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(公式サイトより引用)
2009年度企画展 トキワ荘のヒーローたち マンガにかけた青春


豊島区発!マンガ文化を一堂に紹介。

 豊島区椎名町(現・南長崎)にあったトキワ荘は、地方から上京した若きマンガ家たちが
集い、大きな夢を描き、切磋琢磨しあった「マンガの聖地」として全国的に知られています。
 豊島区では、1986年に特別展「トキワ荘のヒーローたち」を開催しましたが、今年4月、
トキワ荘跡地に近い区立南長崎花咲公園に記念碑が設立されたのを記念して、若きマンガ家
たちの青春と戦後のマンガ文化を、当時の作品や資料をもとに一堂に紹介します。
 さらに第二会場では、椎名町にスポットをあてたパネル展示や、地元住民によって組織さ
れた実行委員会との協働によるさまざまなイベントを同時開催します。

共同企画 豊島区立郷土資料館・手塚プロダクション

企画展関連グッズ

 企画展関連グッズの販売をしています。
 図録1500円、クリアフォルダ300円、ポストカード100円
 郷土資料館窓口でお買い求めください。

第一会場: 豊島区立郷土資料館(勤労福祉会館7階)
会期:2009年10月24日(土曜日)から12月6日(日曜日)
入場無料
開館時間:午前9時から午後4時30分
        ※10月24日(土曜日)は正午から開館します。
休館日:月曜日(11月23日祝日は開館)、11月24日(火曜日)
展示内容:1986年の特別展に集まったマンガ家たちと編集者による寄せ書きのふすま。
        原画・原稿・作品類。トキワ荘時代の写真や思い出の品。
        四畳半の部屋の再現展示。
        こどもマンガ体験コーナー。
        8ミリ映画「キャツをネかすな」(約15分間)上映コーナー。
        (藤子不二雄A氏、藤子・F・不二雄氏制作)
         ※藤子不二雄A氏のAは正しくは○で囲んで表記します。


 企画展関連イベント(第一会場・郷土資料館) 参加無料
 トークセッション (申込受付は終了しました。)
  日時:12月5日(土曜日) 午後2時から1時間程度
  出演:手塚るみ子氏、赤塚りえ子氏
  会場:勤労福祉会館 6階 大会議室
  定員:100名


第二会場: 豊島区立区民ひろば富士見台
「椎名町物語 トキワ荘のあった街」
会期:2009年10月24日(土曜日)から12月6日(日曜日)
入場無料
開館時間:午前9時から午後5時
休館日:11月1日(日曜日)、11月15日(日曜日)
展示内容:トキワ荘のあった「椎名町」の歴史と、マンガ家たちの“生活・文化圏”マップを
        パネルで展示。
会場案内:豊島区立区民ひろば富士見台
        〒171-0052 東京都豊島区南長崎1-6-1
        西武池袋線「椎名町駅」南口徒歩5分

(引用終わり)


会期終了間際なので行ってきました。
豊島区立郷土資料館の展示、第一の目玉は
1986年の特別展に集まったマンガ家たちと編集者による寄せ書き。
トキワ荘解体時に彼等がもらってきた襖に書かれたものです。
かつてトキワ荘に居住したり通っていたりした大物漫画家たちの似顔絵が描かれています。
また、これとは別にトキワ荘解体時に藤子不二雄がもらってきた土壁の欠片も展示されていました。
これには藤子不二雄両名が自画像を描いています。

トキワ荘グループの兄貴分、寺田ヒロオの四畳半の部屋(当時、住人の溜まり場だった)も写真を基に再現されていました。かなりリアルな作りです。関係者のお話によると、この部屋を再現するのに数百万円かかったとか。

直筆原稿も多く展示されていました。初期作の展示が中心なので、画風が見慣れたそれとは随分違ったりして、面白かったです。石ノ森章太郎のデビュー前原稿「われない椰子の実」は初公開。16歳の時の作品というのですから、その天才ぶりがうかがえます。


