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経済ジャーナリスト 町田徹の“眼”
町田徹(ジャーナリスト)【第100回】 2009年11月13日
JAL支援はまさに泥沼化の様相 1月にも再び「つなぎ融資」か?
日本航空(JAL)に対する公的な支援・救済が、10日に発表された今回の分にとどまらず、来年1月以降にも再び繰り返されるという「泥沼化」の懸念が出てきた。
政府が10日、再建支援か、破たん処理かなどの確固とした方針のないまま、当面の破たんを回避するための「つなぎ融資」に踏み切ったことが、その最大の原因だ。
現状は、政府の「企業再生支援機構」が支援できるかどうかを判定する「資産査定」を行っている段階。この査定には、少なくとも、来年1月半ばぐらいまでかかる見通しだ。問題は、支援機構が設立法によって与えられている支援のスキームが、金融機関からの任意の債権買い取りなど私的整理に限定されており、実際の支援が可能なのかどうなのかが不明な点にある。
もし、万が一、支援機構が「JAL再生タスクフォース」(チーム前原)に続き、再建の支援に失敗するようだと、政府は再び、機構以外の新たな再建支援の担い手や再建手法を求めて、時間と公的資金の無駄遣いを繰り返さざるを得ない事態に陥る。
仮に再建を断念して破たん処理に進む場合、その準備の間の「つなぎ融資」が避けられない恐れは残るし、支援機構が再生支援を可能と判断しても、本格的な資本注入のための公的資金の投入が避けられない。こうしたもたつきと負担の増大は、鳩山由紀夫政権の発足から100日間程度のマスメディアとの蜜月(ハネ―ム―ン)期間の終了時期と重なり、政権の航空行政に対する批判を本格化させるリスクもありそうだ。
政府が一民間企業を救う根拠が示されていない再建方策
管直人内閣府特命担当大臣、藤井裕久財務大臣、長妻明厚生労働大臣、前原誠司国土交通大臣、平野博文内閣官房長官の閣僚5名は10日夜、「日本航空(JAL)の再建のための方策について」と題する文書に連名で署名した。そして直後に、この文書に基づいて、JALに対して当面の資金繰りをつけるため「つなぎ融資」を行うと発表した。
同社の資金繰りが、数日以内に破たんしても不思議はない状態、と懸念されていたうえ、13日には中間決算発表があり、監査法人が同社の存続可能性のリスクを指摘するのではないかとの観測が出ていたからだ。信用不安の抑制には、政府によるつなぎ融資が避けられないと判断した。
この「日本航空の再建のための方策について」は3項目で構成されている。
第一項では、「我が国の航空ネットワークを経営する上で重要な役割を果たしている日本航空の再建を、国民目線に立って確実に進める」との基本方針を打ち出した。ところが、JALのどの部分が国民生活に不可欠なサービスであり、公的支援が必要なのかという点については、具体的な検証や議論がまったくなされていない。つまり、何故、一民間企業に過ぎないJALの再建を、政府が進める必要があるのか、その根拠が何も示されていないのだ。これでは、政府による支援・救済策として乱暴と言わざるを得ない。
(中略)
公的資金を年金支給に充てないという保証はない
話を進めよう。「日本航空の再建のための方策について」の第2項は、月額40万円を超える例もあるとされるJALの退職者年金の支給額削減問題に言及した。「公的資金が年金支払いに充てられる形とならないよう、企業年金の削減に関して、法的措置を含む方策について引き続き検討を進める」と明記したのだ。
(中略)
しかし、実際に、特別立法で年金支給額を強制的に削減するという行為は、あまりにも稚拙な戦術だ。一般的に、年金は、労働債権に準じる優先債権であり、憲法で保障された財産権を侵害しかねない特別立法は、訴訟と差し止めの対象になりかねないからだ。裁判所に差し止めを命じられ、本訴が10年も続くような事態になり、その間、破たん防止のためのつなぎ融資を公的につけざるを得ないことになれば、国民の負担の大きさは計り知れない。そんなリスクの大きい愚かな戦術を政府が採用するのは明らかな間違いだ。
こう考えると、今回の文書の表現は、従来のように特別立法を本気で指向するのではなく、脅し文句に使う戦術に切り替えたものと理解した方がよいだろう。これは悪くない判断だと筆者は考えている。
だからと言って、JALの年金受給者たちは、「特別立法は単なる脅しに過ぎない」と甘く考えない方がよい。世間常識から見て、JALの年金支給額は事実上の経営破たん企業の退職者が享受できる水準ではない。米国では、あれだけ揉めても、最後は米ゼネラル・モーターズ(GM)の退職者たちが年金や医療保険の待遇悪化を受け入れざるを得なかった例もある。JALのOBたちは、いつまでも、これまで並みの待遇に拘っていると、世間を敵に回して、「公的支援によるJALの再生を阻んだのは、強欲で会社への愛情を持たない退職者たちだった」との歴史的評価が下ることを覚悟すべきだろう。
融資金額を明示できず焦げ付き懸念も否定しない政府
そして、「日本航空の再建のための方策について」の第3項が、つなぎ融資の規定だ。「再建期間中における日本航空の安全で安定的な運航の継続を確保するため、必要となる資金について関係金融機関により確実に融資が実行されるよう、以下のような対応を行う」としたうえで、「(1)日本航空から、資金繰り等の事情により航空機の運航に支障を生じる事態があり得る旨の申出を受けた場合、国土交通大臣は、関係大臣と協議のうえ、当該事態が発生した場合には利用者の利便及び企業の活動に影響を与えるおそれがある旨の認定を行う」「(2)認定を受けた日本航空に対する関係金融機関による融資について、適切な信用補完に関する予算及び法的措置を含む方策について検討する」と書き込んである。
