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マニフェストで迷走する民主党は「脱官僚」の単一争点で勝負すべし

 史上最長の「総選挙前哨戦」が続いている。ここで特に注目を集めているのは、総選挙後に政権獲得の可能性が高い民主党の政権公約(マニフェスト)だ。しかし、民主党は様々な批判を受けてマニフェストの修正を繰り返し迷走している。私は、民主党はこれらの批判に過敏に反応せず、むしろ「脱官僚」の単一争点選挙に持ち込むべきだと考える。

 民主党の迷走は、インド洋での海上自衛隊の給油活動を来年1月の期限まで継続させるという、安全保障の政策転換から始まった。しかし、社民党などの批判により、最終的に給油活動の賛否に触れないという曖昧な対応となった。また、地方分権では「国と地方自治体の協議の場の設置」が政権公約から抜けていて、橋下徹大阪府知事らから酷評された。その結果「協議の場」は追加された。

 農業では、政権公約に「米国との間でFTAを締結し、貿易・投資の自由化を進める」と明記した。これを自民党農林族、全国農業協同組合中央会などが、農畜産品が関税撤廃の対象となり日本農業が崩壊するとして痛烈に批判した。また、民主党内からも異論が出るようになり、結局「締結」の表現を「促進」に変更した。

 この民主党の迷走に対して、麻生太郎首相は財源問題や一貫性のなさなど様々な角度から批判を展開し「政権継続」を訴えた。その結果、衆院選公示前に自民党の支持率が若干回復した。

「マニフェスト選挙」に巻き込まれた民主党の愚

 これは民主党の明らかな戦術ミスだ。国民が今、政治に望むことは様々な政策を並べることではないからだ。むしろ、国民が望むことは都議選が示したように「官僚支配の自民党政治」からの「変化」なのだ(第28回)。なぜなら、民主党の支持率はこの迷走にもかかわらず落ちていない。また、民主党と自民党の政権公約の最大の違いは、この「脱官僚支配」なのだ。民主党が「政権交代」によって「脱官僚」を実現すると堂々と掲げているのに対して、自民党はなにも示していない。

 つまり、民主党は「脱官僚」の一点に絞って自民党政治を攻撃すべきであり、2005年総選挙における小泉首相(当時)のように単一争点の選挙をやるべきだ。マニフェストの個別項目は、あくまで「脱官僚」をアピールする事例という位置づけにとどめるべきなのだ。国民の声を理解することなく、杓子定規に生真面目な「マニフェスト選挙」を行い、個別項目を散々に批判されて迷走するなど、選挙戦術として愚の骨頂と言えよう。

「脱官僚」の単一争点選挙が国民に支持される理由

 なぜ民主党が「脱官僚」の単一争点選挙を行うべきか、もう少し詳しく考えてみる。まず、2007年参院選以降の「ねじれ国会」での世論の推移を振り返ってみる。「ねじれ国会」では野党が参院の過半数を制したために、参院の様々な法案審議で与野党が激突し、審議がストップした。しかし、度重なる野党の審議拒否・法案否決をマスコミや識者が批判したが、世論調査では常に内閣支持率・与党の支持率の下落が野党のそれより大きかったことを指摘したい。

この間、内閣支持率が上昇した唯一の例外は、小沢民主党代表(当時)の秘書が逮捕されて、民主党の攻撃が弱まった時だけだ。これを素直に解釈すれば、民主党の厳しい政府与党攻撃は、常に世論が望んでいたものだったということだ。

 また、この世論の支持は、政府・与党への感情的な反発と考えるべきではない。第17回で指摘したように、野党が参院を止めた結果、「日銀総裁人事(財政と金融の分離)」「年金問題」「薬害肝炎」「防衛省問題」「ガソリン税暫定税率」など、これまで国会論戦の焦点とならず、素通りされていた深刻な問題点が国民の前に明らかにされてきた。

 実は、これは世論から正当に評価されてきたのではないか。なぜなら、現在の「政治の変化」を求める声の広がりは、野党の徹底的な追及の積み重ねで、多くの国民が自民党政治の「官僚支配」の深刻さをしっかり認識するようになった結果だと考えられるからだ。従って、民主党の選挙戦略は、まず「ねじれ国会」の成果を堂々と訴えることからスタートすべきなのだ。