トキワ荘時代に藤子不二雄が趣味で撮影した8ミリ映画「キャツをネかすな」も上映されていました。〆切に追われる彼等の日常を題材にしたドタバタコメディーです。トキワ荘を舞台に、藤本が〆切が迫っているのに全然原稿が描けていない漫画家、安孫子が原稿の督促に来た編集者を演じています。

なお本日は同じ勤労福祉会館でトークセッションが行われたのですが、これは事前予約が必要で、私の問い合わせが遅かったため、既に満員御礼となっておりました。



西武池袋線で椎名町駅下車。徒歩で紫雲荘へ。


(公式サイトより引用)

「紫雲荘(しうんそう) 赤塚不二夫が暮らした部屋」(広報としま平成21年11月15日号掲載)

更新日 平成21年11月15日
漫画家たちが住んだまち  南長崎

企画展で再現した紫雲荘(しうんそう)202号室

先月24日から、区立郷土資料館などで企画展「トキワ荘のヒーローたち マンガにかけた青春」が始まりました。
トキワ荘があった椎名町(現南長崎)では、商店街の人たちが「トキワ荘のヒーローたちイベント実行委員会」を立ち上げ、様々な催しを、トキワ荘跡地周辺で繰り広げています。
その中に、「天才バカボン」や「おそ松くん」などで有名な赤塚不二夫さんが、1年あまり生活していた「紫雲荘(しうんそう)」特別公開があります。
今回はそんな「紫雲荘(しうんそう)」を少しだけご紹介します。
赤塚さんファンのかたも、そうでないかたも、必読・必見です。


今も面影を伝える建物

南長崎3丁目のバス停を降り、南長崎ニコニコ商店街に入ると懐かしさを感じさせるアパートがトキワ荘跡地の近くに建っています。それが昭和34年に建てられた築50年の木造2階建てのアパート「紫雲荘(しうんそう)」です。


当時のまま残る「紫雲荘(しうんそう)」の看板


入口には当初から「紫雲荘(しうんそう)」と書かれた看板が、住人や訪れる方を出迎えています。
傾斜が急な14段の階段を少し体を屈めながら上りきると、右奥に赤塚さんが仕事場兼寝室としていた202号室があります。入居していたのは昭和35〜36年。トキワ荘だけでは手狭になったため、紫雲荘にも部屋を借りたそうです。
「窓からトキワ荘が見え、石ノ森さんの部屋と近く大きな声を出すと会話ができたそうです」と話す大山朱実さん。ご両親が建てた紫雲荘で育ち、現在オーナーとして経営をしています。
(注釈)石ノ森さんの「ノ」は、正しくは「石」「森」より小さく表記します。


マンガ家の優しいお兄ちゃん

赤塚さんが入居していた当時5〜6歳だった朱実さん。紫雲荘やトキワ荘、近くの電話局が当時の遊び場だったそうです。
「トキワ荘のマンガ家さんは、“優しいお兄ちゃんたち”という存在でした。電話局の階段で日なたぼっこをしていると、ロウセキでよく道に絵を描いてくれて」。
そんなお兄ちゃんの一人が自宅の2階4畳半の部屋に引っ越してくることになりました。



赤塚不二夫が暮らした202号室

今回の特別公開では、朱実さんの記憶を元に当時の部屋を再現しました。
「窓際に机があり、鉛筆立てとして使っていたタバコの缶があって。壁にはなぜか眠れる森の美女のポスターが貼ってあって…」、「赤塚さんの作った『キャベツ入りラーメン』をお鍋から菜箸で食べたのですよ」と当時の様子や赤塚さんとの思い出を細かく語ってくれました。
幼かった朱実さんにとって、マンガ家のお兄ちゃんたちとの素敵なそしてどこか不思議な出会いは、とても印象深かったそうです。
朱実さんのお母さんの話では、赤塚さんは、体を屈めながら急な階段を降りてきて、誰にでも気さくに「こんちわ〜」と声をかけてくれ、近所でも「素敵なかわいらしいボクが来た」と評判だったそうです。