(中略)
やや脱線するが、今回、政投銀が1000億円を融資するという顛末は、改めて、9月の前原大臣の白紙決定の意味を問う面がある。当時、撤回されたのが、最大8割の債務保証も含む1000億円のつなぎ融資枠の撤廃だったからである。これは麻生太郎内閣の与謝野馨財務大臣らが設定した融資枠だが、前原大臣は 2ヵ月近く大騒ぎした後、同じような資金提供をする羽目になったのだ。混乱だけ招き、政府が再建そのものへのコミットを強める事態を招いた政治責任はやはり大きい。
(後略)
辻広雅文 プリズム+one
辻広雅文(ダイヤモンド社論説委員)【第89回】 2009年11月25日
日航問題処理を「日本経済停滞の解決モデル」にできなかった民主党政権の限界
企業再生の要諦は、損失の分担である。思惑入り乱れる数多くの債権者と株主に、再生計画が信頼に足るものだと説得し、応分の損失負担を受け入れさせなければならない。冷徹な論理を貫徹し、時には腕力を振るってでも――。
日航問題において、その難しい役どころに民主党政権は徹しきれないでいる。債権放棄に加えて新規融資にまで応じれば貸し手責任を問われかねないと、政策投資銀行とその背後にいる財務省は、受け入れを拒否した。深い行政責任を負うはずの国交省は、表舞台から逃避した。当事者意識を欠く霞ヶ関の行動様式を制御できないままに、前原・国交省は解決を先送りした。
最大の難関となった企業年金の削減問題では、厚い法的保護の壁を特別立法でこじ開けようとしている。強行突破は、年金という財産権の保護を巡って、世論を二分するだろう。民主党政権は日航問題の位置づけに苦心し、揺れ動く。
斉藤誠・一橋大学教授は、「民主党政権は、日航問題の処理スキームが日本経済停滞の解決モデルになりうることに気がついていない」と指摘する。「企業年金問題も世代間の再配分モデルを提示できれば、社会問題に援用できる」と強調し、「砂上の楼閣にしかなりえない成長戦略を描くより、よほど重要だ」と言う。
“成長戦略なき鳩山政権”という批判が定着しつつある。
(中略)
だが、政治に求められる最も重要な機能は、時代によって変わる。
(中略)
現在の日本社会にとって、経済のパイを拡大させることが、民主党政権が最優先に掲げるべき政策なのだろうか。
(中略)
振り返ってみれば、技術革新を大掛かりな経済成長に結びつける物語は、日本のみならず先進諸国それぞれで語られてきた。新しいサムシングを生み出し、多くの投資機会が生まれ、資金が投下され、画期的な製品が誕生し、社会は飛躍的な生産性向上を遂げる――。
だが、この10年、そのサクセスストーリーは実現しなかった。
(中略)
あまりに陳腐な表現だが、先進諸国の経済は、巨大化かつ成熟したのだ。もはや、新規投資の機会は失われた。伸び代は使い果たされた。市場が有望産業、成長企業を必死で探しても、果たせないでいる。巨額の財政赤字に陥っている現在の日本で、国債発行が順調に消化されているのは、その明白な証左であろう。国債を買うしか、投資先がないのだ。
この現実を無視して、政府に成長戦略を強要すれば、強引な手段で実現しようとするだろう。政治が有望産業、成長企業を、直接的に生み出すことはできないのだから、マクロ経済政策に負荷をかけ、輸出を拡大し、設備投資を増大させる道に再び進み、生産性の低い設備を過剰に積み上げ、その処理に苦しむ ――つまり、バブル崩壊という愚を再現することになりかねない。
では、経済が停滞し、所得が下がり、失業者が増え、閉塞感が強まる状況に、いかに対処すべきか。今、民主党政権が果たすべき役割は、経済成長という幻想をふりまくことではなく、苛烈な利害調整を引き受けることである。拡大は難しいものの、いまだ世界2位の規模にある経済のパイを切り分け直すことである。既得権益を切り崩し、引き剥がすことである。
私はこのコラムでたびたび、日本経済の最も本質的な課題は労働市場改革にあると指摘してきた。詳しい説明は避けるが、正規雇用と非正規雇用の差別的な処遇は、所得のみならず生きる希望の格差を広げ、中高年の雇用維持政策が若年層の就労機会を奪い、社会全体の生産性を下げ、劣化、荒廃させている。労働市場が固定化することで、非正規社員、若年層が割を食っているのである。
社会問題と化したこのいびつな構造を、技術革新による経済のパイの拡大によって解決できると信じるものは、もはやいないだろう。必要なのはイノベーションのもう一つの意味――法制度、慣習に挑む社会変革の実行である。労働法制を変え、年金制度を組みなおし、一部の世代、階層の逃げ切りを許さず、既得権を放置せず、パイを切り分け直し、さまざまな世代間格差、機会格差を是正することである。そうして、若年層、貧困予備軍に希望を与えることが、日本経済に求められている。
これは政治にとって、最も過酷な利害調整であろう。これまでの労働法制、労使秩序に関わり、保護し、保護されてきた政治家、官僚、経営者、組合、学者のすべてが反発する。既得権を侵される世代、階層は猛烈に抵抗する。それを突破するには、理念と覚悟と戦略と巧みで粘り強い説得によって、コンセンサスを形成する能力が求められる。その時、具体モデルを用意することは有効だろう。それが、日航問題である。(後略)
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