古今亭日用工夫集

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多重夢はSFの定番で、他人の夢の中に侵入という設定もサイバーパンクの流行が終わった今となっては、もはや古臭いぐらいですが、複雑な構成のストーリーを最後まで破綻無くまとめた手腕は見事。

中盤、奥さんに関する主人公コブの説明が今ひとつ腑に落ちなかったのですが、実はそれが重大な伏線になっていて、後で見事に謎解きされた点には感心しました。



ただ、この作品、絶対にディックの『ユービック』を参考にしていると思うんですが、『ユービック』世界のグロテスクさに比べると、本作の夢の中の世界は理知的で整いすぎています。現実だと思っていた世界がそうではないと自覚された瞬間、全く異なる相貌を見せ始め秩序が失われ歪んでいくところに悪夢世界の最大の怖さがあるのですが、この映画では夢ならではの自由奔放な場面が少ないような。


潜入の実験段階でこそ、街が破裂したり折れ曲がったりしていましたが、いざ本番になると、犯罪チームのミッションの遂行をひたすら追いかける映像表現になってしまっているところが惜しまれます(夢らしかったのは無重力シーンだけ)。

アクションシーンは迫力満点ですが、その分、リアルすぎます。タイムリミットまでにミッションコンプリートなるか!という部分を前面に押し出してサスペンスフルに描いたために、世界への違和感が増幅していく悪夢的な恐怖感覚が伝わってこないんですね。(文字通りの)疾風怒濤の勢いだけじゃなく、それこそ「設計」が崩れてしまい何が起こるか分からなくなる、という展開が、もう少しあっても良かったんじゃないかなあ。



まあ「夢なんだから何でもあり」ではなくルールを事細かく設定したのはノーラン監督の1つの見識と言えるのかもしれませんが、多重夢SFの核心は現実と夢が混線していく不気味さにあるのですから、そこはあと一工夫してほしかった。

さて本筋とは関係ありませんが、父子和解のシーンは『市民ケーン』へのオマージュでしょうね。富と栄光を手にすることと引き替えに友を失う『ソーシャル・ネットワーク』と言い、『市民ケーン』の影響力は21世紀になっても絶大です。


かつて「朝鮮戦争の英雄」として名を馳せ、退役後はフォードの工員としてキャリアを積み上げた頑固一徹のダンディでタフな男、ウォルト・コワルスキー。ここまでなら現代版「保安官」とでも言うべき、完全無欠なアメリカンヒーローです。しかし定年退職し愛妻に先立たれた今となっては、彼は人種差別意識を隠そうともせず、他者との共存を拒み、決して己の非を認めず、揉め事は暴力で解決しようとする偏屈で粗暴で孤独な老人にすぎません。そう、本作の主人公のあり様は傲慢な老大国、アメリカ合衆国の姿そのものなのです。

そんな主人公が隣に住むモン族(ベトナム戦争でアメリカに協力したせいで故郷を追われたアジア系移民)の一家との交流を通じて、戦争以来頑なに閉ざしていた心を開いていく・・・ここにアメリカ合衆国再生への一筋の希望が見出せます。


それゆえに「目には目を」という西部劇的な力ずくの解決方法=「戦争」は糾弾されます。それまで自分が演じてきた西部劇ヒーローのあり方を『許されざる者』においてあえて否定し、またイラク戦争を批判したイーストウッドが単純な復讐劇を描くはずはないと思いましたが、ここまで見事なオチをつけるとは。私の予想を遙かに超えていました。イーストウッドは本作で俳優業を引退するとの話ですが、長くガンマンを演じてきたイーストウッドにとって、本作はまさに俳優業の集大成と言える作品ですね。これ以上ない、最高の幕切れでした。


報復は暴力の連鎖を生むだけであるというイーストウッドのメッセージは、9・11テロへの報復としての戦争を遂行中のアメリカ合衆国に重く突き刺さります。

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公開中の新作が話題の北野武監督のデビュー作。



唐突に噴出する乾いた笑いと、突発的に生起する不条理な暴力。この2つが分かちがたく結びつけられていることは、たけし演じる暴力刑事が終始にやついている事実からも明瞭だ。たけしの台詞回しはふざけているのかと思うほどだが、へらへら笑いながらごにょごにょと喋ることで、逆に底知れぬ凄味を生んでいると言えよう。得体の知れない存在感を醸し出す白竜の笑みも良い。


悪を憎む過剰な正義感を持つ刑事と、親分への過剰な忠誠心を持つ殺し屋。この2人には“際限”というものがない。殴る蹴るはもちろん、人を殺すことにさえ何の躊躇も感じない。その常軌を逸した徹底ぶりゆえに、周囲からは「きちがい」として疎外される。黒幕の仁藤や署長の吉成が「自分の立場」を強調するのとは対照的である。彼等のような保身に汲々とする俗物にとって、2人は恐るべき異邦人であり、理解不能な狂人でしかない。

結局、器用に立ち回ることなどできない両人は異端者同士、仲良く(?)激突するしかないのだ。死を全く恐れぬ虚無的な突進には、爽快感が一切ない。アウトローの美学が描かれることもない。興奮や熱気とは無縁な、どこまでも冷え冷えとした暴力の連鎖。ただただ絶望的で、狂気に満ちた結末。