「政界再編派」の土俵に乗ると「政権交代」の大目標が疎かに

 今年最初の評論(第14回)で、今年は「政界再編」か「政権交代」かという日本政治20年来の対立軸が決着する年であると論じた。「政界再編」には、与党政治家や官僚が、政党のメンバー構成を少し組み替えるだけで、既得権を維持したまま生き残りたいというニュアンスがある(ちなみに、渡辺喜美氏は脱官僚こそ唱えているが、政界の枠組としては現状維持を志向している)。一方、「政権交代」とは、自民党を下野させて官僚の長年の癒着関係を解体し、既得権益を打破することを目指すもので、当然民主党が目指しているものだ。

 私は、民主党がマニフェストの個別項目の説明に拘ることは、「政界再編派」の土俵に乗って、相手のペースで戦うことだと思う。与党側は、これまで実行してきた政策を、いろいろ問題はあったにせよ「現実的」な対応であったと認識している。この認識を前提にすれば、民主党が政策転換を訴えることは「地に足が着いていない」議論ということになる。だから、与党側は民主党に対しては激しい批判を浴びせることになり、それをマスコミが派手に取り上げる。結果として、民主党が最大の目的としている「政権交代」に国民の注目が集まらないということになる。

「マニフェスト選挙」を推進することが、政局よりも政策中心の政治を実現するために重要なのはわかる。しかし、今回の総選挙に関しては、「マニフェストの定着」は「政権交代の実現」よりも優先順位が低い。また、「マニフェスト」はあくまで政権獲得の「手段」であって「目的」ではないことを民主党はしっかり認識すべきだ。

 民主党は相手のペースに乗らず、まず自分の土俵に立って「脱官僚」の必要性の単一争点に絞って訴えるべきではないか。民主党は、政権交代の実現が、日本政治の20年来の対立軸を決着する大目標であることを忘れるべきではないのである。



率直に言って、道路無料化や子供手当てなどは国民の間で賛否が分かれるところだろう。唯一、国民的合意が形成されているのが、根深い官僚不信(社保庁や国交省北海道開発局、全農林におけるヤミ専従や天下りなど)に端を発する脱官僚(地方分権、公務員制度改革など)であり、これが民主党の突破口になり得る。

田中秀征の一言啓上
民主と自民は共にばらまきを見直せ
2009年8月6日

 各党のマニフェストが出揃ったが、今のところマニフェスト選挙は、ばらまき競争、もしくはばらまき論争の脇道に逸れつつある。
 これでは、せっかくの歴史的意味を持つマニフェスト選挙も台無しになると心配している。

選挙前にマニフェストを修正すべし

 前哨戦では仕方がないとしても、本選挙ではもっと有意義な争点に向かってほしい。
 ところでばらまきと非難される政策にはいくつかの要因がある。(1)直接的に個人の所得増、支出減につながる。(2)それが一律に行なわれる。そして(3)財政的に窮迫しているときに行われる。そう考えると、マニフェストの中にはそういわれても無理もないものもある。
 今からでも遅くはない。大きな誤解を招くような政策は選挙前に撤回するか修正してほしい。有権者はそうしても決してがっかりはしない。
 前回の参院選でも民主党は「高速料金の無料化」を公約したが、有権者はそれを歓迎する気持ちより戸惑いのほうが大きかった。
 その頃テレビで、高速のサービスエリアにいた運転手たちにインタビューしているのを観た。いかにも実直そうな大型トラックの運転手がこんなこと言っていた。
 「値下げしてくれるというのならうれしいけど、タダだと言われると何だか気持ちが悪い」
 私もなるほどそうだと思った。
 民主党はその選挙で「農家の所得補償も公約したが、選挙後にかつての私の農家の同志はこう言った。
 「民主党に入れたいけど、所得補償を公約していたからではない。」
 自民党の農政に従ってきたが、見通しが立たないからだと言う。

既得権者にばらまいてきた自民党

 ばらまきと誤解されるような“直接給付政策”は政治家が思っているほどの集票効果はないと私は思っている。それは同じような「定額給付金」のときに学んだはずだ。
 ばらまきと言うと、私はすぐに節分の豆まきを思い出してしまう。
 自民党は、主として窓の内側に多くの豆をまき、民主党は逆に窓の外側に向かってより多くの豆をまいているという印象を受ける。
 窓の内側とは身内、既得権者で、この間の補正予算もその流儀に従った。官僚、業界、支持団体など、政権を支える側に手厚いまき方だ。
 一方、民主党は、既得権者にまく豆を少なくし、その分を窓の外の不特定多数の人たちに向かってまこうとしている。だから、前者が組織中心に配られるのに対し、後者は個人が中心になる。
 だが、いずれも、より多くの豆をまいて選挙を有利に展開させようという点では大差はない。
 自民党は、財源や財政規律を理由にして、外にまく豆の量を抑制し、それを「責任力」と称している。
しかし、本当に責任力があれば、まず身内の既得権者にまく豆を思い切って減らすはずだ。


