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田原総一朗の政財界「ここだけの話」
トヨタの信頼回復は、日本の問題である

2010年2月10日

(前略)
自動車産業で初めて訪れた「改革」

 日本の製造業を代表するトヨタは、ラッキーな企業でもあったと思う。

 自動車が発明されて以来、この業界には「改革」は一度もなかった。4つの車輪で走り、エンジンがあり、ハンドルがある。そのクルマの形は、ちっとも変わらない。改革ではなく「改善」はあった。だから、「カイゼン」はトヨタを象徴する言葉となり、日本の自動車業界が品質を高めていったことを象徴するスローガンになった。

 ところが今、その自動車業界で初めて「改革」が起きようとしている。

 環境問題対策に伴う技術革新だ。二酸化炭素を出すクルマを減らそうと、トヨタはいち早く取り組んだ。それがハイブリッド車の開発につながった。ハイブリッド車までは、改革というよりも、まだ改善と言えるかもしれない。だが、その次に出てきたのが電気自動車だ。電気自動車はガソリンをまったく使わない。

 そうなると、大変なことが起こる。ガソリンエンジンがいらなくなる。動力は電気モーターでいい。さらに自動車の部品の数は現在、3万点ぐらいと言われているが、それが数分の1から10分の1ほどですむ。

 日本の自動車メーカーであるトヨタやホンダ、日産がなぜすばらしいか。それはガソリンエンジンの性能がよく、燃費もいいからだ。だが、それが今後は電気モーターになる。

 部品点数が大幅に減れば、生産工程は簡単になる。パナソニックやソニーといった電機メーカーも、クルマを作れるようになる。

 そうなればクルマは安くなるだろう。中国、インド、ベトナムといったアジアの新興国で、どんどんクルマを作るようになる。つまり今、自動車産業が始まって以来の「改革」が起きようとしているわけだ。

 トヨタをはじめとする自動車メーカーの経営者がこの「改革」に対して頭を抱え、どうしようか必死に取り組んでいた。米国のビッグ3が凋落する中、自動車の未来を見据えて、トヨタはNo.1の自動車メーカーとして頑張っていた。そこに今回のリコール問題が起きた。


クルマはソフトの組み合わせで作られている

 トヨタの豊田章男社長は5日夜に記者会見を行ったが、あまりにも「対応が遅い」と新聞やテレビは批判した。この会見以前は、トヨタ幹部は新型プリウスのブレーキ問題について「フィーリングの問題」で欠陥ではないと説明していた。だが、社長は会見で品質問題は「危機的な状況」と語り、ブレーキの苦情について原因を精査中とした。

 そして9日、ついにリコールになった。豊田社長は2度目の会見を行い、「起こったことを真摯に受け止め、信頼回復に向けて全社一丸となって頑張っていく」と述べた。

 私は、こうした過程を見ていて、トヨタが嘘をついたとか、わざと発表を遅らせたということではないと思う。

 今、クルマはアクセルもブレーキも、コンピューターによって制御されている。それも何重にもコンピューター制御がなされている。機械的な問題なら、すぐにその原因はわかるだろう。

 だがエレクトロニクスは目で見てもわからない。その難しさがどんどん出てきて、原因究明が難しくなっているのではないかと思う。

 以前、トヨタの幹部に取材したとき、「田原さん、クルマは今やハードの組み合わせではなく、ソフトの組み合わせなんです」と言われたことを思い出す。

 私は、トヨタは非常に難しい問題にぶつかっていると思う。トヨタが世界で最も性能が良い、最も進んでいるということは、ある意味ではコンピューター化、エレクトロニクス化を最もうまく行ってきたからだ。

 だがその一方で、今回のリコールはそのコンピューター化、エレクトロニクス化が引き起こした問題でもある。私はそう捉えている。
(後略)




大前研一の「産業突然死」時代の人生論
リコールで表面化したトヨタ式カイゼンの限界――新しい設計思想への契機へ

2010年2月16日

(前略)
 トヨタにとって今回のリコールは自分たちの対応能力を超えた問題だったことは間違いない。だが真摯な対応を続けていけば、いずれ解決するだろう。

 解決できないとすれば、プリウスのブレーキ問題がプログラムだけに起因するのではなく、コントロールユニットの設計そのものの異常に由来すると判明した場合である。自動車部品メーカーが量産効果を出すために部品の共通化が行われている今、トヨタ車で起こったことが他社のクルマで起らないとも限らない。もし、そんなことになれば自動車業界はシリアスな状況に追い込まれ、自動車自体が「もっと簡単で素直な方向」に向かうキッカケになるかも知れない。


技術が飛躍的に進歩し、複雑になりすぎている

 トヨタが品質に問題を抱えたのは最近のことである。むろん、これまでも小さな問題がなかったわけではないが、今回のような“原因不明” の大規模リコールにつながるような品質問題はなかった。日本車と言えば、「安心、安全」が世界共通の認識であり、事実その通りだった。

