まるで、金糸のようなススキの穂
最近友達と話していた時に感じたことです。
Aさんはとても清潔好きなかたで、なんでもきちんと片づけてまわりからみても素晴らしい人です。
特に洗濯物のたたみ方は少しのずれもなく、きちんと揃っていて、たんすの中でも整然として
いるのです。どうやったらそこまできちんとできるのか?って感心して聞いてみたら
「毎回、この定規を使うの。ほんの少しでも左右がそろわないとやりなおすんだけど・・・
たんすに入れるときにこのままの状態で入れるのはそれはそれは大変なのよ〜」
「へえ〜すごいね!」
「いいえ、これが私の大きな苦痛なの。どうしてもこの形にならないと許せない自分がどうしようも
なく苦痛なの。やめたら?ってずいぶん言われるけどやめられない。どうやったらこの苦痛から
逃れることができるの?教えて!」
Bさんは、姪の結婚式でバースディテディという産まれたときの体重の熊を親への感謝の気持ちを
表す贈り物を受け取ってしまいました。
彼女には子供がいないからって、軽い気持ちで差し出したそうなのですが、受け取った瞬間
「私の子!」って思ったらしく、彼女はそのテディに名前をつけて、普通の子育てのようにいろいろな
ものをその子のために購入して食事も子供用のいすを買って一緒に用意し、散歩の時もおんぶひも
を買って背負って散歩に行くそうです。
もちろんその子のために子供用の洋服もたんすいっぱいに揃っているそうです。
いつも笑顔で話しかけながら散歩する彼女を近所の人は「とうとうおかしくなった」と噂したそうです。
ふたつとも両極端なお話なのですが、同時に話してくれたのです。
その場ではただの笑い話だったのですが、よく考えてみてください。
同じ一日を生きているのに、まわりからすごいと褒められても苦痛な毎日をおくってるAさん、
まわりからおかしいんではないかと言われながらも、自分では育てられなかった子育てをテディと
ともに笑顔で過ごしているBさん、どちらが幸せなんでしょうか?
幸せってまわりが決めることではないんですよね。もちろん苦痛もまわりが決めることではなく
その人がその苦痛と向き合う事で得るものがたくさんあるようです。