偶然が重なった特別公開

そんな赤塚さんが使っていた部屋の公開は、実行委員会の働きかけ、朱実さんのご好意、住んでいた方が引っ越すという偶然が重なり実現したものです。
訪れた人から「なんだかほっとする」「のんびりしていきたい」という声をよく聞くそうです。
50年間変わらない檜の柱、部屋の中に流れる不思議な空気と時間が、訪れた人をレトロな気分にさせてしまうのかもしれません。
先月24日には、赤塚さんの一人娘のりえ子さんも訪れました。
「両親が青春時代を送った部屋、私の出発点ともいえる場所が、当時のまま残っていて嬉しい。父も母もこの界隈への思い入れがあったのでしょうね。母の戒名には偶然にも『紫雲』の文字が入っています」と、両親が出会い結婚に至るまで時を重ねた部屋の中で話していました。
特別公開は平成21年12月6日まで(事前申込み予約制<抽選>)
(引用終わり)



当時は四畳半の部屋でしたが、現在は拡張されています。また当時はどん詰まりの部屋でトキワ荘が窓越しに見えたそうですが、奥の方(トキワ荘側)に部屋を増築したため、今はトキワ荘(現:日本加除出版の新館社屋)に面した窓はなくなって壁になっています。また、当時は小さな流し場も部屋の中に付いていたそうです。共同トイレは殆ど当時のまま。当時としては画期的な水洗式トイレでした。

赤塚不二夫が入居していたのは昭和35〜36年。トキワ荘だけでは手狭になったため、紫雲荘を仕事部屋に借りたそうです。ただトキワ荘には赤塚不二夫のお母さんが住んでいたので、食事はトキワ荘で食べていたようです。意外にシャイな性格だった赤塚不二夫は紫雲荘の大家さんと話すのも気恥ずかしく、最初の3回以降は、お母さんが代わりに家賃を払いに来たとか。昭和36年にアシスタントを務めていた登茂子さんと結婚すると、独身男子のみという規定により紫雲荘から退去します。この時、トキワ荘からも退去しています。もっとも、新居も椎名町だったらしいですが。

今回の再現は朱実さんの幼少期の記憶を元にしたものですが、その後、フジオ・プロダクションから当時の部屋写真をもらったところ、殆ど一致していたようです。大した記憶力ですね。

さて今回の特別公開は住んでいた方が引っ越すという偶然によって実現したもので、公開終了後はまた新しい入居者を探すらしいです。本当は豊島区が管理するという形になれば良いと思うのですが、現役のアパートなのでなかなか難しいんですかね・・・・・・


近くの商店街でトキワ荘関連土産として「チューダーアメ」を購入。「モヤモヤさまぁ〜ず2」でも取り上げられたそうです。


ついでに近くにある南長崎花咲公園の『トキワ荘のヒーローたち』記念碑も見学してきました。トキワ荘アパートのミニチュア模型に加え、トキワ荘出身の漫画家たち本人の自筆の似顔絵並びにサインが飾られています。


豊島区立区民ひろば富士見台の「椎名町物語 トキワ荘のあった街」も見学しました。
トキワ荘の漫画家たちの生活・文化圏マップをパネルで展示しています。

ハウステンボス美術館所蔵のエッシャー作品および同時代の作品120点を展覧。2009年10月10日(土)〜11月16日(月)
____
M.C. エッシャー(Maurits Cornelis Escher, 1898-1972)は、オランダ北部フリースラント州の町レーワールデンに、土木技師ジョージ・アーノルド・エッシャーの5男として生まれました。21 歳でハールレムの建築装飾美術学校に進学し、当初建築を学ぶも版画科へ転じます。そこで生涯の恩師となるド・メスキータ(Samuel Jessurun de Mesquita, 1868-1944)と出会い、版画技法を学びました。1922年に卒業するまでの間にイタリアやスペインなど南欧を旅し、各地の風景を多く版画にし、特に、1922年9月に訪れたグラナダではアルハンブラ宮殿の幾何学模様に衝撃を受けます。この時の感動は彼の芸術に大きな影響を与えました。

1923 年以来エッシャーは、ラヴェッロやローマなどイタリア各地に住んでいました。しかし、戦争の影響で1935年にスイスへ移住。愛するイタリアから引き離されてからは、風景や静物といった具象的で身近なものから、幾何学的なものや心象風景的なものへと作風が変化していきます。1958年にはユトレヒトの共同墓地壁画、1967年にはハーグ中央郵便局壁画など多くの公的な作品を手掛け、国の内外からの人気を不動のものとしました。