 では、どうしてこのような事態になったのか。理由はいくつか挙げられるが、私は「トヨタはあまりにも巨大になってしまった」ことが第一に指摘できると思う。トヨタは今、その巨大さゆえに全体を見渡せる人材がおらず、迅速な判断ができない状態になっている。また、2009年6月に社長に就任したばかりの豊田章男氏に今回の責任をすべて取らせる体制もできていないだろうから、対応が後手後手に回ってしまった。

 トヨタは、いろいろと問題や批判はあるにせよ、優秀な会社だと私は思っている。だから、トヨタが問題を隠蔽しようとしたとは見ていない。対応が遅れた原因は、ひとえに全体を見て迅速に判断する体制ができなかったのだと思う。

 対応が後手に回ったという点では、技術の飛躍的な進歩も大きな影響を与えている。その昔、自動車のチーフエンジニア(主任技師長)はエンジンの構造から車体まで良く理解していた。ところが現在は、40代で中核として働いているエンジニアは入社以来、細分化された専門分野ばかりを担当しており、全体を見渡す機会が少ない。

 いや、そもそも「全体を見渡す」こと自体が不可能に近いのだ。何しろエンジンのコントロール・ユニットは今や2万以上のコマンド(命令)を処理する複雑なものになっているのだから。こうなるとリコールの原因究明に時間がかかるのは当然である。

積み上げ式によるカイゼンの限界、技術の進歩における管理の限界

 トヨタのお家芸でもある「カイゼン」の影響もあるだろう。カイゼンとは小さな作業を一つひとつ見直して、全体として品質向上やコスト削減を実現するものだ。その活動自体は大変結構なことではあるが、一方では小さな部分を見過ぎるため、全体を見渡せる人材が育ちにくくなるという弊害もある。小さな優れたものを積み上げていくというトヨタ式のやり方では、もはや大きな安全は担保できないレベルとなっている。

 今回のリコール問題は、積み上げ式によるカイゼンの限界、技術の進歩における管理の限界、という二つの限界をあぶり出した。おそらくこの問題は10〜20年後、トヨタの、いや日本の産業史における一つのターニングポイントとして捉えられるようになるだろう。

 すなわち「複雑系の管理」をするための新たな取り組みが必要なことが浮かび上がってきたのではないか、というのが私の仮説である。

 わたしは原子炉の技術者であるが、巨大なシステムの安全は個別の設計者がベストを尽くしても達成できない。個々の技術者が正しい判断をしても、それを全体としてみるスーパー技術者がしっかり全体の最適化をしていないと、事故が発生した場合には有効に機能しない。

 また個々の技術者は自分の設計したところで事故が起こることを極端に恐れ、かなり余裕のある安全係数を盛り込む。したがって全体から見るとトンデモナイ安全係数の積み重ねとなり、コスト高となるが、それで全体の安全が高まるわけではない。不必要な贅肉が付いている分、安全性や機敏な対応性能が低くなることもあるのである。

複雑系を管理する全体設計で問題が発生しているのではないか

 トヨタの問題はエンジンを初めとしたコントロール・ユニットにおいて、この複雑系を管理する全体設計の分野で問題が発生しているのではないか、と言うのが私の推測である。フロアマットとかアクセルの戻り、というような単純な問題でレーシング(エンジン回転が制御できないほど高速で回る)する問題が多発するとは考えにくいからである。またそうした問題が発生したときには当然ブレーキを踏むわけで、それでもエンジンが高回転し続ける、とも考えにくい。おそらく何らかの原因でエンジンを加速する命令系統に指令がいっている状態に入っている、と考えるのが自然である。

 これはECU(エンジン管理システム)の設計の問題か、半導体チップの製造欠陥の問題である。今までもトヨタだけではなく、数限りないメーカーがこの欠陥を出している。ECUは文字通りクルマの制御に置いては中央演算処理装置に相当する心臓部門で、今では数万に及ぶ情報(インプット)を受け多様なコマンドを発している。人間の大脳と小脳の役割を併せ持つものである。

 先に述べた私の推論に戻れば、もし原因がECUにあるとすれば、全体の設計を司るチーフエンジニアに匹敵する人が不在か、あるいは機能不全に陥っている可能性が高い。
(引用終わり)



細部の完成度を上げる「職人技」は得意だが、グランド・デザインの構想やシステムの構築は苦手とされる日本人。先の大戦に続き、戦後日本の繁栄の礎である「製造業」で第2の敗戦を迎えることになるのだろうか?

岸博幸のクリエイティブ国富論

岸 博幸(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)

【第77回】 2010年02月19日


労働組合の顔色ばかりうかがう民主党の政策が日本をダメにする

 民主党政権の政策を批判し出したらきりがありません。経済学を理解していない、バラマキ、政府の肥大化など、いくらでも批判できます。

 ただ、自民党政権時代の政策にもそうした批判はある程度当てはまりましたし、政治のリアリティを考えるとやむを得ない面もあります。しかし、最近の民主党の幾つかの政策を見ていると、より厳しく批判すべき点が共通しているように思えます。