薬莢の床に落ちる音が冷たく響き、不気味な静けさを印象づけている。


オボテ独裁政権をクーデターにより打倒し、国民の喝采を受けてウガンダ大統領となったイディ・アミンがやがて猜疑心の虜となり国民を虐殺していく様を、ひょんなことからアミンの側近となったスコットランド人医師(架空の人物)の視点から描いたポリティカルサスペンス。


フォレスト・ウィッテカーの怪演は、アカデミー主演男優賞を獲るだけのことはあると思った。
カリスマ性と人間味にあふれるパフォーマンス、残虐性と狂気に満ちた言動、ともかく圧倒的である。

自分でリンチを命じておきながら涙を流すような不可思議で屈折したアミンの精神構造を見るに、人間は実に複雑で矛盾に満ちた存在であると思わざるを得ない。

常軌を逸し粛清を繰り返すようになってからも時折見せる、親しみと温かみ。独裁者が先天的に持つ人心収攬術は、悪魔的な魅力を放っており、背筋が凍るほど恐ろしい。




世間知らずの青年医師、ニコラス・ギャリガンを演じたジェームズ・マカヴォイも、甘ちゃんのボンボンという雰囲気が良く出ていて秀逸。好奇心と大胆さは無鉄砲と向こう見ずにも通じ、率直さは軽率さに繋がる。楽天的なまでの陽気さは内省の欠如の裏返しでもある。純粋であるがゆえに感化されやすく、適応能力の高さが災いして批判精神を失ってしまう。

後先考えぬニコラスの行動原理の根底には一種のオリエンタリズムが潜んでおり、ウガンダへの浅薄な共感の背後に「非西欧」に対する優越意識があった。不倫騒動で見落としがちであるが、実はこの気持ちをアミンに見抜かれたことで、ニコラスは追い詰められていく。凶暴で異常な独裁者によるニコラスへの批判はある意味で真っ当なものであり、そこにこそ問題の本質がある。


ただ、ニコラスの「楽園」での享楽と退廃、「楽園」外でのウガンダの悲惨な“現実”がもっと描き込まれていたら、より迫力が出たと思う。


また、本来ニコラスの堕落は欧米先進諸国(特にアニンを支援してオボテ社会主義独裁政権を転覆させた旧宗主国のイギリス)の無責任さの隠喩でもあったはずだが、ニコラスがイングランド人の政商のところに助けを求めるシーンなどにより、その性格は弱められてしまっている。
アニンの暴政を非難するあの政商にしても、もともとはアニンに取り入って儲けようと考えていたわけであって、もとより善ではあり得ない。欧米の身勝手さがニコラス個人の愚劣と無節操へと矮小化されている点は惜しまれる。


〈白人=善・紳士、黒人=悪・怪物〉という構図に回収されないための工夫が欲しかった。


 頑固で不器用ゆえに世間から取り残されている孤独な師弟が「ボクシング」を唯一の武器としてのしあがっていく・・・となると、日本人なら『あしたのジョー』を想起しますね。あの漫画もラストは悲劇ですが、精一杯戦って敗れたので、まだ救いがあります。本作はあまりに残酷。 

 前半の高揚感に満ちたサクセスストーリーから一転して絶望へと叩き落とされましたが、物語当初から「練習生が帰った後の夜のジム」など画面を暗闇が覆うシーンが印象的でしたから、まあ明るい話で終わるわけはないですね。「自分の身を守れ」という教えを受けたボクサーが自らの命を絶とうとして、選手の身を極端に案じる過保護トレーナーが自殺幇助すべきかどうかで悩む。この劇的な暗転が胸を衝きます。


 本作をめぐって尊厳死の是非がアメリカで議論になりましたが、マギーが病院に延命治療の停止を要求する、というのでは、何の意味もないわけですね。マギーに「ボクシング」という充実した“生”を与えてくれたフランキー自身の手で“死”がもたらされなければ、マギーの人生は完結しません。 

 フランキーはマギーに娘の代替を、マギーはフランキーに父の代替を求めましたが、悲しいかな、両者の関係は所詮「ボクシング」を介してのものです。マギーはもうフランキーにトレーナーとしての喜びを与えることはできないし、ボクシングしか知らないフランキーがマギーにしてやれることは限られている。ボクシングが失われた今、両者の関係は決定的に変容してしまい、互いの愛をもってしても、どうすることもできません。「本物以上の親子」へと両者の関係を昇華させるには、あの結末しかなかった。それこそが本作の真の悲劇でしょう。 


 『ボーイズ・ドント・クライ』で体当たりの演技を見せたヒラリー・スワンクが今回も渾身の演技。他の女優は考えられないほどハマっていました。身体もメチャメチャ鍛えてましたね。イーストウッド監督・主演作は「イーストウッドのイーストウッドによるイーストウッドのための映画」になりがちなのですが、本作では彼女の存在感が光っています。 
 
 素直に真情を口に出せないフランキーの代弁者であるエディを演じたモーガン・フリーマンも良い味出してました。フランキーとエディの息の合ったやりとりが観ていて心地よかったです。

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