古今亭日用工夫集

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東日本大震災という未曾有の大災害を前にしても、「報道」の使命を果たさず、無意味な記事を垂れ流す日本の大手マスコミに絶望したフリージャーナリストが、ついに「お前はもう死んでいる!」と宣告した!!

著者は朝日新聞の記者出身だけに、新聞社(特に全国紙)の内情には非常に詳しい。手抜き記事を(1) パクリ記事、(2) セレモニー記事、(3) カレンダー記事、(4) えくぼ記事、(5) 観光客記事に分類し、具体例をこれでもかと示す。そして21世紀に入ってから、新聞記事の質の劣化が著しくなった原因を、不況を背景とした報道部門に対する過度のコストカット、インターネットの普及など新聞社を取り巻く社会環境が大きく変わったにもかかわらず速報性に傾斜したままの旧態依然とした体質に求める。


そして「記者クラブ」問題も含め、日本のマスメディアの問題点と解決策を分かりやすく整理。既存メディアの言い分(弁解?)を論破しつつも、ネットで一部見られる「記者クラブ解体論」など過激な意見にも与せず、バランスのとれた、そして奥行きの広い議論を展開している。


ただ、フリーの記者であるというだけで、上杉隆・岩上安身・おしどりマコらを好意的に評価している点には疑問を感じる。彼等がビル・コヴァッチ氏の言うところの「ジャーナリズムの原則」を守っているとは思えないのだが・・・・・


映画『ソーシャル・ネットワーク』を観て、「フェイスブックのようなソーシャル・ネットワークのアイディアを思いついたのは、ボート部の双子を含めて多数いただろうに、どうして大学生が遊び半分で始めたフェイスブックが同業他社を蹴散らすに留まらず、ネット界の巨人であるグーグルをも脅かす巨大企業へと発展することができたのか? フェイスブックは他のソーシャル・ネットワーク・サービスとどこがどう違うのか??」と疑問に思った人は少なくないのではないか。

この疑問はある意味当然である。なぜなら映画『ソーシャル・ネットワーク』の原作の原題は「偶然の億万長者たち」だからである。つまりフェイスブックの成功は「偶然」だと思っているのである。だから、彼女に振られた腹いせにフェイスマッシュを立ち上げた、ウィンクルヴォス兄弟のアイディアを盗んだ、創立メンバーのエドゥアルド・サベリンを裏切った、などとあることないことを面白おかしく描いているのである。虚偽と謀略で塗り固められた成功。若き億万長者に嫉妬する大衆好みのスキャンダラスな「物語」と言えよう。



それに対して本書は、マーク・ザッカーバーグ本人ほか多数の関係者への取材によって、フェイスブックの発展プロセスと企業戦略を詳細に叙述し、成功の要因、SNS発達史における意義を鋭く分析する。作者によれば、フェイスブックの成長が幾つかの幸運に助けられたのは事実だが、ザッカーバーグの遠大なビジョンと確固たる信念、卓越したリーダシップがなければ成功はあり得なかったという。

実のところフェイスブックは、人類が使う全ての情報を収集し体系化することを目指すコンピュータ至上主義のグーグルと異なり、画期的な技術革新を成し遂げたことはない。にもかかわらずフェイスブックが大成功したのは、「現実世界の人間関係をそっくりそのままデジタル世界に持ち込む」(インターネットをソーシャル化する)というザッカーバーグの「哲学」そのものが人々の、社会の支持を得たからに他ならない。フェイスブックの特徴とされる実名主義に基づく厳格な個人認証、リアルタイムウェブ、オープンプラットフォーム、クラウド翻訳も、彼の理念の具現化であり、いわば必然的な進化の過程に位置づけられる。シンプルさとクリーンさをひたむきに追求するザッカーバーグの人間性こそがフェイスブックの核心なのである。「ぼくは会社を経営したいわけじゃない」と公言する彼は、人々が現実の交流・交際を深めることを心から願い、そのためのコミュニケーション・ツールとしてフェイスブックを発展させてきた。青臭いどころか子供っぽさすら残るザッカーバーグが天才的な閃きとみずみずしい感性によって大人たちの「常識」と「価値観」を打ち破っていく。そのサクセス・ストーリーは痛快きわまる。

