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大前研一の「産業突然死」時代の人生論

政治家任せではこの国の迷走は止まらない

2010年7月14日


(前略)

歳出削減は一律カットか、項目を選んで削るか

 G20の宣言にもかかわらず、民主党は財政状態を他の国と同じ「3年間で対GDP比の赤字幅を半減」した場合、日本がどのようになるのか、その明確な姿を国民の前に示した方がよい。簡単に言えば、今年度予算で対GDP比マイナス8%(40兆円の赤字予算)であったので、これを半減するということは20兆円削る、ということである。

 参議院選挙で大量得票した蓮舫議員お得意の「仕分け」では1兆円に届かない。その20倍の削減案を持ってこなくてはならない。ただちに消費税を今の5%から10%にしたところで10兆〜12兆円の増収に過ぎない。また民主党は少なくとも次の衆議院選挙(任期通り行けば3年後)までは消費税を上げない、議論するだけだ、と言っている。ということは、現行の歳出から20兆円削る、ということである。

 やり方は大きくわけて二つある。一つは企業でも良くやるやり方であるが、すべての予算項目ごとに20%カットする、というものである。これは優先順位をつけないで少なくとも向こう3年間は一律20%カット、という大方針を打ち出す。国債の利払いで約10兆円にもなっているが、これも削る。ということは、ある種のデフォルト(債務不履行)である。信用もなくなり将来買ってくれる人もなくなるかもしれないが、有無を言わさずに20%カットしていくしかない。

 もう一つのやり方は歳出項目を選んで、あるものは大幅に、あるものは小幅に削る、という選択をする。例えば20兆円を削るということはだいたい地方交付税をすべてなくす、ということである。社会保障費を4分の3削ってもよい。見方を変えると地方と国の公務員700万人の総人件費がだいたい60兆円くらいと言われているので、公務員の30%削減となる。これはギリシャの打ち出した政策と同じだが、そこで初めて「日本がギリシャのようにならないために……」とのたもうてきた仙谷由人官房長官の認識の甘さが明らかになる。

(中略)
20兆円の削減案を毎年国民に示してほしい

 そこで本来の実力を予算編成で明らかにしながら、20兆円削減のシミュレーションを毎年国民に示すことを提案したい。いきなり国債の利払いを止める前に、あるいは公務員の3分の1削減をして大規模ストライキになる前に。

 このため、削減案を巡って各政党は明確なプランを示さなくてはならなくなる。民主党はマニフェスト至上主義であるが、ふざけたやり方である。国家予算がその結果どうなるのかを示していないし、不足分を誰がどう負担するのかも示していない。そのような甘味料をばらまいて当選しているのは、ペテン師が政府を動かしている、ということと同義である。

 菅首相は「唐突な消費税論議」はG8などの会合や電話会談で財政の厳しさを知ったからだ、と告白している。告白ついでにもう一歩踏み込んで、削減規模とその項目を示してもらいたい。またXX総研など、ブレーンを売り物にして政府からプロジェクトを受託して喰っているところはすべてこの20兆円削減案を半年以内に公表して、自分たちの存在意義を示してもらいたい。「ギリシャのようにならないために」

 その上で、プライマリーバランスを達成するためには「もう20兆円」削減しなくてはいけない。その時はじめて、削減ではなく、増税で、という議論を許容しよう。20兆円という金額を消費税に単純換算すれば8%くらいに相当するから、現行の5%と合わせて13%ということになる。社会保障費を放置すれば毎年1兆円ずつ増えるので、福祉目的税として消費税を位置づければ、2年ごとに1%ずつ上がっていくことになる。少なくとも向こう20年間は高齢者が増え続けるので、最終到達点では25%という欧州並みのレベルとなる。

 これが日本の姿であり、正常化への道筋である。周回遅れでもいいとG20が言ってくれても、このくらいのことをやらなくては国家の崩壊は避けられない。どのみちこうした議論をしている間に進行スピードは半減するだろうから、20兆円削減を3年以内、という作業に取り組んで、ちょうど周回遅れくらいでゴール、ということになるからだ。
(後略)