 それは、労働組合への過剰な配慮です。


公務員制度改革のまやかし

 前回批判しました公務員制度改革法案については、先週閣議決定が延期になり、その後の修正案を見る限りは、次官・局長クラスから部長クラスへの転任も制度上は容易となりました(公務員の身分保障との関係で人事院とどのように調整したのか不明ですので、本当に機能するかまだ信用できませんが)。

 しかし、修正された法案でも、部長クラスから課長クラスへの降格は規定されていません。降格はごく一握りの幹部クラスの間のみに限定されているのです。加えて言えば、人事院の権限は内閣人事局に移管されませんし、給与法は改正されませんので公務員全体の給与も下がりません。公務員制度“改革”と言う割には明らかに不十分なのです。

 そうなってしまった原因は、間違いなく公務員労組とキャリア官僚への配慮でしょう。組合は、降格規定が下のクラスにまで波及することを嫌っていますし、人事院が今のままでスト権も付与されない状態を望ましく思っています。かつ、幹部人事に真剣に手を突っ込み出したら、キャリア官僚を完全に敵に回してしまうので、それを避けたのでしょう。

「郵政改革素案」に見る労働組合と特定郵便局長会への過剰配慮

 郵政改革(事実上の再国有化を“改革”と言えるのか甚だ疑問ですが)についても同じです。先週公表された“郵政改革素案”ではまだ詳細な制度設計は示されていないので、具体的な問題点の指摘は控えますが、全体として特定郵便局長会や労働組合への配慮がすごく感じられます。

 例えば、政権として日本郵政の構造を、金融事業(郵貯、簡保)の黒字で郵便局と郵便事業の赤字を補填する公社時代の構造に戻そうとしていますが、そうした構造は、郵便局や郵便事業が単体として黒字化に向けて頑張るインセンティブを大きく損なうことになります。特定局長や労働組合にとってはこれほど心地よいことはありません。

 また、税負担の減免などが明示されていますが、これは明らかに特定局長の利権温存です。20数万人もいる非正規社員を正規社員にする方向も示されていますが、それは労働組合にとっても、組合員の数を大きく増やせるので非常に良い話です。

 一方で、範囲が異常に拡大されたユニバーサル・サービスのコストを賄うために政府が負担する額、即ち国民負担はまったく明示されていません。特定局長や労働組合という一部の人たちの既得権益を維持するために、膨大な国民負担を強いようとしているのです。


公開会社法からもわかる労働組合への過剰配慮

 その他にも、本音は労働組合への配慮と思われる政策はたくさんあります。

 例えば、製造業での派遣労働に対する規制は、派遣労働者の不安定な雇用環境を改善するという面が強調されていますが、その反射効果として、正社員の既得権益を守るという面もあります。派遣がなくなれば、正社員の賃金への下落圧力も弱まるし、正社員に対するリストラの可能性も低くなると考えられるからです。

 正社員の中でもそうした既得権益を強く主張するのは労働組合である場合が多いことを考えると、労働組合への配慮もあったと考えてもおかしくないのではないでしょうか。

 更に、これから政府内で、結果的に労働組合の優遇につながる新たな政策の検討が始まろうとしています。公開会社法の制定です。公開会社法とは、株式を公開している会社について、情報開示や内部統制の度合いを一般の会社よりも厳しくしようとするものです。

 公開企業をそこまでがんじがらめにすること自体、違和感を感じざるを得ません。結局公認会計士を儲けさせるだけだし、企業が日本で上場するインセンティブを著しく削ぐように思います。

そして、それよりも問題なのは、内部統制の強化の一環として、従業員代表を監査役に入れようとしていることです。従業員代表とは、要は労働組合の代表です。ドイツの会社法を参考にしていると思うのですが、労働組合の特性がまったく違うドイツを真似ても、まったく意味がないと言わざるを得ません。そもそも日本の多くの公開企業では、社長はサラリーマンの出世の果てですので、経営陣は十分に従業員を代表していると言えます。

 それなのに従業員代表を監査役に入れようというのは、労働組合の社内での立場を強化し、組合員の数を増やすことに貢献しようとしているとしか思えません。


民主党の良識派よ、頑張れ!

 以上のように、うがった見方が過ぎるのかもしれませんが、民主党政権が最近打ち出す政策の多くに、労働組合への配慮という色彩が強くなっているように見えてしまいます。

 もちろん、私は労働組合の存在や意義を否定する気はありません。従業員の立場が守られるようにして、経営陣と労働組合の間で適切な緊張感が保たれることは重要です。

 しかし、度を超して労働組合に配慮して、公務員制度改革や日本郵政のように国民の税金が過剰に使われたり、派遣規制や公開会社法のように企業活動にとって大きなディスインセンティブとなる制度を作るというのは、未曾有の財政赤字を抱え、潜在成長率も1%程度に低下してしまっている日本経済においては、明らかに間違った政策と言わざるを得ないのではないでしょうか。

 民主党の支持母体が労働組合なのでしょうがないのかもしれません。しかし、分別ある労働組合はそこまで過剰な要求をしていないと思います。

 また、民主党内には、労働組合の支持を受けつつも何が正しい政策かを分かっている政治家はたくさんいると思います。日本は危機的状態にあるのですから、市場に見放される前に早く政策を修正すべきではないでしょうか。

