2013年冬至も過ぎ、あとは日が長くなって行くばかり!

イエローナイフ生活10数年。メティ(白人とインディアンのミックス)の夫と娘二人との生活。

09年5月

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そういえば…

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そういえば5月の中旬に、よくもまぁねぇ… っていうイベントがあった。
まだほとんど氷で覆われている湖に入る… っていう、さむーーいイベント。
本来、5月の中旬というと、もう結構気温も上がっていて、おそらく予定では、
春うららの気候の中、まだちょっと氷の残る湖に… ということだったんだろうけど、
今年はなかなか気温が上がらず、会場となったロングレイクも、まだその氷の上を
歩くことができるほど。
しかもその日、風があってさっむーーい。
参加者は… というと、
地元警察の警察官さんたち、消防署の人々、スポーツクラブのメンバーさんたち、
個人…
もう、みんな異様にハイテンション。…ならずにいられないでしょ。
観てるこっちも寒くって、ちょっと観て退散しました。
死人が出なくてよかったよ。

ノバスコシア2

5月ももうすぐ終わりですね〜。
もうすぐ夏至が来ます。
カウントダウン、開始です。
なんだか、わくわくっ!

ちなみに只今、夜の10時半。
まだまだ夕方ですよ〜。
今日の日の入りは、11時03分だったかな。
日の出は4時ちょい過ぎ。

ダンナがノバスコシアに行って以来、私と娘は規則正しい生活を送っており、
娘は夜の9時〜9時半頃にはちゃんと寝てくれている。
でも、朝は早いよ〜。
日の出と共にゴソゴソ、モゾモゾし始まって、その度にパイパイやおしゃぶりを
くわえさせて、なんとか眠りを継続させる。
でも、6時45分から7時15分の間に、シャキーッッ!!
とスッキリ、サッパリ起きてしまう。

今年はなかなか気温が上がらず、ここ最近の日中の最高気温はプラス5〜8度位。
でも、体感気温はもっと暖かく、みんなとっても薄着。
気温が低めだからついつい油断してしまって、散歩に出るとき、UV対策を何もしていなかった。
長く厳しい冬の後だし、「お日様に当たるの気持ちいね!」なんて、
喜んで直射日光を浴びていたら、私と娘はずい分と日焼けしてしまった。
私はともかく、今日あわててベビー用の日焼け止めローションを買った。

ノバスコシアに行った夫は、たぶん、明日帰ってくる。
お義父さんの火葬、お葬式等々の合間、お義父さんが好きだった釣りにも出かけたらしい。
車であちらこちら、出歩いてもいるらしい。
お義母さんとお義父さんが離婚して、お義母さんとお義姉さんとノバスコシアを離れたとき、
夫はまだとても小さかったし、以前、お義父さんと一緒に住んだ頃には、小さいその街で
普通に生活するだけで、よくよく周りを観ていなくて、ノバスコシアに関しては、夫よりも
私の方が詳しい。

夫は、自分の生まれ故郷がすっかり気に入ってしまったようだ。
先日は電話で、「家とかアパートとか、どういう物件があって、いくらくらいで借りれるのか、
どういう仕事があるのか調べ始めたよ。ノバスコシアに引っ越すのも悪くないね」と言った。
私は、「だからずーーーーーっと言ってるでしょ。すんごくいい所なんだってば! 
ノバスコシアだったら、私は今すぐにでも引越しできるよ!」と興奮して即答。

夫に会ったときから、というか、会う前からずっと、留学生活を送った
「ノバスコシアに帰りたい」と周りにいた同僚、友人たちに愚痴っていた。
そんなある日、「ノバスコシア生まれだ」という夫に出会って、
運命を感じちゃったのかなぁ〜。
とにかく、夫と出会ったその日から、夫にはずっと 「ノバスコシア、ノバスコシア…」
と言っていた。

今年の秋頃から半年位、夫がBC州の学校に通うことを計画していて、
「家族みんなでバンクーバーに行くぞ!!」と張り切って言う夫に、
「勉強大変だし、一人で行ったら…?」とか、
私はサッパリ乗り気じゃなかったくせに、この変わりよう。
夫も、「お前な〜っ。バンクーバーの話の時とはエラク態度が違うじゃないかーーーっ!」
とあきれていた。

こっちの人はチャンスがあれば、どんどん引越しをする人が多いし、
ウチも、別にそこに定住しよう、というのではなくて、数年そこに住んでみるのもいいな、
という感じでして…。
親戚が多く住み、夫が大学に通ったサスカチュワンにもいつか住みたい、と思っているし。
夫の現在の(…というのは、以前にもちょっと住んだことがある)イエローナイフ生活も
今年で8年。生まれてこのかた、同じ場所にこんなに長く住んだことは無いそうだ。

実現できるといいな。

逝ってしまった

ノバスコシアの時間、昨日午前6時半。こちらノースウエスト準州の時間で午前3時半。
夫はハリファックス空港に到着したはず…
それからバスに乗って、生まれ故郷のニューグラスゴウには午前10時頃には着いたはず…。

昨日は朝から、
「今頃再会できたかしら。お義父さん、息子の突然の訪問を嬉しがっているかな。
17〜18年も会っていなかったんだから『お互い老けたなぁ〜』とか思うんだろうな」
などと、いろいろ想像していた。

午後にはお義母さんから電話があって、
「知ってた? ブライアン、昨日の飛行機でノバスコシアに向かったよ。
今日の午前中には着いてるはずなんだけど…」と話すと、
「えっ? 行ったの?」
と、夫の今回の早い決断、行動に驚いていた。

