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だいぶと更新が滞っていたから、色々書くことはあるんだけど。
診察の中で、こんな話がありました。
記憶の蓋の話。そのときの会話ね。
「先生から見て、本当にワタシは記憶に蓋をしてると思いますか?」
「なにかはあると思う」
「これは、一番聞きたいことでもあって、一番触れたくないところでもあるんですけど・・・性的虐待、はあったんでしょうか」
「あっただろうね(さらっと言われた)。ただ、それがどういうパターンのもので、父親が犯人なのか母親が犯人なのか、両方なのか、それがイマイチわからないんだよなあ・・・2人とも限りなく怪しいし」
「その蓋を、開ける必要はあるんでしょうか」
「開けなくてもそれで済む場合もあるけど、あなたの場合は開ける必要があるだろうね」
記憶の蓋。
先生が言うには、潜在意識と顕在意識の狭間にそれはあって、それが悪さをすることがあるんだって。
それで、記憶の蓋を開くには、精神分析学に乗っ取ったやり方っていうのが一応はあるんだけど、開ける作業には何年もかかる場合があるんだって。
開けた時には、おそらくものすごく不安定になるだろうって。
記憶の蓋を開ける作業に入るには、それまでに怒りの感情を出せるようになっていないといけないんだって。でないと、ワタシが潰れるからって。
まだまだ、治療の道のりは長いんだ、って思って、ちょっとショックだったのは確か。
でも、やるしかない、やるしかないんだ。少しずつでも進むために。
そのとき、何歳になってたっていいじゃないか。
ワタシのココロが楽になった時に、いくつになってようといいじゃないか。
それからできることなんて、きっといくらでもある。
幸せだと思うことは、今だってある。
血のつながりのない人が、親身になって考えてくれたり、出逢えたことが奇跡のような人と出逢えたりした。
こんな幸せ、病気になってなかったら感じてなかったかもしれない。
だったら、ワタシはもしかしたら、誰よりも幸せ者だ。
だからきっと、頑張れる。
なにが出てこようと。その時、もしかして正気を失うようなことになったとしても。
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こんにちは。当院ブログの新しい記事を掲載しましたので、
トラックバックさせていただきます。
宜しければご覧ください。
2007/12/27(木) 午後 4:58 [ リフレッシュハウス ]
xua63894さん>こんにちは。トラバ、どうもありがとうございます。読ませて頂きましたが・・・今のワタシには必要な言葉ではない気がしました。他の方が読んで、力になるといいですね。
2007/12/28(金) 午前 4:55