経費削減は財政再建や中長期の成長基盤に

 民主党は、公務員の総人件費の2割削減や行政経費の思いきった節減を公約している。内側にまく豆を劇的に少なくする意欲は高く評価できるが、それをそのまま窓の外に向かってまくだけでよいのだろうか。
 多くの人たちは、中・長期の生活基盤や成長基盤の強化のために、あるいは財政の再建のためにムダの節約から生れた財政資金を投入することにより賛同するのではないか。
 もちろん、国民生活が非常事態にある現在、それに対する救済政策は必要だが、それが度を越すと元も子もなくなる。
 また、直接給付政策が選挙の目玉政策になると、政党そのものがいかがわしい印象を与えることを気を付けねばならない。
 政権交代が実現しても急失速したら来夏の参院選では逆の風が吹く。本筋の論争を展開して、有意義な政権交代を実現しなければ、政治は今までより悪くなりかねない。(了)




辻広雅文 プリズム+one
辻広雅文(ダイヤモンド社論説委員)【第80回】 2009年08月12日

次期政権党の真贋を、農業改革への覚悟から見抜く

 政権選択の時が迫っている。危機感を深める自民党は与党としての政権運営能力を誇示し、攻める民主党は閉塞状況を打破する変革力を強調する。
 では、いずれの党が信頼に足るのか。掲げた改革の旗印を信じられるか。
 最も簡単なリトマス試験紙は、彼らが自らの利権、既得権益にどれほど切り込むつもりか、である。大票田を失う恐怖に耐えて、合理的な政策を打ち出そうとするかである。その本気度を占う格好の材料は、農業政策であろう。
 日本の農業は、過剰かつ長期に渡る保護政策で競争力を失った典型的産業である。同時に、競争力喪失という事態に開き直り、多くの年月が流れてもいっこうに解決策が講じられない日本全土に広がる既得権の岩盤である。その古くて新しい問題の構造を、まずおさらいしておこう。
(中略)
 第一に、この低所得でなぜ生活できるのか。第二に、コストダウンができない極小水田を、なぜ彼らは所有し続けているか。これが、二つの謎である。
 第一の謎の答えは、他に収入源があるから、である。米作農家の7割を占めるこれら極小農家は兼業農家でもあり、総所得は0.5ha以下の米作農家で441万5000円、0.5haから1ha未満の米作農家は477万3000円となるのである。
 第二の謎に対する答えは、極小規模の水田を持っている経済的インセンテイブが働く政策がいくつも維持されているから、である。
 説明しよう。水田は公共工事によって真平に拡張されており、水はけよく、まとまった面積を持ち、しかも農道が整備されている。それは、交通アクセスが良いということだ。したがって、大規模小売業、住宅地に適している。つまり、少なからぬ転用期待を農家は抱いているのである。農地には売買規制はあるが、政治的に極めて融通が効く。バブルの頃には、農地価格の30〜50倍で売買されたこともあるという。また、保有コストが低い。固定資産税は優遇されており、相続税もほとんどかからない。自分の代で転用できなくても、子や孫に受け継げばいいのだ。
 私は冒頭、「日本の農業は、過剰かつ長期に渡る保護政策で競争力を失った典型的産業」と書いた。その保護政策は、極小規模兼業農家に対するものであった。日本の米作農家にも、革新的で大規模化を目指す専業農家はある。だが、大規模専業農家が水田の吸収、集積を図ろうにも、極小規模兼業農家は、転用期待で見向きもしない。保護関税で安心しきっている。
 では、極小規模兼業農家が手厚く保護され、大規模専業農家が軽視されるのはなぜか。それは、前者の存在が圧倒的で、永田町にとっては利権であり、既得権であり、大票田であるからだ。(後略)



