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アンディ・ラウ、トニー・レオンの香港二大スターが競演した犯罪映画の傑作。
警察に潜入した香港マフィアのラウと、香港マフィアに潜入した警察官のヤンが、己の素性を隠しつつ相手側スパイの正体を暴くべく熾烈な知能戦を繰り広げる。



何よりアイディアの勝利と言える。
麻薬取引と麻薬捜査が同時に進行する冒頭の騙し合いは、巧みなカット割りもあって、緊迫感に溢れていて面白い。
(まあ、あそこまで大胆にリークするのは危険な気がするが・・・)

ラウとヤンのどちらが相手を出し抜くかという展開を予想していたが、映画後半からは二転三転のどんでん返しで、画面に釘付け。良くできた脚本だと思う。



お目当てのトニー・レオンはさすがの好演。犯罪組織への長期潜入に嫌気がさし、早く警察に戻りたくて仕方がないのだが、マフィアの「仲間」たちにも情が移ってきてしまっている。その辺りの複雑な心情の機微を繊細な演技で表現していた。非情になりきれない優しさが印象的。

だが圧巻は、アンディ・ラウだろう。冷徹非道に見える彼だが、警察で昇進を遂げ婚約者も得たことで、「普通の生活」に憧れ始める。しかし、そのためには組織を裏切らなくてはいけない。鉄面皮の底で感情がさざ波を立てる。苦悩と葛藤の滲み出し方が絶妙であった。


組織を抜けて「善人」になることを希求するラウは、それがゆえに己の手を血で染めていく。マフィアとしての過去を抹消するために罪を重ねるその姿は矛盾に満ちており、「善人」になろうと足掻けば足掻くほど墜ちていく。まさに原題通り「無間道」(無間地獄)である。



ヤンの上司やマフィアのボス、ヤンの兄弟分など脇役も味わい深い。


シネマート六本木で観賞。小さいシアターで観客も少なく、見やすかった。

『スター・トレック』オリジナル・シリーズ(『宇宙大作戦』)の主人公、U.S.S.エンタープライズ号の艦長ジェームズ・T・カークの若き日 (士官候補生時代)を描いた作品。カークがスポック、マッコイ、ウフーラ、チェコフ、スールー、スコットら後のU.S.S.エンタープライズのクルーたちと共に初めて宇宙の大海原に旅立つ。


カーク船長の経歴などオリジナル・シリーズの設定と異なる部分がかなり多かったが、今回の物語は「時間改変」がテーマなので、パラレルワールドでの話と割り切ってしまえば、それはそれで楽しめる。それでいてコバヤシマルなどオリジナル・シリーズのエピソードも巧みに取り込んでいて、往年のファン(トレッカー)をニヤリとさせる。


疾風怒濤の展開で、特殊な科学用語・スタトレ用語が飛び交うこともあり、SF・スタトレに慣れていない人にとっては、ストーリーに付いていくのがたいへんだったかも。ただ特殊効果は見事で、迫力ある戦闘シーンが描かれていたので、ビジュアル的には楽しめたのではなかろうか。笑えるシーンも多く、スタトレ初心者も親しめるよう随所に工夫があった。



しかし、やや詰め込みすぎの印象も受ける。オリジナル・シリーズのメンバー(伝説のクルー)をほぼ勢揃いさせ、彼等1人1人の「見せ場」を作ったため、かなり駆け足の演出になったことは否めない。特に本作の肝である「正反対の性格であるカークとスポックが最初は対立しつつも、次第に互いのことを認め合っていく」という内面描写の部分の掘り下げが甘く、反目から和解への心境変化が少し唐突に感じられた。
そもそも本作のスポックはあまりに人間臭くないか?(笑) 熱烈恋愛シーンまであるとは・・・