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岸博幸のクリエイティブ国富論

岸 博幸(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)

【第72回】 2010年01月15日

「法的整理」という言葉にだまされるな! 大甘なJAL再建策の中身

 数ヶ月に渡り混迷を極めた日本航空(JAL)の再建問題は、企業再生支援機構の支援の下で法的整理により再建に取り組むことで決着となりました。“法的整理”という言葉の響きから、JALにとって非常に厳しい再建策のように報道されていますが、しかし騙されてはいけません。今の再建策は、JALに甘くて国民や金融機関に厳しい内容となっているのです。


あり得ない過剰支援

 JALに対する法的整理については、毎日の報道からは路線や人員の大幅削減などいかにも大規模な荒療治をするように見えますが、本当にそうなのでしょうか。
 JALの再建策については、前原国交大臣が就任直後に任命したタスクフォース(“TF”)が昨年10月の段階で私的整理による案をまとめています。その中身と企業再生支援機構(“機構”)が今回まとめた法的整理の中身を比較してみると、呆れる事実が明らかになります。
 TF案に比べて機構案では、金融支援の額が2500億円から7300億円へと約3倍になっているのです。金融支援とは平たく言えば借金棒引きに他なりません。借金棒引きが突如3倍になり、政府の口利きで借金をチャラにしてもらえるのです。また、JALに投入される公的資金(出資+融資)の額は、 4800億円から約1兆円へとほぼ2倍になっています。JALは政府の好意で労せずに安いコストの資金を調達できるのです。
 一方で、リストラの規模はTF案と機構案ではほとんど大差ありません。つまり、JALに対する外科手術の規模は同じなのに、何故か金融支援や公的資金という輸血の規模は大幅に増えているのです。これは、事業再生の世界で言うところの“過剰支援”に他なりません。
 “法的整理”というと厳しいイメージがあります。しかし、機構の再建策の内容は、税金を払わされる国民やJALに融資してきた金融機関などにとっては確かに厳しい内容なのですが、当事者であるJALにとってはすごく美味しい内容となっている、と断ぜざるを得ないのです。


国民負担の増大を正当化できない愚かさ

 ところで、法的整理か私的整理かとメディアはずっと盛り上がっていましたが、それは所詮手段の議論に過ぎず、極論すればどちらでもいいのです。それよりも重要なのは、JAL問題についてその手段を通じて政府が達成すべき目的を明確にすることです。そして、私は二つの目的が存在すると思っています。一つはJALという一企業の再生、いわば短期的な目的です。もう一つは、日本の航空産業の競争力強化という中長期的な目的です。
(中略)
 航空産業は、国内線で多少の新規参入はありますが、基本的にはJALとANAの二社体制です。その一方だけを公的な関与で無借金のぴかぴかの会社にするのですから、明らかに競争上ANAが不利になります。従って、今回のような大甘な支援をJALに対して行う以上、二社の競争条件を公正にする、そして日本の航空産業の競争力と成長を高めるという観点から、JALとANAの過当競争路線についての路線調整を行うなど、JALの再生がANAの成長の足を引っ張らないような航空産業政策が不可欠だったはずです。
 加えて言えば、成長性の高いアジアの航空市場で日本の航空会社のシェアを高めてアジアの成長を取り込むためには、国際線は一社に統合すべきかもしれません。(中略)規模の経済が働く航空産業では多くの企業は生き残れないからです。アジアの航空市場では既にシンガポール・エア、キャセイ航空、中国東方航空などが先行してシェアを獲得していることを考えると、日本の航空会社が二社も生き残れる可能性は低いと考えるべきなのです。
 それにも拘らず、TFの報告書が完成してから機構の法的整理案に落ち着くまでの2ヶ月強の間に、国交省が真面目な航空産業政策を講じようとした節はありません。(中略)
更に言えば、機構の対応もひどいです。(中略)JALの再生どころか、数年後にJALとANAが共倒れとなるリスクが大きくなっているのです。
 つまり、政府と機構は、本来安く済んだはずの国民負担と金融機関の痛みを大幅に増やしておきながら、日本の航空産業の競争力強化という中長期的な目的は捨象して、JAL再生という短期的な目標の達成のみに邁進しようとしているのです。(中略)


ひど過ぎる法的整理決定までのプロセス

 それにしても、政策決定プロセスという観点から見ても、法的整理という方向性が決まるまでのいい加減さは目に余るものがあります。
 そもそも前原大臣が、自分で任命したタスクフォースの検討結果を活用せず、突然タスクフォースを解散して機構にJAL問題を丸投げしたところから、理解に苦しみます。
(中略)
 政府の説明責任という点では、機構案でのリストラの内容はTF案とほとんど同じであるにも拘らず、TF案が出来てから機構による法的整理と決まるまで2ヶ月強の時間を浪費しました。その間、風評などによりJALの企業価値の毀損が進み、それも公的資金や金融支援の額の拡大に影響したはずです。なぜそのような時間の浪費が生じたのかについて、政府は税金を負担する国民に対して説明する責任があるのではないでしょうか。(後略)