とはいえ、本書は単なるザッカーバーグ礼賛本ではない(邦題は「若き天才の野望」という安っぽいものだが)。ザッカーバーグが当初、フェイスブックの可能性に懐疑的で、周囲の反対を押し切ってワイヤーホグという別のプロジェクトに長い間執着していたことを作者は指摘する。
またザッカーバーグが、想像を絶するスピードで拡大し続けるフェイスブック・ユーザーの反応や要求を前に右往左往し、しばしば過ちを犯したことも正確に伝えている。
そして、フェイスブックが巨大化しビジネス重視へとシフトするにつれ、大学寮のルームメイトとして共にフェイスブックを創立した仲間であるダスティン・モスコヴィッツやクリス・ヒューズとの間に軋轢が生まれていったことも容赦なく暴いている。


良きにつけ悪しきにつけ、フェイスブックは人々に情報の共有と連帯を促し、無名の一個人に強大な発信力と行動力を与えた。「大学生の交友のお手伝い」という当初のサービス範囲を遙かに超えて「人のつながり」の新しい形(互恵関係の世界的拡張)を生みだし、ネットワーク効果によって世界を一変させた。今やフェイスブックは、友達がアップロードした写真にコメントしたり、遠くに住む家族とソーシャル・ゲームをやるだけのユーティリティではない。マーケティングやプロモーション、消費者のプロダクト参加はおろか、慈善事業や政治運動にさえ活用されているのだ。

ザッカーバーグの高邁な目標に沿って、フェイスブックは世界を透明化することで、人々の信頼関係を強化し、グローバルな民主主義を促進し、より公正な社会を作ることに寄与するのか。それとも彼の期待に反して、世界中の人間の個人情報を一私企業が掌握することで、人類史上最悪の監視社会が誕生してしまうのか。はたまた後ろから追いかけてくるツイッターに敗れ去る日が来るのか。現代を知るにはフェイスブックを知らなければならない。そのためには本書を読むべきであろう。


著者の古賀茂明氏は経産省きっての改革官僚である。通産省産業政策局総務課産業組織政策室長時代には橋本龍太郎大臣を動かし独禁法の改正にこぎつけ、OECD事務局に出向した際には「発送電分離」の勧告をOECDに出させ、産業政策局取引信用課長に就任すると警察庁・法務省を手玉に取ってクレジットカード偽造を取り締まるための刑法改正を実現させた。

福田政権下では渡辺喜美行政改革担当大臣の推薦を受けて国家公務員制度改革推進本部事務局の審議官に就任し、急進的な公務員制度改革案の策定に取り組み、「霞が関全体を敵に回した男」となった。しかし民主党政権が誕生すると、霞が関の圧力に屈した仙谷由人行政刷新担当大臣(当時)の判断で国家公務員制度改革推進本部事務局を追われ、「経済産業省大臣官房付」という閑職に回された。自らが手がけた公務員制度改革が民主党政権下で次第に後退していくのを見て危機感と焦燥感を抱いた著者は、改革の推進を訴える論文を次々と発表する。

そして著者はついに2010年10月15日の参院予算委員会にみんなの党の参考人として出席、菅政権の「天下り根絶」対策が有名無実であることを指摘したところ、仙谷由人官房長官から「古賀さんの上司として一言先ほどのお話に私から話をさせていただきます…こういうやり方ははなはだ彼の将来を傷つけると思います」との「恫喝」を受けた。