本展は、ハウステンボス美術館のコレクションの中から、イタリア風景版画や『24の寓意画』シリーズのほか、《昼と夜》に代表されるような視覚トリックを駆使した不思議な世界を表現した作品を展覧いたします。さらに、オリジナルの版木やエッシャー家ゆかりの資料類、そして同時代作家作品もあわせ、 120点あまりの作品で皆さまを迷宮へと誘います。
(そごう美術館HPより)




招待券を手に入れたので、会期終了ギリギリに行ってきました。
日本のハウステンボスが世界有数のエッシャーのコレクションを持っているというのは意外の観もありますが、それだけ日本人がエッシャー好きであるということですかね。エッシャーが「あしたのジョー」連載時の週刊少年マガジンの表紙に使われたことがあるとは知りませんでした・・・・・・


今回の展示は初期作から晩年作まで並べてくれたので、エッシャーの画業の継続性と発展性が明瞭に見てとれました。エッシャーと言うと、幾何学的・結晶学的な不思議絵が有名ですが、旅先のアルハンブラ宮殿でアラベスク模様に魅了されるまでは、普通の風景画も描いていました。今回の展示ではそうした初期作も展示されており、初めて見る作品ばかりで新鮮でした。そうした初期の作品も精密さの中に幻想的で謎めいた雰囲気を持っていたのが興味深かったです。

そして前述のように「アルハンブラ神話」があるエッシャーですが、実はハールレムの建築装飾美術学校在学中から「八つの頭」など平面の正則分割の手法を用いた作品を描いていた、というのも驚きでした。もっともエッシャーが正則分割を多用し始めるのは「アルハンブラ」以降であり、またアルハンブラ宮殿で庭園などには目もくれず、ひたすらモザイク模様を方眼紙に模写していたという事実からも、アルハンブラ宮殿との出会いが決定的なものであったことは間違いないわけですが。

他にも、1934年の「雪景色上の飛行機」は、平面の正則分割とは全く関係ない作品ですが、その構図は明らかにエッシャーの代表作の1つである「昼と夜」(1938年、エッシャーがその独自の作風を確立した最初の作品)に活かされていることが分かりました。



さてエッシャーは晩年の20年間、地質学者、結晶学者、数学者、更には知覚心理学者と交流するようになります。
彼自身は子供の頃から数学を苦手としていて、数学の論文の中味は全然理解できなかったらしいですが、論文で例示される図は大いに参考になったと、本人は述懐しています。実際、数学者ロジャー・ペンローズが考案し論文で図解した「ペンローズの三角形」や「ペンローズの階段」は、エッシャーの代表作である『上昇と下降』や『滝』に直接的な影響を与えています。そしてエッシャーの不可能図形も数学者たちに刺激を与えたとのこと。エッシャーの作品を鑑賞していると、「数学は美である」という言葉の意味が分かるような気がします。あ、そうそう、「滝」の中にエッシャーの大好きな正多面体が描かれていることに、今回初めて気がつきました・・・



エッシャーは自らを「グラフィック・アーティスト」と定義しており、「私は 私の作品を見てくれる人々の心に驚きを呼び起こそうとしているのです」という趣旨の発言もしているそうです。確かにエッシャーの作品には芸術でござい、という肩肘張ったところがなく、哲学的でありながら、どこかユーモラスで、親しみが持てます。エッシャーはこうも言っています。「私は子供のように何事にも驚くことができるという点に関しては、自信があります」と。世界に対する純粋な好奇心。センス・オブ・ワンダー。そこにこそエッシャーの最大の魅力があるのかもしれません。