一新されたキャストは全体的に良かった。オリジナル・シリーズのキャストと外見的にも良く似ていてびっくり(ヒカル・スールーはイケメン化したが)。今回主演に抜擢されたクリス・パインは若き日のウィリアム・シャトナーに本当にそっくり(容姿というより印象が)。本作では、若さゆえの未熟さを上手く表現していた。直情径行、無軌道・無鉄砲で女好き、反骨精神に満ちたトラブル・メーカーながらも勇猛果敢で行動力・決断力のあるカーク像は非常に魅力的であった。
スポック役は“HEROES”のサイラー役で有名なザカリー・クイント。スポックの雰囲気が良く出ていた。マッコイ役のカール・アーバンも好演。ウフーラ役のゾーイ・サルダナもセクシーで知的で素敵。チェコフが相変わらず酷いロシア訛りなのが笑えた。


未来から来た年老いたスポック役をオリジナル・シリーズのレナード・ニモイが演じるというのも粋なファン・サービス。ただクリンゴンが登場しないのは残念。



Ally McBealをドラッグ問題で降板して以来、精彩を欠いていたロバート・ダウニー・Jrが完全復活を遂げた話題作。

アメコミが原作ということもあり、ストーリーは荒唐無稽だが(科学的にはあり得ない現象が連発する)、特殊効果を駆使したアクション・シーンは迫力満点。随所に挟み込まれるユーモアも楽しい。まさに痛快娯楽作。


主演のロバート・ダウニー・Jrは相変わらずイイ男だが、Ally McBealで見せたような繊細さは本作では封印し、ちょいワルおやじ(もはや死語?)風。酒と女が大好きで目立ちたがり屋と、清廉潔白・品行方正な典型的ヒーロー像からは程遠いが、愛嬌があって憎めない。自身のドラッグ問題も不健康な雰囲気が漂う主人公とマッチしており、かえって良い。

主人公トニー・スタークへの慕情を抑えて彼に献身的に仕える美人秘書ペッパーをグウィネス・パルトローが好演。彼女はもういい年なのに、本作では実に健気で愛おしく見える。見事な演技力だ。


見るからに悪そうでやっぱり悪い(笑)、分かりやすい悪役に扮したジェフ・ブリッジスはさすがの貫禄。作品ごとに違った顔を見せる彼の演技はまさに円熟の域に達している。


ミッキー・ロークが自らの波瀾万丈の実人生を、過去の栄光の余塵で食いつなぐ老プロレスラー役に投影し、その孤高の最期を一心不乱に演じた、感動の人生ドラマ。



ランディ“ザ・ラム”ロビンソンことロビン・ラムジンスキーは80年代に頂点を極めたプロレスラー。しかし20年経った今ではすっかり老いさらばえ、スポットライトからは縁遠い存在になってしまった。他業種に転進して華々しい成功を収めた嘗てのライバルを後目に、彼は平日にスーパーでアルバイトをして糊口を凌ぎつつ、場末の小さな会場での試合に出場する形で細々と現役を続けていた。トレーラーハウスを間借りして(しかも家賃を滞納して大家から閉め出されることもしばしば)、1人寂しく過ごす毎日。それでもリングに立っている時は、往年のファンからの歓声を一身に浴びて、辛い日常を忘れることができた。そして、試合が終わった後は後輩レスラーたちから惜しみない賞賛を受ける。金銭的には報われているとは言い難いレスリング稼業だが、ヒーローとして生の充実を感じることができるリングは、彼にとってかけがいのない「居場所」であった。

だが、筋肉増強剤(ステロイドなど)や痛み止め薬(デメロールなど)の長年の常用がたたって、ランディはついに心臓発作で倒れてしまう。バイパス手術を受けたランディは、医者から「今後はプロレスなどの激しい運動は無理。命に関わる」と宣告される。彼は引退を決意し、スーパーでフルタイムで働くことに。唯一の生き甲斐を失った彼は、穏やかな暮らしとささやかな幸福を求めて、長年音信不通だった娘との関係修復を図る。そして馴染みのストリッパーであるキャシディとの関係も進展させようとするが・・・