政局LIVEアナリティクス 上久保誠人
【第54回】 2010年7月27日
予算編成システムが大混乱の菅内閣は、国家戦略局構想をあきらめてはいけない

(前略)
 この連載で批判してきたが、鳩山政権がなぜ「経済財政諮問会議」を廃止したのか、公式に国民に対して説明されていない。非公式には「小泉構造改革の推進に使われたから廃止した」と言われているが、そんなただの感情論で、内閣府設置法を設置根拠とし、首相を議長として官房長官、財務相、経産相、日銀総裁、民間有識者で構成されて、予算編成の総合調整に一定の影響力を行使できていた組織を廃止したというのは、政府の決定としてありえないことだ。

 その結果残ったのは、法的根拠がなく、少数のスタッフしかいない内閣官房の一室で、政調会に食い荒らされる組織だ。民主党政権が、感情論で内閣の総合調整機能を破壊したことは蛮行と言っても過言ではない。


「情報公開」「説明責任」のない民主党政権の意思決定

 鳩山政権が経済財政諮問会議を廃止した後に顕著になったことは、意思決定のプロセスが非常に閉鎖的になったことだ。「情報公開」「説明責任」は民主党の政治文化だったはずだ。しかし、現在の民主党政権の「情報公開」「説明責任」の達成度は、自民党政権時よりもはるかに低い。

 自民党政権時、経済財政諮問会議やその他省庁の審議会では、議事録がすべて公開された。経済政策や予算編成についての閣僚、民間の審議委員、官僚の発言を国民はいつでも知ることができた。また、これら審議会を通じて自民党政権は財界、業界、学会など各界から政策立案のための情報を幅広く収集することができた。

 一方、民主党政権では、政策立案のプロセスが公開されていないことが多い。鳩山政権の成長戦略の策定も、菅政権のいわゆる「第3の道」も、どこで誰が考えた結果出てきたものなのかわからないのだ。民主党政権では、政治家が政策立案のすべてを行うことに固執する傾向がある。

 その結果、外部の専門家を排除し、政府の公式な会議を経ないで決定してしまうことが多いのだ。今回の予算編成の新組織も、「情報公開」「説明責任」の民主党本来の文化から程遠いのものではないだろうか。


財政再建には、既存事業の優先順位づけが必要

 最後に、予算編成のポイントを示したい。まず、シーリング(概算要求基準)を明確に決めること。次に、マニフェストの予算化に徹底的にこだわることだ。財源論でマニフェストを安易に断念するのは愚の骨頂であり、まずマニフェストに財源を付けるのだ。逆説的だが、これが厳しい予算規律実現の第一歩となる。各省庁がシーリングを守るために既存事業の合理化に手を付けざるを得なくなるからだ。

 そして、誰もが必要だと認める既存事業の間に優先順位を決めることだ。「事業仕分け」などで削減できる無駄な事業はそれほどの規模にならない。必要な事業の優先順位付けこそ財政健全化の鍵だ。

 自民党政権期には、内閣府などの省庁横断型の審議会で有識者の意見を「権威」として、さまざまな既存事業の間の優先順位を決めることができた。

 財務省主計局は予算編成の際に、例えば科学技術政策なら「総合科学技術会議」、社会保障政策ならば「社会保障構造の在り方について考える有識者会議」などの決定事項を「権威」として利用しながら、各省庁との交渉を行った。

 一方、鳩山内閣の予算編成は、経済財政諮問会議の廃止やその他の審議会の議論が停止したことで混乱した。財務省主計局が「権威」を盾に各省庁の予算要求を抑えられなかったからだ。

 現在も、各審議会の議論は活発ではなく、各省の「政務三役会議」や「各省政策会議」も、事務方が挙げてきた政策をただ承認しているだけのようだ。政務三役が過重労働すぎて、限られた財源の中で政策の優先順位を戦略的に決めるような議論をする余裕がないのだ。

