Aに充てる」というルールがあっても、Xの増加分の財源はAとBに振り分けが可能であることが分かる。今までAに振り向けられていたYに余裕が出来るのだ。
加えて、税目が消費税であってもなくても、増税が景気に与える影響を考える必要がある。消費税増税論者は、消費税率を引き上げても、同額の支出を増やせば景気にマイナスではないと言うが、同額の支出を増やして消費税を引き上げなければその方がより景気刺激的ではある。ここでも比較は正確に行うべきだ。長期的な財政均衡が重要だとしても、消費税以外の税金を上げて同額の財政支出増を行った場合の景気と分配に対する効果と比較すべきだ。
年金制度などを巡るこれまでの議論を見ると、民主党も「消費税の福祉目的税化」に傾きつつあり「財源の呪縛」の威力に取り込まれている。マニフェストにこの問題を残すと、消費税率の引き上げを政権を取った後で後出ししなければならない展開にもなりかねず、経済的・政治的両方の側面でこれは賢くない。
たとえば、最低保証年金にしても、子供の養育手当にしても、職業訓練の費用にしても、高速道路の無料化にしても、個々の政策に財源が不要なわけではない。政策の実現に幾ら掛かるのかという問題は重要だ。しかし、以上のように、個々の政策について何らかの税収を財源として特定することは不要且つ有害だ。
敢えて財源を挙げろと言われたら、それぞれの政策の支出よりも優先度が低い既存の支出項目を「財源」として紐付けしたらいい。
より正しい手順としては、財政支出の項目に優先度から見たプライオリティを明示すべきだろう。理想的には、個々の財政支出に全て順位がついていることが望ましいが、厳密にやろうとすると直ぐには難しいかも知れない(費目だけでなく「額」の問題もあるし、費目の組み合わせの問題もあるから)。
しかし、たとえば、マニフェストでは支出のアイデア毎に重要度即ち予算的な優先度を5段階くらいで相対評価して明示してくれると分かりやすい。
「1.国として絶対に必要」「2.政策として必ず実現」「3.ほぼ実現を期待していい」「4.実現に向けて努力する」「5.出来たら実現したい」といったイメージだ。
歳入についても、歳入増加が必要な場合に、どの税金を重視するかといった順位付けの考え方をはっきりさせてくれると、国民には分かりやすい。
仮に、民主党が政権を取った場合でも、民主党にとってある意味では幸運なのは、デフレ且つ低金利(実質では必ずしも低くないが、長期金利は落ち着いており、財政悪化が伝えられてもここのところむしろ低下している)であって、しばらくの間、財政全体として増税が不要なことだ。民主党が政権を取った場合は、「財源の呪縛」から脱却しつつ、支出面の財政構造の抜本的な組み替えを実現して欲しい。
もちろん、劣勢を伝えられる与党側にとっても「財源の呪縛」を卒業して、財政の改革を訴えることは好ましいことだし、政治的にもプラスだろうと思う。
何はともあれ、与野党両方のマニフェストがより望ましいいものになることを期待したいが、これを読む側でも、個々の支出と財源を紐付けしたがる悪習を卒業したい。
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