不徹底なものに終わり多くの課題を残したものの、本来、小泉構造改革とは「既得権益の解体」こそが目的だったはずだ。全体利益のために個別利害を切り捨てるからこそ「痛みが伴う」のであり、既得権益を持つ利益団体は「抵抗勢力」として反対した。
現政権は「小泉構造改革の負の遺産である格差拡大を是正する」ために「近年の行き過ぎた市場原理主義とは決別する」と説くが、これはすなわち、全体の効率化(経済成長)よりも業界団体などの個別エゴを優先するということだ。「政官業」の癒着による利権トライアングルという現状を肯定し、維持していくことになる。結果として、格差は一層拡大し、日本の貧困化は更に進む。
たとえば公務員と民間の生活格差は、官界の既得権益に手をつけないから生じているのであり、民間でリストラが進む一方で公務員削減が遅滞しているため、官民格差は拡大する一方である。
「小泉改革の見直し」は格差是正どころか「抵抗勢力」の既得権益擁護に繋がるのである。

そもそも「抵抗勢力」が出現しない改革などあり得ない。改革するということは、現在のシステムを変えるということであり、現在のシステムで利益を享受している集団が反対するのは当然である。したがって「抵抗勢力」が出現しない改革とは、「総論賛成、各論反対」という骨抜きの改革のことである。そして小泉内閣の言葉を借りれば、「改革なくして成長なし」なのである。


自民党の政権公約では「改めるべきは改める」とあるが、公約の諸政策を見る限り、自民党の言う「改める」とは「構造改革路線から訣別して、『古い自民党』に戻る」としか解釈できない。自民党の主張する「リアルな政策」とは、事実上、「現在の政策を踏襲する」ということを意味する。「現状維持」で日本の未来に希望が持てる人がどれだけいるのか、疑問なしとしない。

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http://blogs.yahoo.co.jp/yjisan/60314590.htmlで、
民主党の「脱官僚」という目標と、バラマキ的施策は矛盾するのではないか、
と書きましたが、その辺りを分かりやすく書いている記事があったので、
引用しておきます↓



岸博幸のクリエイティブ国富論

岸 博幸(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)

【第50回】 2009年07月31日

“脱官僚”の方法論を勘違いしている
民主党マニフェストの本当の問題点

 すいません、今週も本題はお休みにさせてください。民主党のマニフェストが発表されましたが、報道での評価は意外と本質に言及されていないので、今回はその点を説明したいと思います。
社会主義と脱官僚は両立するのか?
 民主党がマニフェストを発表した翌日の報道を見ていますと、メディアや自民党の批判の多くは「そんなにバラまいて、財源が本当に捻出できるのか」といった点に集中していました。
 しかし、この問題はあまり本質でないような気がします。机上の計算と現実が違うというのはよくあることであり、仮に民主党が政権を取ったら、現実に即してファインチューニングすれば済む話です。
 そうした個別政策という枝葉の部分もさることながら、政策体系という太い幹の部分についても注目すべきではないでしょうか。そうした観点から気になるのは、“社会主義と脱官僚は本当に両立し得るのか”ということです。
 民主党のマニフェストは、売り文句の“生活支援”を実現するための“国民にお金あげます”政策のオンパレードです。正直、そこまで手厚くやる必要があるのかと思わざるを得ません。悪く言えば、社会主義的な方向性と言えなくもないです(ちなみに、子ども手当と高校教育無料化で6.2兆円です。財源の捻出ばかり議論されますが、そもそも今年度の当初税収見込みが46兆円という経済において、税収の10%以上を家計に配るのが本当に正しいか、という議論が必要だと思います)。
 しかし、そうした方向性は、民主党の最大の売り文句である――マニフェストでも5原則の一丁目一番地に掲げている――“脱官僚”と両立し得ないのではないでしょうか。政府の関与が増えれば増えるほど、大きな政府とならざるを得ないはずだからです。

 次に気になるのは、政府がお金を配り続けるという“政府による生活支援”は持続不可能だということです。財政赤字が未曾有のレベルにあることを考えると、雇用が拡大して家計の所得が増えない限り、すぐに限界が来るはずです。そして、雇用は経済成長の派生需要であることを忘れてはいけません。経済が拡大を続けない限り、雇用を創出し続けることは不可能であり、持続可能な正しい “生活支援”を実現することも難しいと言わざるを得ないのです。
 それにも関わらず、民主党のマニフェストには、経済成長を実現する成長戦略は欠如しているように見受けられます。加えて言えば、派遣労働に対する規制強化や最低賃金1000円などを標榜していますが、これらの政策を本当に実行したら失業率は上昇します。企業の側からすれば、人を雇うリスクが増大するからです。
 こうした経済・雇用政策と同時並行で“生活支援”を実現するというのは、かなり困難ではないでしょうか。