もともとレスラーというのは因果な商売だ。他のスポーツや格闘技にも危険は付き物だが、故意に自分の肉体に傷をつけたりはしない。ショーでありエンターテイメントであるプロレスの場合、わざわざ自分で自分の身体を痛めつけるのだ。少なからぬプロレスラーが、試合で後遺症の残るような大怪我をし、また薬物漬けになる。そして引退(廃業)後の生活の保障は何もない・・・華やかなリングの外側では、苛酷な現実が待っているのだ。プロレスラーという生き方の真実に迫っている点で、この作品は既に成功している(アメリカではWWEという派手にショーアップされたプロレス団体が人気なので、プロレスラーという職業の陰影を浮かび上がらせた本作は、本国アメリカの人たちにとっては特に衝撃的であったと思う)。主人公がボクサーでは、ここまでの悲愴感は出せない(そもそも、いい年して現役にしがみついているという部分がリアリティを持たない)。



そして、ともかくミッキー・ロークが素晴らしい。どれだけ傷だらけになろうとも、「過去の人」と冷笑されようとも、リングで闘うことしか知らない、「普通の生活」を送ることができない、孤独で不器用な中年男の悲哀を、見事に背中で語っていた。リングでの動きも様になっていた。相当身体を鍛え、またレスリングのトレーニングをしたのだろう。自らの曲折した人生を丸ごとぶつけたかのような、入魂の演技であった。


当初、制作会社はこの映画の主演に売れっ子であるニコラス・ケイジを起用しようとしていたらしいが、監督のダーレン・アロノフスキーはミッキー・ロークを主演に据えることを強硬に主張し譲らなかったという。その結果、制作会社に「主演が落ち目の俳優では売れない」と判断され、制作費は数億円にまで削られ、公開日に封切りした映画館はたった4館にすぎなかったとのこと。予算を減らされてまでミッキー・ローク主演を守り抜いた監督の慧眼と信念は称賛に値する。スマートで洗練されたニコラス・ケイジでは、ここまでの傑作にはならなかっただろう。年輪の刻まれた、苦しみ疲れ切ったミッキーの相貌だからこそ説得力を持つのであり、年齢を重ね生きることに疲弊した者たちへの応援歌たり得るのである。



またマリサ・トメイがいいのな。まだまだ魅力的な肉体をしているが(踊りも上手い、マリサはプロのストリッパーに指導を受けたらしい)、ストリッパーとしては薹が立っており、人気の衰えは否定できない。ミッキーの好意は嬉しいが、息子もいるし、恋に溺れ、夢に浸るわけにはいかない・・・そんな複雑な心境を上手く表現していた。セクシーさとくたびれ加減のバランスが絶妙で、これまたリアリティがある。落ちぶれた者同士の、互いの傷を舐め合うかのような、未来のない恋が、何とも切ない。




ファイト・シーンは意外に少ないのだが、会場の設営といい、試合運びといい、客の反応といい、雰囲気は良く出ている。相当よく研究していると思う。ミッキー・ロークは70年代にプロレスラーとして活躍したアファ・アノアイにレスリング指導を受けたそうで、劇中には実際のプロレスラー達も出演しているとのこと。
そして日常部分の描き込みは非常に周到。ざらついた感触、くすんだ色調が、ランディの灰色の日常を的確に表現している。お涙頂戴に流れず、ドキュメンタリー・タッチで淡々と進むのも心憎い。一連のシーンでは、なぜランディはここまで転落したのか、どうして父と娘はここまで不和になったのか、そういったドラマを盛り上げるために本来不可欠であるはずの説明は巧妙に排除されている。描くのは、ひたすらにランディの痛々しい「現在」。彼がいかにして、ここに至ったのかは、彼の皺と傷跡に語らされている。この抑制された筆致に、監督の並々ならぬ技量を感じる。安っぽい感動ドラマに堕することを回避するための禁欲的な姿勢がラストに活きてくる。



最後の試合でのマイク・パフォーマンス、これが泣ける。ああいう煽り方はプロレスでは定番であり、ミッキーのセリフも実はありきたりの陳腐なものだ。ファンたちは、そのお定まりのマイク・パフォーマンスを耳にして、無邪気に喜ぶ。しかし我々観客は、ミッキーの演説に、万感の思いが込められているのを知っている。これは涙無しでは聴けませんよ。ショーという「虚」に、レスラーの「実」が重ね合わされる。その虚実ない交ぜの魅力がプロレスの本質であり、それを踏まえた上での名シーンなのである。