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(公式サイトより引用)
「だまし絵」は、ヨーロッパにおいて古い伝統をもつ美術の系譜のひとつです。古来より芸術家は迫真的な描写力をもって、平面である絵画をいかに本物と見違うほどに描ききるかに取り組んできました。それは、そこにはないイリュージョンを描き出すことへの挑戦でもありましたが、奇抜さだけでなく、あるときは芸術家の深い思想を含み、また時には視覚の科学的研究成果が生かされるなど、実に多様な発展を遂げました。本展覧会では、16、17世紀の古典的作品からダリ、マグリットら近現代の作家までの作品とともに、あわせて機知に富んだ日本の作例も紹介し、見る人の心を魅了してやまない「だまし絵」の世界を堪能していただきます。
(引用終わり)



招待券をもらったので行ってきました。
会期終了間際の上、お盆休みということもあって、
かなり混雑していました。
まあ入場制限はありませんでしたが・・・・・・


楽しく観賞できました。
「これは『だまし絵』と言えるのか?」という作品もないではないのですが、
図録解説にもあるように「だまし絵」という定義を広く曖昧に取ることで、
初めて「だまし絵」展という展示が可能になったことも事実でしょう。
それこそ「騙された!」と思った来館者もいたかもしれませんが。


wikipediaによれば、だまし絵の種類としては、
1. 壁面や床などに、実際にはそこに存在しない扉や窓、人物、風景などを描き、あたかも存在するように見せかける作品
2. 平面作品に物を貼り付けて、絵の一部が外に飛び出しているような作品
3. 3次元の現実ではありえない建築物を描いた作品(例えば、エッシャーの作品)
4. 人体や果物・野菜などを寄せ集めて人型に模した作品(例えば、アルチンボルドや歌川国芳の作品)。寄せ絵、はめ絵という。
5. 普通に見ると人間の顔に見えるが、さかさまにしたり、向きを変えたりすると、まったく別の物に見える作品(例えば、ルビンの壷)。
6. 大きさや長さについて錯覚を起こさせるような作品

といったものがあるとのことで、
今回の展示では1〜4はありましたね。

1のタイプの作品では壁板の表現に感心しました。木目も丁寧に再現されていて、最初はキャンパスではなくて板に絵を描いたのかと錯覚したほどです。特に迫真性に満ちたトロンプルイユとしては、ジョン・ハバリーの「石盤―覚え書き」が良かったです。

2のタイプは分かりやすいトリック・アートですね。日本の描表装が多く取り上げられていたのは面白い趣向でした。鈴木其一はじめ江戸琳派の作品を拝めるとは思っていませんでした。眼福。

3は何と言ってもマウリッツ・エッシャーでしょう。「昼と夜」「凸面と凹面」「物見の塔」「上昇と下降」「滝」などの代表作が一堂に会し、なかなか壮観でした。
あとルネ・マグリットの作品が多かったのも嬉しい。「無謀な企て」「白紙委任状」など有名な絵を堪能しました。「望遠鏡」「落日」も良いですね。こんな不思議な絵を描くマグリットはどれだけ奇人変人かと思いきや、ダリなんかとは対照的に、愛妻家で慎ましい生活を送っていたというのですから、分からないものです。マグリットの場合、画題、テーマは斬新なのに絵の雰囲気は優しく親しみやすい。だから非現実的な世界を描いていても、あざとさを感じないんですね。その辺り、彼の生真面目な性格が反映されているのかもしれません。



4の代表は今回の展示の目玉であるアルチンボルドの《ウェルトゥムヌス(ルドルフ2世)》ですね。絵の出来映えはもちろん素晴らしいですが、皇帝を果実と花で表現するという大胆すぎる試みを思いついき実行したアルチンボルド、そしてそれを鷹揚に受け入れたルドルフ2世も大したものだと思います。だって下手したら不敬罪ものですよ!?
歌川国芳の「寄せ絵」は確か「ボストン美術館浮世絵名品展」かなんかで見た覚えがありますが、こうやってアルチンボルドと比較してみると、また違った楽しみがありますね。


5のタイプに近いものとしては、横から見ると人の顔が浮かび上がってくるエアハルト・シェーンの判じ絵がありました。



現代アートも充実していました。高松次郎の「影A」は不思議な静謐さを感じます。アニッシュ・カプーアの「虚空NO.3」なんかは「視覚の詐術」を超えて哲学的なものを感じさせます。
中でも素晴らしかったのはパトリック・ヒューズの「水の都」。鑑賞者が左右に動くと、それに合わせて写真も立体的に動きます。私は最初、高度な映像技術を駆使してスクリーンに投影しているのかと思ってしまいましたwww 近づいてみると非常に単純な仕掛けなのですが、錯視の効果を最大限に活かしており、非常に良くできています。最も遠くの情景と思われる部分が盛り上がっており、実は観客に近いところにある、という逆転ぶりがまた面白い。