 財政健全化のために、既存事業の優先順位を明確に決めるためには、民主党議員以外の幅広い人材を排除せず、幅広い議論を行う場を作り、その決定に「権威」を与えることだ。端的に言えば、菅政権は「国家戦略局」構想をあきらめるべきではない。

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(としまえん公式サイトより引用)

としまえん(東京都練馬区)では、このたび、当園のシンボルとも言える回転木馬「カルーセルエルドラド」が、社団法人日本機械学会(東京都新宿区)より「20世紀初頭のアール・ヌーヴォー様式の装飾が施された芸術作品と機械技術が見事に融合した」との評価を受け、「機械遺産」に認定されました。

「カルーセルエルドラド」は1907年にドイツで製作された木製の回転木馬で、ヨーロッパ各地を巡業したあと、アメリカのニューヨーク市コニーアイランドにある遊園地に移され、1964年に閉園するまで、多くのニューヨーク市民に愛されました。

その後、解体され倉庫に眠っていたものをとしまえんが購入し、製作当初の姿に甦らせたもので、1971年4月3日よりとしまえんに登場し、以降、現在も年間30万人を超えるお客さまに親しまれています。

としまえんでは今回の「機械遺産」認定を受け、これからもこの回転木馬に乗る人、見る人に夢や「ほほえみ」もって楽しんでいただけるよう、大切に運営してまいります。

(引用終わり)


暗くなってから乗った方が雰囲気が出ます。

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国際組織「日本は自国解釈のみ反映」 歴史教科書“一方的”勧告
2010.7.25 09:47
(産経ニュース)

 国際組織「児童の権利委員会」が、日本の歴史教科書について「日本の解釈のみを反映している」などと批判し、日本側に是正を勧告していたことが24日、分かった。具体的な問題点や教科書名には触れていないが、日韓が対立する歴史認識の問題をめぐって、一方的に日本に“譲歩”を求めているようにも受け取れる内容で、外務省などは勧告に困惑気味だ。

 同委員会は、18歳未満の権利についての国際条約「児童の権利条約」が、締約国で履行されているか審査する組織。

 6月に採択した日本に対する文書で「歴史教科書が、歴史的事件に関して日本の解釈のみを反映しているため、地域の他国の児童との相互理解を強化していないとの情報を懸念する」と批判。そのうえで、「アジア太平洋地域の歴史的事件に関して、バランスのとれた視点を反映することを確保するよう勧告する」としている。

 歴史教科書は中学だけで9種類(平成22年度用)あるが、教科書名は特定せず、具体的にどういう情報を基に何を問題視しているかも明示していない。

 ただ、委員会の審査段階では、日韓併合や「従軍慰安婦」という言葉の是非などについて議論を行った日韓歴史共同研究が取り上げられ、ドイツ人委員が日本側に質問したことがあった。

 委員から質問を受けたという文部科学省の担当者は「教科書の記述について具体的な質問もなかったし、韓国のことを単に『コリア』と呼んでおり、北朝鮮との違いも明確ではなかった」と首をひねる。

 韓国と歴史認識が異なることを理由に日本の教科書是正を勧告しているとすれば、重大な問題だ。

 勧告には法的拘束力はないが、外務省の担当者は「適切に対処する、としかいえない」と困惑している。

 外務省によると、同委員会委員は条約締約国の選挙で選ばれ、学識経験者や「人権の専門家」ら18人で構成されている。政府関係者によると、非政府組織(NGO)や日弁連などの見解の影響を受けることはしばしばあるという。

 教科書問題に取り組む「新しい歴史教科書をつくる会」(藤岡信勝会長)は「教科書をどのように書くかは、その国の教育の根幹にかかわる。不当な内政干渉で、断固拒否すべきだ」とする要請書を外務省に提出した。



自国解釈以外も反映させている歴史教科書が世界のどの国にあるのか?
たとえば韓国の歴史教科書には「竹島は日本固有の領土である可能性もある」とでも書いてあるのか?