言っていることとやることの齟齬

 そして、民主党のマニフェストの最大の問題点は、“脱官僚”という最大目標と実際の政策の齟齬だと思います。“脱官僚”を掲げるのはすごく正しいです。霞が関に20年在籍した経験から、日本の将来のために是非実現してほしいと心から期待しています。しかし、マニフェストに掲げられている政策を見る限り、心配にならざるを得ません。
 明治以来、日本の権力の本質は常に官僚機構にありました。脱官僚とは、その権力構造を大きく変えようという野心的な取り組みなのですが、その本質は、霞が関というガバナンスが効かない世界に集約されている権限や財源を、いかにガバナンスの効く世界に移して、霞が関に残るものを少なくできるかという点に尽きます。
 それを実現するための手法は二つ存在します。一つは地方に関する権限や財源を、地方の議会や住民の監視が効く世界に移し、地方のガバナンスに晒すことです。それが地方分権に他なりません。その意味で、民主党が地方分権を訴えていることは正しいのですが、残念ながらそのために掲げている政策が間違っているのではないでしょうか。
 民主党は、地方に対する霞が関のひも付き補助金を一括交付金に変えるべきと主張しています。しかし、一括交付金とは補助金の細かい用途(例えば、道路、河川など)を大括りにまとめるだけですので、霞が関に総額を決める権限が残り、地方自治体や地元議員、関係業界の霞が関詣でという構造は変わらないでしょう。省庁毎の縦割りの一括交付金になったとしたら、いよいよ霞が関の各省庁の権限は今のまま温存されることになります。本当に地方分権を進めるなら、一括交付金よりも税源移譲で地方に財源そのものを移す方向を明確に出すべきだったのではないでしょうか。
 そして、霞が関の権限を減らすためのもう一つの手法は、霞が関が抱え込んでいる権限のうち、市場に任せられるもの(主には経済関連になります)を、出来る限り市場のガバナンスが効く世界に移すことです。
ところが、民主党のマニフェストを見ると、郵政民営化は逆行させるわ、規制改革の“き”の字もないわと、市場のガバナンスに晒す部分を増やすどころか、逆行して減らす方向に向かっているように見受けられます。それで本当に“脱官僚”が進められるのでしょうか。
 このように、民主党のマニフェストを見ていると、“脱官僚”という方向性は正しいのですが、そのための具体的な政策を見る限り、本気度と実現性を疑わざるを得ません。霞が関が抱え込んでいる権限のうち、出来る限り多くが地方のガバナンスまたは市場のガバナンスに晒されるようになってこそ初めて、霞が関の権限が縮小して、“脱官僚”が実現するはずだからです。
 おそらく民主党は、霞が関に権限がたくさん残っても、政治が官僚機構を監督する、つまり政治のガバナンスを効かすことにより“脱官僚”が実現できると考えているのでしょう。しかし、自民党が長年できなかった政治のガバナンスの発揮が、民主党政権なら出来るんだと言われても、にわかに信じることはできないのではないでしょうか。
 ついでに言えば、民主党マニフェストの細かい表現を見ても、“脱官僚”の本気度が心配になります。例えば、公務員の人件費削減については、「地方分権推進に伴う地方移管、国家公務員の手当・退職金などの水準、定員の見直しなどにより、国家公務員の総人件費を2割削減する」と記述されています。
 この表現自体、官僚的です。なぜ“国家公務員の給与引き下げにより”と書かなかったのでしょうか。なぜ、反対解釈として“国家公務員の本給には手をつけない”と宣言する必要があるのでしょうか。官僚OBの民主党議員か組合の入れ知恵と思いますが、肝心の部分でこのような官僚的表現を使うことには、違和感を禁じ得ません。

批判的に期待しましょう! 