経済ジャーナリスト 町田徹の“眼”

町田徹(ジャーナリスト)

【第108回】 2010年01月15日

「子ども大臣」の法的処理が仇か JALに早くも2次破綻の懸念

 最終的に「プレパッケージ(事前調整)」型の法的整理を用いた再生を目指した日本航空(JAL)の再建策は、お手本の米ゼネラル・モーターズ(GM)の例とは似ても似つかない泥縄方式に陥った。
 原因は、閣内で「子ども大臣」と揶揄された前原誠司国土交通大臣の常軌を逸した未熟さと、手段に過ぎない法的整理をゴールと履き違えた企業再生支援機構の幹部たちの素人ぶりにある。
(中略)


3年後に1157億円の黒字に転換するというバラ色の絵

 まず、筆者が入手した再生計画の原案をご紹介しよう。「Ivy再生の方向性」(「Ivy」は機構が付けたJALのコードネーム)とのタイトルが付けられたもの。実際は、かなりの部分をJAL自身に作成させたという。
(中略)
 一見すると、この「Ivy再生の方向性」はもっともらしく、よくできているように見えるかもしれない。しかし、これまで様々な形で、公式・非公式に何らかの形でJAL再生に関わってきた専門家たちを取材すると、この再生計画原案は(中略)批判が驚くほど多い。


国内外の路線を維持すれば7ヵ月でつなぎ資金が枯渇?

 わかりやすいものから言うと、その根拠としては、撤退路線数が事実上首になった「チーム前原」が作成した撤退案より内外合計で5本も少なくなったほか、需要予測も甘い杜撰な見積もりに改竄されたことがあげられる。
 また批判的な見方をする専門家に共通しているのは、この原案が、裁判所からの更生計画認可を獲得するとしていう目標時期を「2010年の8〜9 月」と、今回の大筋合意からみて半年以上も先にしている点である。こうしたやり方に対して、「経済的な影響の小さい中小企業にしか通用しない手法だ」という批判が多いのだ。
 言い換えれば、会社更生法の適用申請直後に、速やかに更生決定を得て、本格的な再生に着手できるような、つまり、GMのようなプレパッケージになっておらず、利用客や取引先のJAL離れが必至だというのである。
 実は、機構は、この半年前後のJALの資金繰りのために、日本政策投資銀行にも強く要請して、更生法の適用申請後のDIPファイナンス(事業再生融資)として、7000億円〜8000億円程度の資金を用意したと言われていた。しかし、原案のような行き当たりばったりの計画では、このつなぎ資金が枯渇する懸念が大きいとされている。実態を知り、当の政投銀が機構に再考を迫っているとの情報もあるのだ。
 どういうことかと言うと、JALは国際線を1ヵ月間維持するのに約550億円、同じく国内線に500億円程度のコストが必要という。つまり、両方の路線を7ヵ月維持すれば、それだけで用意したDIPファイナンス資金は枯渇してしまう計算なのだ。言い換えれば、やはり、2次破綻のリスクが決して小さくないというのである。
(中略)

政権内には前原国交相が元凶だという意見も

 再生計画原案について、別の致命的な問題点を指摘する向きもある。どういうことかというと、新会社に3000億円を出資して再建のスポンサーになる企業再生支援機構が、いつ、どのようにして、その出資を回収するのか、いわゆる「エグジット」計画が明記されていない点が問題とされているのだ。これは、JALの再建計画が成功したときの完成形が描かれていないことになるからである。
 そもそも、原案は、手段・ステップに過ぎなかったはずの法的整理に持ち込むことを究極のゴール・目的化してしまっている、との批判も、ここから生じている。ちなみに、GMの場合、アリソン米財務次官補が「2010年7月10日までに株式を再上場」し、「(GM再建のスポンサーとなった)米政府は段階的に保有株を売却する」などと明言していた。こうした点との比較からも、「もともと機構は中小企業の再生を支援する目的で設置された組織。幹部たちが上場企業を再生するノウハウを持たない弱みが露呈した」(経済産業省幹部)と批判されている。
 ただ、こうした点について、鳩山政権内には「機構だけを責めるのは酷だ。むしろ、元凶は前原国土交通大臣だ」との意見もある。というのは、本来、更生計画やエグジットを議論するには、世界的な過当競争となっている国際線からJALを撤退させることが前提だが、この点について、前原大臣が(中略)子供じみた意見を言い張って問題の早期解決の障害となっており、閣内から「子ども大臣」と揶揄する声が出る始末となっているからである。「いちばん悪いのは、前原大臣だ」(前述のコンサルタント)というわけである。
 確かに、振り返れば、前原大臣は昨年9月の就任直後から、航空行政に関してまったくの素人であるにもかかわらず、指導力があるように振る舞いたがり、格好をつけ過ぎた。初登庁時の記者会見で、いきなり、自民、公明連立政権時代から続いていた再建策作りを「白紙撤回する」と言い出したのを手始めに、 9月下旬には、西松遥JAL社長を呼び再建策を聞いた直後に「生温い」「腹案がある」と発言。翌日、何の法的権限もないのに、旧産業再生機構のメンバーを中心にした「チーム前原」に再建策作りを命じるなど、ダッチロールを繰り返したからだ。
 この頃、前原大臣は繰り返し、JAL再建を「自主再建」と述べたが、これが自身の選んだチーム前原により「金融支援を含む私的整理」を志向する形になり、機構によって「法的整理」に変質してきたことをみても、前原大臣がいかにいい加減な発言をしてきたかは一目瞭然だ。(後略)