官邸と霞が関を完全に怒らせてしまった著者の役人人生は、今や風前の灯火、「今年の7月15日をもって退職するように」と退職勧奨(肩たたき)すら受けている(ちなみに最近断ったらしい。古賀さんガンバレ!!)。それでも著者は自分の信念を決して枉げない。なぜなら財政破綻と経済崩壊が目前に迫った日本を立て直すには、改革の迅速な実行以外にないと確信しているからだ。本書は、腐敗の極みにある霞が関という最大の「抵抗勢力」を相手に孤軍奮闘してきた改革派官僚の戦いの記録であり、また日本再生のための手引き書でもある。更に東日本大震災を受けて、急遽、政府の福島原発事故への対応の評価と東電改革案を追加している。



ただし、著者が示す「日本中枢」の病根と処方箋は、さほど斬新なものではない。凡庸ではないが、ごくごく真っ当なものである(その意味で、本書の帯に書かれた「日本の裏支配者が誰か教えよう」という暴露本的な宣伝文句は大袈裟すぎて、本書のオーソドックスな内容とのギャップを感じる)。
たとえば公務員のキャリア制度には法的根拠はなく単なる慣行にすぎないとか、日本国憲法は総理の各省大臣に対する主導権を認めているが各省の役人が所轄の大臣を操り総理の主導権を形骸化させているといった指摘は、政治学者の飯尾潤氏が『日本の統治構造――官僚内閣制から議院内閣制へ』(中公新書、2007年)で既に指摘している。
TPP推進ゾンビ企業の淘汰が必要という主張は、竹中平蔵氏ら所謂「構造改革派」のそれと基本的に同一だ。「ガラパゴス化」や民主党政権が進める海外インフラビジネス(幸か不幸か菅の脱原発表明で頓挫しそうだが)の落とし穴についても経済評論家がしばしば言及している。そして霞が関はマスコミや学者たちに「縦割り行政」「省益あって国益なし」と常々批判されており、「官僚主導」を改めるべきとの認識は国民に広く共有されている。人によっては「何を今更」と感じることだろう。

さすがに著者が最も力を入れている公務員制度改革に関しては、「省庁の幹部は最低5年間は民間に出た人にする」「中央省庁の部長級以上は任期制」「給与は50歳以降は逓減」「役職定年制の導入」「局長・部長・課長の入れ替え制」など、かなり踏み込んだメニューが目立つが、降格人事を可能にし民間から幹部を登用すべしという程度のプランならば多くの論者が提唱している。


実のところ、日本政治の問題点とその解決策は、一定の知識を持っている人々にとっては自明のことである。著者言うところの「官(官僚)・農(農家)・高(高齢者)・小(中小企業経営者)」という過剰に“保護”された特権階級の既得権益を剥奪し、自由で公正な競争社会を作ると共に、“本当の”弱者のためのセーフティネットを構築する。極めてシンプルな話である。奇策は必要ないのだ。


改革のアイディアを提示することは難しくない。本当に難しいのは、改革を現実に遂行することだ。官僚の抵抗を排して実効性のある改革法案を実際に策定し、それを通すことが至難の業なのだ。その証拠に、「脱官僚」「政治主導」を標榜して政権の座に就いた民主党も、結局は霞が関に取り込まれてしまった。彼等とて最初から官僚の言いなりになるつもりはなかっただろう。だが官僚は利権を維持拡大するために、巧妙に大臣を言いくるめ、改革に協力すると見せかけて改革を骨抜きにし、本気で改革を推進しようとする政治家を追い落とす。だから改革を実現しようとしたら、官僚の手練手管を見破り、騙されないことが必須だ。
その点で、現役官僚によって著された本書は非常に有益なものと言える。天下り規制を謳った「退職管理基本方針」が事実上の天下り拡大方針であるということなど、普通の人がパッと見ただけでは絶対に分からないだろう。官僚の姑息な“手口”を熟知している著者だからこそ、美名に覆い隠された陰謀を見抜くことができるのだ。入省以来30年間、守旧派官僚と激闘を繰り広げてきた当事者の口をついて出る「改革」という言葉には、外野の“安全地帯”から評論家的に語られる「改革」とは異なり、非常な重みがある。