それにしても日本政府は国際世論操作につくづく疎いな・・・・・・



先頃の参院選で民主党が大敗した。


その大きな要因として、菅首相の消費税10%発言に対する世論の反発が挙げられている。


個人的には消費税の税率引き上げは止む無しと思ってはいる。
ただし、税制全体の抜本改革が前提条件である。
「財政再建」を名目とした、収支の帳尻を合わせるためだけの消費税増税は断じて許容できない。


そもそも消費税導入は、GHQ占領下でのシャウプ勧告以来の直接税中心主義を是正することを目的としていた。すなわち、高齢化社会を見据え、現役世代(特にサラリーマン)に負担が集中する所得税ではなく、高齢者=年金生活者や貯蓄生活者(働いていない資産家)からも広く薄く取る消費税を税制の根幹に据えるという大転換である。
したがって消費税の引き上げは所得税減税(税率引き下げやフラット化)と組み合わせて実行しないと、安易な増税にしかならない。景気が落ち込んで、かえって税収が減る。

消費税アップへの世間の抵抗を感じて、菅首相は現行40%の所得税最高税率の引き上げを検討する意向を示したが、無節操の極みというべきで、消費税増税と所得税減税が表裏一体の関係にある(直間比率の是正)ことを少しも認識していない愚昧ぶりを露呈した。



菅首相は、消費税10%への世論の反発が大きいと見るや、「たとえば年収三百万円、四百万円以下の人には、かかる(消費税の)税金分だけ還付する方式もある」などと言い出した。あの社民党にすら「庶民の所得水準を知らないんじゃないか。400万円はちょうど真ん中くらいだ」と批判されていたが、5割近い人が納税免除となるのでは、広く薄く取るという消費税の本質から大きく外れる。消費税の意味が全くないのであって、消費税を廃止して別の徴税手段を講じた方がいいぐらいだ。低所得者対策は社会保障政策の枠組みで行うのが正道であろう。


また、もともと消費税導入の理由の1つは、俗に「クロヨン」と呼ばれる、所得税の不公平性を是正する点にあった。自営業者や農林水産業従事者の所得把握が難しく、サラリーマンのみが不当に重い所得税をかけられているからこそ、消費税中心主義への転換が唱えられたのだ。個人事業者の所得の把握が簡単にできるのなら、最初から消費税の導入など必要ないわけで、消費税に所得制限をかけるという発想は完全に矛盾している。


しかも菅首相は消費税増税によって得た増収分を、介護・医療・環境などの「成長分野」に投入し、雇用を創出するのだという。もはや支離滅裂としか言いようがない。
消費税は単に世代・業種間の負担の公平化、景気動向に税収が左右されない安定的な社会福祉財源、といった意義を持つに留まらない。その根底には「簡素な税制による小さな政府の実現」という哲学があるのだ。多種多様な税目があり、累進税率など複雑なことをするから、徴税に人手がかかる。税制を簡素化すれば、徴税コストは低下する。

効率的に徴税できる消費税を税制の中心とすることで、政府の支出を抑制し、「小さな政府」を作る。そこが最終目標なのであって、消費税に依存して「大きな政府」を作るというのでは、消費税の本質を見失った小手先の議論と言わざるを得ない。


「第3の道」も結構だが(個人的には現在の日本の財政では、もはや実行不可能だと思うが)、それならそれに相応しい税制を構築するべきで、消費税を弄ぶことは許されない。

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20100217/211251/?P=1
花岡信昭の「我々の国家はどこに向かっているのか」
「記者クラブ 諸悪の根源」論に反論する!
2010年2月17日
(前略)
既存メディアも「改革」に向けての努力が必要

