昨年の12月27日の月曜日にお出かけしようと11時半頃に外に出てポストを覗くと分厚い封筒が、急いで開けてみると、お友達から少し遅れのクリスマスプレゼントが届いていました。素敵な天然石のブレスレットが、嬉しくてすぐに付けてみました。
丁度12時、仕事をしているお友達は休憩時間、すぐに携帯で、お礼を言って切った後ふと、三重県の親友に電話がかけたくなって、かけたところ話中、少し前に韓国に夢中な私と民謡を始めた彼女との言葉の行き違いから、なんとなく遠ざかっていたのですが、心に引っかかっていて声が聞きたくて何度も電話にかけても繋がらなくて、彼女は携帯は持ってなくてPCもする子ではなくて、連絡の方法もなく、ただただ気にかかっていたのですが・・・
その日話中だったからお出かけは後にして一旦お昼ご飯を食べて出かけようとしたら又々気にかかって再度電話をかけました。そして出たのが男性、ご主人の声とは少し違う?それで○○さんいますか、と聞いたら○○は死にました。?、は・・・・え○○さんですよ!「昨日亡くなって今日お通夜で明日が告別式です」話を聞いてみると11月30日に大腸癌の手術をしてそれは成功して年末退院の予定だったらしいのですが、ご主人も入院されてて、それで、退院を延ばしたらしのです。それでトイレでとっぜん心臓が悪くなりそのまま亡くなったということでした。2009年11月に家に泊まった時に不整脈が有り2種類の薬を飲んでいたが良くなり1種類に変わったとか、明るく話していました。
電話の相手は彼女の弟さんだったので、友達なのですが、お葬式に行きたいのですが、と話したら、家族だけで式を執り行うので、遠いので、そちらからお祈りしていてください。とお断りされました。
でも、どうしても納得できなくて、もう一度電話を入れた所、今度は彼女のご主人の妹さんが出られて
快く葬式に来てくださいとのご返事でした。
慌てて他の仲が良いお友達に連絡入れた所、彼女は翌日28日はどうしても仕事で行けないので早退してご主人の車で伊勢志摩へ向かいました(夜中に付いて顔を見て神戸に帰ったのが夜中の1時半だったそうです)私は朝9時に家を出て2時からのお葬式にまに会うように伊勢志摩に向かいました。3時間半後ようやく彼女に会う事が出来ました。
同じ年で2週間違いの誕生日名前も上の二文字が同じで良く二人で飲みに行ったり。買い物に行ったり半年間同じ専門学校に通った長いお友達でした。私より絶対長生きしてそして明るく生きて行くはずの彼女がこんなに、あっけなくこの世からいなくなってしまうなんて、でも最後お別れが出来て、本当に良かったです。後で弟さんから聞いたお話ですが、あの時あの時間にお家に帰った所だったらしいです。もう少しずれていたら、電話が繋がらなかったと思うとの事でした。やはり呼んでいたのかな〜〜
普段お昼に電話などかけないのにお通夜のその日弟さんが帰った時間に彼女が呼んだとしか考えられなくて・・・・・
その後30日に突然長崎に住まいする主人の姉のご主人が心筋梗塞で死去されて又々お葬式に長崎に行きました。すごい波乱の2010年の終わりでした。
震災でもいろんな体験をしましたが、やはり何か不思議な現象はあるのだと改めて思いました。今年は震災から16年たって、そして17回忌です。残された私一日を大切に生きて行きたいと思います〜お友達・義兄・そして震災で亡くなった方達〜のご冥福を祈りたいと思います。
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