本書を読んでいると「ここまで官僚は劣化しているのか」と暗澹たる気持ちになる。しかも著者は「日本を変えるのは総理のリーダーシップだけ」と結論づけており、リーダー不在の政界を思い返して、絶望したくなる。だが警世の書である本書が20万部のベストセラーになっているという事実は、一筋の光明である。著者はリーダーの条件として、発言にぶれがなく一貫性があること、国民から公平であるという信頼感を持たれること、地位にこだわらないこと、の3つを挙げている。悠々自適の生活が保障される天下りポストを蹴って、経産省はおろか霞が関全体から敵視されても持論を譲らない剛直な著者は、まさしく上記の3条件を備えていると思う。

著者は真の「政治主導」を実現するため、総理直結の国家戦略スタッフの創設を提案しているが(改革推進本部時代に国家公務員法改正案に盛り込んだものの民主党の反対で廃案)、著者が経産省をクビにならずにリーダーシップのある“新”総理の下で働くようになれば、日本は確実に変わるだろう。

「国民が基本的な勉強もせず、民主党に政権担当能力がないと感情的に決めつけるのは困ったものだというのが、ある政治家の嘆きだ」「国民が便宜供与や利益誘導、そして権利拡大を無責任に求め続ければ、政治家の『信頼』を失う。そして、政治家に信頼されない国民の行動は、究極的に民主主義社会を破壊してしまうだろう」(2010 年12月28日:上久保誠人「再び敢えて問う、実は国民こそ政治家から『信頼』されていないのではないか」http://diamond.jp /articles/-/10598)


 小選挙区制の導入による55年体制の崩壊は、政権交代の可能性を生み出した。その結果、以後の政権運営においては世論の方向を見極め、国民から幅広い支持を得ることが何よりも重要になった。しかし小泉以後の政権は世論を味方につけることに失敗し、迷走を続けている。そのことを端的に示すのが、国政選挙における与党の大敗や世論調査における内閣支持率の乱高下である。政治家や報道関係者、政治評論家は政権への支持が安定しない状況を「移り気な世論」と解釈し、政策をきちんと吟味せずにその時々の雰囲気で政権への支持・不支持や投票行動を決めていると有権者を批判する(テレポリティクス批判)。冒頭で紹介したような嘆き節はその典型で、愚民観の表明とすら言える。

 しかし本当に国民は政策を理解しないまま、感覚的・感情的な判断によって“何となく”政権への支持・不支持を決定しているのだろうか。現在では、新聞・テレビ・ネットなどで頻繁に世論調査が行われているし、国政選挙が行われれば、その結果の詳細が新聞に載る。世論を知るためのデータは豊富にあるわけだが、果たして政治家や番記者たちは、そのデータを正確に読み解いているだろうか? 
 著者はそんな疑問に基づき、世論調査や選挙結果に対し、印象論を排した計量分析を試みる。選挙結果のどの部分に注目すれば、得票構造を正しく把握できるのか(著者は「農村度」という指標を重視する)。質問文の表現や選択肢の作り方、調査対象の抽出方法といった世論調査の手法の違いが、調査結果にどのような影響を与えるのか。膨大な情報を的確に処理する著者の手際は鮮やかだ。そして、異なる定義・条件で調査した数値を比較する(面接方式とRDD方式の結果を単純比較etc.)といった従来の杜撰な分析結果の誤謬を白日の下にさらけ出す。