 上杉氏らの要求もあって、一部では、記者クラブ加盟社以外のフリーライターなどに記者会見を開放し始めた。だが、まだ交通整理が完全にはできていない。
 民主党の小沢幹事長は以前から週刊誌などにも会見をオープンにしていたが、省庁レベルでは、岡田外相、原口総務相、亀井金融担当相らが開放に踏み切っている。
 だが、記者クラブ側との調整がつかず、亀井氏の場合など、記者クラブだけの会見とフリーライターなども含めた会見の二段階方式を採っているようだ。
 記者会見の全面開放を求める上杉氏らの主張も分からないではない。
 メディアの形態がこれだけ多様化した時代にあって、既存メディアが旧来型の発想にとどまっているのであれば、ここは改革に向けての努力が必要だ。
 だが、とあえて言わなくてはならない。


報道界が100年以上かけて獲得した「権利」

 記者会見全面開放論は「記者クラブは諸悪の根源」論とリンクしているのだ。
 上杉氏は「記者クラブの存在自体をうんぬんしているのではない。記者会見の開放を求めているのだ」と言うのだが、記者クラブと記者会見を切り離して論ずるのは、やはり無理がある。
 そのあたりの整理を試みたい。
 まずは、記者クラブとはどういうものか、なぜ必要なのか、というそもそも論から始めなくてはならない。そうでないと、一般の理解を得るのは難しく、実態を知らない人たち(かなりの識者も含まれる)による「記者クラブ性悪説」がはびこってしまうからだ。
 そこからメディアへの不信が生まれているというのであれば、これは誤解を解いておかないといけない。記者クラブをめぐる不毛の議論を続けていても生産的ではない。
記者クラブは日本の報道界が100年以上かけて獲得した「権利」である。


記者クラブ拠点に「報道の自由」を勝ち取る

 筆者がささやかにやっているブログ、メルマガでそんなことを書いたら、「思い上がりの特権意識だ」といった批判が来た。こちらは「特権」といっているのではない。国民の「知る権利」を代弁する立場から獲得した権利という意味だ。
 省庁、政党などの公的機関・組織や主要政治家など公的存在に対して、報道側が密着取材をより可能にするために、記者クラブというシステムをここまで完備してきたのである。
 100年以上かけて、と書いたが、これは明治時代の帝国議会発足当時に、国会取材をスタートさせた取材側が記者クラブの原型をつくったという意味合いである。
 戦時中の大本営発表の時代には、日本のメディアは国家の宣伝機能に組み込まれたのだが、戦後、GHQ(占領国軍総司令部)の指導を経て「自由な言論報道」を担う存在として再生する。
 かつて、公的機関は「寄らしむべし、知らしむべからず」が基本的体質であったことを想起したい。情報公開、説明責任といった言葉はなかった。
 その時代に、新聞が軸となって公的世界に切り込み、取材報道の自由を勝ち取っていったのである。その拠点となったのが、記者クラブであった。


「親睦組織」の位置づけを「取材重要拠点」に変更

 以前のコラムでも触れたと思うが、筆者は新聞社在勤中に、日本新聞協会の記者クラブ問題小委員会(各社の編集局次長クラスで構成)のメンバーとして、記者クラブ見解を作成した経験がある。1997年の見解だ。その後、この見解は修正されているが、基本的な内容は変わっていない。
 97年見解で最も重要な部分は、それまで「親睦組織」という位置づけであった記者クラブを、取材のための重要拠点と規定したところにある。
 公的機関は国民に対して情報公開、説明責任という重要な責務を負う。報道側は国民の知る権利を背景として取材報道の自由をどこまでも追求する。その双方の責務が重なりあう部分に記者クラブが存在するといった意味合いである。
 公的機関が記者クラブに対し、その建物の中に無償で記者室を提供するというのは、以上のような見解が根拠となっている。無償と書いたが、これは部屋の賃料の意味である。近隣の相場並みの賃料を払えという主張があるが、これをやったら、大手の新聞社はおそらく数億、数十億円の出費となる。そんなことになったら、新聞社の倒産相次ぐという事態も招きかねない。
 これは自由な言論報道機関を多数擁するという民主主義国家の根幹を揺るがすことになり、ひいては国民の不利益を導く。