その他にも色々と指摘したい点はありますが、紙幅の関係で省略します。ただ、ご理解いただきたいのは、マスメディアのようにただ民主党を批判したいのではない、ということです。民主党が掲げる“脱官僚”に期待したいからこそ、より正しい方向の政策を打ち出してほしいと心から願っているのです。
 もし民主党が政権を奪取したら、政権発足当初は軌道修正も許されるはずです。だからこそ、私たち国民は、今の段階では民主党のマニフェストの本質的な問題点をしっかり把握しつつ、その中身が今後どれだけ進化するかを批判的に見守るべきではないでしょうか。批判のための批判だけでは前には進みません。ある意味、今回の選挙でもっとも問われているのは、建設的に批判できる国民の民度かもしれないのです。




税金で吸い上げた分を「手当て」としてばらまくというのは、それ自体「大きな政府」の発想なのであって、霞ヶ関の権限縮小が目的ならば、むしろ「減税」という方向性が正しい。民主党の「脱官僚」は、政府(内閣)と霞ヶ関との力関係のみに注意が向いており、「地方分権」や「官から民へ」の発想が乏しいように思われる。

財部誠一の「ビジネス立体思考」
不毛な財源論より脱官僚こそが争点だ

2009年7月29日

 7月28日に民主党のマニフェストが公表された。
 当然のごとく、自民党からは財源を示さぬ、無責任な人気取り政策だとの批判が続出した。
「財源を示すことなしに、耳さわりの良いことばかりをあげつらねた民主党のマニフェストは究極のポピュリズムだ」

自民党政治を続けるのか、やめるのか

 子供手当てや高速道路無料化など新たな歳出項目に必要な費用は明記したものの、歳出カットの個別具体的な数字はたしかに示されていない。その意味では自民党幹部による民主党マニフェストへの批判は妥当する。
 一方、自民からの財源批判に対しては、民主党もメディアを通じて、繰り返し反論をしてきた。
「霞が関から十分な情報提供を得られない野党のままでは、財源の詳細を示すことなどできるわけがない。だが探せば財源は必ずある」というのが民主党の主張だ。
 いよいよ総選挙政権交代がリアリティをもってきた今、私たちは民主党の財源問題をどのように受け止めたらいいのだろうか。無責任だと切って捨てることもできるし、もっともだとその言い訳を受け入れることもできなくはない。
 結論から言えば、民主党への財源批判は不毛な議論に思える。
 なぜなら民主党のマニフェストは終始一貫、永年の自民党の政策に対するアンチテーゼになっているからだ。これまでの自民党政治を続けるのか、やめるのか。民主党のマニフェストはそれを国民に突きつけているからだ。

政権構想5原則がマイナスを補う

 たしかに政策の中身を仔細にみると、個人的には首を傾げたくなるものもある。財源問題がまったく気にならないかといえば、嘘になる。しかしマニフェストのなかで示された「鳩山政権の政権構想 5原則」をみると、諸問題のマイナスを補って余りあるものがある。
原則1 官僚丸投げの政治から、政権党が責任を持つ政治家主導の政治へ。
原則2 政府と与党を使い分ける二元体制から、内閣の下の政策決定に一元化へ。
原則3 各省の縦割りの省益から、官邸主導の国益へ。
原則4 タテ型の利権社会から、ヨコ型の絆(きずな)の社会へ。
原則5 中央集権から、地域主権へ。

 5原則はまぎれもなく自民党政治へのアンチテーゼであり、民主党の1丁目1番地は「脱官僚政治」であることが明示している。
 そこで問われるのは「なぜ官僚政治ではだめなのか」を明らかにすることだろう。
 おりしもTBSが戦後日本の奇跡的な復興の原動力となった通産官僚の姿を描いた『官僚たちの夏』(城山三郎原作)というドラマを放送している。官僚が国家、国民のために本気で奔走した時代があったことは間違いない。もちろん今でも素晴しい官僚がいないわけではないが、問題の本質は霞が関の中央集権体制それ自体が、時代遅れになってしまったところにある。
 右肩上がりの経済成長が当たり前の時代が終わり、少子高齢化による人口減少で国内市場の拡大が見込めぬ時代に踏み込んだ。ありとあらゆる業種業態で、地域間格差が広がり、霞が関が全国一律のメニューを示しても、なんの問題解決にもならなくなってしまった。
 官僚の天下りや税金の無駄遣いは問題だが、全国一律のメニューを提示することで国家を動かしてきた霞が関のビジネスモデルが死んでしまったことが、じつは日本にとって最大の問題なのである。

