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山崎元のマルチスコープ
【第133回】 2010年6月9日
山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]
菅新首相の経済政策。第3の道は「社会主義化への道」か?
(前略)
菅新体制について経済面で注目されるのは、消費税とデフレ対策だ。
消費税については、前回総選挙のマニフェストで民主党が政権を取った場合、向こう4年間税率を引き上げない方針を謳っていた。菅氏も、財務相就任当初は、増税の話を先にやると、支出の削減が上手く行かないので、先ずは財政支出の削減に注力すると述べた。
しかし、その後、消費税についても議論は先行して行っていいと態度を変え、最近は、税率引き上げに積極的な印象であった。財政再建に積極的な論者の中には、前回総選挙から4年経過後即座の引き上げを決定して欲しいとか、あるいは、前回総選挙のマニフェスト自体を見直して、早く税率を引き上げるべきだという議論もある。
他方、金融危機後の需要落ち込みがまだ完全に回復せず、デフレ傾向が根強い現状で、消費税率の引き上げを急ぐべきではないという意見がある。
筆者は、後者に賛成するが、増税の時期以上に財政支出の改善(主に削減による効率化)がもっと重要だと思っている。一方、たとえば、消費税率引き上げとセットで法人税率を大幅に引き下げるなら、景気と経済に対するトータルの効果はプラスになる可能性はある。何れにせよ、当面の支出の財源が税金か国債かは資金繰りの問題であり、個々の財政支出の必要性と効率性の問題の方が明らかに重要に思える。
(中略)
さて、菅内閣の当面の注目点は前記の二点だが、中長期的な視点を含めて面白いと思うのは、菅氏の経済思想だ。彼は、増税しても、そのお金を正しく使えば、景気は良くなり、失業が減るという趣旨のことを何度か口にしている。
財政赤字を伴う財政支出が、「短期的には」景気を拡大するという考え方には、総合的な賛否を別とすれば、世間に賛成者が多いだろう。一昔前は、「景気対策」というと、もっぱらこうした財政政策だった。
一方、市場経済に基づく民間のお金の使い方の方が、政府(つまり政治家と官僚)によるお金の使い方よりも効率的だという考え方も、大方の賛成を得るだろう。かつて、小泉内閣のキャッチフレーズだった「構造改革」はこの考え方に基づく。
しかし、たとえば、菅氏の有力ブレーンの一人とされる小野善康大阪大学教授の言を借りると(以下『日本経済新聞』6月5日朝刊5面のインタビュー記事を参照した)、景気(第1の道)でも、効率(第2の道)でもない、「第3の道」の考え方として、「雇用をつくるには増税し、税収を直に使って仕事をつくればいい」という考え方があって、これがいいのだという。そして、この場合、「例えば失業率が3%以下に下がれば、政府が事業から手を引くと決めておくのが重要だ」という。
課税して集めたお金を100%使うとすると、経済全体としての消費性向は上昇する公算が大きいから、確かに、それでも雇用は増えるのかも知れない。失業の存在こそ最大のムダだという考え方にも一理あるし、雇用対策を増税でファイナンスするなら政策の継続に無理がないし、国債での資金調達が金利を引き上げる心配もない。
しかし、以下の3つの心配がある。
最大の心配は、官製事業の連鎖的拡大だ。
仮に、5%の失業率を、3%未満に引き下げるために、増税して、2%分の雇用創出だけにそのお金を支出するとしよう。確かに、支出に対応する仕事が出来てその分の雇用が生じるかも知れない。しかし、新たな増税によって民間の需要を奪っているので、奪われた需要分の仕事が減るはずだ。
この減少分を補うためには、再度財政支出を拡大することになるが、これを再び増税で賄うと、また新たな需要の減少が生じる。すると、また同じプロセスを繰り返すことになる。
この一連のプロセスが繰り返されると、支出が雇用創出につながるとしても、民間の仕事が減って、官製の仕事がどんどん増えることになる。経済の「官業シフト」が急速に進むことになるではないか。「第3の道」とは、経済を社会主義化する道である。
また、小野氏の提唱する方式だと、失業率が3%以下になった場合は、政府が事業から手を引くということになっているが、これは難しいのではないか。民主党の「ムダの削減」がサッパリ進まないことからも窺えるように、いったん事業化された組織は、官僚がその廃止に抵抗するので、なかなか無くならない。
たとえば介護なら介護の事業体を会社形式にして、民間に売却するような民営化案件を将来に作るなら、金融業界が喜ぶ案件になる可能性があるが、形だけ民間でも、政府から受注の形でお金が流れたり、新規参入者・競争者に対する規制の形で援助を受けたりといった、国会のチェックの及ばない「隠れ官業」になる公算が大きい。
加えて、当初から、官業の効率性が心配だ。そもそも、有望な事業家のチャンスが乏しいから民間の投資が低迷しているのだ。そして、政府に民間以上に事業構想能力があるとは思えない。もちろん、政府にも事業を真剣に考える人がいるだろうから、中には成功例が出るかも知れないが、傾向として官業は非効率的であるというのは、目下、社会的に共有されている常識ではないだろうか。