 曰く、
☆2005年の郵政選挙における自民党の圧勝は、テレビ受けの良い国民的人気のある小泉純一郎が総理総裁であったからでも、「刺客候補」などの自民党のメディア戦略が奏功したからでもなく、「構造改革」という小泉の政治路線が都市部の若・中年層に支持されたからである。
☆2007年の参院選で自民党が惨敗したのは、「構造改革」で傷ついた地方・農村部が自民党から離反したことが原因ではなく、1人区で野党が選挙協力を行ったことと、安倍政権が「構造改革」の継続に不熱心であるのを見た都市部の若・中年層が離反したことが真の要因である。
☆2007年自民党総裁選の最中にメディアで報じられた「麻生人気」は、実態を伴わない虚構でしかなかった。ネットにおける極少数の熱烈な麻生支持者の声を大マスコミが「国民の声」と誤解したことにその淵源を持つ。
☆2007 年総裁選以後に何度と無く行われた世論調査において、麻生への支持率が上昇していったのは、「麻生人気」によるものではなく、競争者が次々と脱落する中で麻生1人が「総裁候補」としてマスコミに注目され続けたからにすぎない。“現実的な選択肢が麻生以外にない”という国民の消極的支持を「麻生人気」と誤認し、麻生を「選挙の顔」として総裁に選んだことで自民党の下野は運命づけられた。
☆2009年の総選挙での自民党の惨敗は、「小泉構造改革への反発」によるものではなく、「地方の衰退」を口実に小泉構造改革を放棄して「古い自民党」に戻り、政権の針路を世論とは逆方向に取って突き進んだ結果、自民党が都市部(改革派)の有権者の支持を失ったことに起因する。

 要するに「国民は政治のことなど分からないから、ワイドショー受けする人気者を党首に据えれば選挙に勝てる」という有権者をバカにした態度が、自民党の完敗を生んだというわけだ。自民党は世論を曲解したことで、世論からしっぺ返しを受けたのである。現在の菅政権も、「国民が政策を理解してくれない」などと言い訳を始め、バラマキ政策やイメージ戦略で支持率浮揚を図るという愚策に走っている。そういう浅知恵は、既に国民に見透かされているということに気づいた方がいいだろう。上辺のイメージに騙されて投票するほど選挙民はバカではない。むしろ政治家こそが世論を上っ面でしか理解できていないのだ。


 あらゆる政党は、大多数の政治家は、選挙区に戻ったりネットを見ることで、有権者の熱のこもった“生の声”を懸命に拾おうとする。だが、その努力こそが落とし穴なのだと筆者は説く。政治家に陳情してくる支持者の声やネットに氾濫する政治的意見も、世論の一部でしかない。この一部の偏った意見を「国民の声」と錯覚することで、政治家は世論を見失ってしまうのだ。
 2009年の衆院選において自民党は民主党の日の丸切り貼り問題や日教組との関係を批判し、麻生太郎総裁(当時)は応援演説で「われわれは保守党だ。郷土、家族、日本、日の丸を守るのは自民党だ」と絶叫した。
http://blog.goo.ne.jp/05a21/e/14e7331388ffb3061d7d9710ea1bc610
http://unkar.org/r/newsplus/1250799147
演説会は大いに盛り上がり、ネットでも麻生に対し賞賛の声が挙がったが、こういうイデオロギー的主張に拍手喝采するのは、旧来からの熱心な自民党支持者とネット世論だけであるということを自民党は完全に見落としていた。この誤断こそが自民党の敗因だったのである。

 実際に選挙の趨勢を決めるのは、政治活動はおろか政治的意見を声高に語ることもない、日常的には政治との接点が乏しい“普通の”有権者である。この大多数の“声なき声”を聞くために最も有効な手段は、街頭に立つことでもなく、2ちゃんねるをチェックすることでもなく、世論調査や選挙結果の無機質で冷たい “数字”と真摯に向かい合うことだ。この冷厳な事実を、若干の皮肉を込めて淡々と語る本書は、政治活動や政治評論を生業とする専門家にとって必読の本と言えよう。そして「大手マスコミの世論調査は偏向で、ネット世論こそが真の世論」と勘違いしているネット中毒者たちにとっても。



今の若者は「内向き」で上昇志向に欠けている、もっと海外を目指せ・・・
という若者批判を、最近良く耳にする。
だが、そういう大人たちもまた、実は「内向き」なのである。

政治家も官僚も財界人も評論家も文化人もマスコミ関係者も、その殆どが日本国内でしか通用しない「内弁慶」である。「内弁慶」たちが内向きの発想で日本を動かしているのだから、日本が衰退していくのも当然である(勿論このことは、政官財トライアングルを批判して「政権交代」を果たした民主党政権の面々にも当てはまる)。