本城直季の作品はどこかで見た記憶があります。本当に不思議な、そして素敵な作風だと思います。wiki見たら、私と殆ど年が変わらないんですね。凄すぎます。

レオナール・フジタ展−よみがえる幻の壁画たち



2009年6月12日(金)〜7月21日(火)

主催:財団法人そごう美術館


世界が認めた天才画家、藤田嗣治。フランス人画家レオナール・フジタとしてその生涯を終えるまでの足跡を辿る展覧会が全国4会場を巡回します

1992年、フランス・オルリー空港近くの倉庫で発見された、縦横3メートルの大作4点「構図」と「争闘」。それらは一部が1929年に日本で公開されたものの、その後所在が不明になっていた藤田嗣治の「幻の作品」でした。この4点はフジタが晩年を過ごしたアトリエの建物とともにエソンヌ県の所蔵となり、フランス第一級の修復チームにより6年の歳月をかけて本格的な修復が行われました。この幻の大作4点を世界で初めて一堂に公開した展覧会「没後 40 年 レオナール・フジタ展」が2008年夏から札幌を皮切りに全国5カ所を巡回し、延べ30万人を超える動員となりました。

本展は「没後40年 レオナール・フジタ展」に引き続き、全国のファンを魅了したエソンヌ県議会所蔵の幻の大作4点と、画家の終の棲家となったアトリエでの生活、最晩年の宗教画を紹介し、フジタの画業とその実像に迫ります。幻の大作を制作した後の1930年代、日本で過ごしていた藤田は群像表現の探求に没頭し、日本の風土、文化や嗜好に合わせた多彩な壁画を制作しました。これらの壁画は今までまとまって紹介されることがなく、美術ファンにとっても目にする機会がほとんどありませんでした。

本展ではこれらフランスと日本で描かれた貴重な大作にスポットを当て、今もエソンヌ県に残るアトリエの再現、全身全霊をかけた「平和の聖母礼拝堂」(シャペル・フジタ)のための習作、資料など多種多様な作品を展覧します。
(引用終わり)



今年の正月まで上野の森美術館でやっていた「没後40年レオナール・フジタ展」に行きそびれたので、横浜そごうでやっているレオナール・フジタ展を見に行きました。

この展示会の特徴として、フジタの代表作を網羅し、レオナール・フジタの画風の変遷を辿る、というありがちな構成をとっていないことが挙げられるでしょう。そもそも下絵やデッサンの類が多く、展示されている完成品の点数はかなり少ないです。フジタの絶頂期である1920年代の作品もそれほど展示されているわけではありませんし、太平洋戦争に従軍していた頃に描かれた「戦争画」は完全にカットされています。
本展示会は、1928年に展示されて以来、80年間人目に触れることのなかった大作「構図」「争闘」全4点の展示および制作過程の紹介、フジタの晩年のアトリエ再現、最晩年の作品「平和の聖母礼拝堂」建設過程の紹介など、かなりテーマを絞った構成になっています。


フジタの代表作を鑑賞する、というより、フジタの作画手法、ひいてはフジタの人となりに迫ることを目的としており、かなり野心的(マニアック?)な展示と言えます。これだけ下絵を大量に出す展示も珍しいんじゃないんでしょうか?