週刊・上杉隆
上杉隆(ジャーナリスト)

【第105回】 2009年12月10日
普天間での鳩山首相の迷走は、米側には「見返り」多い好都合なカードだ


 普天間問題が鳩山政権を大きく揺さぶっている。
(中略) 

日本の判断により移転先変更は可能という見解

 ここで日米間の合意を振り返ってみよう。
 米国政府は、2014年までに沖縄駐留の海兵隊の一部をグアムへ移転することを決めている。それに伴って、普天間基地の移設が「グアム移設協定」としても日米政府間で締結されている。
 その際、海兵隊8000人とその家族の計17000人のグアム移転費用として、約100億ドルの6割を日本が負担することでも合意している。
 これが日米間の基本的な合意事項である。
 日本政府は今年5月、この協定を国会でも承認し、改めて移転先を沖縄・辺野古のキャンプ・シュワブ周辺と米国側に伝えている。
ところが、同じ5月、当時野党だった民主党は、「沖縄ビジョン2008」に基づいて、普天間基地の県外・国外移転を打ち出し、公約に掲げた。
 そして、8月の総選挙で勝利した鳩山首相は、就任と同時に普天間移設の見直しを発表し、今日の混乱に至っているのだ。
 つまり、民主党は、日米合意は普天間の移転先までは含んでおらず、日本の判断によって変更は可能だとする見解を推し進めているのである。
 政権交代による政策の変更はなんら問題がない。ただし、外交となるとそれは微妙である。国政と違って、すべての外交交渉には相手国(地域)がつきものだ。公約だからといって、当然に条約や合意を自由に変更できるというものではない。
 鳩山首相は、オバマ米大統領に対して、「私を信じて」と語ったという。果たして日本政府は、本気でそうした「お願い」のみで通用すると思っているのだろうか。


米側は「譲歩」によって何倍もの見返りを要求できる

 外交の権力ゲームは、国内政治のルールとはまったく違う次元で動く。アジアにおける米国の軍事的なプレゼンスと将来の米軍のオペレーションを考えれば、より冷徹な論理で働いていると考えるのが妥当ではないか。
 外交のゲームプランから導かれる米政府の本音と狙いを分析してみよう。
 まず、普天間問題を含む沖縄駐留の海兵隊のグアム移転に関しては、日米両政府は「協定」を締結しているのだ。
 となると、どのような理屈であっても、日本側の都合(政権交代)によって、合意に変更が加えられれば、米国は外交上、「譲歩した」ということになる。
 外交における「譲歩」は必ずしも敗北とはならない。むしろ、「譲歩」は、その何倍もの見返りを要求できる強力なカードを獲得したということにもなるのだ。
 具体的には、日本は米国からの「譲歩」を得ることで、逆に、さらなる代替地の要求、2014年までのグアム移転の遅れへの賠償請求、より大きな移転費用の負担を求められる可能性がある。実際、それこそが米国の狙いだろう。
 合意変更を目指す日本政府に対して、ルース駐日大使が怒りをあらわにしたと日本の新聞・テレビは大騒ぎをしている。
 だが、ルースのそうした振る舞いは、外交の常識からすれば当然の振る舞いなのだ。いちいち過剰反応する必要もない。
 仮にルース大使が、日本政府の方針転換に唯々諾々と従い、米国の利益を代弁しなかったら、米国内からの批判を浴びるだろう。
 すなわちルース大使は、普天間の合意変更は米国政府の意に沿わないということを、怒りの「演技」によってアピールしているにすぎないのだ。
 こうした「演技」はのちに有効になる。日本政府の出方によっては、さらに大きな貸しを作ることになる。


問題解決が長引いても米側はそれほど困らない

 さらに外交の要諦をいえば、交渉がまとまらずに混乱すればするほど、自国の利益に適う場合がある。北朝鮮の「瀬戸際外交」がその最たるものだが、普天間問題でも同じ理屈を当てはめることができる。
 極論すれば、米国にとっての普天間問題とは、揉めれば揉めるほど「見返り」が増える都合のよいカードなのだ。
 また、日本からしてみれば、普天間移転とは日米同盟と政権が崩壊するほどのスケールの問題だが、米国からしてみれば、所詮西太平洋(極東)のオペレーションにおける沖縄の海兵隊の一部の話なのだ。場合によっては、問題解決が長引いてしまえば、現行での運用が続くとみることもでき、それほど困ることでもないのだ。
 揉めて混乱させることもまた外交戦略のひとつである。日本政府にそうしたゲームプランがあるようにはどうしても思えないのである。