その点、世界を股に掛けてビジネスの最前線で活躍してきた大前氏の提言は、日本国内でしか通用しない「ガラパゴス」な議論とは異なり、グローバル・エコノミーの本質を踏まえており、説得力がある。



ボーダレス化・IT化が進む現在の世界経済は、もはやマクロ経済学(「神の見えざる手」)では説明できないものになっている。
だから、既存の経済学に則った従来型の景気対策や経営戦略では「デフレ不況」を克服できない。田舎で無駄な公共事業をやる「緊急経済対策」や同業他社との「価格競争」では、「成長」には結びつかないのだ。
大事なのは、今までとは全く異なる(一見「不合理」な)消費行動を取るようになってきた消費者個々人の心理―民の見えざる手―を正確に読み取り、彼等の需要を刺激することである。その仕掛けを大前氏は「心理経済学」と名付けている。


数多の連載を持ち、多作家である大前氏なので、本書の記述は過去の主張と重なる部分(湾岸100万都市構想や容積率の大幅緩和など)も多いが、コンパクトな内容にまとまっており、大前氏の現時点での構想の概略を知る上では有用である。
なお、大前氏が(時代に合わせて更新しているとはいえ)同じような主張を繰り返しているのは、大前氏の考えに進歩がないからではなく、日本の政官財が大前説を受け容れずに見当違いの彌縫策を繰り返してきたからである。大前氏の大胆な主張を知れば、民主党が目玉政策としている事業仕分けが「改革」の名に値しないことは一目瞭然である。


「既存の経済学の数式モデルはもう役に立たない」と断言する大前氏だけあって、本書には小難しい数式は一切出てこない。具体的なエピソード満載で、非常に分かりやすい。
ただ幅広い分野におけるエピソード紹介に紙幅を取られた分、本書では大前氏お得意の「グランドデザイン」(道州制、グレートソサエティーなど)の話はやや少なめである。
とはいえ、大前氏の政治理念の根幹は明快に読みとれる。
すなわち、官僚の恣意的な裁量権を奪い、「すべてのルールは住民が決める」ことで、全国一律の悪平等社会から自立した地域が互いに競い合い高め合う社会に変えよう、ということだ。大前氏は言う。「本当の霞が関の埋蔵金は、霞が関が独占していた『権限』なのである」と。




それにしても、大掛かりな政策提言を行ってきた大前氏が、本書の最終章で「定年後のグッドライフ」指南という、非常にミクロな話をするのには驚いた。現代は「個人」が世界を動かす時代であるという認識が根底にあるのだろうが、「中央集権に固執しバラマキを続ける今の日本の政治家や官僚には期待できない」という氏の深い絶望も垣間見える。特に、野党時代は割とまともな経済政策を唱えてきた民主党が政権を獲った途端に、自民党顔負けの利権漁りに走ったことへの失望が大きいようだ。

そこで、大前氏は日本人1人1人に望みを託した。
要するにお金を銀行に預けていても、そのお金は国債の購入に使われ、政府の無駄遣いを助長するだけだ、というのである。貯蓄好きの日本人が多くの趣味を持ち活発に消費を行えば、景気は上向き税収は増え、国債破綻リスクは遠のく。う〜む、なるほど。そう来ましたか。



日本の経済がここまで悪化したのは、政官の無能と堕落によるものだが、国民の側の依存心にも問題がある。国民が“お客様”感覚で行政に過大な“サービス”を求め続けたからこそ、日本の財政支出は膨れ上がった。いわゆる「大きな政府」である。自主自立の精神によって政府の介入を最小限に抑えることが、日本復活のための必須条件と言える。我々は「そんなサービスはいらないから、税金を減らせ」と言い続けなければならない。


もはや、この国の破滅を救うのは、「政・官の見える手」を断固拒絶するという意識変革を遂げた国民だけなのである。

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