個人的にはかなり楽しめました。特に、晩年を過ごしたフランスはエソンヌ県の小村ヴィリエ=ル=バクルの“ラ・メゾン=アトリエ・フジタ”において現在も大切に保存されている、手作りによる多彩な家具や食器、小物、人形、アトリエや教会の模型、写真などは、フジタの実生活を生き生きと伝えるものです。
いくら手先が器用でも、たとえ人と極力関わらない隠遁生活を送っていたとしても、身の回りのものを全部自分で作ってしまう画家なんて、そうはいないんじゃないんでしょうか? またフジタが自作した陶器や装飾箱の絵柄が、何ともユーモラスで可愛らしい。遊び心あふれるこれらの作品は、フジタの大作、代表作と比べれば、美術的価値は劣るのかもしれませんが、本当に素晴らしいものだと思いました。あんな品々に囲まれて生活したら、どんなに毎日が輝いたものになるでしょうか。
そうそう、晩年のフジタは近所の小学生とよく遊んでいたらしいですが、フジタの偉業を良く知らない子供たちの目には「絵が上手な、優しいおじいちゃん」と映ったのではないかと夢想すると、思わず頬がゆるむというものです。フジタ手作りの生活道具は、きっと子供たちにも大人気だったことでしょう。
フジタの描く子供は、目がつり上がっていて、独特の風貌をしています。「見るからにかわいい」という感じではなく、むしろ小憎たらしい雰囲気があるのですが、どこか微笑ましい、不思議な味があります。

一方で精巧な模型からは、細部まで緻密に作り込み、寸分も揺るがせにしないという、芸術家らしい完璧主義がうかがわれます。子供たちと遊び、可愛らしい生活用品を自作する傍ら(笑)、「平和の聖母礼拝堂」のフレスコ画の下絵などを描いていたのですから、当然と言えば当然ですが。



で、ランスの「平和の聖母礼拝堂」ですが、これまた凄い。まず建築家モーリス・クロジエと相談しながら礼拝堂の設計を行っています。クロジエに宛てた手紙が展示されていましたが、ドアの建材や色調への細かい指示のみならず、綿密なスケッチも添えています。そしてフレスコ画(壁画)はもとより、礼拝堂の至るところを飾るレリーフ(浮き彫り)、庭に置く彫刻まで自らデザインするという徹底ぶりです。またステンドグラスに関しては下絵をおこし、ガラス職人シャルル・マルクの工房に足を運び、意見を交わしながら、その都度細かい指示を与えたとのこと。お得意の模型も制作しています。なお、フレスコ画の制作は、4ヶ月間、1日も休まずに、毎日10時間続けられたとのこと。その旺盛な行動力たるや、とても80歳の老人のものとは思えません。

つまり、礼拝堂が全部丸ごとフジタの「作品」だったわけです。こういう事例は他には類を見ないのではないでしょうか? 敬虔なカトリック教徒であったレオナール・フジタの情熱的な信仰心がその原動力であったのは間違いないでしょうが、そこまで神にすがるにいたったフジタの心の軌跡も気になるところです。もちろん彼の胸中は余人にはうかがい知ることはできません。しかし月並みな憶測で言えば、戦時中、従軍画家として日本軍部に協力したことへの自己嫌悪、そして戦後、戦争協力者として一方的に非難され、追われるようにして祖国日本を離れなければならなかったことへの悲しさが、晩年のフジタの心に深い影を落としていたように思います。そうした蟠りを宗教画として昇華し得た点に、フジタの天才を認めることができるでしょう。


それにしても興味深いのは、キリスト教的モチーフを描いたステンドグラスの作品群がそこはかとなくユーモラスな点。普通ならどうしても肩肘張った作品になってしまうでしょうに、これだけの大事業を遂行しつつ、なお一種の余裕を見せているのですから、ただただ感嘆するほかありません。


ちなみにフジタ夫妻の墓は、この礼拝堂の中にあるそうです。

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練馬区Walker発売!

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ちょっと高いなあ、と思いつつ買いました。
この本の目玉の1つ(?)は、何と練馬スパゲティ
のレシピが載っていること。


練馬区の小中学校に通った人なら、誰もが知っている練馬スパゲティ。
(ただし私の小学生時代は、まだ給食のメニューにはありませんでした。
中学校は区外の私立だったので食べる機会はなし)
練馬名物の大根をおろして、
スパゲッテイに和えるという斬新すぎるメニューです。
たぶん練馬区以外の学校給食には存在しないでしょう。


練馬区監修の公式レシピが載っていますので、
ご家庭であの伝説の給食を再現できますよ!!


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