研究員のFです。今回は1月末に行って来ましたYahoo! Inc.(米国ヤフー)出張について投稿します。
オバマ就任演説の熱気が未だ冷めやらぬ1月21日、雨期の曇り空のサンフランシスコのベイエリアにやってきた。今回は、Yahoo! Inc.の研究開発部門であるYahoo! Labsとの共同案件の打ち合わせのための短期滞在である。
サンフランシスコ国際空港へは、日本夕刻発の西海岸時間の午前着であったが、入国手続きは新制度の ESTA事前登録義務化の直後のためか、大混雑。おまけに指紋採取用の機械が不調のようで自分の前の列はなかなか距離が縮まらず、ようやく終わったころには、あれだけ後ろにたくさんいた人々も先に行ってしまっていた。
入国手続きを終え、 AirTrainでターミナルから数百メートルのレンタカー・センターへ。ここでもまた長い列を待って、ようやくレンタカーに。目的地は、サニーヴェールの 、 Yahoo! Inc.のヘッドクォータ。ところが、カーナビにFirst AvenueのFirstが入力できない。レンタカー会社の人を探し回ってやっとのことで、1st Avenue と入力しなければならないことを教えられた。急いで、Bayshore Freeway Route 101を南へ。雨粒がフロントガラスを打ちはじめ、すでに待ち合わせの13:00を過ぎようとしていた。ヘッドクォータは、まあ、 こんな感じのところだが、こう時間が遅くなってしまってはしょうがない、とその前を通り過ぎて、となりのサンタクララ市内の別のキャンパスでのミーティングに直行することにした。
サンタクララ市内のキャンパスには、Yahoo! Labsのメンバの多くが在籍している。Yahoo! Labsのなかでも、 Yahoo! Researchは特に研究ソサイエティーで有名であるが、それ以外にも多くの著名な研究者・開発者がいる。読者のなかに学生時代にデータベース、ウェブ技術、情報検索、などを勉強された方がおられたら、あの論文を書いたあの人もここにいたのか! という発見をされることだろう。
そんなことを考えながら、Bayshore Freeway の左手に、写真で確認したビルディングの姿をみつける。高速の出口を出るとまもなく駐車場に。ビルに駆け込むともう最初の打ち合わせの時刻。20世紀の物理学者の名前がつけられている会議室の一つへ。議論の内容についてはここではまだあまり詳しくは書けないのだが、検索技術のクエリー解析に関するディスカッションをした。
検索連動広告の始まりと時を同じくして、ウェブ検索技術の大きな変化の一つとして、クエリーごとのIdiosyncraticな扱いが挙げられる。例えば、今ここで、「obama」を検索すれば、 ニュース記事に続いてホワイトハウスのホームページが表示されるが、一昨日前の検索結果は違っていた。このような変化への対応には、どのような技術が必要なのか。これがオバマのような超有名人ならまだしも、検索エンジンだけが思い出させてくれるような、多くの無名な人々ならばどうすればよいだろうか? そのためにもう少し気の利いたことをやってみようか、というのが、ことのはじまりであった。
さて、時差ぼけのためにまぶたがさがりだすころ、明日のランチ・ミーティングの約束をして、ホテルに向かった。
時差のため、朝の3時にはもう目が覚めた。新聞には、オバマのホワイトハウス1日目を報じる記事が一面を飾っている。そんな中、朝のカフェテリアでAに会った。
物静かなこの男は、ウェブが今よりもずっと小さかった90年代後半に、Larry Pageらがここから北に数マイルのスタンフォード大学で、後の彼らのビジネスのもとになるウェブの非常にシンプルなモデルを考えていたころ、ここから南にもう少しの IBM Almaden研究所でJon Kleinbergらとウェブのもう少し複雑なモデルを考えていた。彼は、われわれの開発する日本語検索の新しい機能のライブテストに向けて、環境を提供することを約束してくれた。
今回の出張ではCにも会うことができた。彼とは TRECの度に東海岸のガイサースバーグで、また NTCIRの際は東京で会っていた。私が六本木でヤフーの面接を受けていたころ、彼はバークレイの大学から、サンフランシスコに移ってきた。しばし共通の知り合いであるバークレイのG教授やNTCIRのNさんのことを話した。
さらに、Gとも打ち合わせをした。彼がYahoo! Research Latin Americaにいたときからの知り合いだ。遠いチリのサンティアゴから、最近ここに移ってきた。検索ログ分析の仕事をしていたが、今はログ分析による検索ランキングの改善にかかわっている。ユーザーのクリックを解釈して検索ランキングにフィードバックするモデルだ。
彼は、家族との夕食に招待してくれた。彼らは夫婦ともに、フランス語、ポルトガル語、スペイン語、英語、日本語を話すマルチリンガルである。子どもは、フランス語、ポルトガル語に次いで英語を習い始めたらしいが、幼稚園にはかなりのスペイン語を話す友人がいるらしい。彼らのように、ヨーロッパ、アジア、南米とあらゆる地域を渡り歩いた人々にとって、ここサンフランシスコやベイエリアは、米国にいながらにして、ヨーロッパ風の生活を楽しめる数少ない地域らしい。不動産は、米国内でも最も高い地域だが、裏庭では時々スカンクを見るという。不況のためかレストランには、われわれ以外に客はいなく、金曜日の夜なのに駅前通りに人はいなかった。
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