民主党のバラマキは国民への直接給付

 もっとも自民党も脱官僚政治への取組がなかったわけではない。
 いまや小泉政権は日本を不幸のドン底に叩き落した元凶のようにいわれがちだが、脱官僚政治の実現に初めて動いたのは小泉政権だった。わずか一年で自滅した安倍内閣は情けない限りだが、脱官僚への思いだけは明確に持っていた。だが福田内閣から脱官僚への問題意識が低下し始め、麻生内閣では振り子が逆ブレした。「脱官僚」どころか「脱官僚つぶし」に麻生内閣は走った。
 史上最大の景気対策となった14兆円の補正予算の中身もすべて官僚まかせという、驚くべき醜態を露呈した。それを知っていたから、マスメディアは「だたのバラマキだ」と酷評した。
 ところが、民主党のマニフェストが明らかになるや、それを見た自民党から「バラマキ批判」が噴出してきた。なかには「14兆円の補正予算よりバラマキだ」などという声まで自民党幹部から漏れてくる始末だ。
 表面だけをみていると、似たり寄ったり、五十歩百歩の感も否めないが、おなじバラマキでもその底流に流れている思想はまるで違う。自民党のバラマキは霞が関の官僚たちへのバラマキに終止している。最終的な予算の使い方は官僚が決める。
 対照的に民主党のバラマキは国民への直接給付だ。官僚に予算をばら撒くのではなく、国民に直接ばら撒く。同じバラマキでもはるかに筋がいい。

 脱官僚政治を望むのか、望まないのか。
 それこそが次期総選挙の争点といっていい。(引用終わり)


霞ヶ関の中央集権体制打破のために必要不可欠の施策であるはずの「道州制」に民主党が踏み込んでいないのが、個人的には気になりますけどね・・・(ただし自民党が知事会の支持欲しさに、駆け込みで政権公約に加えようとしている「道州制」も中味は極めて漠然としています)あと製造業への派遣禁止や郵政民営化見直しなど「規制緩和」に逆行する姿勢が見られる点も、「成長戦略不在」の印象を受けます。



週刊・上杉隆

上杉隆(ジャーナリスト)
【第88回】 2009年07月30日 民主党マニフェストに“ダメ出し”するのがメディアの仕事か?

(前略)
 問題はメディアの論調だ。マニフェスト発表翌日の社説は、そろって、自民党の論調に歩調を合わせた。
〈民主党が27日、衆院選のマニフェスト(政権公約)を発表した。予算の全面組み替えや無駄の排除を柱とする「5つの約束」を掲げ、政権交代への意欲が伝わってくる。一方、個別政策には、ばらまきの要素を帯びたものも多く、財源や負担増の議論を避けた印象がぬぐえない〉(日本経済新聞/7月28日社説)
〈民主党が衆院選の政権公約を発表した。政権交代を意識し、内政、外交両面で現実路線に踏み出したことは歓迎するが、十分とは言えない。
 政権公約は内政面で、子ども手当、高校の無償化、ガソリンの暫定税率の廃止など、国民生活に深くかかわる直接給付型の政策を、ずらりと並べている。
 ただ、どんな魅力的な政策も、必要な費用や具体的な財源措置を一体のものとして検討しなければ、その是非は判断できない。(中略)
一昨年の参院選公約と比べれば政策の実施時期を特定し、財源も具体的になった点では前進だ。だが、国の総予算207兆円の組み替えで巨額の財源を本当に確保できるか、との疑念が依然残る〉(読売新聞/7月28日社説。

 こうした論調に筆者は違和感を持つ。筆者は民主党員でもなければ、民主党支持者でもない。だが、野党である民主党のマニフェストの実現性に疑問を投げるこの種の「社説」や「テレビ解説」をどうしても理解できないのだ。
 そもそもマニフェストは、実現可能性を問うものではなく、将来の政策を示し、その達成度合いをチェックするための指針なのである。よって、メディアに期待されるのは、未来の実現可能性を問うことではなく、現実(過去の)のマニフェストの達成状況を検証することではないか。
 つまり、2009年の「民主党マニフェスト」よりも、2005年の「自民党マニフェスト」をチェックするのが先なのである。
 相変わらず政府のプロパガンダにそのまま乗せられた報道姿勢には、あきれるというよりも笑ってしまう。