30数年前の昔に別れた夫とはいえ、二人の間には夫と夫のお姉さんの二人の子供がいるわけで、
夫とお義姉にとっては、ずーーーっと父親なわけで…
お義母さんと別れた後から、ずーーーっとお義父さんと一緒だったお義父さんのパートナーさん
がとてもいい方で、お義父さんやノバスコシアの親戚に何かあると、お義母さん、夫、お義姉
さんに電話をして知らせてくれていた。
だから今回もお義母さんは、お義父さんの状態が思わしくないことはすでに知っていた。
でも、お義父さんの心臓はずっと悪かったし、心配はしているけれど、それほど重篤とは
思っていなかったようだ。
だから、普通におしゃべりをして電話を切った。

一昨日のパートナーさんの電話での話しだと、肺炎を起こしていて呼吸が苦しく、
酸素マスクをしていて食事ができず、退屈だというから一緒にテレビを見て、
でも長居すると疲れさせるから帰ってきた… と言っていた。

お義母さんの電話の後しばらくして、今度は夫から電話があった。
「元気? 天気はどう?」
なんだか声が沈んでいる。泣いてる???
「…で、お義父さんは?」

「到着して数時間後に亡くなった…」
えええええ??!!
「お義父さんには会えたの?」と聞くと、
「う…ん、まぁ、ちゃんとではないけど…」

状態が急に悪化した、ということだろうか。
細かく聞くことはやめた。

お義父さん、きっと、息子が来るのを待っていたんだね…

私が最後にお義父さんと電話で話したのは二ヶ月ほど前。
「いつノバスコシアに来れそう?」って、言ってたっけ。
夫の手元にも、お義母さんのところにも、お義父さんの写真は一枚も残っていないので、
私はいつも、どんな方なのかなぁ… と想像しながら話していた。
声は夫にそっくりなんだけど…。

今回、夫はラップトップを持参していて、スカイプなどを通して娘に会わせてあげよう!
と張り切っていた。
私も、娘の写真や動画をCDにいっぱいコピーして夫に持たせていた。

自分の子供に会えない、孫に会えない、ってどんな気持ちなんだろう。
私の両親、夫の両親の孫の可愛がりようを見ていると、そして今、自分も親になって、
お義父さんのその気持ちを思うと、なんとも言えない悲しい気持ちになる。
 

ノバスコシア

急遽、明日から夫殿はノバスコシアに行くことになった

夫の生まれはノバスコシア州のニューグラスゴウという小さな町。
地図で見ると、赤毛のアンで有名なPEI(プリンスエドワード島)から
海を挟んで下(南)の方。
夫の実のお父さんの健康状態が非常に悪く、一緒に住んでいるお父さんの
パートナーが電話で知らせてくれた。

夫はもう20年近く、お父さんに会っていない。
10代半ば、お母さんとお継父さんと一緒に住んでいた夫は、二人と反りが合わず、
家を追い出されるような形でお父さんの所に行かされたらしい。
そして数年間、ノバスコシアに住むお父さん(とパートナー)の所で暮らした。
数年後、17歳の頃、お父さんと大喧嘩をして、その家を飛び出して、ヒッチハイクを
しながら西に向かって、途中、電話連絡の取れたお母さんに、「すぐに飛行機に乗って
帰ってきなさい」 と言われて、またお母さんとお継父さんの所に戻ったらしい。

それ以来の再会になる。

お父さんは心臓が悪く、「後悔しないうちに会っておきたい」 と
もうずっと前から夫は言っていた。
ここからノバスコシアは遠い。
距離もあるけれど、それよりも、うちの家計にはその航空運賃が高すぎて、
なかなか実現できないでいた。
でもでもでもですねーー!! 

お手頃運賃で知られるウエストジェットが、今月からイエローナイフ就航!!

イエローナイフからハリファックス(ノバスコシア)まで、片道$400ほどで
行けるようになったのだ。
数年前からエアカナダもイエローナイフに飛んでくるようになったし、価格競争もあって、
カナディアンノースとファーストエアしかなかった時代には考えられなかった様な値段で、
南の都市と行き来ができるようになった。

ちなみにですね、エドモントンまで片道$100ほどの日もあったりして、ホントびっくり!!
バンクーバーまでも、安い日には片道$150ほどで行けるのだ。

片道$400という値段は、それでもまだ、今のうちの家計には苦しいけれど、
でも、「あのとき会っておけば良かった…」 という後悔だけはしたくないので、
今回ばかりは無理矢理に夫の旅費を捻出した。

本当は、私も娘も一緒に行きたいのだが、残念ながら、今の私たちにはそこまでの余裕が無い。
せめて夫だけでも… という気持ちだ。

お父さんと夫は、長いことほとんど連絡を取っていなかったのだが、うちに娘が生まれて、
お父さんは連絡をくれるようになったし、夫からも連絡するようになった。

お父さんだけではない。
娘が生まれてから、疎遠になっていたお母さんもお継父さんも、兄弟たちとの距離も、
なんだか急に近くなった。

娘は、みんなを幸せにしてくれた。
神様からの贈り物だと、本当に思っている。
娘を与えてくれた神様と、私たちのところに来てくれた娘に、
本当に心から感謝している。

それにしても、私もノバスコシア、行きたいよ〜。
1998年。ハリファックスの語学学校に8ヶ月ほど通った。
ノバスコシアには素晴らしい思い出がいっぱいあるのだ。
は〜〜〜〜っ。

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