ラスト・シーンとエンディングの曲「ザ・レスラー」、もう涙が止まらなかった。そう、自分を殺してまで生き長らえることなど、誇り高き彼には、できることではなかったのだ。



時期が時期だけに、三沢光晴選手の死去とも重なり、余計に泣けた。


実話(ゴードン・ノースコット事件)を基に、失踪した息子を懸命に捜し求めるシングル・マザーの苦闘を描いた作品。

1928年、ロサンゼルス。シングルマザーのクリスティン・コリンズは、9歳の息子ウォルターを女手一つで育てていた。彼女は土曜日に、休暇を返上してウォルターをひとり家に残したまま出勤する羽目に。やがて夕方、彼女が急いで帰宅すると、ウォルターは忽然と姿を消していた。警察に通報するも「どこかで遊んでいるんでしょう」と相手にしない。ようやく翌日から捜査が始まるが、有力な手掛かりが何一つ掴めず、非情で虚しい時間がただ過ぎていくばかり。職権濫用と職務怠慢でただでさえ評判の悪いLAPD(ロス市警)に対する市民の批判は強まる一方であった。

それから5ヶ月後、ウォルターがイリノイ州で見つかったという朗報が入る。そして、ロス市警の大仰な演出によって報道陣も集まる中、再会の喜びを噛みしめながら列車で帰ってくる我が子を駅に出迎えるクリスティン。だが、列車から降りてきたのは、ウォルターではなかった。クリスティンは人違いだと警察に訴えるが、捜査ミスを認めたくない警察はクリスティンを錯乱していると決めつけ、精神病院に送り込んだ・・・


猟奇殺人事件よりもロス市警の腐敗に焦点を当てたのは、個人を抑圧する国家権力の暴力性を告発してきた近年のイーストウッドならでは(『ミスティック・リバー』・『父親たちの星条旗』など)。本作では、独善的で傲慢で横暴な警察組織の醜態と「世界の警察」アメリカの没落とが二重写しになっているのだ。それにしても、かつてマッチョでアウトローな西部劇ヒーローを演じていたイーストウッドが「母親」をヒーローに据えるとは、実に興味深い。



その上で、異常犯罪者ゴードン・ノースコットが主に「監禁者」のイメージで描かれていることに注目すべきだろう。物理的に危害を加えているシーンは巧妙にボカされ、恐怖によって相手の精神を支配し、人間性を破壊していく様が強調される。警察に盲目的に協力する医師・看護婦、ゴードンの殺人を手伝う甥のサンフォード・クラークなどの加担者は、脅迫に屈して人間としての尊厳を失った者たちである。

本作において養鶏場と精神病院は、「監獄」という意味で同等なのである。


ラストで、この「監獄」=システムに反逆した「ヒーロー」がもう1人いたことが分かる。図らずも悪徳警部の「似たもの親子だな」という罵倒が逆の意味で的中したことになり、見事なまでに感動的である。



アンジェリーナ・ジョリー&精神病院というと、『17歳のカルテ』を思い出すが、彼女も今や母親。本作でも、しっかり母親の顔になっていた。憔悴しきって涙ボロボロで化粧も崩れるわ、怒りのあまり顔を歪めて喚き散らすわと、従来のセクシーなイメージを完全に封印しているところに女優魂を見た。どんな逆境にあっても息子への愛を捨てない姿はまさに「母は強し」で、不当な抑圧に決して屈することなく、どこまでも信念を貫く強靱な意志が清々しい。特に院長に悪態をつくシーンは痺れるほど格好良い。ゴードン・ノースコットに詰め寄るシーンでは、シリアル・キラーよりもアンジーの方が怖いぐらいで、鬼気迫るものがあった。

ジョン・マルコヴィッチ、ジェフリー・ドノヴァンなど、他の出演陣の好演も光った。


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