「電話代・コピー代の役所丸抱え」は通用しない

 なお、あえて言及するが、かつては確かに電話代だのコピー代だのといった経費を公的機関側に丸抱えしてもらっていた時代もあった。
 いまはさすがにそういったことは通用しない。公的機関の内部に記者室を持ち、常駐記者がいることは、権力の監視機能を持つことも指摘しておきたい。
 記者クラブ問題小委員会の作業をしていた当時、全国に記者クラブがいくつあるか、という現状把握を試みた。某紙がカウントしてみたところ、7000ぐらいまでは勘定できたが、あとは不明という非公式な話があったのを記憶している。
 これほど記者クラブが多い国はほかにない、という議論がある。これも誤解を生む。日本のメディアはそれだけ公的機関に深く食い込むだけの力を持ちえたのである。
 ネット時代になって、中央省庁や地方自治体などはそれぞれのホームページで情報を発信しているから、メディアが介在しなくてもそういうものを見ればすべて分かる、という議論もある。これも完全な勘違いである。
(後略)



「先進国の中で記者クラブなどという閉鎖的・特権的組織があるのは日本だけ」という批判に対して、
「むしろ日本が一番、報道の自由がある。公的機関に食い込むことで彼等が隠そうとする情報をオープンにしてきたのだ」という反論をするとは恐れ入った。さすがに私も、こういう反論の仕方があるとは思いもよらなかった。ぜひ花岡氏には、海外メディアや国境なき記者団に対しても堂々と自説を披露して彼等を説き伏せていただきたい。一般的には「公的機関に食い込む」ことを「政官との癒着」と表現する。上杉隆氏が批判していたが、現在世情を賑わしている密約問題にしても、外務省記者クラブ「霞クラブ」は共犯者と言わざるを得ない。情報公開どころか情報の隠蔽に協力しているようなものである。

記者クラブは特権を持っているのではなくて、国民の「知る権利」を代弁しているだけである、記者クラブが無くなって困るのは、記者クラブ会員ではなくて、むしろ国民であるという強弁にも驚いた。
問題の核心は、何の資格があって記者クラブが国民の「知る権利」を代弁しているのかというところにある。ネットどころか雑誌すらロクになかった百年前ならいざしらず、現代において所謂「大マスコミ」のみが国民の代表として君臨する必然性はどこにもない。国民の「権利」を勝手に代弁・独占しているから「特権」と批判されるのである。中国共産党が「共産党が国民の権利を代表しているから問題ない。複数政党制に移行して困るのはむしろ国民である」と言うようなものだ。
保守派の花岡氏はしばしば中国の独裁制(非民主制)を批判しているが、その前に身内の記者クラブの排他性を批判してはいかがだろうか。



花岡氏が記者クラブのメリットとして具体的に掲げているのは、管見の限りでは、政局情報ぐらいのものである。http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20100224/212478/
確かに、政界大物の出処進退をスクープするには、いわゆる「夜討・朝駆」は不可欠であり、もし記者クラブがなくなったら、今ほどに迅速なスクープはできなくなるだろう。
しかし「○○首相、きょう退陣表明」というニュースを少し早く報道できることに、果たして如何ほどの意義があるのかは極めて疑問である。そもそも「抜いた」「抜かれた」と一喜一憂するのも、横並びの記者クラブにあっては、他社との優位性を打ち出す要素が他に存在しないからではないか。

はっきり言って55年体制下では、自民党が政権を担うことは揺るがなかったので、国会の表舞台で政策論争が行われることは殆どあり得なかった。勢い、政治報道の興味関心は、権力闘争やら根回しといった政局に向かうことになる。というより、他に書くことがないのだから仕方ない。

だが二大政党制が定着しつつある現在において、55年体制時代の思考パターンを引きずって、政局スクープに血眼になるだけで良いのだろうか。大マスコミには発想の転換こそが求められると思う。

転載元転載元: 古今亭日用工夫集


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