政局LIVEアナリティクス 上久保誠人

上久保誠人(早稲田大学グローバルCOEプログラム客員助教)
【第39回】 2009年12月22日
「普天間」で米国に従順すぎると、日本は利益を得られない

 鳩山由紀夫首相は「普天間基地移設問題」について、基地の移設先を決めずに結論を来年に先送りした。これは事実上、日米合意の白紙撤回と見なされ、鳩山政権に対してマスコミ、野党・自民党、そして米国から厳しい批判が浴びせられている。
 普天間問題は、鳩山政権発足直後から最重要政治課題の1つとなった。しかし、岡田克也外相や北澤俊美防衛相、福島みずほ少子化担当相(社民党党首)など閣僚のさまざまな発言が入れ乱れた。
 鳩山首相は「最後は私が決める」と言い続けたが、結論を出す時期さえ決められず、指導力不足と批判されたのだ。その上、鳩山首相が11月の日米首脳会談でオバマ大統領に対して「私を信用してほしい」と発言したにもかかわらず、指導力を発揮できなかったために、日米同盟の信頼関係が失われたという厳しい批判がある。
 更に、基地の移転先が決まらないことで、さまざまな危険性が指摘される普天間基地が固定化されること、「米軍再編問題」全体への悪影響も懸念されている。


鳩山政権と自民党政権時の閣僚発言の違いとは

 しかし、普天間問題を巡る首相や閣僚のさまざまな発言に対する批判は、自民党政権時代との比較の観点を欠いている。そのため、それらの発言が意味するものを客観的に伝えられていない。
 そもそも、自民党政権時代には、このような政策を巡る閣僚たちの喧々諤々の議論などなかった。政策調整は、外務省や防衛省などの官僚が水面下で行うものだったのだ。
 たまに途中で政治家がポロッとなにか発言したら、「不規則発言」とされて、意思決定から除外されたものだ。そして、官僚の関係各所の調整終了後、初めて閣僚は発言できたのだ。自民党政権時代、マスコミは閣僚の発言を「決定事項」と見なしてきた。
だが、鳩山政権の閣僚発言とは「決定事項」ではない。首相や閣僚たちの発言は政策調整を「政治主導」で閣僚自身が行っている最中に、マスコミからマイクを向けられて発言したものだ。つまり、閣僚は官僚が作った「決定事項」を読んでいるのではなく、「途中経過」を自分の言葉を話しているということだ。
 この鳩山政権における意思決定プロセスの変化を踏まえなければ、閣僚発言の真意を理解することはできない。
 政策を巡る政治家たちの表舞台での議論は、英国では日常的な光景である。それに対してマスコミが「不規則発言」と批判することもない。閣僚が政策調整の過程でオープンに意見をぶつけ合うのは当たり前のことだからだ。


鳩山政権によって「情報公開」が進んだ

 鳩山政権によって、自民党政権時には国民に知らされなかったことが相当明らかになった意義は小さくない。まず、自民党政権時には抑えられていた沖縄県民の生の声がどんどん出てくるようになった。そして、沖縄県民が日米合意に全く納得してなかったという事実を知り、自民党政権時の日本国内での合意形成に問題があったことを国民が認識するようになった。
 また、「米軍は普天間基地の海兵隊のほとんどをグアムに移転させる計画だ」という情報も出てきた。これは自民党政権による従来の説明を根底から覆すものだ。
 この情報は「怪情報」の類ではなく、伊波市長ら宜野湾市役所が調査し、正式に公表したものだ。この調査が正確だとすれば、日本国内に普天間基地の代替施設を造る必要はなくなり、基地問題は即時解決である。民主党は従来の説明と調査結果の食い違いを厳しく指摘している。今後の更なる「情報公開」が期待される。
 普天間問題での鳩山政権の対応が「日米同盟全体に悪影響を与える」という批判がある。しかし、「日米同盟全体」が具体的になにを指すのかについて、誰も解説してくれない。
 普天間問題以外の、現在の日米間の懸案事項はなんだろうか。「地球温暖化問題」「経済危機対策」「核廃絶」「アフガン」と、日米の協力関係が強固な分野しか思いつかない。日米関係とは、極めて良好な二国間関係なのだ。
しかし、オバマ大統領が「米中関係が最も重要」と発言しているように、日本は米国にとって最重要な国ではない。
 米国にとって中国は、貪欲な世界中の地下資源確保、廉価な製品輸出による貿易摩擦、そして、軍事力拡大などで頭の痛い存在になっている。オバマ大統領はこれに対処するため、閣僚レベルの「米中戦略経済対話」を行い、中国と戦略的パートナーシップを結ぼうとしている。
 また、米国は内外に様々な問題を抱えている。米国の経済力の衰退は顕著で、財政赤字が拡大している。健康保険改革など、国内の政権運営も困難に陥っている。更に、軍事面ではアフガンの戦況への難しい対応を迫られている。米国は従順な同盟国であるはずの日本とまで揉めている暇はない。
 ただ、この状況は日本側からすれば、そんなに悪いことではない。米国に従順な姿勢を守っていたら、米国は日本に無関心になる。懸案事項があってこそ、速やかにそれを解決したい米国から、日本が利益を得られるチャンスも出てくる。
「情報公開」によって、普天間基地の移設はそれほど緊急な問題ではないことが明らかになるならば、じっくりとこのチャンスを生かすべきだ。そして、日本はいまの米国に対して非常に強い交渉力を持ち得ると考えている。