まだ打席に立っていない民主党の三者凡退を語る愚

 すべての新聞やテレビは、郵政選挙マニフェストを、もう一度確認した方がいいのではないか。次のようなたとえ話で説明しよう。
 1955年以降、自民党は実に長い間バッターボックスに立っていた。93年の一時期を除いて、責任政党として日本の発展に大きく寄与してきたのは紛れもない事実である。
 だが、いまや、その長かった攻撃も終わろうとしている。鳩山一郎首相から数えて、25人の首相がバッターボックスに立ち、ヒットを打ってきた。だが、二回の表の攻撃は、麻生首相という打者の凡打に終わるのは確定的なのだ。
 総選挙後には自民党は野に下るだろう。それは、16年ぶりに野党がバッターボックスに立つことを意味する。
 自民党の選手や応援団からしてみれば、二回の裏に臨む民主党の打者たちに対して、「三振」や「凡打」を期待し、野次を浴びせるのは当然である。
一方で、民主党の選手や応援団は、「ホームラン」や「ヒット」を期待している。結果は、打席に立ってみなければわからない。先頭打者の鳩山首相がどんなバッティングをみせるかはマニフェストで想像がつくが、その結果は神のみぞ知るところだ。
 ところが、それを中継する、もしくは記事を書く記者たちは、なぜか二回裏の攻撃のことばかりを語っている。まだ打席にも入っていない民主党の攻撃について、三者凡退を決めつけているのだ。
 筆者が、財源論と実現性について偏る報道に違和感を持つのはこうしたことなのだ。

双方を批判して客観性を装う報道姿勢

 未来の検証も大事だが、2回表の自民党の長い攻撃を一切解説せず、ネクスト・バッターズ・サークルで素振りをしている打者ばかりを批判するのはおかしいと率直に思う。
 どうせそうするのであるならば、この際、メディアは、海外の新聞などがそうするように、両党のマニフェストを仔細に比較検証し、自らの立場を明確にし、支持を打ち出してみたらどうだろうか。
 双方を批判しながら、自らを客観的だと称し、安全な場所に逃げ続ける報道姿勢はそろそろ改めたらどうか。
 筆者にはいまのマスコミ論調が、じつはマニフェストの検証から逃れるための口実であり、思考停止の欺瞞としか思えない。
 あした(7月31日)、自民党はマニフェストを発表するという。現時点の取材では、そこに具体的な数値データや工程表は盛り込まれそうもない。
 仮にそうであるならば、それは実現可能性どころではなく、マニフェストの要件を満たさないことになる。
 その時、果たして、新聞の「社説」や「テレビ解説」は、自民党マニフェストをどう報じるのか。マニフェスト報道を検証してみようではないか。(引用終わり)



早速、民主党が、郵政選挙の際の自民党マニフェストの達成度を測定しましたね。
達成度は「20点」と批判=前回の自民公約を検証−民主・岡田氏 時事通信2009年7月31日(金)02:03

 民主党は30日、2005年の前回衆院選などで自民党が掲げたマニフェスト(政権公約)の検証結果を発表した。自民党の目玉政策である「幼児教育の無償化」や「道州制移行」について、05年の公約にも同様の記述があると指摘、同党の約束が掛け声倒れに終わっていると批判している。
 これに関し、民主党の岡田克也幹事長は同日、静岡市で記者会見し「4年前の約束が果たされていない。4年前の約束と今言っていることが全く違う。自民党の公約を信用できない」と批判。幼児教育無償化についても「4年間全く進んでこなかった」と述べ、自民党の公約の達成度は「20点から30点」と酷評した。
 政党が他党の公約の取り組み状況を点検し、公表するのは異例だ。今回の検証結果の公表は、31日の自民党の公約発表に先立ち、同党が政権与党にありながら公約実現に不熱心だったことを印象付ける狙いがある。(後略)

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寝言は寝て言え

京都教育大生、6人とも否認=集団暴行事件で拘置理由開示−地裁

6月19日19時4分配信 時事通信
 京都教育大生の集団暴行事件で、集団準強姦(ごうかん)容疑で逮捕された男子学生6人の拘置理由開示が19日、京都簡裁(松林秀樹裁判官)であり、6人はいずれも容疑を否認した。
 弁護人によると、6人は「女子学生は泥酔状態ではなく、合意の上だった」などと容疑を否認。松林裁判官は「供述に食い違いや変遷があり、釈放すれば証拠隠滅や逃亡の恐れがある」と述べたという。 






6対1で「合意」なわけないだろ。


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