何れにせよ、「強い経済、強い財政、強い社会保障を一体的に実現する」という菅氏の主張は、官業の肥大化による、日本の経済の急速な社会主義化につながるのではないか。官僚共同体は、この政権を、増税と官製事業の拡大に便利に利用することになるのではないだろうか。
岸博幸のクリエイティブ国富論
【第92回】 2010年6月11日
岸 博幸 [慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授]
霞ヶ関の利害と一致する菅新政権の「第三の道」は、
財政再建ではなく財源確保のための大増税への道だ
(前略)
菅総理は、G7などの場を通じてギリシャの財政問題の深刻さを実感し、財政再建とそのための消費税増税に前向きになったようです。それが純粋に財政再建のためだけならば良いのですが、今の政府にはまだムダが山ほど残っていて、かつ民主党のバラマキ政策が修正されていないことを忘れてはいけないのではないでしょうか。それを放置したままでの安易な消費税増税は危険です。
民主党がマニフェストに掲げたように、行政にはまだかなり多くのムダが残されています。政権は事業仕分けでそれを削減しようとしましたが、過去2 回の成果からも明らかなように、そうしたアプローチでは時間がかかるし成果も限定されると言わざるを得ません。マニフェストで約束した“行政のムダ削減による新規政策の財源捻出”は、初年度から実現できなかったのです。
かつ、政権は密かに行政のムダを温存しようともしています。その典型例が公務員制度改革の関連で策定された公務員の「退職管理基本方針」です。これによると、役所の幹部クラスの年次の人で幹部ポストに就けなかった人のために“高級スタッフ職”的な専門職ポストを新設するようです。要は、今の政府は民間企業で言えば破綻状態なのに、民間では当たり前のリストラは行なわず、仕事がない人にも高い給料を払い続けようとしているのです。
加えて、民主党がマニフェストに掲げたバラマキ政策は、子ども手当など一部で見直しの方向になっていますが、全体としては大きく修正されていないことにも留意すべきです。
そのように考えると、政府のムダとバラマキ政策が温存されているにもかかわらず、財政再建だけを錦の御旗にして消費税増税を訴えるのは、ある意味で国民に対する詐欺ではないでしょうか。
(中略)
つまり、今のままでは、表面上は財政再建だけを理由にしているものの、実質的には“財政再建と政府のムダ&バラマキの財源確保のための大増税”となりかねないのです。本来目指すべきはそうではなく、“財政再建のための最小限の増税”のはずです。
もし政府のムダとバラマキ政策を改善しなかったら、消費税率は25%近くになっておかしくありません。消費税1%あたりの税収は2兆5千億円なので、それで国債発行分の44兆円を賄おうと思ったら、現行の5%に18%程度は上積みしないといけないからです。でも、財政再建だけのためだったら、消費税率は例えば10%程度で済むはずです。
今私たちが真剣に考えるべきは、消費税増税の可否ではなく、大増税と小増税のどちらを選ぶべきか、なのです。
“第三の道”にだまされるな
そして、菅総理の就任後の発言のうち財政再建や消費税増税以上に気になるのは、経済政策についての「第三の道」発言です。増税をしても、その税収を社会福祉や医療、環境などの雇用創出につながる分野に政府が賢く支出すれば経済は活性化する、という主張です。
政府が賢い支出をしてきたかどうかは、過去の実績からも明らかです。民主党も、政府がこれまで賢くない支出をしてきたと認識したからこそ、行政のムダを大胆に削減するとマニフェストで約束したのです。そして、過去2回の事業仕分けの成果からも分かるように、少数の政治家や民間人だけでは、そのムダを削減することさえ困難なのです。
そうした状況にもかかわらず、民主党が政権を持っていれば政府は賢い支出をできるようになるんだと言われても、誰がそれを信用できるでしょうか。
かつ、よくそうした“政府による賢い支出”の事例としてスウェーデンなどの北欧諸国が挙げられますが、それも真に受けてはいけません。スウェーデンの人口は925万人、デンマークは550万人です。日本でそれに近い数字を探すと、神奈川県が900万人、福岡県が500万人です。
つまり、日本の地方自治体レベルでならば、北欧諸国のように市民が政府をしっかり監視して、政府のムダを排除するとともに賢い支出を行なうことも可能かもしれませんが、それを1億2千万という巨大な国に同じことを期待して大丈夫かどうか、よく考える必要があります。1億2千万の国民生活を支える公務員の数は自ずから膨大な数になるからです。
そう考えると、この“第三の道”の主張は非現実的と言わざるを得ません。その主張に媚びた発言をする学者の人もいますが、行政の現場の経験もない机上の空論をベースに、1億2千万人を道連れにしかねない失敗確実な壮大な実験は控えるべきではないでしょうか。
菅総理と官僚の思惑は一致する
このように考えると、菅政権が目指すのは“大増税&バラマキ&大きな政府”路線と言わざるを得ません。そして、それは官僚の利害と一致することを忘れてはいけないと思います。
財務省にとって消費税増税は悲願です。他の省庁は財政再建などにほとんど関心なく、自分の役所の予算が増えればそれだけで万々歳です。つまり、菅政権が考える経済財政政策は、官僚からすれば願ったりかなったりなのです。(後略)
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