米国の財政赤字とドル基軸体制が日本の交渉カード

 日本の交渉カードは、米国の財政赤字問題とドル基軸体制だ。世界一の外貨準備高を持つ中国は、米国が財政赤字穴埋めのために発行している国債を買い控え、「ドルに代わる基軸通貨」にも言及して米国を牽制している。
 一方、世界第2位の外貨準備高である日本は、ドル基軸体制の維持に従順で、米国債を買い続けてきた。しかし、鳩山首相は「東アジア共同体」を提唱し、「アジア通貨統合」についても言及している。これは、「チェンマイ・イニシアティブ」などの財務省国際局での10年以上に渡るアジア地域との金融協力の蓄積を反映したものだ。
 その気になれば、日本は米国に対してドル基軸体制を揺さぶることも可能な強い交渉カードを持っているのだ。鳩山首相はそのことをよく自覚して、日米交渉に臨むべきだろう。

 フン、兵頭二十八師匠のこの記事ですが、米軍の「基地問題FX選定、そして『日米中の将来』に対する本音がコレ」なら、日本も「独立国として当然の行動(同盟国としての義務を果たすのは当然だが)」をしても、文句は言わせませんよ?(ニヤリ)

 米国政府にしても中国政府にしても「国益追求は一番の義務」ですから、こういう「他国を生贄にして『自国の安全を確保』」するのはなんら恥ずべき事でなく、むしろ賞賛に値するのですが、生贄にされる日本がそれに付き合う必要も無いわけで、そっちがそう来るのなら「EU・インド・イスラエルと軍事協力地政学的外交を展開」しても、それを「背信と詰る」のは筋違いそのもの・・

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Michael Abrashoff 退役大佐が2002に書いた『即戦力の人心術』に、こんな記述がある。「〔USS Benfold=DDG-65が中東海域に出動していた湾岸戦争の〕当時、米軍は自分たちの人件費を、じつにさまざまな方法で使用していた。空軍は生活の質に重点を置き、人々は美しい住宅、巨大な基地、すぐれた医療を手に入れていた。陸軍と海軍は、それとはほとんど正反対の態度を取っていた」(吉越浩一郎氏訳、p.176)。

 この事情は、今でもあまり変わらないのだろう。それで嘉手納の米空軍グループとしては、海軍や海兵隊の連中が、じぶんたちの空軍予算とマンパワーで整備されている極上の福利厚生娯楽施設を共同利用することになる「基地統合案」には、とても我慢ができないのだろう。だがそれは日本とアジアの平和と安全には何の関係もない話だ。もちろん「軍事上の理由」でできないなどという米側の反論は日本人を舐めた嘘にすぎない。米支間に「日支韓間の最低レベル均衡構想」および「東京の核の傘は剥ぎ取るかわりにシナは核ミサイルを実質増強しない」という密約もある以上、海兵隊がシナ軍と将来戦闘する可能性などゼロであろう。海兵隊は、ただ日本の納税者から流れ込む多額のカネが惜しいだけなのだ。卑しいカネの亡者たちなのだ。米空軍も、手前たちの福利厚生環境の維持しか念頭に無い。日本のダラ公務員とおんなじじゃないか。

 「日支韓間の最低レベル均衡構想」の帰結として、空自のF-15は、「より劣った性能の飛行機で代置させる」という約束が、米支間ではできているだろう。だったら防衛省も無理をする必要はない。F-35を焦って求める必要など無い。旧式のF-16を米国からリースして使うだけでも充分だろう。ソ連と領空を接するノルウェー空軍は、F-16でずっとやってきた。

 そこで以下の記事も見よ。

 Gerard O'Dwyer記者による2009-11-3付「Proposed Base Relocation May Boost Norway's JSF Costs」。

 『ノルウェー空軍は、北部の主力基地を町から少し遠ざけたい。というのもF-35の離陸時の騒音はF-16と比較してものすごくデカいからだ。

 あらたに、3394mの滑走路を、一部埋め立てして海寄りに新設し、町からは遠ざける。
 一説に、F-35がアフターバーナーを使って緊急発進すると、F-16の4倍もうるさい。
 反論もある。オランダの研究機関が3月に調べたところでは、F-35 と F-16の離陸時騒音には、5デシベルの差しかない、と。

 F-35がアフターバーナーを使わずにミリタリーパワーだけで離陸するときのノイズは 110dB である。これに比してオランダ空軍のF-16は、ミリタリーパワーなら104〜107デシベル。アフターバーナーを吹かすと 111〜114デシベルだという。』

 兵頭いわく。空自がどうしてもF-35を導入したいのなら、赤字の地方空港を活かすことも考えないといけなくなるだろうね。UAV研究用にも、ひとつかふたつ、確保しましょうよ。(兵頭二十八HP・「今朝の雑報集」より抜粋)

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